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「あいうえお怪談」 第9話「海坊主」          (第1章「あ行・う」)

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「あいうえお怪談」 第9話「海坊主」          (第1章「あ行・う」)

「あいうえお怪談」

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第1章「あ行・う」

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第9話「海坊主」

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義父が体験した話だが、この話をしてくれたのは、義母である。

「怖いというか厭な体験ならあるよ。後味が悪いから、あんまり話したくないのだけれど。」

と、義父に代わって義母が話してくれた夢にまつわる不思議な話。

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漁師だった義父は、翌日の漁を控え、いつもより早めに床についた。

寝付きは良い方だった。

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いつも枕に頭をつけたとたん、轟轟(ごうごう)とイビキをかき、朝まで覚醒することのない義父は、その夜にかぎって珍しく夢を見たのだという。

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大海に降り注ぐ眩いばかりの陽の光、コバルトブルーに染まる大海原は、宝石のようにキラキラと輝いていた。

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さざ波すら立たない鏡のごとき海面。まさしく凪(なぎ)そのもの。こんな穏やかな日に当たることは滅多にない。

義父は、仲間の漁師たちと、漁までのひととき、何気ない会話を交わしながら寛いでいた。

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その時だった。

「あ・・・あ、れはなんだ。」

義父と向き合い合わせに立ち、タバコをくねらせていた若い男が、大口をあけたまま背後を指差した。口から滑り落ちたタバコの火が、甲板でチリチリと音を立てる。

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「何が起こったんだ。」

皆が唖然とし、義父が振り返るとほぼ同時に、船がゆらりと大きく右に傾いた。

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「面舵いっぱーい。」

機関長の義父は、必死で体勢を立て直そうとするも、船は、寄せくる波に翻弄され、思うように舵がとれない。

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そのうち、海面が小高い丘のように丸くこんもりと盛り上がり、うねりを挙げながら、漁船目掛けて近寄って来た。

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「ヤバい。何かいる。かなりでかいやつ。」

クジラ?鮫か?

―いや、違う。そもそも、この界隈には、クジラも鮫もいるはずがない。

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ザバァ バッシャーン ドッドーン

雷鳴と地響きのような音が響き、快晴だった空は、またたくまに暗雲に飲み込まれ始めた。

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「うぉぉぉぉ」

「わあぁぁぁ」

「なんじゃぁ、これは。」

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「う、海坊主じゃ。」

「なんだって?そんなものが。」

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得体のしれない生き物は、大きな飛沫とともに、海面から直径30センチぐらいの大きな眼だけを出し、やがて、船上にのしかかるようにその姿を現した。

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全容は、分からないが、海中に隠れている部分を入れると、体長、30メートルはゆうにこえているのではないかと思われた。

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誰ともなく口にした「海坊主」

得体のしれない生き物は、まさしく、化け物といっても過言ではないほど異様な様をしていた。

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体表は、像のような灰褐色をし、まんじゅうのように丸い頭部、海面から覗く半身には、無数のエラと大きなヒレ状の手が付いていて、それらが、ワサワサと海中で蠢いていた。

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そいつは、小さな漁船をいたぶるかのように、グルグルと船の廻りを旋回し、やがて、潮の渦を作り始めた。船は、木の葉の如く化け物が作り出した巨大な渦の中に巻かれ、船から投げ出された船員たちは皆、断末魔の叫び声を挙げながら、渦の中に飲み込まれていった。

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かろうじて、船の船尾にしがみつくことができた義父は、傍にあった手ぬぐいを出っ張りに巻き付け、必死で握りしめながら、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏と何度も繰り返し唱え続けていたが、

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フッと一瞬気が遠くなりかけた。

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ーあぁ、これで俺も一巻の終わりか。

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その時だった。

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ぼーんぼーん

海では、絶対に聞くことのない音が 聴こえてきた。

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聞き覚えのある居間の柱時計の音。

???

息が出来ることに気づいた義父は、息を吐きながら、恐る恐る瞼を開けた。

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寝室の天井のシミが目に入る。

ぐっしょりと濡れた夜具と寝間着が、肌に張り付いている。

やがて、眼が暗闇に慣れてくると、夜明け前の自宅の寝室にいることに気づいた。

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―あぁ、夢だったか。そうか。そうか。

義父は、ほっと胸を撫で下ろし、フッフゥ~と2回大きく深呼吸をした。

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今にも口から飛び出るかと思うほど激しく打ち続けていた心臓の鼓動は、少しずつ落ち着きを取り戻し始めていた。

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ふと、左手に違和感を感じ、手元を見て、愕然とした。

そこには、左手を船尾の出っ張りに結びつけた手ぬぐいが巻き付いている。

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うううう・・・こ、これは。

左手に巻き付いていた手ぬぐいは、ぐっしょりと濡れていた。

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あろうことか、手ぬぐいからは、微かに潮の香りすら漂っている。

わぁぁぁぁぁぁ

ありえない出来事と恐怖に耐えきれなくなった義父は、身の震えを抑えることができず、再び、布団を頭から被りしばらく起き上がることができなかった。

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「どうしたの。随分、うなされていたようだったけど。」

隣で寝ていた義母も、夫(義父)のただならぬ様子に思わず声をかけたのだが、布団を被ったまま、ウンもスンも言わなかった。

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1時間ほど経った頃、辺りが白白とし始め、そろそろ、漁に出る支度をしなければならなかった義父は、布団から出ると、「今日の漁には、出ないことにした。」と義母に話し、「代わりに船に乗ってくれる人を探してもらう。」と告げ、朝食も取らぬまま、家を飛び出して行った。

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見たことのない化け物「海坊主」に襲われる夢。

あまりにリアル過ぎる夢は、きっと虫の知らせかもしれない。

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その日、義父は、漁船の船長と漁協長に、「体調が悪いから、しばらく漁は休ませてくれ。」と頼み込んだ。

まさか、化け物に襲われる夢を見たから乗りたくないとは言えなかった。

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このところ、天候は良好で、船場は、連日の大漁が続いていたことから、近所に住む漁師仲間のOさんが、二つ返事で、代わりを引き受けてくれた。

Oさんには、生まれたばかりの子どもさんがいた。

船の舵取りも上手で、仲間たちからの信頼も厚かった。

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「稼げば、その分金になるから。」

と。

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仮病を使ってまで休もうとする夫に対し、義母は、「一番の稼ぎ時に夢見が悪いぐらいで情けない。」と残念がったらしいが、それから、程なくして、義父が乗る予定だった船が、謎の転覆事故により全員亡くなったことを知らされた。

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「遺体もなかなか見つからなくて。やっと、引き上げられた時、全員、大きく口を開けていたらしいの。相当苦しんだんじゃないかって。」

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結果、Oさんは、義父の身代わりになってしまったことになる。

義父と義母は、葬儀に参列することすら叶わず、暫くの間、Oさんの奥さんやご家族、ご遺族から、恨みと憎しみのこもった目で見られるようになってしまった。

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「挨拶すらしてもらえなくてね。数年して、ここから引っ越していったようだったけど。その後のご一家の消息は、誰も知らないの。知っていても教えてくれないとは思うけど・・・。」

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義母は、そういうと、静かに目を閉じ、冷めたお茶を飲み干した。

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