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長編10
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睡眠時活動性人格形成薬

「ただいまぁ」と玄関の扉を開けながら真っ暗な部屋に向かって一人弱々しく呟く。

受け取る相手がいなくても帰宅したらただいまとちゃんと言うようにしているのは少しでも人間らしい生活を意識しているからだろうか。

僕は現在IT系の技術職として働いているがこの部署は残業時間がひどく実際僕も22時帰宅ならまだマシに思えてしまう程度にはひどい。

体力的にもかなりキツイがやめずに続けられているのは残業代が満額出るので収入面では非常に満足しているからに他ならない。

しかし最近は人生あるいは命を削ってまで稼ぐことにどれほどの意味があるのかと悩んでもいる。

確かに同年代の一般的なサラリーマンと比べると不相応に稼げているのだが家族もいなければ特に趣味もなく使い道がない、通帳の貯まり続ける預金額を見ても一抹の虚しさを感じてしまうのだ。

「何かを変えなきゃなぁ」と独り言はこぼれるものの具体的に何を変えれば良いのかすらわからない。

なので今日もいつもと変わらずコンビニで買った弁当を食べながら動画サイトを巡る。

お気に入りのチャンネルが新しいゲーム実況動画を上げている、早速視聴を開始するが本編の前に広告を見なくてはならない。

弁当に集中しようとしたがふと広告の音声に耳が向いた。

「毎日忙しくて眠れない」

「やることが多すぎて寝る時間を確保できない」

「そんなあなたに画期的な睡眠薬があります。この睡眠時活動性人格形成薬アバタールは睡眠促進作用だけでなく眠るための時間を作ってくれる全く新しいタイプの睡眠薬なのです。

アバタールの使い方は簡単、まずは飲む前にこれからやるべき作業、仕事をイメージします。初めは簡単なことから始めましょう。

十分にイメージできたら薬を飲みます。1錠で6時間効果は持続します。

薬を飲むと強烈な眠気が来ますのでそのまま寝ちゃってください。

そしてこの薬の一番の特徴はあなたが眠った後にもう1人の人格を形成することです。

この新しい人格をアバターと言いますがアバターはあなたがイメージしたことに従って行動します。

掃除洗濯といった家事のような簡単なことだけでなく、アバターが成長すると簡単なPC作業、人との会話、コミュニケーションなども可能になります。

アバターの行動はあなた自身は夢を見ているような感覚で認識できますのでアバターの行動をいちいち後で確認することも不要です。

それでは実際に服用した方々の声を聞いてみましょう。

「子供の夜泣きの世話をアバターがしてくれるので毎日ぐっすり眠れるようになりました、本当に助かっています。」

「RPGのレベル上げをさせてます。おかけで効率よくプレイできています。」

「アバターに筋トレをさせることができるようになりました。朝起きたらクタクタですが日に日に筋肉が増えているのが実感できています。」

「このようにアバターの使い方はあなた次第、九十九製薬のアバタールをぜひ近くの薬局薬店でお求めください。」

九十九製薬と言ったら僕でも知ってるくらい大きな製薬会社だ。

とても信じられないような効果だけど大企業がCMを流すくらいだから効果には相当自信があるのだろう。

確かに考えてみたらここしばらくは仕事から帰ってきたら晩御飯を食べながら動画を観たらそのまま寝てしまっていたので部屋はゴミが散らかり放題、キッチンの洗い物も洗濯物も溜まってしまっている。

なので土日はもっぱらこいつらを片付けることと寝溜めで終わってしまっていてとても文化的な生活とは呼べないような状態といえる。

「簡単な家事だけでもアバターがやってくれたらなぁ」

そう呟き土曜には薬局に行くことを固く決心した。

土曜の昼ごろ薬局に行き薬剤師さんにアバタールが欲しい旨を言うと他の薬と同じように簡単に買えてしまった。

特殊な薬のように思っていたのでいろいろ手続きなどあるだろうと身構えていたがなんとも肩透かしだった。

レジ前でアバタールを渡される際に担当の若い女性の薬剤師さんが簡単にだが服薬指導してくれた。

「1回目は1錠を半分に割って試してみてください。問題なければ以降は1錠飲んでよいです。

また睡眠促進効果は非常に強いので一度に何錠も飲まないでください。4錠飲むとまる一日寝ちゃいますよ。

最後にアバターにやらせることは最初は簡単で失敗しても大きな問題にならないことで経験を積ませて上げてください。そうすると徐々に難しいこともできるようになります。

何か服用していて違和感などあったらすぐに飲むのをやめて相談にきてくださいね。」

お会計は30錠で6000円くらいだった。1ヶ月分ということか。

いざ薬が手元にあるとなんだか新しいことに挑戦するようで少し不安なようなワクワクするような気持ちになってしまう。

その日の晩、僕は飯を食べ終えて風呂に入り寝れる状態になった。

21時になると早速アバターにさせることをイメージする作業に取り掛かった。

ネットで調べると最初は歩き回る必要がなく物を壊す可能性の低いおすすめの作業として「洗濯物たたみ」が挙げられていたのでまずはこれからチャレンジしてみることにした。

洗濯・乾燥の終わった洗濯物をひと塊にまとめて床に置き、それらをたたむイメージをする。

タオルは3つ折りに、シャツは袖のところで折って、靴下は同じものをペアにする・・・などできるだけ具体的にイメージしてみる。

10分ほどこのイメージを続けて流石にもう大丈夫と思ったのでいよいよアバタールを飲むことにする。

薬剤師さんに言われた通り1錠を半分に割って水と一緒に嚥下した。

数分で強烈な眠気が襲いかかってきて抗うこともできずにそのままベッドに倒れ込ん・・・・・・・・・

夢を見ている。

夢の中で僕は先ほど倒れ込んだベッドからむくりと起き上がりベットから不器用に降りると床に置かれた洗濯物の前に座った。

そしてひとつずつゆっくりと洗濯物をたたみ始める。よくわからないがイメージした通りにできているという感情が湧いてくる。

少しずつだが確実に洗濯物は畳まれていきとうとう全ての洗濯物をたたみ終えると僕はまた不器用に立ち上がりベッドに潜り込ん・・・・・・

目が覚める。時計を見ると24時を回っている。

ちょうど半錠で3時間かと呟きながら床に目をやると寝る前は確かにひと塊に放置されていた洗濯物がきちんとたたまれていることに驚いた。

「夢だけど夢じゃなかったってやつだ」などと独り言を言いながらアバタールの効果を実際に体感してとても興奮していた。

これからもっとアバターに経験を積ませていろいろできるようにしていこう。そうしたらできた時間を使って何か没頭できる趣味でも作ろう。などと思ったが何かに意欲的取り組もうとするのは数年ぶりだろうか。

それから僕は毎晩アバター育成に没頭していった。

初めの1ヶ月で家の中の家事はほぼマスターさせることができた。

毎朝起きたら部屋はきれいで服にはアイロンがかかっているとても素敵な毎日を過ごしている。

次に僕はネットのアバター育成者コミュニティに入り、他の人がアバターに何をさせているかどうやって育成させているかなどを調べて参考にするようになった。

どうやらアバターに会話をさせたり、コミュニケーションを取らせることは可能なようだが1人では難しいらしくトレーニング用の話し相手が必要らしい。

僕は現在一人暮らしなのでこれは難しいかと思ったが

調べると世の中変わった人がいるようでアバターと会話したい人のコミュニティというものがあり、そこに夜な夜なアバターを参加させることでアバターの会話力を磨かせることができた。

また他者との会話を通じてアバターはかなりアドリブが効くようになった。

この頃には簡単な家事であれば僕が詳細にイメージしなくても掃除、洗濯、ゴミ出しなどと考えるだけでアバターが寝ている間によしなにしてくれるようになっていた。

アバタールを飲み始めて半年経ったがアバターはすでに普通の人と区別ができない程度に行動し会話するようになっていた。

さて次はアバターに何をできるようにさせようかと考えながら出勤しデスクに座ると隣席の同僚の山本が元気に爽やかに「おはよう!!」と挨拶してきた。

おかしい。

山本は部署内でも暗いことで有名ないわゆる陰キャだ。こんなにはつらつとした挨拶なんて今までしてこなかったしするイメージも全くない。

「おい、なんか今日はお前キャラが違くないか?」と問うと

「あ、すみません。私はご主人様のアバターなんです。」

驚いた。山本はアバターに自分のことをご主人様と呼ばせている変態だったのだ。

というかアバターに出勤させて本人は寝てるのか。究極のサボりだな。いや、仕事はしてるからサボりではないのか?わからん。

午前中山本は人が変わったように生き生きと仕事をしていたが14時ごろにはいつもの陰キャに戻っていた。6時間の薬の効果が切れて目覚めたのだろう。

同じアバタール利用者のよしみで彼のサボりについては上司には黙っておいてやることにした。

その日家に帰り気になったことを調べた。

山本とそのアバターの性格があまりに違うのはなぜなのだろう?

検索するとアバターの性格は本人の性格に関わらず明るくて社交的になることが多いということがわかった。

確かに僕のアバターもネットで女性と僕よりよほど親密に話しているのをよく夢で見ていた。

そこで僕は大きな賭けに出た。

最近入社した隣の課の佐藤春奈さん、前から気になっていた女性で仕事ではたまに絡みがあるがプライベートな会話はほとんどできていない。

ある日残業で彼女と数名しか残っていないタイミングを見計らってトイレに行き、佐藤さんと親密になることを強くイメージしてアバタールを4分割にしたものを飲む。

トイレの個室でそのまま気を失う。

そのときの夢はまさに夢のようだった。

部屋に戻った僕は佐藤さんの横を通る時に軽く挨拶して、残業を労う言葉をかけた。

佐藤さんも「室井さんこそいつも残業お疲れ様です。」と暖かい言葉を返してくれた。僕がいつも仕事で残っていることを認識してくれていることが嬉しかった。

そこから僕は何気ない会話を続けていたがこれがどんどん盛り上がり気づくと週末に飲みに行く約束を取り付けていた。

あまりに自然に誘うので佐藤さんが「土曜日楽しみにしてますねー」と答えるまで僕がお誘いしていることにすら気づかなかった。

アバターを今まで地道に育成してきて本当に良かった。

その日から完全に浮かれていた僕は土曜日になってやっと重大なことに気づく。

アバターと違って僕は女性と流暢に話せない、佐藤さんにつまらないやつと思われてしまう。

そもそも佐藤さんが望んだのはアバターとのデートであって僕とのデートではないのではないか?

そう思うと答えは一つだった。

待ち合わせの19時の1時間前に僕は佐藤さんとより親密になることをイメージしてアバタールを1錠飲んだ。

夢の中で僕は佐藤さんとのデートを大いに楽しんだ。

待ち合わせ場所に来た佐藤さんはいつものビジネスカジュアルではなくフワフワした女子って感じの可愛い服装だったのにまず興奮した。

一軒目の気さくな居酒屋では佐藤さんが意外に居酒屋大好き人間で「女子会だとどうしてもイタリアンとかになっちゃうんですが本当はこういう店でビールとホッケが一番なんですよー」と飾らずに笑っていたのが印象的だった。

その後は小洒落たバーに寄って各国のクラフトビールを飲み比べしたのもお気に召したようだった。

バーを出て夜風が気持ちいいねなどと話しながら駅に向かって歩く。

僕は彼女に終電ある?と聞くと彼女はこちらを振り返る。

目が、覚めた。

もう12時!?と完全にテンパる自分。シンデレラの気持ちが痛烈に理解できた。

焦りながらも佐藤さんの方を見ると何かボソボソ言っている。

いつもハキハキとしてる佐藤さんらしくないと思いつつよく聞くと「すみません、今日はこれで帰らせてもらいます。すごく楽しかったです。また月曜に会社で。」とすごく小さくたどたどしく必死に声を振り絞っているようだった。

まるでいつもとは人が変わってしまったような様子に驚いているとスタスタと彼女は1人駅に歩いていってしまった。

日曜の朝起きて昨日の出来事を振り返る。

薬が切れてしまった後は少し変な空気になってしまったが概ねデートは成功したのではないだろうか?

全てはアバター様のおかげであることは間違いない。

そこでふといつも甲斐甲斐しく働いてくれているアバターに何かお礼ができないかと思った。

アバターはいつも自分がイメージしたやってほしいことをしてくれるが、お礼にアバターが望むことを自由にさせてやることはできないだろうか?

今は11時だから1錠飲めば晩御飯前には目が覚めるなと逆算し、アバターが自由に望むことをすることを念入りにイメージしてアバタールを飲み込んだ。

いつものように夢の中で僕はむくりと起き上がる。

さて僕は何をするのだろうか?と様子を見ているといつも通り部屋の掃除をして洗濯をしている。

イメージを間違えたか?と訝しんでいると僕はスマホを手に取り薬の切れる30分ほど前にアラームが鳴るようにタイマーをセットした。

すると僕は財布を掴んで外に出た。

15分ほど歩き駅前のいつもアバタールを買っている薬局に辿り着く。

いつも僕がしているように薬剤師さんにアバタールを注文する。そして僕よりも気さくに楽しげに薬剤師さんと話す僕。

そういえばさっき飲んだのが今月分のアバタールの最後の1錠だった、僕のために買い物までしてくれるのか。

アバターの忠誠心の高さにすっかり感心してしまう。

僕はその後日用品の買い出しを一通りしてから帰宅する。

家に帰りながら今後もたまに彼の自由になる時間を作ってやろうと決めた。

家に着くとちょうどアラームが鳴った。

あと30分でお目覚めだ。

すると僕はすっとキッチンに向かった。

僕はコップに水を入れると買い物袋の中に手を入れ、出てきた手には先ほど買ったアバタールが握られている。

「おい僕、何をするんだ!?」叫ぶ声は夢の中で響くのみだった。

僕はアバタールを4錠一気に飲み込み

「これで僕は自由だ。」と1人呟いた。

今も僕は幸せな夢を見続けている。

覚める気配はない。

Concrete
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世にも奇妙な物語に決定

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