長編8
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忘れなさい

僕の人生、どこで選択を間違えたんだろう…?

:

その場その場で、最善の出来うる

最善の選択をしてきた…つもりだったのに。

:

頑張って頑張って、頑張り抜いたのに

仕事で躓き、ストレスを抱え身体がおかしくなり、

休む日が増え、昼夜逆転で夜に寝れない日が続き

精神科に通うと簡単に鬱病の診断がなされ、

睡眠薬と精神安定剤が処方された。

:

「病休」と「数日の復帰」を繰り返した。

精神科の医師は「退職すべき」そう言った。

有休まで全てなくなり、

いよいよ休めなくなって、

医師の言う通り退職した。

:

退職したからといって、

何かが変わる訳ではなかった。

休むことに慣れすぎて、

引きこもるのは快適で、

でもお金はなくて、

転職してスタートする気力は…継続できなくて…

どうせ…僕なんて……どこにも居場所は……

:

これからの人生に悲観し、自死した。

:

自死した…つもりだった。

実際、目の前では“僕の葬儀“が行なわれている。

僕の身体は、ドライアイスでカチコチに固められ

死に化粧という似合わない化粧までされて

棺桶に納められている。

:

なぜ、僕は………まだ、いる?霊魂?

あぁ!そうか。

死後49日までは現世を彷徨うのが…仏教だっけ。

皆、僕のこと見えてないみたいだけど…

こんなにリアルなのか。

こんな僕のこと、泣いてくれているのか。

職場の皆まで来てくれて……。

:

皆の“心の気持ち“が伝わってくる。

死んだら、こんな感じなんだ……

ごめん。ごめんね。

こんな僕のこと……。

ありがとう。ありがとうね。

死んだことを早くも後悔している自分がいた。

:

通夜・葬式を、俯瞰の状態でただただ見ていた。

お坊さんの読経、何の意味があるんだろう。

読経、長いなぁ〜〜〜僕は何も変わらないのに!

そんなことまで考える余裕もあった。

:

僕は火葬場まで

最期の別れに来てくれた皆の側にいた。

身体は火葬され始める頃だろう。

:

……!!!?

:

ふいに、衝撃が走った。

もう霊魂の状態だ…肉体なんてないのに…

何と表現していいのか分からないけれど…

凄まじく苦しい。息苦しい。息…どうして!?

…熱い。熱い…!!!顔が…!!顔!!!熱い!

ぁあ!足が腕が…熱い!!

誰か!助けて!!助けて!!!

:

……はッ?

苦しさのあまり叫び続け

どれくらいの時間が経ったのか分からなかったけど

正気を取り戻した時には苦しさから解放されていた。

永遠とも思える地獄の時間は終わったようだ…

:

遺骨拾いの準備ができたと呼び出しがあり、

遺族が移動し始めた。

:

そうか、僕の肉体が火葬されて…

霊魂の僕とも…まだ…繋がっていたのか……?

それとも、ただの…想像??

死んでもこんな苦痛があるなんて…!!

死んだ意味がないじゃないか!早く消えたい!!!

:

その後、骨壺に納められた“僕“は

祭壇に飾られた。

正直、この恐ろしい体験から

いつ訪れるか分からない苦痛が怖くて怖くて

怯えながらで、葬儀どころではなかった。

:

線香が焚かれる。明るくて浄化される…気分だった。

白米の煙、好物だったお供え物は…食べれた。

:

1日1日がとても長い。寝ることもないし。

最初の数日は縁があった人たちへの

御礼参りに夜な夜な行っていたが、それも終えた。

あとは、早く49日が過ぎ、成仏することを

ただただ祈り続けていた。

:

49日、坊さんの読経。

あぁ、これで、やっと……成仏…できる…

:

成仏……できなかった。

高いお布施を懐にしまった坊さんは…帰っていった。

49日…を過ぎるまでは……だったっけね?

明日…かな。ご先祖さんも迎えに来てないし!

明日だ、明日!迎えが来て、成仏……明日………。

:

よく死んだことに気付かず自死を繰り返す地縛霊…

には、ならずに済んだようだ。

幼い頃に飼っていた犬が、寿命で死んだ犬が、

迎えに来てくれた。再会できて嬉しい!!

……犬…だけど…迎えに来てくれただけでも!

犬……だけ…だけど…。

死んだ爺ーちゃん婆ーちゃん…来ないな……

自死で怒ってるの…かなぁ。

でも、お迎えくらい来てくれたって……。ブツブツ…

:

僕は犬に導かれるまま、

“生きたこの世“にお別れの言葉も未練も感じず

後ろめたい気持ちを引きづりながら、

霊界への道を進んだ。

:

犬についていくと、辿り着いた先は…

長い長い龍や蛇で出来た道でも

三途の川でもなく、

閻魔様の前なんかでももちろんなく、

周りを溢れんばかりの

紫色やオレンジ色の花々が咲き誇る

小綺麗なコテージだった。

ラベンダーの香りなど、花の香りで溢れていた。

:

「えっ?ここ……天国?ここ?」「ワン!」

早くこっち来いよ、そう言わんばかりに

犬がコテージのドア前にいた。

:

半信半疑のままドアを開けると、

そこには輪っか付き天使と、

羽付きの妖精らしき生物までも。

「マジ天国?あれっ??」

犬は、いつの間にかいなくなっていた。

:

天使と妖精は、会話は出来ないらしいけど

身の回りの世話をしてくれた。

まぁ、肉体はない訳だけど…

なぜか腹が減るし、風呂にも入れるし、

念じれば何でも出てきたから出来たので

生きている時と同様の生活をしていた。

:

時々、遺族や友人の声が聞こえた。

それは声に出した会話だったり、

心の中で思っているだけの想いだったり。

一喜一憂し、思い出しては涙を流す僕のことを

天使と妖精はいつも慰めてくれた。

:

コテージの外に出てお花畑をランニングしてみたが、

他のコテージに辿り着くことはなく

延々とお花畑が続いていた。

元の世界への道も無かった。まぁ戻れないよね……。

そうして何日経ったのか自分でも分からなかったが

とても快適な日々を送っていた。

:

そう、あの時までは…。

:

ふいに、天使と妖精がコテージのどこにもいないことに気付いた。

そういえば最近、どんどん居ない時間が増えて…?

コテージの…外……??

:

久しぶりだったけど、天使と妖精を探すために

コテージを出てドアが締まった瞬間

景色が一変した。

:

真っ暗だ。四方どこを見ても、闇。

1筋の明かりも見当たらなかった。

もちろんコテージも花も消えている。

:

「えっ?」

僕は…闇に1人取り残された。

:

犬を呼んでみても、いくら待ってみても

もう現れることはなかった。

望めば何でも出てきたコテージでの能力も、

もう使えなくなっていた。

:

コテージがあったその場所から離れたくはなかったけど、どこかに道があるんじゃないか?と、あてもなく彷徨い歩いてみたが、闇は、どこまでも続いていた。

闇だから、自分がどこからどこに行っているのか

それさえ分からなかったけれど。

:

ただ、時折、コテージで聞こえていた

“あちら側の声“は、聞こえた。

:

淋しくて怖くて、どうしてか分からなくて

何にどう謝れば許して貰えるのか分からないまま

ただただ1人泣いて過ごす日々が続いた。

:

何日経ったのか…

ふいに、僕に問いかける声が聞こえた。

:

「私は、現世を生きる霊能者です。聞こえますか?」

“あちら側の声“にしては、

耳元で囁くように リアルでクリアに聞こえて

何より、会ったことはないけれど

1人ぼっちの闇の中でまるで仏様のように思えた。

:

「聞こえる」

:

「お友だちが、聞きたいことがあるとのことで

わざわざ私の能力を探し出して、訪ねて下さいましたよ。なので、コンタクトを取らせて頂きました」

:

「そんなことが出来るんだ…」

:

「はい、恐山のイタコのようには出来ませんが、私を仲介しての会話はできます。質問、よろしいでしょうか?」

:

「どうぞ」

:

「“何か、して欲しいことは、無い?“だそうです」

:

「……多分お供え物とかも、もう届かないだろうし

何も出来ないだろうから…

“して欲しいこと“とは違うけど、

幸せになって欲しい…」

:

「そうですか。お友だちに伝えますね」

:

「あなたに、幸せになって欲しいんだそうですよ」

「えっ!そんなことをのぞんで…

俺は何もしてやれなかったのに……うぅっ」

…あ、そうか。

僕へのことだから、これも聞こえるんだ。

:

「先生、あの…彼は…今…どこに……?」

あ!それ、僕も聞きたい!!ここどこ?

:

「納骨はお済みとの事で、お墓にいらっしゃいます」

え、ここ墓の中なの?

どっかに爺ちゃん婆ちゃんいるの?

あ、もう成仏して墓にいないのかな?

だから犬もいないのか。犬は墓に納骨してないし…

:

「……とお伝えして、

美談にして差し上げたいところですが

真実と嘘の美談、どちらを選択なさいますか?

私も仕事ですので…ね」

え、えぇ?なにそれ?墓じゃないの?

:

「……真実でお願いします」

うん、ありがとう。僕も知りたいよ…

:

「…49日が過ぎ、あの世に旅立ってから暫くは、誰もがあの世の一時的な休憩所で霊魂の状態で療養します。その後は様々ですね。彼は……一時的な休憩所を出られ……今は、

:

地獄にいます。真っ暗闇で1人ぼっちです。

本当は同罪の自死者、殺人鬼などの方々が居ますが

彼らは互いに認識できません。

:

自死は重罪です。

本来の寿命まで罪を償う必要があります。

彼にとっては、永遠とも思える時間でしょうね。

:

彼を思い出すことも、地獄にいる彼にとっては

後悔に苛まれるだけですよ。

:

悪いことは言いません。

彼のことは、忘れて差し上げなさい」

:

「じゃ、じゃあ、寿命まで過ごしたら

罰を償ったことになるんだから、

彼は、成仏できるの?」

:

「輪廻転生の輪から逃れることは出来ません。

今世で達成できなかったのですから

同じカルマを背負ったまま、

より困難な人生に生まれ変わるだけです」

:

「彼のことは、忘れなさい。

彼も生まれ変われば今世のことは忘れますから。

彼にとっては、貴方が彼を忘れて幸せになることが、

一番の供養と言えるでしょう。

:

お時間、余ってしまいましたね。

良かったら、あなたが

これから幸せになれる方法をお教えしましょうか?」

:

:

:

:

「伝えました。

お友だち、毎年、命日にお墓参りに行くそうですよ。

今さらではございますが、

よい友だちを持ちましたね」

「…………。」

:

現状とこれから先のことまで知り

絶望に打ちひしがれた僕の頭の中は

繰り返し繰り返し

この霊能者の言葉が響いていた。

:

“忘れなさい“

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