「きゃっ!」
ポシェットから取り出そうとスマホを握った石川美由紀の手からするっとスマホが滑った。
落下を防ごうと反射的に手を動かしたのがアダになり、その手に弾かれたスマホは2メートル程飛ばされてアスファルトの歩道の上に落下した。
「あ~ん、やっちゃった。」
これだけの勢いで落下したのだ。画面の割れは確実と、彼女は覚悟してスマホを拾い上げた。
しかし、驚いたことに画面が割れたり、どこか破損したりしている様子はなく、スマホのケースに若干の擦り傷がついているだけ。
「よかった。ラッキー。」
ほっとしたのもつかの間、起動させようとしたがスマホに電源が入らない。
「え~っ、なにこれ、壊れちゃったの?」
しばらく繰り返し電源ボタンを押していたがいっこうに埒が明かず、仕方なく駅前にある行きつけの携帯ショップに持ち込んで修理を依頼した。
ここの店員の男性が、まあまあイケメンで雰囲気が良く、対応もしっかりしているので最近はずっとこの店を利用している。
既に顔見知りになっているその店員がその場でざっとチェックしたのだが原因が分からず、しばらく預かって貰うことになった。
「お預かりしている間は、代わりのスマホをお貸ししますので大丈夫ですよ。」
美由紀は何種類かある貸出用のスマホの中から扱いやすさを考えて今使っているものと同じ機種で色違いの黒いスマホを借りることにした。
店員は美由紀のスマホからSIMカードという電話番号など通信用の基本データが入ったチップを抜き取り、代用のスマホに差し込んで動作確認をするとそれを美由紀の前に置いた。
「あくまでも代用なので、このスマホにデータなどは保存しないで下さいね。」
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代用品である以上、しばらくはメールやSNSアカウントの利用等がかなり制限されて不自由するが諦めるしかない。
逆に借り物のスマホで自分のSNSアカウントや、まして通販のアカウント等にいろいろアクセスして、その履歴をこの借り物のスマホに残す方が心配だ。
それでも普段から暇な時はスマホを弄っているため、夜は手持無沙汰になり、借り物のスマホで動画サイトやウェブを見たりしていたが、何気なく写真フォルダを開くと、動画が一本だけ保存されていた。
普通、貸出用機器の個人向けデータは全て消去してあるはず。
前にこのスマホを使った人のデータを消し忘れたのだろうか。
動画のサムネイルは真っ黒で何も映っていないように見えるが、動画の長さは五分三十秒になっている。それほど長くない。
悪いかなと思いながらも、ここでこっそり見たことなど誰にもわからない、消し忘れたのが悪いと、美由紀は自分に言い訳しながら動画のサムネイルをタップした。
◇◇◇◇
動画は何の音もなく、真っ黒な画面からスタートした。
短い砂嵐のような映像の後、じわっと浮き出るように映像が映し出される。
それは何処かの山道を歩いている映像だった。
カメラを持って歩いているのだろう、画面は多少揺れながら木々に囲まれた幅二メートル程の舗装されていない道を進んで行く。
一定間隔で電柱が立っており、人里離れた山中と言う訳ではなさそうだ。
そして画面はすぐに切り替わり、林の中に建つかなり大きな別荘と思しき建物を映し出した。
画面がそのまま躊躇うことなくその建物の中に入っていくと広いリビングがあり、その中央に置いてあるテーブルには女がひとり座っていた。
「遅かったわね。」
茶髪のボブに赤いTシャツ、デニムのミニスカート。
化粧は濃く、派手なアクセサリーから一見して夜の職業という雰囲気を漂わせた女は口を尖らせてそう言った。
「悪い。出掛けに女房が何だかんだとうるさく言ってきて、電車を一本乗りはぐれた。」
男の声がそう答えたが、その姿は画面に映っていない。おそらく自分の手にカメラを持っているのだろう。
しかし女房ということは、このふたりはどういう関係なのか。兄妹?それとも浮気か?
雰囲気からするとどうやら後者のようだ。
そして画面が再び切り替わり、浴室へと変わった。
画面一杯に先程の女が浴槽に浸かっている。もちろん全裸だ。
「久しぶりよね、こうやってのんびり過ごすの。」
そう言って女が画面に向かって思い切り顔を近づけてきたその時だった。
ガラガラガラ
浴室の扉と思われる引き戸が開く音が聞こえ、画面がそちらを向いた。
「ま、麻友子!」
そこには、浅黄色のワンピースを身に纏った髪の長い女が包丁を手に持ち、恐ろしい顔で立っていた。
「あなた、やっぱり浮気していたのね。絶対許さないわ。」
「お前、何でここが分った?」
「うるさい!あなたは黙っていて!この泥棒猫、殺してやる!」
この男の女房であろう麻友子と呼ばれた女はそう叫ぶと両手で包丁を持ち、湯船にいる女へと踏み出した。
「やめろ!」
それは一瞬の出来事だった。
画面が包丁を持った女へ一気に近づくと、女は驚愕の表情で画面を見つめたかと思うと、そのまま白目を剥いて崩れるように倒れた。
倒れた女が映し出されると、その胸には包丁が深々と突き刺り、ワンピースが見る間に血に染まって行く。
やはりこの映像は、男がカメラを持っているというより、終始この男の目線で撮影されているのだ。
「こ、殺しちゃったの?」
裸の女が浴槽の中で立ちすくんだまま、口に手を当てて固まっている。
「いや、事故なんだ。殺すつもりなど全くなかった。」
「どうするの?警察を呼ぶの?」
そこでまた画面が切り替わった。
林の中のようだが、地面に大きな穴が掘られ、その中に浴室で刺殺された女が横たわっている。
どうやら埋めてしまうことにしたらしい。
やはり人目が気になるのだろう、時折周囲を見回すのだが、木々のすぐ向こうにあの建物が見えるということは、ここはあの別荘の庭のようだ。
そして女の遺体に土が掛けられている途中で、画面が切り替わった。
次の場面は衝撃的だった。
最初にこの建物へ入って来た時に映っていたリビング。
夜なのだろう、画面は薄暗い。
そして正面には、殺されて埋められたはずの女が包丁を手に立っているではないか。
顔色は真っ白でその胸は大きく血に染まっている。
埋めたはずの女が生き返ってきたとでも言うのだろうか。
しかし女の表情、そしてその目つきはとても生きている人間とは思えない。
そしてその女の足元には、先ほど一緒に入浴していた女が血まみれで倒れていた。
「やめろ、やめてくれ。」
男の声が聞こえた途端、女が包丁を画面に向かって突き出してきた。
「ぐわ~っ!」
男の悲鳴と共に画面がぐにゃりと歪んだ。
そして画面が真っ黒になったところで動画は終わった。
◇◇◇◇◇◇
「なによこれ、ホラー映画のダイジェスト版か何かなの?」
かなりリアルな映像だったが、映画のダイジェストにしては、タイトルや配給元、出演者など何の情報も入っていない。
訝しく思ったものの、美由紀はそのまま動画再生アプリを閉じ、ベッドに潜り込んだ。
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不自由な思いをしながら翌日一日を我慢して過ごしていると、夕方になって携帯ショップから修理が完了したという連絡が入った。
「今回、修理代は頂きません。実は全く修理していないのです。」
店員の話によるとケースを開けて中身を確認してみたが全く問題はなさそうであり、一旦閉じて電源ボタンを押すと普通に起動したという。
「ひと通り確認してみましたが特に問題はなさそうなので、このまま使ってみて下さい。もしまた何か問題があればお手数ですけれどまたご来店頂ければ対応します。」
そもそもは自分の失敗であり、修理にお金が掛からなかったことで美由紀はほっとして自分のスマホを受け取り、借りていた黒いスマホを返した。
「特に個人的なデータは保存していませんね?残っている履歴などはすべて消去しますのでご安心ください。」
美由紀から代用のスマホを受け取りながら、店員はそう説明した。
「私は特に保存していないのですが、前の人の動画ファイルが残っていましたよ。消し忘れかしら。」
「え、そうですか。基本的に消し忘れというのはほぼあり得ないのですが、それは失礼しました。このスマホのデータはきちんと消させて頂きますのでご安心ください。」
その動画が残っていたことで具体的に何か問題があったわけではなく、美由紀は店員の言葉を軽く受け流して店を出た。
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自分のアパートへ戻り、夕食を取りながら帰って来たスマホを手元に置いて、昨日から今日までのメッセージや書き込みに対する返信をひと通り済ませると、修理でアプリや保存データに問題が起こっていないかざっと確認した。
「あら?」
几帳面な性格の美由紀は、写真や動画のデータはきちんとフォルダに分類して格納しているのだが、写真フォルダを開いてみると、一番上の階層にどこにも分類されていない動画データのサムネイルが表示されていた。
そのサムネイルは真っ黒で何の動画かさっぱりわからず、美由紀の脳裏に昨夜の動画が思い浮かんだ。
しかしここにあるのは自分自身のスマホであり、あの動画が保存されていたスマホではないのだ。
再生時間は、五分三十秒で昨日の動画全く同じ。
「でも昨日のデータのはずがないわよね。」
とはいえ、自分のスマホに保存されている以上、それが何かを確認して削除するか適切なフォルダに移動しなければいけない。
美由紀はそのサムネイルをタップした。
「えっ?・・・えっ?」
それは間違いなく昨日の動画だった。
「なにこれ、そんなのあり得ないわ。」
返却したスマホの動画が何故自分のスマホに保存されているのか。
メールなどで送りつけられても自動的に保存用のアプリに取り込まれることはないはずだ。
いや、あり得る。
美由紀の脳裏にひとりの男性の顔が浮かんだ。あの携帯ショップの店員だ。
両方のスマホに触ることが出来たのは彼だけなのだ。彼なら両方のスマホに動画を保存することが可能だったのではないか。
「そんなことをするような人に見えないけどな。」
それにこの動画を美由紀に見せることにどのような意味があるのだろうか。
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翌日の夕方、美由紀は仕事を終えるとまたあの携帯ショップへ向かった。
「いらっしゃいませ。おや、何か不都合がありましたか?」
カウンターに近づく彼女に気付いた彼はすぐに声を掛けてきた。
「いいえ、違うんです。ちょっと確認したいことがあって。」
カウンターを挟んで彼と向き合って座った美由紀が、あの奇妙な動画ファイルの話をすると、店員はちょっと待ってと言って店の奥に引っ込んだ。
程なく彼は昨日まで美由紀が借りていたあの黒いスマホを手にして席に戻ってきた。
「残念ながら石川さんが昨日これを返却された後、全ての個人データは消去されているはずなので残っていることはないと思いますが。」
そう言いながら彼は汎用のSIMカードを挿入し電源を入れて確認したが、確かに彼の言う通り、そのスマホには美由紀が観た動画は保存されていなかった。
そして美由紀のスマホで保存されていた動画を彼に見せたが、全く知らないと彼は答えた。
「修理で預かったスマホのデータはお客様の依頼がない限り、勝手にいじることはありません。基本は依頼があってもやらないんです。それは店の信用に関わりますから。」
そう言う彼の言葉を聞いて、美由紀はふとある考えが頭を過った。
「そのお借りしていたスマホにもう一度私のスマホのSIMを入れてみて貰えませんか?」
「いや、SIMに動画が保存されているということはありませんから。」
そう言う彼に無理を言ってSIMカードを入れ替えて貰った。
「あれ?動画が入ってる。そんな・・・そんな馬鹿な、こんなことはあり得ない。石川さん、あなた自身この動画の内容に何か思い当たることはありませんか?」
当然のことのようにみゆきが首を横に振ると、店員はもう一度美由紀のSIMカードを元の彼女のスマホに戻した。
「動画ファイルが勝手に保存されることはあり得ないのですが、実際こうなっている以上、何かが起こっているのでしょう。でも今のところ動画が保存されているだけで石川さんに直接の害はないみたいですから、とりあえずこのまま使ってみて下さい。もし更に何か起こるようでしたら是非連絡をください。僕も興味がありますから。」
店員はそう言って胸ポケットから自分の名刺を取り出すと、裏に自分の携帯番号をメモして美由紀に渡した。
名刺を見ると新堂敬一郎という名前で、肩書は店長になっている。
「あら、店長さんだったんですか。それにしてはお若いですね。」
「ええ、何年か前に親から継いだ電器屋を携帯ショップに鞍替えしたんです。最近になってやっと調子に乗ってきたところですね。」
「そうですか。今日はお時間を頂いてしまってすみません、ありがとうございました。」
「いえ、本当に何かあったら遠慮なく連絡してください。」
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その翌日、今度は携帯ショップの新堂から美由紀に電話が掛かってきた。
あの動画な内容がどうしても気になるのでもう一度じっくり観せて欲しいということであり、美由紀は動画がどうしても消去できず困っていたこともあり、話が長くなりそうだったのでショップの近くにあるコーヒーショップで待ち合わせた。
昨日はさらっと確認しただけの動画を新堂はスマホの画面に顔を近づけてじっくり見入っている。
「この動画はノンフィクションなのかな。」
「うん、私は何だか演技のような気がして。どこかのB,C級ホラー映画の切り出しかな、なんて。」
新堂もまずこの動画は事実なのかという当然の疑問を持ったようだが、真由美の言葉に新堂は軽く頷いて言葉を返した。
「映画か何かの切り出しだとすると、気になることもあるんだ。」
「何?」
「ふたりが風呂に入っている時に麻友子という名の奥さんが襲ってくる場面があっただろう?そこで一緒に入浴していた女性の股間が修正なしでモロに映っていたんだ。つまりこの映像はユーチューブなんかも含めて表の世界で流通しているものではないということだ。」
「じゃあ、裏ビデオみたいなものなの?」
「エッチな映像だけが目的のいわゆる裏ビデオとはちょっと違うよね。そんな目的で作られたものじゃなさそうだ。そうだとするとこの動画の目的は何なのか?」
「やっぱり個人的に誰かが撮った実録ということになるのかしら。」
しかし映像の内容も変だが、やはりそもそもこの動画の現れ方が謎なのだ。
起動していない写真アプリへ直接保存されるというのは常識的に考えられない。
「何か特殊なウィルスソフトでそれを行う方法があるのかもしれない。もしくは人知を超えた心霊的なものとか?」
「やめてよ。眠れなくなるじゃない。」
美由紀は不安そうな表情を見せたが、動画の内容が内容なだけに彼女も何となくそう感じるところはあった。
「そうだ、ちょっと待っててくれないか。」
新堂はそう言うとコーヒーショップを出て行き、十五分程で戻ってきた。
どうやら自分の店に戻っていたようだ。
「石川さんの話を聞く限り、あの黒いスマホが発端のような気がするんだが、あのスマホはお客さんから買い取ったものを貸出用に使っているんだ。そしてこれが売りに来た人のデータ。」
本当は他人に見せてはいけないんだが、と前置きして新堂が美由紀に見せた紙には、そのスマホを売りに来た人の住所や名前が書かれている。
それを見ると、豊島区に住む岩月雅也という四十歳の男性だ。
その場で新堂がそこに書かれている電話番号に電話してみたが、現在は使われていないという反応が返ってくるだけだった。
「仕方がない。現地に行ってみるか。」
「え?現地って?」
「ほら、ここを見てごらん。」
新堂はスマホを操作して、動画のワンシーンで画面を止めた。
それは冒頭の山道を歩いているシーンだ。
新堂はそこで画面のある部分を拡大した。
それは路肩に立っている電柱であり、『矢祭町 関岡』、そして数字が表示されたブルーのプレートが固定されていた。
数字は番地ではなく、おそらく電柱の番号だろう。
矢祭町と言えば福島県だ。
「明後日はお店の定休日だから、ハイキングがてらちょっと行ってみるよ。まあこの関谷という地名だけでこの場所に行きつけるかどうかわからないけどね。」
「私も行く!」
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目的の別荘は予想外に早く見つかった。
関谷という場所は、水郡線東舘駅から滝ノ沢温泉を抜けた山側になり、道数も少ない。
近くまで行き、通り掛かった人に道の画像や建物の画像を見せると、すぐにその場所を教えてくれたのだ。
そして同時にその人から、一年ほど前にその別荘で殺人事件があったということも聞かされた。
殺されたのは男女二人で犯人は見つかっていないらしい。
「え、嘘⁉」
動画に映っていたのと同じ別荘までの山道を歩きながら、美由紀はその事件の事をスマホで調べていた。
「その殺人事件の被害者は、岩月雅也、四十歳と小池麻貴、二十八歳のふたり。別荘はこの小池麻貴の父親の持ち物なんだって。」
「岩月雅也ってあのスマホを売りに来た?事件は一年前だろ?僕があのスマホを買い取ったのは数か月前だぜ?どういうことだ?」
ふたりの脳裏には、動画の最後で血だらけの麻友子に岩月雅也が刺殺される場面が浮かんでいた。
そして事件を伝える他の記事も探してみたが、岩月雅也の奥さんと思われる麻友子の名前はなかった。
それが何を意味しているのか。
三十分程山道を歩き、別荘の前にたどり着いた。
そのような事件があったからだろうか、中に人の気配はない。
「どうするの?中に入って見る?」
「せっかく福島まで来たんだ。このままでは帰れないよ。」
新堂はそう言ってさっさと中に入って行き、もちろん美由紀もそれに続いた。
玄関には鍵が掛かっていたが、ひょっとしたらと思い裏手に回ると勝手口は施錠されていなかった。
「ここでふたり刺し殺されたのかと思うと、やっぱりいい気分じゃないわね。」
勝手口からキッチンへ入り、奥へと進む新堂の上着の裾を掴んで後に続く美由紀の言葉に対し新堂はふふんと鼻で笑った。
「俺は三人だと思うけどね。」
「やっぱりあの動画は事実だと思ってるということ?」
「ああ、ここまで来てあの動画がまるっきりの作り物だと思う方がどうかしてる。」
キッチンを抜けた横にある扉を開けると、そこはトイレと浴室だった。
「ここで奥さんが刺し殺されたということだな。」
浴室の床は綺麗に掃除され、目で見る限り血の跡は見当たらない。
そしてリビングへと進むと、そこには事件の痕跡がはっきりと残されていた。
事件後、この別荘は全く使用されていないのだろう、ふたりが倒れていた状態を示したチョークの線がそのまま残されており、乾き切った血痕が生々しい。
そしてチョークの線が示す一体の形は、あの映像にあった女が倒れていた状態と一致している。
「そうすると、残るひとりは外の林の中か…」
新堂はそう呟くと、足早に建物の外へと出て行った。
美由紀も慌てて後を追うと、庭に出たところで突然新堂が足を止めた。
美由紀がどうしたのかと新堂の見ている方向に目をやると、雑草の生い茂った庭の向こうに見える林の中に誰かが立っているではないか。
それはあの浅黄色のワンピースを着た髪の長い女、麻友子に間違いなかった。
「あ、あ、あ・・・」
声にならない声を出して美由紀は新堂の背中に抱きついた。
「どうやらあそこに埋まっているようだな。」
麻友子の霊はじっとふたりの方を見ているようだ。
「さて、帰ろうか。」
「えっ?このまま帰るの?」
そう聞き返したものの、美由紀にもあの女が立っている場所へ行く勇気は無かった。
「ああ、自分の死体を見つけて欲しいのかもしれないが、そもそも旦那に浮気されたからと言って相手の女を殺そうとして返り討ちに遭い、そして旦那に埋められた。自業自得だよ。」
新堂はそう言って美由紀の手を握るとそのまま別荘を出た。
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美由紀は、そのまま東京へ戻るのかと思ったが、新堂は東舘の警察署へ立ち寄った。
そして対応してくれた警察官に、スマホに残った動画から始まった一連の成り行きを説明した。
警察官はもちろん怪訝そうな顔をしていたが、それでも最後まで話を聞いてくれた。
「・・・ということなんです。現実離れした話だということは我々も承知していますが、嘘はついていません。信じるか信じないかはあなた次第です。」
と、新堂は何処かで聞いた事のあるセリフで話を終えると、彼に動画を転送して警察を出たのだった。
「新堂さん、私、解らないことがあるんだけど。」
東京へと向かう帰りの電車の中で美由紀は自分のスマホを眺めながら新堂に問いかけた。
「何?」
「結局、スマホに残っていた動画は殺された岩月雅也が残したものだったっていうことでしょ?彼のスマホに残っていたんだし、動画は終始彼の目線だったし。」
「そうだね。真実は分からないけど、おそらく自分が殺されて半年経っても犯人が特定されないことに苛立って、あの黒いスマホに自分の記憶を動画として残し、俺の店に持ち込んだということかな。何故俺の店だったのかは分からないけど。たまたまかな。」
「何で私のスマホに移ったのかな。」
「それは、買い取ったあのスマホを貸出用に取って置いたけどずっと誰も借り手がなくて、石川さんが最初の借り手だったからだよ。ここで動画を移さないとまた俺の店で眠ることになっちゃうってことだろ。」
「麻友子さんは関係ないの?」
「彼女はあの別荘に埋められ、幽霊となってふたりに復讐した後、遺体を見つけて欲しくてあの場所で地縛霊になっているって事かな。」
「なるほどね。」
そして気がつくと美由紀のスマホから、あの動画が消えていた。
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後日、新堂と美由紀は福島県警から呼び出された。
やはりあの林の地中から、ほぼ白骨化した女性の遺体が見つかったのだそうだ。
もちろん、ふたりにやましいところは何もない。
これで麻友子の霊もあの場所に立ち続けることはないだろう。
そしてあの動画を以って事件の真相を知らしめたいという岩月雅也の欲求も、ある程度は満たされたはずだ。
もちろん警察がそれを事実として認知し公表することはないであろう。
ふたりの人間を殺害した麻友子の霊を裁く法律は、人間世界には存在しないのだから。
…
◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
このようなスマホ、パソコンに見知らぬファイルが保存されていた系の話も多いですよね。
何も考えずに書いていたら、2万文字をラクに超えていたので今回は8千文字ほどに圧縮して投稿します。
主に店長による動画の謎解き部分をカットしたのですが、如何だったでしょうか。
ミステリー好きの天虚空蔵としては、残したい部分ではあったのですが、まあ、怖話としては、これでもいいかなと。