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「さとるくん」                  「あいうえお怪談」第23話 さ行・さ

中編7
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「さとるくん」                  「あいうえお怪談」第23話 さ行・さ

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「あいうえお怪談」さ行・さ

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第23話「さとるくん」

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秋の夜長、「あいうえお怪談」でお楽しみくださいね。

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俺の友人M(仮名)には、「さとるくん」という4歳年上の従兄弟がいた。

「さとるくん」は、Mの母親の「姉」に当たる人の息子なのだが、近所に住んでいたにもかかわらず、Mは、一度も会ったことがなかった。

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ひとりっ子で兄弟姉妹のいないMは、従兄弟の「さとるくん」に会える日を心待ちにしていた。

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たしか、幼稚園の年中の頃だったと思う。

秋彼岸の中日、Mは、母に手を引かれ「さとるくん」の家を訪れた。

家の中は、真昼だというのにやけに暗く湿っぽかった。

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天窓からこぼれる、かすかな光をたよりに、Mの母は、奥ヘ奥へと足を早めた。

Mは、離さぬよう必死で母の手を握りしめ寄り添い歩を進めた。

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長い廊下を抜けると、広いリビングが現れた。

そこには、骨董屋と見紛うばかりのアンティークな家具が所狭しと置かれていた。

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一見小綺麗に片付いているものの、よく見ると白いホコリが見て取れたし、不快な匂いが、あたり一面に充満していた。

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「厭な匂いね。安い油は、使わないでって言ったのに。ホント頭にくる。」

母は、独り言をつぶやきなから、ふぅふぅと両手で払う仕草をした。

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リビングの奥に、人の気配がした。

ぎぃぎいぎぃ

音のする方に目をやると、ロココ調の彫刻が施された大きなテーブルの横で、髪の長い女の人が、リクライニングチェアにもたれながら、前後にゆらゆら揺れているのが見えた。

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「姉さん。お久しぶりです。元気にしてた。この子が、『M』私の子よ。」

母は、冷たく言い放った。こんな意地悪な母を見るのは、初めてだった。

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それから、Mに向かい、

「この人が、叔母さんのH美さん。「さとるくん」のお母さんよ。」と教えてくれた。

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「こ、こんにちは。は、はじめまして。」

ペコリと頭を下げたMに、なぜかH美からの応答はなかった。

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戸惑うMに対し、母は、

「ごめんね。H美叔母さんは、病気なの。だから、お話ができないの。がっかりしないでね。」と頭を撫でた。

―そっか。お話できないのか。じゃぁ、仕方ないね。

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Mは幼いなりに、なんとか気分を変えようと、明るい声で、

「さとるくんはどこ?」

と尋ねてみた。

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が、母からもH美からも、それに対する返事はなかった。

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一抹の淋しさを覚えつつも、H美という叔母に会えたこと、「さとるくん」の家と、自分の家が近かったことが、兄弟姉妹のいないMには、たいそう嬉しくてたまらなかく感じた。

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玄関にさしかかった時、

「また、来てね。」

かすかに、男の子の声が聞こえ、思わず、

「うん。わかった。」

と答えた。

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それから、徐ろに、母を見上げ、

「また来ていい。」

と尋ねたが、母は、にべもなく、

「もうここには、二度と来ないわ。」

と言った。

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その日から、母は、なぜか、妙にふさぎ込むようになった。

そして、あろうことか、Mの母は、叔母の家を訪ねた3日後に、心筋梗塞で急逝した。

ほぼ即死状態だった。遺体は、見せてもらえぬまま、荼毘に伏せられた。

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虚空を掴むような格好で、身体が捻れたままで亡くなっていたらしい。

忌み嫌われる「呪われた」死に様なのだと後になって聞かされた。

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悪いことは重なるものだ。

母の葬儀を終えた翌日。今度は、Mの父親が、交通事故で他界した。

事故死とはいえ、父も母同様、即死だった。

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目撃者の証言によると、歩行者信号は、「赤」だったにも関わらず、なにかに誘われるようにフラフラと道路に飛び出したところを疾走してきたダンプカーに跳ねられたらしい。

遺体は、あちこちに散乱し、見るも無惨な状態だったと聞いた。

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警察の手がはいったため、葬儀は、ずっと後になってから行われた。

轢死体でもないのに、両手が切断され、ついに発見されぬまま火葬された。

ヒソヒソ噂話が近所中で囁かれているようだった。

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時を経ぬまま両親一度に亡くしたMは、高校を卒業するまで母方の祖父母の家で過ごした。

幼稚園の友達と分かれるのは辛かったが、両親の悪い噂を聞きながら、肩身の狭い思いをして過ごすよりは、田舎に引きこもり、事情の知らない人たちと、静かにのんびりと過ごした方が良いとの配慮からだった。

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Mは、祖父母に、時折、思い出したように、「さとるくん」のことを聞いてみたが、二人とも押し黙ったまま何も話してはくれなかった。祖母は、目に涙を浮かべながら、孫はアンタだけでいい。とまで言い出す始末。

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Mは、そんな「さとるくん」が不憫でならなかった。

まるで、いないほうがいいみたいな言い方じゃないか。

「さとるくん」の気持ちを思えば、正直、とても悲しかった。

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「さとるくん」の母親であるH美について尋ねても、苦渋の表情を浮かべるだけで固く口を閉ざしてしまう様子をみるにつけ、成長を遂げる過程で「さとるくん」や叔母H美のことには、一切触れないようにしようと心に誓った。

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「最初からいなかったと思えばいいんだ。」

そう言い聞かせた。

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ある日、Mの職場に解体業者から電話がかかってきた。

Mの母が語ったように、叔母の家を訪れる機会は、二度と訪れないだろうと思っていたMは、その内容を聞いて正直驚いた。

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祖父の名義の東京の空き家(H美と「さとるくん」が住んでいた家屋)の解体作業に着手したいのだが、リビングに飾ってある油彩画の処分について相談したいとのことだった。

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祖父に確認するも、「とにかく壊して更地にし、売っぱらってしまいたい」の一点張りで、油彩画のことについては、さっぱり要領を得ない。

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はたして、叔母の住んでいたあの家に、油彩画などあっただろうか。

Mは、戸惑いつつも、高齢で施設に入所している祖父母に代わり、かつてH美叔母が住んでいた あの家を再び訪れることになった。

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叔母の家は、かなり傷んでいたものの、築年数の割には、雨漏りやシロアリの被害もなく、叔母と会った奥のリビングは、当時のまま、きれいな状態に残されていたが、解体作業員から油彩画を見せられたMは、驚きのあまり絶句するしかなかった。

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件の油彩画は、100号サイズ。意外にも大きなものだった。

油彩画は、壁の三分の二を覆うような格好で、ほぼ同じ目線になるような高さに吊るされていた。

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そこには、リクライニングチェアに腰掛けた髪の長い若い女性が、こちらを見つめている姿が描かれていた。

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不可解かつ不可思議な叔母との出会いの真相に触れたような気がしたMは、鳥肌が立ったまま、しばしその場から動けなくなった。

あの日の出会いの一コマが、100号の油彩画となって、今、Mの眼の前に再現されたのだ。

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更に、描かれた日付を確認し、Mは、その場に倒れ込みそうになった。

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198☓年9月23日 

そう、忘れもしない秋彼岸の中日。Mと母が、H美叔母と「さとるくん」の元を訪れた日である。

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長い髪 うつろな表情。ゆらゆらと揺れるアンテークなリクライニングチェア。寸分たがわぬあの日のH美の姿が描かれている油彩画に、Mは、震えが止まらなかった。

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だが、それ以上に驚いたのは、H美以外に描かれていたモノ、いや人物である。

それは、H美の横に、寄り添うように佇むピエロの姿であった。

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その表情は、今にも泣きそうにも見えるし、角度を変えれば、大声で笑い出しそうに見えた。

その時の、気の持ちようで、いかようにも変化するのかもしれなかった。

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ピエロの背丈は、小学1年生ぐらいであろうか。その胸元には、「さとる」と書かれた名札がしっかりと縫い付けてあった。

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そうか。

あの日、「さとるくん」は、あの場所に、あの家にいたのだろう。

俺が、俺だけが見えていなかっただけだったんだ。

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くそ。なんてこった。

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その時、若い作業員が、重い口を開いた。

「作業にかかろうとすると、背後から視線を感じるんですよ。特に、この絵の中のピエロが妙に怖いんです。ゴミと一緒に廃棄しようとしたんですが、なんか、生きているように生々しくて。何かあってもいけないし。手を出せなかったんです。」

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霊感があると言って憚らないその男は、ブルっと身を震わせた。

「君さぁいたずらに怖がるなんて失礼じゃないか。かつては、人だったんだぞ。」

Mは、ただ怯えるだけの作業員に向かって、苦言を呈した。

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その日のうちに、軽トラックをレンタルしたMは、その足で、霊が見えるという知人の元を訪れた。

「何を感じる?」

知人からは、お焚き上げをするようにと薦められたが、敢えてそれをせず、Mは、この油彩画を知人を通し、骨董屋にただ同然で買い取ってもらった。

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後日、骨董屋から、かなりの高値で売れたと聞いた。

「呪物」マニアには、喉から手が出るほどの一級品らしい。

Mの望み通り、いたずらに霊を怖がらない人に買ってもらったそうだ。

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「H美叔母さん、さとるくん 幸せになってな。俺の父親と母親は、因果応報。自分で巻いた種で地獄に行ったんだから。」

終わりにしよう。

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「真相を知るとさ。怖いというより、胸糞悪いんだわ。だが、世の中なんてそんなものだろう?」

吐いて捨てるように語った後で、Mは、それでも、「さとるくん」に会いたいという思いは、今も昔も変わらない。いつか、本物の「さとるくん」に、会えるような気がしている。と呟いたという。

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