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「タミヤ・・・って?」          「あいうえお怪談」第37話「た行・た」

長編12
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「タミヤ・・・って?」          「あいうえお怪談」第37話「た行・た」

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あいうえお怪談

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た行・た

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第37話「タミヤ・・・って?」

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某都内の高級ホテルで15年ぶりに再会した愛美は、俺の姿を見つけるなり、すがるような眼をして駆け寄ってきた。

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「よぉ、どうした。久しぶりに会ったというのに、そんなシケた顔して。」

「こんばんは。悪いね。急に、呼び出したりして。そ、そういえば、結婚したんだっけ。おめでとう。」

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「よせよ。今更。お前も随分、キレイになったじゃないか。」

「相変わらず、口が上手いね。都会暮らしが長いから更に磨きがかかったみたいね。」

「愛美。お前は、結婚しないのか。」

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「・・・いいの。かなり前に諦めた。」

「なんだ、男にでも騙されたか。それとも、振られたか。」

「まぁ、そんなとこかな。昔の男が忘れられなくてさ。」

「しょうもねぇなぁ。お前ってやつは。」

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愛美は、俺のマブダチ健吾の妹だった。

俺と健吾は、地元では、Rという ちっとは名のしれた暴走族の仲間だった。

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家も近所だったことから、健吾や妹の愛美と四六時中一緒に行動するようになった。

妹の愛美をバイクの後ろに乗っけて走ったりしているうちに、たまに、仲間から離れ、ふたりきりで海や山に出かけたり、うまいもんを食いに行ったりと、良い関係になっていった。

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だが、そんな青春時代の甘酸っぱい関係も、そう長くは続かなかった。

地元で建設会社を経営していた健吾の父親が、突然の不慮の事故で急逝したことにより、それまで、羽振りの良かったふたりの生活が一変した。

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俺も親に泣きつかれ、下から数えた方が早い惨憺たる成績で地元の高校を卒業した。

親のスネをかじりながら予備校に通い、一浪の末、やっと東京近郊のFラン大学に入学した。

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健吾は、地元で就職し、父親の会社を再興すべく、真面目に仕事をしていると聞いた。暴走族のかつての仲間たちも、二十歳の坂を越える頃には、いつしか散り散りになり、族のリーダー的存在だったRは、惜しまれながら解散した。

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大学生活は、バイトに明け暮れ、彼女らしき女も出来たことで、たまの休みも田舎に帰ることは滅多に無くなった。

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健吾は、二級建築士になるんだと勉強と仕事に明け暮れていたし、愛美とは、高校卒業祝と称し、隣県の日光まで、泊りがけで旅行したのを最後に、疎遠になってしまったのだった。

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ちなみに、日光に愛美とふたりだけで旅行したことは、健吾にも俺の両親にも、かつての族の仲間たちにも内緒だった。

愛美には、「もう今日を最後に会うのは止めよう。」と一方的に別れを告げた。

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愛美は、眼にいっぱい涙を浮かべながらも、コクリと小さく頷くと俺の前からいなくなった。

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健吾からは、「最近、妹の様子がおかしいんだが。心当たりはないか。」と訊かれたが、知らぬ存ぜぬを通した。

所詮、それだけの関係だったのだと。心のなかで言い聞かせた。

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愛美は、1年ほど前に、パート先のスーパーに買い物に来ていた俺の母親に会い、俺が、探偵事務所に勤めていることを知った。

そこで、わらをもすがる思いで、俺の携帯番号を聞き電話したのだという。

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「まさか、繋がるとはね。驚いちゃった。」

「そんなに驚くことでもないだろう。」

「探偵事務所以外にも、副業で、投資の仕事をしているんだってね。かなり稼いでいるんでしょうね。」

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15年ぶりに会う愛美は、すっかり大人の女になってはいたが、田舎から一歩も出たことがないせいか、化粧も着こなしもイマイチ垢抜けない。

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懐かしい思い出話を振ってみるも、愛美は、心ここにあらずとばかり、切羽詰まった表情を浮かべ、常に、背後や周囲に視線を泳がせては、身を縮め、何かに怯えるかのようにキョロキョロしている。

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「なにか食って少し落ち着こう。」と声を掛けるも、

「いらない。食欲がないの。」と、取り付く島がない。

とりあえず、ホテルのロビーからラウンジへと移動し、じっくりと話を聞くことにした。

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愛美は、カウンターに腰をかけるやいなや、

「健吾兄ちゃんが、3週間ほど前に、急に行方不明になって。」

震えながら、涙声で訴え始めた。

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「なんだって?なにかトラブルでもあったのか。たしか、俺と相前後して、5年前に結婚したんだよな。急な、失踪だなんて。家庭か職場で何か問題でもあったんじゃないのか。」

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愛美は、首を激しく横に振りながら、違う違う違うのと、繰り返し否定する。

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困り果てた俺は、

「警察に捜索願は出したんだろう。事件か事故か、なんらかの手がかりはないのか。」

無言のままうつむく愛美に対し、

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「冷たいようだが、原因がわからないなら、探しようもないな。」

と告げ、まぁ、一口飲め。とばかりに、愛美の眼の前にグラスワインを置いた。

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「たしかに、俺は私立探偵だが、人探しがメインではない。主な仕事は、浮気調査だ。悪いが諦めてくれ。警察も行き詰まっている捜査なんだろう。それに、原因が、わからない以上・・・。」

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俺の言葉に覆い被(かぶ)さるように、愛美が素っ頓狂な声を上げた。

「原因は、タミヤ。そう、タミヤが原因。」

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「はぁ。タミヤって。誰?俺等の知り合いじゃないよな。」

「わからない。なんなのかわからないの。でも、タミヤが、タミヤのせいで、お兄ちゃんは、行方不明になったの。」

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愛美の話の内容は、なんとも奇妙奇天烈なものだった。

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今から3ヶ月程前のこと、健吾が携わっていたある解体現場から、先輩の阿部さんが突然行方不明になった。

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行方不明になる少し前、慌てた様子で、

「これから、タミヤに・・・行かなきゃならないんだ。」

と話し、大急ぎで、バイクにまたがり現場を後にしたらしい。

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ところが、その翌朝、阿部さんの家族から、昨夜から帰宅していないとの連絡が会社に入った。

真面目な家族思いの阿部さんの急な失踪に、家族も現場関係者も、皆、困惑し動揺し出した。

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最後に阿部さんに会ったのは健吾で、その時、交わした会話が、「タミヤに行かなきゃならないんだ。」だったという。

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そのため、警察からは、何度も事情聴取に呼び出され、「タミヤ」についても聞かれたのだが、なんのことか分かろうはずもない。

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「タミヤ」云々に関しては、家族・友人・知人、地名人名に詳しい地元の知識人等にあたってみても、なんの手がかりも得られなかった。

誰も彼もが、なんのことだか、わけがわからないまま、いたずらに時間だけが過ぎていった。

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ところが、阿部さんが失踪した3日後の深夜、阿部さんの携帯から奥さんあてに電話がかかってきたというのである。

「今どこにいるの。何をしているの。怪我はしていない。お腹は空いていない。」

心配し、矢継ぎ早に尋ねる奥さんをよそに、阿部さんは、たった一言、

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「タミヤがわかった。わかったんだよ。やっとやっと見つけたぞ。」

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きゃきゃきゃきゃ

「喜べ。」

ひっひっひっひっ

「楽しめ。」

ふぁぁぁぁぁぁぁ

「歌ぇぇぇぇぇ」

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奇声を発しつつ、狂喜乱舞する叫び声が聞こえ、その後すぐ、プツンと切れてしまったのだという。

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その後、奥さんは、何度も何度も阿部さんの携帯に電話するも、全く反応がない。

それどころか、発信先すら見当がつかないというのである。

結局、阿部さんからは、その日を最後に携帯から電話がかかってくることはなかった。

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落胆する阿部さんご一家を前に、何を話していいのか言葉もないと健吾は話していたらしい。

それから、1ヶ月が経ったある日、阿部さんは、解体現場から、約30キロ離れた旧Kトンネル内で死体となって発見された。

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死因は、検死の結果、心筋梗塞とわかった。

当初、事件性を疑い、捜査をしたものの、外傷もない。着衣にもこれといった乱れはなく、バイクは、トンネルの入口に置かれたままになっていたとのことだった。

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いつも持ち歩いていたカバンや財布は、そっくりそのままの状態で遺体のそばに置かれていたが、携帯電話だけが何故か未だに見つかっていないらしい。

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旧Kトンネルは、10年ほど前から、入口は封鎖され、今現在は、トンネル内に入ることすらできなくなっていた。

トンネル自体、県を跨いでいるため、管理は、隣県の町役場の担当になっていた。

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「心霊スポット」なる噂は、聞いたことがない、

ただ田舎の廃トンネルである。

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「車も人も通らないような辺鄙な場所に出向くわけがないだろう。そもそも、キノコを取りに山に入った老婆が、たまたま置いてあったバイクに目を留めるまで、誰も気づかなかったんだろう。」

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間違っても事故など起きるわけがない。仮に、他◯だとしても、遺体をそわざわざそんな場所に運び、埋めもせずに放置するバカがいるか。」

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俺は、あまりの理不尽さに、怒りが込み上げてきたが、その後、淡々と語る愛美の話は、更に、俺を混乱させた。

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阿部さんの葬儀を終えた日の深夜、帰宅した兄の健吾の様子がおかしいことに気づいたという。

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しきりと、「タミヤは・・・タミヤに・・・タミヤが・・・タミヤを・・・。」

ブツブツと呟きながら、身体を前後にゆすり、ぼんやりと手のひらを眺めていたのだという。

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愛美が、

「兄ちゃん何やってんの。駄目だよ。そんなことしちゃ。」

と怒鳴ると、ハッと我に返り、なにかに怯えるように背後や周囲を気に出し、

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「なんでもない。気にするな。気にするな。」

と宥めながら、力なく笑ってみせた。

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愛美の話によると、健吾は、阿部さんの葬儀の後、阿部さんと最後に言葉を交わした例の解体現場に足げく通い始めたらしい。

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そこは、既に更地になっており、今現在、「売地」の札が立っている。

にもかかわらず、健吾は、そこで一体何をしているのか?何がしたいのか、皆が訝しく思い始めた頃、今度は、健吾が、失踪。行方不明になったのだと。

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失踪する数時間前。愛美に、健吾の携帯から電話があったという。

「タミヤがわかった。これから、タミヤに・・・。」

とだけ言い残し、プツンと通話が切れたとのことだった。

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「ねぇ、お願い。タミヤを一緒に探して頂戴。タミヤがわかれば、健吾兄ちゃんも、きっときっと見つかるような気がするの。」

「・・・・・・・。」

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俺は、霊感もないし、この歳まで、幽霊や妖怪に会ったこともない。

それこそ、高校生ぐらいまでは、暴走族Rの仲間たちで、地元の心霊スポット巡りをしたことはあるが、他の暴走族のグループと遭遇し、喧嘩になるとか、地元ヤンキーらと肝試しをし合うことはあっても、心霊現象とやらに会ったことは、後にも先にも一度もない。

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ただ、職業柄、不倫の現場を盗撮したり、情報収集にとどまらず、潜入調査といった人間の「闇」の部分を暴き出し、晒す行為を繰り返し続けた結果、妙な勘が働くようになってきた。

俗に言う、第六感ってやつが、それに当たるのかもしれない。

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直感で、「こいつは、ヤバい。」と思った案件には、絶対に触れてはいけない。

即座に断る。が、この業界の鉄則なのだ。

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愛美が飲まない代わりに、俺が、飲み続けたせいで、急に眠気が襲ってきた。

手元の時計は、23時を回っている。

もうそんな時間なのか。ものの30分も話していないような気がしていたが。

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時間も場所も そろそろ、引き上げないと、まずいことになる。

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俺は、咄嗟に、言い放った。

「悪いが、俺の力ではどうすることもできない。そもそも、情報が少なすぎて、手がかりが掴めない。警察に任せるほか術(すべ)はないな。」

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予想外の言葉だったのだろうか。

愛美は、目に涙を浮かべながら、必死に訴え続けた。

「お願い。頼むすけ。健吾兄ちゃんを、タミヤを・・・。」

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すがりつく愛美の手を振り払い、

「すまないが、明日は、早朝から仕事なんでね。今日は、もう遅いし、愛美も田舎から出て来て疲れているだろう。宿泊先が決まっているなら、早く戻り、休んだほうがいい。決まってないなら、このホテルに泊まればいい。今日は、平日だし、空室なら多少高くてもあるだろうから。」

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俺は、そう言うと、するりと身を交わし、カウンター席から降りた。

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「なしてよ。なして、助けてけねのよ。健吾兄ぃとは、おめぇ、マブダチだったんじゃねぇのか。」

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懐かしい田舎訛りが混じった怒声を背中に浴びながら、俺は、振り向くこと無くその場を後にした。

これでいい。気の毒だとは思うが。これ以上は、関わりたくない。のが、本音だった。

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都心とはいえ、11月ともなれば、夜になるとかなり冷え込む。

最終電車に揺られながら、

『タミヤが、タミヤを、タミヤに、タミヤが、・・・・・る。』

愛美の発した言葉を、頭の中で反芻する。

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それにしても、薄気味悪い話だな。

タミヤって、一体 何なんだよ。

人か、モノか、地名、書物????

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それとも・・・・・。

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都心から離れること約1時間。

俺は、5年前に結婚し、その2年後、妻の実家からの援助もあり、郊外に建売住宅を購入した。

妻は、保険会社で事務のパートをしている。

子どもはいない。

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都心から離れた場所にあるため、深夜帰宅は、珍しくない。

いつもなら、既に床に就き、イビキをかいて爆睡している時間帯だ。

そんな妻が、寝ずに俺の帰りを今か今かと待っていたのだという。

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「こんな時間まで、よく起きていられたな。俺が、浮気でもしていると思ったか?」

愛美に会うことは内緒だった。

正直なことを言えば、あわやくば、一夜限りの関係になることも十分あり得ただろう。

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俺も、かつてのガールフレンドと久しぶりにホテルで再会するのである。

下心がなかったわけでもない。

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一時間前まで、都内高級ホテルで愛美と会っていたと知ったら・・・。

俺は、少しだけ後ろめたい気持ちになった。

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だが、妻の発する言葉に、俺は、硬直した。

「だって、滅多にならない固定電話に、3時間前から、何度も何度も代わる代わる同じ人から、同じ内容の電話がかかって来るんだもん。気持ち悪くて眠れないじゃない。」

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―固定電話だと?

「途中で着信拒否にしたのに。それでもかかってくるのよ。」

妻の顔は青ざめ、歯をカチカチと鳴らし、肩は小刻みに震えていた。

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身体全体が、キリキリと音を立てて軋み、壊れるような感覚に襲われた。

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「健吾って人からよ。あなたの古い友人だって。覚えてる?」

「・・・・・・・。」

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「それから、もうひとり。阿部さんって中年の男の人。」

「・・・・・・。」

「タミヤに・・・い。タミヤを・・・・れって、タミヤの後が、よく聞き取れないのよ。」

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俺は、絶句し、身体中総毛立った。

「主人は、仕事で帰りが遅くなりますが。後から、掛け直させますか。と言っているのに。低く掠れた声で、『タミヤに・・・・る。』って言ったきり切れちゃうのよね」

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その時、テーブルに置いた俺のスマホから電話のコール音が響き渡った。

おそるおそる画面を見る。

発信者は、俺の母親からの電話だった。

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急いでスマホを耳にあてる。

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「俺君。こんな時間にごめんなさいね。ねぇ、愛美ちゃんって覚えてる。あなたたち、仲良かったじゃない。実はね。悲しませるといけないと思って今まで黙っていたんだけど。」

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「愛美ちゃん、ずっと行方不明だったの。今日、やっと遺体が見つかったらしいわ。入水自◯だって。日光の華厳の滝。俺君と初めて旅行した場所だったらしいわね。」

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「・・・な、何言ってんだよ。」

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「お兄さんの健吾君も行方不明のままでしょう?お母さんも先日お亡くなりになったばかりで。不幸続きでお気の毒よね。喪主は、遠方にいる叔父さんがすることになったらしいけど。たくさんあったはずの遺産に関する書類がいっさいがっさい紛失していたんだって。」

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「母ちゃん、ちょっと待て。何、何、話してんだよ。」

俺を無視して、母ちゃんは、話し続ける。

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「いつだったかな。スーパーで愛美ちゃんに会ったのよ。あなたに話したいことがあるって言うから、あなたのスマホの番号を教えてあげたの。その後、愛美ちゃんから、電話あった?」

「・・・・・・・。」

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「そしたら、愛美ちゃん。『タミヤを・・・タミヤが・・・タミヤに・・・・・る。』

って嬉しそうに『俺君』あなたの話しをし出したのよ。」

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「・・・・・・」

ー違う違う違う違う

「お前誰だ。母ちゃんじゃないだろう。」

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俺は、大声で叫び、咄嗟にスマホから耳を離し、床に叩きつけた。

その瞬間。

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ドンドンドン 

いきなり、玄関のドアが叩かれ、低い嗄れた声が漏れ聞こえてきた。

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「タミヤ・・か?」

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妻が、おそるおそるドアスコープから外を覗いた瞬間、

ぎゃぁぁぁぁぁぁぁと断末魔の叫びを上げて、倒れ込んだ。

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妻に駆け寄る俺の眼の前で、

ドンドンドンドン

ドアが、激しく叩かれ続けている。

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「夜分にすみませーん。タミヤァ・・・・タ。」

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「タミヤ・・・・ロ。」

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「タミヤに・・ヲ・・・・・・イ・・・タ」

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俺の名は、俺の名は・・・

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タミヤじゃねぇ。

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・・・タミヤ・・・って?誰よ。

薄れゆく意識の中で、呟く俺の耳元で、

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「お前のことだよ。ヤマチ。」

健吾が囁いた。

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