今から十五年前の十一月末日、札幌市中央区宮ノ森にあるM家。深夜にもかかわらず、一階の居間には家族全員が起きていた。長男のAが誰にともなく声をかける。
『二階に行くから』
無言で応える父母と弟。自室に戻ると、膝を抱えて部屋の中央に座る。十九歳のAは、あと数分で二十歳になるのだ。
チッ チッ チッ チッ チッ チッ
静寂の中、時計の秒針だけがかすかに音をたてる。
チッ チッ チッ チッ チッ チッ
確実に忍び寄る死へのカウントダウン。
チッ チッ チッ チッ チッ チッ
ゴクッと、喉が鳴る。
カチッ・・・・・・
不意に、空間を押し潰すような圧力が外からやって来た。飛びつくように窓を開け放ったその先に・・・・・・ソレはいた。
青白く透明で巨大な物体が、全体を小刻みに震わせながら近づいて来る。一見、スライムのようだが、問題は中身だ。
『オゲェ・・・ゴフ、ゴフ』
Aは激しく嘔吐した。
人間!?人間なのか!
首や手足が有り得ない角度にネジ曲がり、苦悶の表情を浮かべたままの肉塊、片足や片手が無いのはまだマシで、口から飛び出した手や頭から腹にのめり込んだ物。ある部分は千切れ、ある部分は繋がり出来上がった、趣味の悪いオブジェを体内に持つ生き物!?
死ぬ覚悟は出来ていたAだが・・・
『嫌だ、嫌だ、嫌だぁ!俺はあんな風になりたくない。あいつらの仲間なんかになりたくない!』
ズチャ ベチャ グチャ
不快な音をたてて近づく。
『頼むから、なんでもするから、助けてくれよぉ』
ズチャ ベチャ グチャ
『頼むから・・・頼む、なんでもくれてやるから』
不意に動きが止まる。耳があるとは思えないが、聞こえたのか。
『・・・・・・ニエ・・・・・・ニエ・・・ニエ・・・』
口があると思えないが、何か言っているのか。
『ニエ?なんだ、ニエって???ニエ・・・・・・生け贄か?生け贄なんだな!』
Aは脳裏によぎった事を、ためらわずに口にした。
『生け贄なら一階に居るぞ。三人もいれば十分だろう!』
M家の三人が謎の失踪を遂げた事件は、一時期世間の関心を惹いたが、時ともに風化し忘れられていった。年に一度、生け贄を探してきて与えるA以外には・・・
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A(いよいよ駄目かと思ったが、ギリギリ間に合ったよ)
A(博多ラーメン本場の人間の最後の晩餐が、札幌ラーメンとは・・・皮肉なものだな)
スープまで飲み干し、満足げなPを見てJが声をかける。
J『美味かったでしょう!いつもは味噌ばかりだけど、今日はPさんに気を使いました』
胸を張るJ、チラリと視線を交わし苦笑いするPとA。一段落したところでAが話始める。
A『これから行く幽霊屋敷の説明をします。宮ノ森という所にあるM家と呼ばれる建物です。十五年程前に、一家四人の内三人が謎の失踪を遂げた事件がありまして・・・』
続けようとするAをPが軽く手で制した。
P『今、事件と言いましたね。それは事実なんですか?』
J『それ本当ですよ。俺もネットで見た事あります』
A『あとは、噂が噂を呼び、尾ひれがついて、幽霊屋敷の完成なのですが・・・』
わずかな沈黙。食い入るように見つめる二人の視線を逸らし、再び語り始める。
A『実は僕の友人が二人、そこに肝試しに行って行方不明なんで・・・普通の場所じゃない事は確かです。手がかりでも掴めれば、と思って。お二人には申し訳ないのですが・・・』
頭を下げて詫びるAに、陽気な声が。
J『手がかり見つけて一気に解決!探偵みたいでカッコいいっしょ』
P『失礼な言い方だが、ただの幽霊屋敷よりは面白い♪』
二人の気づかいに、Aの心が揺らぐ・・・しかし
A(くそっ、ためらったら駄目だ。二人を生け贄にして生き延びなければ)
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ススキノのネオン街を抜け、幹線道路を一路幽霊屋敷へ。しきりに後ろを気にするPへ声をかける。
A『どうしました?Jさんなら場所もわかっているし、大丈夫ですよ』
P『違うんです。ススキノを素通りなんて・・・嗚呼!』
大袈裟に頭を抱えるPを見て、ハンドルを握るAの表情が緩む。
A(水曜どうでしょうは寒かったが、意外と面白い人だな)
A『無事に帰ってきたら、おごりますよ。いいキ〇バクラ知ってますから』
目を輝かせて
P『絶対、絶対ですよ。約束しましたからね!』
そんな車内の会話を知るよしもないJ。
J(寒い、寒い、寒い!カッコつけてバイクにするんじゃなかった・・・)
宮ノ森の高級住宅街を抜けた所。鬱蒼とした森の手前、立入禁止のロープを外し、森の奥へ砂利道を進む事百メートル。バイクを降りたJが車に駆け寄る。PとAも車を降りた。
A『ここがM家です』
月明かりの中三人の前に現れたのは、森を円形に切り取った無意味なほどに広い空間だった。
野球場サイズの空間の中心に、ポツンと立つ小さな黒い影。家自体は普通の一軒家なのだろうが、周りの広さが建物を小さく感じさせている。
不自然なのは、草木が一本も見当たらない事だ。除草され何者かに踏み固められたような庭は、黒々とした地肌を露出させていた。
A『行きましょうか』
薄明かりの中、それぞれ懐中電灯を手に進む。敷地内に足を踏み入れた瞬間だった。
『キュイーーーーーーン』
激しい耳なりに襲われうずくまる。
J『強烈。こんな酷いの初めてかも』
P『かなり嫌な雰囲気ですね』
再び歩き出し、家の前で立ち止まり建物を見上げる。外観も普通の二階建て、4LDKくらいか。外壁は剥がれ落ち、窓は割られている。素早く玄関に移動するJ。警戒しながら玄関のノブに手をかける。
J『開けますよ』
多少の軋みはあるものの、すんなりとドアが開く。破壊されていた内ドアをくぐると、左手にリビングと対面キッチン。右手は六畳ほどのオープンスペース。正面は勝手口か。
P『先程からの嫌な気配は変わりませんが、建物の中が酷い訳ではないですね』
壁の落書き、散乱する空き缶やペットボトルにコンビニ弁当の残骸。どこにでもある幽霊屋敷の風景だ。
J『二階を見ましょう』
Jを先頭に、P、Aの順で、ぞろぞろと階段を登る。
A(何時までも一緒に居る訳には・・・適当なところで逃げないと)
階段を登り切った二人に、声をかける。
A『すみません、ちょっとトイレに』
P『大丈夫ですか。一緒に居たほうがいいですよ』
A『さすがに建物の中ではアレなんで、何かあれば大声だしますから』
心配そうな二人を無視して階段を降り、勝手口のドアを開け建物を出る。本当に尿意を感じ、壁に向かって立ち小便をする。
A(いい奴らだけど・・・仕方ない・・・仕方ないんだ)
突然、空間を押し潰すあの感覚がAを襲う。振り向くと・・・いた。
A(何度見ても慣れないな。まあいい、生け贄は中だよ)
行く手を遮られ右に行こうとした時、建物の陰から人影が、ゆっくりした足取りで向かって来る。懐中電灯の光をあてた先には・・・
A『お、おやじ?』
背後にも気配が・・・振り向き懐中電灯を向ける。
A『お、おふくろ?』
怪物のほうからも気配が・・・
M家、十五年ぶりの再会だった。
A『うっ・・・うぎゃーーーーーー!!!』
確かにMの家族だった。あちこちが溶け爛れていたものの、意図的とすら思えるほど顔に傷はなかった。
だらしなく開いた口、視点の定まらない瞳。感情や思考はおろか、一切の生を感じさせる事はないのに、歩いている。確かな目的を持って・・・
二階では、別々の部屋を探索していた二人が慌てて飛び出してきた。
P『今の声は?』
J『Aさんだ』
階段を駆け下りる。
J『俺はこっちを見てきます』
玄関に向かうJ。勝手口のドアを開けて立ちつくすP。
目の前には巨大で半透明な物体が・・・人間オブジェを内蔵した異様な姿に固まるP。
A『ぐがーーーっ。助けてくれぇーーー』
三体の異形の者に運ばれて行くA。叫び声を聞いた瞬間、ピクッと体が動く。気づくと駆け出していた。
思いきり体当たりを喰らわす。意外にもろく崩れる三体。
P『Aさん、早く逃げよう』
A『こ・・・腰が抜けて』
すかさず脇の下から手を差し込み、Aを引きずり建物の中へ。
うぞうぞと起き上がり、Aを追いかける三体。
後ろ手にドアを閉め寄りかかる。
P『あ・・・あれは、あれは何なんですか?』
『ドンッ・・・ドンッ・・・ドン、ドン、ドン』
ドアが乱打される。必死にドアを押さえるP。腰が抜けたままの姿勢で後ずさり、リビングの壊れたソファーにもたれるA。
『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン』
P『駄目だ、もたない』
手ごろな武器をみつけ、Aの元に駆け寄よる。
P『Aさんを置いてはいきませんよ。キ〇バクラ奢ってもらうまでは』
微笑む二人。
『ドン、ドン、ドン、バキッ・・・バキッ・・・バキ、バキバキ・・・バタン』
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玄関の外に誰もいないのを確認し、建物に戻ろうとしたJに再びAの叫び声が・・・勝手口に駆け寄ろうとして見たものは・・・・・・振り返り走り出し、玄関を開けて建物の外へ。
J(何だ、何だ、何なんだぁ!逃げなきゃ、逃げなきゃ!)
一目散にバイクに駆け寄り、シートに座る。バイク乗りの習性か、ハンドルを握ると少し落ち着いた。
J(一体何なんだ、あの化け物は・・・・・・あっ、PさんとAさんが・・・どうしよう、どうすれば・・・・・・・・・そうだ、コイツで)
軽くタンクを叩き、愛機に声をかける。
J『頼むぜ、ドラッグ・スター』
キーを差し込み、セルをまわす。
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P(なんとかコイツらを倒して・・・Jさんはどこに行ったんだ)
その時・・・
『・・・・・・ドドドドドドドドド、ドグォン』
ドアが吹き飛び、巻き込まれて倒れる三体。 黒い塊が飛び込んできた。派手にアクセルをふかし、二人を見て微笑む。
J『J参上!二人とも早く』
Aを引きずりバイクに乗せる。
P『Aさん、しっかりつかまってて下さい』
J『だすぞ!』
潰れた頭部も気にせず、再び動きだす三体を轢き潰し、勝手口から飛び出す。
目の前に迫る巨大スライムを間一髪でかわし、庭を抜け車の横で止める。
J『俺のアパートまで先導します』
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J『俺、先にシャワー浴びてきます』
逃げ延びた三人はJの部屋に落ち着いた。2LDKの平凡なアパート。小綺麗に片付いてはいるが、奥の部屋にはバイクのパーツや工具が散乱している。
先程から考え込んでいたPが話しだす。
P『あれは一体何なんでしょう。あんな物見た事もない・・・う~ん。トイレ行ってきますね』
A(なんで三人とも無事なんだ?呪いがとけたのか?一体何が・・・)
化け物を肥え太らせるために、血肉を、心まで絞られ生き延びた姿は、まるで・・・
これが呪いの真の意図なのか。
J『ふう、さっぱりした。あれPさんは?』
タイミングよくトイレから出てきたP。
P『では、次シャワー借ります。綺麗にしないと♪』
J『どうしたんです?Pさんなんか楽しそう』
P『ふっふっふ、Aさんにキ〇バクラ奢って貰う約束なんです』
J『おっ、いいですね♪お供しますよ』
自分の考えに没頭しているのか、Aは何も答えない。近づき、肩をゆさぶるP。
A『うわっ、なんですか?』
P『とぼけても駄目ですよ。無事に帰ったら・・・約束したじゃないですか』
A『わかっています、約束は果たします。時間も早いですし、とっておきのお店を・・・と、言いたいのですが・・・』
顔を見合わせるPとJ。
A『心霊スポットツアーはどうしますか。まさか、Pさんの目的はススキノ?』
P『いえ、勘違いしないで下さい。心霊スポットが目的です』
若干、目が泳ぐP。
A『僕はどちらでも構いませんが、第二弾の案内役はJさんなので、お任せします』
ニヤリとするA。食い入るように見つめるP。
J『どうするかな~♪・・・・・・
三人の長い夜は終わらない。
続く
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話
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