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長編9
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Unexpected 【二】

今から十五年前の十一月末日、札幌市中央区宮ノ森にあるM家。深夜にもかかわらず、一階の居間には家族全員が起きていた。長男のAが誰にともなく声をかける。

『二階に行くから』

無言で応える父母と弟。自室に戻ると、膝を抱えて部屋の中央に座る。十九歳のAは、あと数分で二十歳になるのだ。

チッ チッ チッ チッ チッ チッ

静寂の中、時計の秒針だけがかすかに音をたてる。

チッ チッ チッ チッ チッ チッ

確実に忍び寄る死へのカウントダウン。

チッ チッ チッ チッ チッ チッ

ゴクッと、喉が鳴る。

カチッ・・・・・・

不意に、空間を押し潰すような圧力が外からやって来た。飛びつくように窓を開け放ったその先に・・・・・・ソレはいた。

青白く透明で巨大な物体が、全体を小刻みに震わせながら近づいて来る。一見、スライムのようだが、問題は中身だ。

『オゲェ・・・ゴフ、ゴフ』

Aは激しく嘔吐した。

人間!?人間なのか!

首や手足が有り得ない角度にネジ曲がり、苦悶の表情を浮かべたままの肉塊、片足や片手が無いのはまだマシで、口から飛び出した手や頭から腹にのめり込んだ物。ある部分は千切れ、ある部分は繋がり出来上がった、趣味の悪いオブジェを体内に持つ生き物!?

死ぬ覚悟は出来ていたAだが・・・

『嫌だ、嫌だ、嫌だぁ!俺はあんな風になりたくない。あいつらの仲間なんかになりたくない!』

ズチャ ベチャ グチャ

不快な音をたてて近づく。

『頼むから、なんでもするから、助けてくれよぉ』

ズチャ ベチャ グチャ

『頼むから・・・頼む、なんでもくれてやるから』

不意に動きが止まる。耳があるとは思えないが、聞こえたのか。

『・・・・・・ニエ・・・・・・ニエ・・・ニエ・・・』

口があると思えないが、何か言っているのか。

『ニエ?なんだ、ニエって???ニエ・・・・・・生け贄か?生け贄なんだな!』

Aは脳裏によぎった事を、ためらわずに口にした。

『生け贄なら一階に居るぞ。三人もいれば十分だろう!』

M家の三人が謎の失踪を遂げた事件は、一時期世間の関心を惹いたが、時ともに風化し忘れられていった。年に一度、生け贄を探してきて与えるA以外には・・・

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 ――――――――――――

A(いよいよ駄目かと思ったが、ギリギリ間に合ったよ)

A(博多ラーメン本場の人間の最後の晩餐が、札幌ラーメンとは・・・皮肉なものだな)

スープまで飲み干し、満足げなPを見てJが声をかける。

J『美味かったでしょう!いつもは味噌ばかりだけど、今日はPさんに気を使いました』

胸を張るJ、チラリと視線を交わし苦笑いするPとA。一段落したところでAが話始める。

A『これから行く幽霊屋敷の説明をします。宮ノ森という所にあるM家と呼ばれる建物です。十五年程前に、一家四人の内三人が謎の失踪を遂げた事件がありまして・・・』

続けようとするAをPが軽く手で制した。

P『今、事件と言いましたね。それは事実なんですか?』

J『それ本当ですよ。俺もネットで見た事あります』

A『あとは、噂が噂を呼び、尾ひれがついて、幽霊屋敷の完成なのですが・・・』

わずかな沈黙。食い入るように見つめる二人の視線を逸らし、再び語り始める。

A『実は僕の友人が二人、そこに肝試しに行って行方不明なんで・・・普通の場所じゃない事は確かです。手がかりでも掴めれば、と思って。お二人には申し訳ないのですが・・・』

頭を下げて詫びるAに、陽気な声が。

J『手がかり見つけて一気に解決!探偵みたいでカッコいいっしょ』

P『失礼な言い方だが、ただの幽霊屋敷よりは面白い♪』

二人の気づかいに、Aの心が揺らぐ・・・しかし

A(くそっ、ためらったら駄目だ。二人を生け贄にして生き延びなければ)

 ――――――――――――

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ススキノのネオン街を抜け、幹線道路を一路幽霊屋敷へ。しきりに後ろを気にするPへ声をかける。

A『どうしました?Jさんなら場所もわかっているし、大丈夫ですよ』

P『違うんです。ススキノを素通りなんて・・・嗚呼!』

大袈裟に頭を抱えるPを見て、ハンドルを握るAの表情が緩む。

A(水曜どうでしょうは寒かったが、意外と面白い人だな)

A『無事に帰ってきたら、おごりますよ。いいキ〇バクラ知ってますから』

目を輝かせて

P『絶対、絶対ですよ。約束しましたからね!』

そんな車内の会話を知るよしもないJ。

J(寒い、寒い、寒い!カッコつけてバイクにするんじゃなかった・・・)

宮ノ森の高級住宅街を抜けた所。鬱蒼とした森の手前、立入禁止のロープを外し、森の奥へ砂利道を進む事百メートル。バイクを降りたJが車に駆け寄る。PとAも車を降りた。

A『ここがM家です』

月明かりの中三人の前に現れたのは、森を円形に切り取った無意味なほどに広い空間だった。

野球場サイズの空間の中心に、ポツンと立つ小さな黒い影。家自体は普通の一軒家なのだろうが、周りの広さが建物を小さく感じさせている。

不自然なのは、草木が一本も見当たらない事だ。除草され何者かに踏み固められたような庭は、黒々とした地肌を露出させていた。

A『行きましょうか』

薄明かりの中、それぞれ懐中電灯を手に進む。敷地内に足を踏み入れた瞬間だった。

『キュイーーーーーーン』

激しい耳なりに襲われうずくまる。

J『強烈。こんな酷いの初めてかも』

P『かなり嫌な雰囲気ですね』

再び歩き出し、家の前で立ち止まり建物を見上げる。外観も普通の二階建て、4LDKくらいか。外壁は剥がれ落ち、窓は割られている。素早く玄関に移動するJ。警戒しながら玄関のノブに手をかける。

J『開けますよ』

多少の軋みはあるものの、すんなりとドアが開く。破壊されていた内ドアをくぐると、左手にリビングと対面キッチン。右手は六畳ほどのオープンスペース。正面は勝手口か。

P『先程からの嫌な気配は変わりませんが、建物の中が酷い訳ではないですね』

壁の落書き、散乱する空き缶やペットボトルにコンビニ弁当の残骸。どこにでもある幽霊屋敷の風景だ。

J『二階を見ましょう』

Jを先頭に、P、Aの順で、ぞろぞろと階段を登る。

A(何時までも一緒に居る訳には・・・適当なところで逃げないと)

階段を登り切った二人に、声をかける。

A『すみません、ちょっとトイレに』

P『大丈夫ですか。一緒に居たほうがいいですよ』

A『さすがに建物の中ではアレなんで、何かあれば大声だしますから』

心配そうな二人を無視して階段を降り、勝手口のドアを開け建物を出る。本当に尿意を感じ、壁に向かって立ち小便をする。

A(いい奴らだけど・・・仕方ない・・・仕方ないんだ)

突然、空間を押し潰すあの感覚がAを襲う。振り向くと・・・いた。

A(何度見ても慣れないな。まあいい、生け贄は中だよ)

行く手を遮られ右に行こうとした時、建物の陰から人影が、ゆっくりした足取りで向かって来る。懐中電灯の光をあてた先には・・・

A『お、おやじ?』

背後にも気配が・・・振り向き懐中電灯を向ける。

A『お、おふくろ?』

怪物のほうからも気配が・・・

M家、十五年ぶりの再会だった。

A『うっ・・・うぎゃーーーーーー!!!』

確かにMの家族だった。あちこちが溶け爛れていたものの、意図的とすら思えるほど顔に傷はなかった。

だらしなく開いた口、視点の定まらない瞳。感情や思考はおろか、一切の生を感じさせる事はないのに、歩いている。確かな目的を持って・・・

二階では、別々の部屋を探索していた二人が慌てて飛び出してきた。

P『今の声は?』

J『Aさんだ』

階段を駆け下りる。

J『俺はこっちを見てきます』

玄関に向かうJ。勝手口のドアを開けて立ちつくすP。

目の前には巨大で半透明な物体が・・・人間オブジェを内蔵した異様な姿に固まるP。

A『ぐがーーーっ。助けてくれぇーーー』

三体の異形の者に運ばれて行くA。叫び声を聞いた瞬間、ピクッと体が動く。気づくと駆け出していた。

思いきり体当たりを喰らわす。意外にもろく崩れる三体。

P『Aさん、早く逃げよう』

A『こ・・・腰が抜けて』

すかさず脇の下から手を差し込み、Aを引きずり建物の中へ。

うぞうぞと起き上がり、Aを追いかける三体。

後ろ手にドアを閉め寄りかかる。

P『あ・・・あれは、あれは何なんですか?』

『ドンッ・・・ドンッ・・・ドン、ドン、ドン』

ドアが乱打される。必死にドアを押さえるP。腰が抜けたままの姿勢で後ずさり、リビングの壊れたソファーにもたれるA。

『ドン、ドン、ドン、ドン、ドン』

P『駄目だ、もたない』

手ごろな武器をみつけ、Aの元に駆け寄よる。

P『Aさんを置いてはいきませんよ。キ〇バクラ奢ってもらうまでは』

微笑む二人。

『ドン、ドン、ドン、バキッ・・・バキッ・・・バキ、バキバキ・・・バタン』

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 ――――――――――――

玄関の外に誰もいないのを確認し、建物に戻ろうとしたJに再びAの叫び声が・・・勝手口に駆け寄ろうとして見たものは・・・・・・振り返り走り出し、玄関を開けて建物の外へ。

J(何だ、何だ、何なんだぁ!逃げなきゃ、逃げなきゃ!)

一目散にバイクに駆け寄り、シートに座る。バイク乗りの習性か、ハンドルを握ると少し落ち着いた。

J(一体何なんだ、あの化け物は・・・・・・あっ、PさんとAさんが・・・どうしよう、どうすれば・・・・・・・・・そうだ、コイツで)

軽くタンクを叩き、愛機に声をかける。

J『頼むぜ、ドラッグ・スター』

キーを差し込み、セルをまわす。

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 ――――――――――――

P(なんとかコイツらを倒して・・・Jさんはどこに行ったんだ)

その時・・・

『・・・・・・ドドドドドドドドド、ドグォン』

ドアが吹き飛び、巻き込まれて倒れる三体。 黒い塊が飛び込んできた。派手にアクセルをふかし、二人を見て微笑む。

J『J参上!二人とも早く』

Aを引きずりバイクに乗せる。

P『Aさん、しっかりつかまってて下さい』

J『だすぞ!』

潰れた頭部も気にせず、再び動きだす三体を轢き潰し、勝手口から飛び出す。

目の前に迫る巨大スライムを間一髪でかわし、庭を抜け車の横で止める。

J『俺のアパートまで先導します』

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 ――――――――――――

J『俺、先にシャワー浴びてきます』

逃げ延びた三人はJの部屋に落ち着いた。2LDKの平凡なアパート。小綺麗に片付いてはいるが、奥の部屋にはバイクのパーツや工具が散乱している。

先程から考え込んでいたPが話しだす。

P『あれは一体何なんでしょう。あんな物見た事もない・・・う~ん。トイレ行ってきますね』

A(なんで三人とも無事なんだ?呪いがとけたのか?一体何が・・・)

化け物を肥え太らせるために、血肉を、心まで絞られ生き延びた姿は、まるで・・・

これが呪いの真の意図なのか。

J『ふう、さっぱりした。あれPさんは?』

タイミングよくトイレから出てきたP。

P『では、次シャワー借ります。綺麗にしないと♪』

J『どうしたんです?Pさんなんか楽しそう』

P『ふっふっふ、Aさんにキ〇バクラ奢って貰う約束なんです』

J『おっ、いいですね♪お供しますよ』

自分の考えに没頭しているのか、Aは何も答えない。近づき、肩をゆさぶるP。

A『うわっ、なんですか?』

P『とぼけても駄目ですよ。無事に帰ったら・・・約束したじゃないですか』

A『わかっています、約束は果たします。時間も早いですし、とっておきのお店を・・・と、言いたいのですが・・・』

顔を見合わせるPとJ。

A『心霊スポットツアーはどうしますか。まさか、Pさんの目的はススキノ?』

P『いえ、勘違いしないで下さい。心霊スポットが目的です』

若干、目が泳ぐP。

A『僕はどちらでも構いませんが、第二弾の案内役はJさんなので、お任せします』

ニヤリとするA。食い入るように見つめるP。

J『どうするかな~♪・・・・・・

三人の長い夜は終わらない。

続く

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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