長編9
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狂〜疑い〜

『一緒に死んでぇぇえ!』

包丁を振り回すAの姿に腰を抜かし、動けない。

このまま刺されて死ぬ、そう思った瞬間目が覚めた。

夢か…。

時刻は十八時を回っている。

急いで支度しなければ。

今日は久しぶりに高校時代に仲の良かった友人達と飲みに行くのだ。

待ち合わせ時刻は十八時三十分。

幸いにも家から歩いてすぐの店だ、走れば五分とかからないだろう。

走ったせいで少し息が切れ気味に店に入る。

店員に案内されて連れられると案の定先に誰か来ていた。

『おっ!久しぶり。元気だったか?』

雄一だった。

『よっ!』

そう言って後ろから肩を叩いてきた雅次。

しばらくはたわいもない会話を楽しんだ。

酒も回ってきた頃、ふとストーカーにあっている事を相談した。

『毎週同じ手紙が届くんだ。』

『そーいやお前、Aにも好かれてたよな〜。変な女にモテるな。』

雄一は笑いながらそう言った。

『冗談やめろよ。』

Aの名前が出るとあの事件の記憶が鮮明に蘇る。

あんな事件思い出したくもない。

『警察には言ったのか?』

『ああ、こないだ言ったけど…』

凄く簡単に説明すると、現在のストーカー規制法では、まずストーカー行為をやめなさいと警告し、それでも続くようであれば禁止命令が出され、それでも続くようだとやっと逮捕、もしくは罰金が課せられるという仕組みだそうだ。

『あっ、そーいえばそれAじゃないかも。』

(なんでAの話に戻るんだよ)

俺は心の中で呟いた。

雅次によると昔はこの辺りの病院に入院していたが、すでに亡くなっているらしい。

そして母親がおかしくなり、噂によると二重人格になってしまったらしい。

『あくまで噂だけど。』

『分かったからAの話しはもうやめてくれ。』

もう思い出したくないんだ。

あの事件も、Aの事も…。

二人とも俺がAに刺されそうになったことを知っている為、俺の気持ちを察したのかAの話しはしなくなった。

でも本当は刺されそうになったからだけじゃないんだ。

本当は…

X、Y、Zと出会ったのは高一の終わり頃だった。

『なあなあ、ギター教えてくれん?』

休憩時間中にXが突然話しかけてきた。

それまで全くと言っていいほど接点のなかった俺は一瞬戸惑った。

当時はバンドも組んでいて、確かにギターは多少弾けた。

『いいけど、なんで俺に?』

と聞くと、なんとなくという返事が返ってきた。

で、最初はマンツーマンでXの家に行ったり俺の家に呼んだりで何度かギターを教えていった。

そのうちXのバンド仲間候補のYとZも一緒に集まるようになった。

元々、X、Y、Zは仲が良かったようだ。

たまにその三人と俺の四人でカラオケなんかに行って遊ぶこともあった。

あれはボウリングに行ったときの事だった。

『おい、賭けようぜ。』

Xが言い出したことにYとZがいいねとノッてくる。

俺は賭け事はあまり好きじゃないんだが、女子二人が受けたのに俺だけ嫌だと言うのは気が引けた為、受けることにした。

『じゃあ負けたやつには罰ゲームな。』

そう言ってゲームが始まった。

あの時無理にでも嫌だと言っておけば良かったのかもしれない。

で、結局俺のボロ負け。

他の三人で話し合って罰ゲームを決めているようだ。

『よし、決まった。』

『罰ゲームはAに告白。』

いやいやいや、何言ってんだこの人達。

『なんか飲み物おごるから勘弁してくれよ。』

俺の泣き寝入りも虚しく、三人は意見を変えなかった。

『てかなんでAなんだ?』

俺はこの時、Aが虐められていることを知った。

『あいつ、なんか気に食わないんだよな〜。』

『あいつのツンとした態度マジうざい。』

『ちょっと顔がいいから気取ってんだよ。』

三人ともAに何かされた訳でなく、ただ気に入らないらしい。

まあそんな罰ゲームなんて受ける気はさらさらなかった。

それから少ししてXはギターを諦めたようで、次第に遊ぶこともなくなっていった。

罰ゲームのことはなんとか有耶無耶にしながら二年生になった。

その頃にはX、Y、Zとは学校で顔を合わす程度になっていた。

そして、二年生になった頃からAへのイジメがエスカレートしているように思えた。

俺はある日、見るに見兼ねて三人にイジメはやめないかと言った。

すると俺の予想とは裏腹にあっさりと承諾してきた。

『Aに告白したらな。』

俺は迷った末に罰ゲームを受けることにした。

Aを学校の近くにある河川敷の橋の下に呼び出し、罰ゲームを実行することにした。

『Aの事が好きでした。付き合ってください。』

『………』

Aは何も言わずに俯いている。

『………』

『ごめん。罰ゲームなんだ。』

俺は耐え切れなくなって訳を話した。

『あの、もし良かったらそのまま罰ゲームだと思って付き合ってくれない?』

まさかの答えが返ってきた為、俺は少し戸惑った。

まさに鳩に豆鉄砲とはこの事である。

『あんまり調子乗ってんじゃねえ。』

そう言って少し離れたところから様子を見ていた三人が出てきた。

『あんたと付き合いたいやつなんていねえよ。』

『てか付き合って何するのー?』

『お手手繋いで、チューして、イチャイチャしたいの?』

『ああ、セックスか!』

『ち、違う。私はただ…。』

三人がAを茶化しながら壁側へ追い詰める。

XがAの服を脱がそうとしていた。

俺はその辺りから他人の目で見たものを見せられている様な錯覚に襲われた。

『ゃめ…。』

声がかすれて上手く出ない。

『お前らやめろって!』

今度はしっかり声が出たはずだった。

しかし、三人は止まらずAの下着が露わになっていた。

Xの腕を掴み無理矢理やめさせたが、振り向き様に強烈なストレートを御見舞いされた。

気がつくと、乱れた服装のまま力無く横たわるAが見えた。

その横で何故かズボンを直しているXがいた。

YとZは携帯を見ながら何か興奮気味に喋っていた。

そして、そのまま何処かへ行った。

俺はAに駆け寄り、俺の上着をかけて警察に通報しようとした。

『ごめん。止められなかった。』

それまで抑えられていた感情が溢れ出してきたのだろう。

Aは泣いていた。

『警察に電話するから、その…服直せるか?』

『ゥ…ヒグッ…ぐすっ……待って。』

警察には通報しないでくれとAに頼まれた。

事がことだけに知られたくないのだろう。

俺はAの意見を尊重することにした。

…お……い、おい。

何ぼーっとしてんだよ、と雅次に呼ばれて我に返った。

『なあ、さっき料理とか持って来た人ってAの母親じゃね?』

最初は冗談かと思ったが、適当に飲み物を注文し、名札を確認する。

Aと同じ名字だった。

(どうりで何処かで見たような…)

本当にAの母親(以下Wとする)なのかはさっきの話を聞かれてたらと思うと、気まずくて聞けなかった。

俺たちはその居酒屋を足早に出て、別の場所で飲み直すことにした。

歳のせいだろう。

三人とも眠くなり始めた為、そろそろ帰ろうかということになった。

帰路の途中、誰かが後ろから着いて来ている気がした。

怖くなり走って家まで帰った。

家に帰るなり、すぐに鍵をかけ窓の戸締りもチェックした。

覗き穴や窓から外の様子を伺ったが誰かいる気配はなかった。

それからWらしき人物を自宅近くで見るようになった。

週末の帰りのことだった。

『○君?』

後ろから不意に呼び止められた。

長い黒髪の女性だった。

『私、Aだけど覚えてる?』

Aにしては歳を取りすぎている気がする。

よく見ると居酒屋で見たWだった。

髪を下ろしているせいか居酒屋で見た時とは印象が違う為、気づかなかった。

『人違いです。』

俺はそう言い残し、走ってその場を離れた。

雅次が言っていた、二重人格とはこの事だったのか。

走りながらふと気付いたことがある。

(ストーカー女と似ている?)

それから何日か経った頃。

家に帰ると、鍵が開いていた。

朝閉め忘れたのだろうか?

それとも…。

嫌な胸騒ぎを感じながらもそーっと家に入る。

すると、リビングに誰かがいた。

Wだった。

俺はとっさに外に出て扉を閉めて警察に電話した。

そのまま走って逃げようかと思ったが、物を取られたら困る。

ましてや何かから嫁達がいる家を特定されたらそっちに危険が及ぶのではと脳裏によぎってしまった。

あいつが出てこないよう全体重を使って扉が開かないように押さえた。

そりゃあもう必死だった。

何故ならあいつは包丁を手にしていたから。

Aの姿がフラッシュバックする。

警察が来るまでの間、中から開けてという叫び声が聞こえてきたのは言うまでもない。

『ねぇ、開けて。私はストーカーなんかじゃないわ。』

ストーカーが、はい私がストーカーです、とは言わないだろう。

しばらくすると、警察が来てパトカーへと連行されていった。

連行されるとほぼ同時に、先ほど来た警察官とは別の警察官が来た。

『すいません。一度お話を伺いたいので署の方までご同行お願いします。』

『分かりました。でもその前に何か取られていないかチェックだけしてもいいですか?』

『そうですね。では下でお待ちしております。』

そう言って警察官は一階のほうへ降りて行った。

これで何か取られていたらすぐに取り返してもらわないと…

特に何か取られた形跡は見当たらない。

無事にストーカー女も捕まったことだし、これで一安心かな。

早いうちに会社に訳を話してここから離してもらおう。

それが無理なら辞めて嫁と子のいるとこへ戻ろう。

終わり

…?

……………スーッ。

スーッと暫く使っていない押し入れが開く音がした。

『あの女、邪魔しやがって。』

『ねえ、私のこと嫌いじゃないよね?』

『警察が来て注意してくるんだよ。ストーカー行為をするなって。』

『私達って両想いだよね?』

『両想いはストーカー行為にならないのにね。警察も勘違いしてるから困っちゃうよね。』

『この世界は邪魔が多いから私達二人だけの世界に行こうよ。』

いつからそこにいたんだ?!

それよりもしかして、こいつが本物のストーカー?

だとしたらヤバい。

女はジリジリ近づいてくる。

思わず後ずさりをする。

俺はこの時重大なミスを犯した。

そいつの目の前には先程までWが持っていたであろう包丁が落ちていた。

なぜ拾わなかったのか。

『ずっと一緒。』

そう言いながら女が包丁を手に持ち近づいてくる。

隙を見て外にさえ逃げれば警察がいる。

しかし中々タイミングが見つからない。

『やめなさいっ!』

そう叫び俺の目の前に誰か飛び込んできた。

それと同時にドスッともブスッとも聞こえる鈍い音がした。

飛び込んできたのはWだった。

床には徐々に赤い斑点が出来ていく。

Wを追いかけてきた警察官は少し戸惑った後、本当のストーカー女を取り押さえた。

娘は守れなかったが、娘の好きな人は守れた。そう言ってWは一度目を閉じた。

再び目を開けたが、先程までと雰囲気が違う気がした。

『あの時の…河川敷での事は…気にしなくていいから。

あな…たは何も…悪くない。それ…と刺そうとして…本当にごめ…ん…なさ………』

AがXに襲われたことをWに話したのだろうか。

いや…これはまるで…

『Aか?』

そんなはずがないのは分かっているが、思わず聞いてしまった。

Wはニコッと笑ったのを最後に帰らぬ人となった。

その後は色々あったが嫁と子どものいる家へと帰ることが出来た。おまけにその地区の部署に転勤させてもらうことが出来たので会社も辞めずにすんだ。

ただ、警察に事情聴取されたり、会社に事情を説明して転勤させてもらったり、ニュースにも少し取り上げられたのでしつこい取材を断ったり、嫁が気疲れや疲労で倒れたりと苦労した。

暫くすると落ち着き始め、今では幸せな家庭生活を送っている。

こうして俺が生きていられるのも、Wのおかげだ。

本当に感謝している。

AとWが天国で幸せに暮らしていることを願う。

Concrete
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