中編6
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マスタメンテナンス

私は以前、システム屋の仕事をしていた、所謂システムエンジニア(SE)という奴だ。

SEの仕事と言えばシステムを作ることと思いがちだが、実はそれだけではない。

システムというものは運用を始めたその日から劣化が始まる。

それを維持していくのも重要な仕事の一つである。

私は自社が契約する相手先の会社に出向き、その運用・維持を仕事としていた。

正直、その現場での仕事は忙しかった。

私が担当てしていたのは、取引先会社の社内システムのマスタメンテナンス機能だ。

マスタメンテナンスというのはマスタデータをメンテナンスする機能で、マスタデータとはそのシステムが動くために必要最低限なデータのことを指す。

システムの要件にもよるが、例えば基幹系管理会計ソフトを具体例に言えばそのシステムを利用するユーザ情報や、そのユーザ所属する組織の情報、その会社と取引がある顧客情報などがそれにあたる。

それにしてもその当時は本当に忙しかった。

月末や年度決算などの時期になると、もはや殺人的な忙しさで

深夜までの残業や、徹夜となることなどざらにあった。

そのシステムを利用するユーザは我儘で、実に多種多様な問い合わせがやってくる。

もっとも、そういった現実の運用との差を埋めるためにこの仕事があるわけなのだが

私のストレスは日に日に増すばかりだった。

私には誰にも言えない楽しみがあった。

それは日ごろのストレスを解消するために始めた遊びであり

残業で終電を逃したときなど、暇つぶしがてらやっていたものだ。

私はまず、完全に独立した形でそのシステムの組織情報に新しい組織を追加した。

蛇の道は蛇とでもいおうか、決してどのユーザにも見えない形で組織の追加を行うと

今度はその組織に所属するユーザを一人作成する。

特に意味はないが「大仁田 厚」と名前を付けた。

あとはそのユーザを使って、勝手にデータを作ったりして遊ぶのだ。

それはなかなかスリリングな遊びで、取引先の会社の経理に何の影響も及ばさないよう。

勝手に受注情報を作成したり、経費を計上したり、大仁田君の給料を払った事にしたり、結果的にプラスマイナスゼロになるように調整して遊ぶのだ。

何の影響もないようにするのだが、これがなかなか面白い。

無事、月末や年度決算期などをやり過ごした時など、得も言えぬ達成感に包まれる。

そんな遊びを一年続けたとき、私は記念に大仁田君を係長に昇進させてあげた。

今、思うとそれがすべての始まりだった。

その日は月末の忙しい日が終わり、久しぶりに大仁田君で遊ぼうとした時だった

身に覚えのない、受注データが作られていることを発見した。

ログで見ると作成者は大仁田君になっていた。

その時はなんとなく、ただの思い違いだと思いデータを修正し何事も無かったように済ませた。

それから数日して、ユーザから

「社内システムで勝手に決裁文書が承認されてるんだがどうなっている?」

という問い合わせが来た。

私は直ぐデータベースにアクセスしたり、ログを収集したりして状況を分析した。

承認したのは大仁田君だった。

私はうすら寒いものを感じた。

ちょうどその時、私のPCにメールが飛んできた。

ドメインはそのシステムで使われているもので差出人は大仁田君だった。

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FROM:大仁田

TO :私

昇進させてくれて、ありがとよ。

おかげでこのシステムで使えるようになった機能が増えたよ。

これからもよろしくな。

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私はその日、データの修正に追われ、

しどろもどろでそのユーザにでっち上げた理由を説明した。

私は混乱した。

大仁田君は、私が作り上げた実在しないはずの人物だ。

こんなことがあるはずない。

しかし、それからというもの大仁田君は事あるごとに、この種イタズラをするようになった。

私はその対応に追われ続けた。

一年間、大仁田君で遊び続けたせいで、大仁田君は実在化し、私を困らそうとしている。

信じがたいがそう思わざる得ない状況だ。

私は恐怖を感じずにはいられなかった。

大仁田君が実在化したこともそうだが、これが取引会社先にばれることを最も恐れた。

これがもし何らかのトラブルを引き起こし、何らかの損失を取引会社に与えるようなことがあった場合……

仕事を辞めさせられるだけでは決して済まない。

下手したら、賠償問題になってしまう可能性すらある。

そうなったらもはや破滅である。

私は、何度も大仁田君のユーザ情報を削除し、そんな人は居なかったかのようにデータをいじった。

しかし、次の日にはなぜかそのデータは復活し、大仁田君は私に嫌がらせをする。

ただでさえ忙しかったのにさらに余計な仕事を大仁田君は私に押し付ける。

私は既にノイローゼ寸前であった。

そんなあるとき、私にある閃きが走った。

そして、大仁田君のメールアドレスに以下の様に内容を書いて送った。

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FROM:私

TO :大仁田

いい加減によしてくれないか?

さもないと、こっちにも考えがある。

いいか、これは最後通告だ。

改めるのは今の内だぞ。

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それに対する大仁田君の答えは以下のようなものだ。

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FROM:大仁田

TO :私

ははは、笑わせるな。

お前に何ができる。

俺は知ってるぞ、お前は何度も俺を消そうとした。

しかし、消せたことがあったか?

もう、俺は完全にこの世界に存在してしまっているのだ。

存在してしまったものは消すことなど出来ない!!

お前こそ気を改めるんだな!!

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もはや酌量の余地はなかった。

それからの数日間、私は久しぶりに『普通の』忙しさに追われる、平和な時間を過ごした。

あの時、私は新しいユーザ情報を作ったのだ。

それも大仁田君の上司として……課長職の人間を。

大仁田君が勝手なことをしないように、監視させるためだ。

もちろんそれは、空想上のユーザだがそれを言ったら大仁田君だって空想上の人物だ。

しかし、今度はまた別の問題が起き始めた。

その課長が勝手なことをし始めたのだ。

私はそれからというものをどんどん偉い、空想上のユーザを作成していった。

課長、部長、専務、支店長、本社部長、本社専務……。

もうどうにもならないと悟った時、私はばれる前に会社を辞めた。

それから数か月後、本当に久しぶりに心から安心できる生活を送っていた。

現在は目下、無職で休職中だがあの頃の地獄に比べれば何でもない。

ゆっくり、次の仕事場を決めようと思っていた。

そんなある日、私は新聞のある記事に目を奪われた。

それから私は、急いで履歴書を書いてとある会社に送った。

その新聞にはこう書いて在ったのだ。

『○○業界最大手、■■株式会社次期社長決まる。異例の早さでの出世!!新社長は大仁田氏に決定!!大仁田氏に今後の展望を聞くと、現在、事業拡大中につき優秀な人材を急募しているとのことで……」

大仁田君が一体どんな顔をして私を迎えてくれるのか、今から楽しみである。

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