中編4
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先へお越し。

抑、《自転車が調子悪いから》と言って徒歩にしたのが、間違いだったのだ。

少し油を差してやれば良かっただけなのに、其れを面倒臭がったからだ。

ちゃんと自転車で来ていれば、暗くならない内に帰れた筈なのだ。

暗くない内に帰れていれば・・・・・・

べちゃっ

背後でした音に、僕は唇を噛んだ。

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・・・・・・・・・。

兄の家へは、普段は自転車を使って通っている。

だが、今日は偶々自転車の調子が悪かった。油を差すのが面倒だった僕は、歩いて兄の家へと向かった。

年が明けてから、初めての訪問だったからだろうか。ついつい遅くまで居座ってしまい、帰る頃には、もう日が落ち掛けていた。

冬は日が短い。兄の家から自宅へ帰る途中には、古い墓地が有る。あまり暗くならない内に通ってしまいたい。

僕は急いで兄の家を後にしたのだ。

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・・・・・・・・・。

べちゃっ

背後から聞こえる音に気が付いたのは、歩き初めてから数分経ち、墓地を過ぎた頃からだった。

熟柿を床に叩き付けた様な、若干粘質な音。

鼻を突く異臭もした。此れもまた、甘酸っぱい様な、胸の悪くなる臭い。腐臭だ。

然し、振り向くと誰も居ない。

べちゃっ・・・べちゃっ・・・

音は継続的に聞こえて来る。

付いて来ているのだ。僕に。

確かめる為、一瞬だけ走ってみた。

べちゃっ、べちゃっ、べちゃっ

音の間隔が狭まった。

やはり、付いて来ている。追い掛けられている。

と言う事は、此れは足音・・・?

背中を冷たい汗が伝った。

もう一度振り向いて見る。誰も居ない。

足音と臭いだけが存在している。

・・・・・・気持ち悪いが、実害は無いのか?

べちゃっ、べちゃっ、べちゃっ

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「え?」

僕が走るのを止めたのに、聞こえる足音のスピードが落ちない。

何だか恐ろしくなり、全速力で走り出す。

べちゃっべちゃっべちゃっ

更に音の間隔が狭まる。

駄目だ。降りきれない。此のままじゃ追い付かれる。

追い付かれる?

追い付かれたら、どうなると言うんだ?

いや、知りたく無い。例え何も無いのだとしても、そんな危ない賭けには乗りたくない。

止まる訳には行かない。

ポケットの中に入れていた携帯電話を取り出・・・・・・

「あれ?!」

無い。携帯電話が無い。

兄の家に置いて来てしまったのだ。

どうしよう。戻らなければ。

だが、足音が追い掛けて来る。戻るに戻れない。

・・・・・・本当に忘れて来てしまったのか、もう一度確認してみよう。

僕は鞄の中を覗き込もうとして・・・・・・

転んだ。地面に叩き付けられる。

べちゃっべちゃっべちゃっ

足音はどんどん近付いて来る。

急いで立ち上がり、走り出す。

べちゃっべちゃっべちゃっ

足が痛い。捻ったか。息が掠れる。苦しい。

そろそろ限界なのかも知れない。

妙に冷静な頭でそんな事を考え始めた時、後ろから車のエンジン音が聞こえた。

僕は道の真ん中を走っていたので、慌てて片側に寄った。

車はかなりのスピードで、足音を抜き、僕の横に並んだ。

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「べとべとさん、先へお越し。」

開け放たれた車の窓から聞こえた声は、紛れも無く、先程まで共に居た、兄の物だった。

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・・・・・・・・・。

べちゃっ・・・・・・

最後に大きな音が聞こえ、あの臭いが身体中を包んだ。

そして、其れきり、あの音と臭いはしなくなった。

車のドアが微かな音を響かせながら開く。

「此処まで来たのですから、送って行きますよ。」

兄が窓から、此方へと呼び掛ける。

「・・・・・・はい。」

僕は半ば呆然としながら頷き、車へと乗り込んだ。

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・・・・・・・・・。

「兄さん、運転出来たんですね。」

「ペーパードライバーですけどね。免許証は一応持っているんです。有ると便利ですから。」

「そう・・・何ですか。」

そう言えば、何処かで酒を買う時、提示していた様な気もする。

流れて行く景色。

ふと、ある事に気付いた。

「と言うか、どうして此処に?」

「今更?」

兄は可笑しそうに笑った。

「此れを届けに来ました。」

「・・・・・・あ。ありがとうございます。」

ヒョイ、と携帯電話を渡された。

「無いと困るでしょう?」

「はい。」

「私も、あんな事になっているとは思いませんでしたが。」

兄が楽しげに呟いた。

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・・・・・・・・・。

兄に尋ねてみた。

「あれは、結局、何だったんですか?」

「べとべとさん、ですよ。」

夜道に現れ、気持ち悪い足音で、人を脅かすんです。そう兄は言った。

言ったが・・・・・・

「其れなら僕も知っています。ですが・・・」

べとべとさんは、脅かすだけの妖怪の筈だ。

あの腐臭は・・・・・・

「べとべとさん、です。」

自棄にハッキリした声で、兄は言い切る。

そして、一瞬だけ僕の方を向いて、ニッコリと微笑んだ。

「そう言う事にして置けば、そっちの方が、怖くないでしょう?」

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廣瀬遼さんへ
コメントありがとうございます。

初めまして。
紺野と申します。

だとしたら、勿体無い事をしたかも知れませんね(笑)
ぬっぺふほふの肉は、食べると怪力を得たり不老不死になれるそうですから。

拙い文章では有りますが、此れからも地道に精進して行きたいと思います。
お付き合い頂ければ幸甚です。

ぬっぺほふ?
みたいな妖怪とべとべとさんのハイブリッドかと思いました(笑)

はじめてコメントさせてもらいましたが
ずっと紺野さんの作品読ませてもらってます。
また色々な作品おまちしております。

mamiさんへ
コメントありがとうございます。

いえいえ。
確かに、仕事をしている時は運転していましたね。船玉捕獲の時とか。
普段の生活に使っていませんので、失念していました。いや、単に僕と一緒の時に使っていないだけかも知れませんが。
紛らわしい事を書いてしまい、申し訳御座いません。

因みに、烏瓜さんも車は持って居ますよ。兎のマークが付いてる奴を。
此方は結構頻繁に使っている様です。

mamiさんへ
コメントありがとうございます。

シリーズの方を読んでいない人にも解り易い様に、との事で書いていたのですが、却って混乱してしまいますよね(笑)

はい。今回は木葉さんの方です

次辺りから、投稿者コメントの方にどちらの兄か表記しておこうと思います。

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ネタバレ注意

最近では、『兄』とだけ書かれていると、どちらかな?と推理しながら読むのが楽しみになっております。
えーと…木葉さん…???