やあロビンミッシェルだ。
いやあ、沙羅お姉様のお話本当に怖かったですね。基本的に四つん這いの女性は大好物ですが、憑依された四つん這いは勘弁して欲しいものです…ひひ…
さてさて、今回急遽始動したこの百物語。
何の準備も告知もなしに始めたにもかかわらず、僕の無茶振りに次々と答えて下さった皆様には本当に感謝しております。
どれも質の高いお話ばかりで感動しっ放しでした。有難う御座います!また忘れられない思い出が一つ増えました。
現在、蝋燭の間には九十九本の蝋燭が灯っております。
そして僕が今持っているこの蝋燭に火が灯ればいよいよ百物語の完成です。
少し緊張してきました。
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百話目
久しぶりに休みが取れたので、実家に帰りトイプードルのユキちゃんを散歩させていると、近所に住む川島のおばさんが愛犬のタローを連れて歩いてきた。
「お久しぶりです♪ 」と挨拶をして河川敷をぶらぶら歩きながら世間話をしていると、川島さんが急に何かを思い出したかのように立ち止まり、ふと左手の墓地がある林の方を見た。
「ねえロビ君、あなた先月あそこで首つり自殺があったのはご存知?」
「知りませんでした」と答えると、自殺したのはどこぞの建設会社の社長だと教えてくれた。
「自殺で思い出したんだけど、ロビ君はまだ時間とか大丈夫?良かったらおばさんのお話聞いてくれないかしら?」
「はあ」
川島さんは神妙な面持ちでこんな話を語り始めた。
【 ワスレモノ 】
若くして知り合った彼といわゆる授かり婚をした川島さんは、翌年には長男が誕生し、続けざまにぽんぽんと二人の子供を授かった。
旦那さんは真面目で働き者だったそうだが、共働きをしていても子供を三人養うには金銭的に相当苦しかったそうだ。
川島さんは家計のためにそれまで勤めていた事務職に加え、夜は知り合いに紹介して貰ったラブホテルのベッドメーキングの仕事を始める事にした。
そこは繁華街から割と近い場所にあった事と、某デリヘル業者と提携している事もあってか、連日連夜お客さんで一杯だったそうだ。
勤務時間は夜の八時から十一時までの三時間程度なのだが、いざ始めてみるとこれが中々ハードで体力的にキツかったのだという。
「ねえねえ川島さん知ってる?この部屋で去年殺人事件があったのよ」
一緒にシーツの張り替えをしていた先輩の日暮(ひぐらし)さんが、唐突にそんな事を言ってきた。
「ほら見て、このソファの後ろに点々と黒いシミが付いてるでしょ?これってその時の血飛沫の跡なのよ」
日暮さんの話によるとある中年の男がデリヘル嬢と支払いの際に口論となり、持っていた刃物で彼女の全身を三十箇所以上も刺して逃亡したのだそうだ。
監視カメラの映像と指紋ですぐに犯人は割りだされたのだが、結局その一週間後に林の中で首を吊っている男の遺体が発見された。
警察の発表によると犯人の残した私物から薬物が検出されており、男は前科のある麻薬常習者だったそうだ。
一通りの掃除を終えた川島さんは日暮さんと二人で汚れたシーツなどを丸めてダストボックスへと放り込み、お客さんの姿がない事を確認してからエレベーターに乗り込んだ。
「それでね、最近出るらしいのよあの部屋で、殺された女の子の幽霊がね」
日暮さんは顔の下で両手首を折り曲げて、お化けの真似事をしながら舌を出した。
「そんなに驚かさないで下さいよ」
それまでの川島さんは幽霊や超常現象の類いを全く信用しておらず、気持ち悪いなとは思いながらも軽く聞き流していた。
それから何週か過ぎた頃、川島さんはまた日暮さんとペアでその部屋の清掃作業をしていた。
ちょうど浴槽の拭き掃除に取り掛かった頃、日暮さんがフロントから呼び出されて部屋に川島さん一人が残された。
川島さんは日暮さんの話を思い出して、何か嫌だなと思いつつも掃除を続けていたそうだ。
「あのーすいません」
突然後ろからそう声をかけられて、川島さんは飛び上がった。見ると、五十代前半くらいの背広をきた少し頭の薄い男性が立っていた。
「ボクの時計を知りませんか」
男性は喉が潰れたような裏返った声でそう言った。
お忘れ物はフロントに聞いて下さいと川島さんが言うと、男性は無言で部屋を出て行った。
部屋の掃除を終え、一階裏で洗濯機を回していた日暮さんに男性の話をすると「そんな男性とすれ違ったかな?」という返事が帰ってきた。
念のため全てのスタッフに聞いてまわったのだが、フロントの女性も含め今日一人で来店したお客さんは誰も見ていないという。
「おかしいわね」
すると、フロントの女性がゾッとする事を言った。
「ねえ、川島さん部屋の中で声をかけられたっていったわよね?私日暮さんが出てから川島さんが部屋を出てくるまでずっと403前のモニター見てたけど、誰もあの部屋には入ってないし、出てきても無いはずだけど」
その夜仕事を終えて帰宅した川島さんは、まだ起きていた旦那さんとお酒を飲みながら、今日あった事を話したそうだ。
「じゃあ、その男はもともと部屋の中に隠れていたんじゃないのか?」
旦那さんは欠伸をしながらそう言った。
「それはないわ、いつも浴槽は一番最後に洗うから、もし人が隠れていたのならそれまでに絶対に気付く筈なのよ」
「じゃあ幽霊?」
旦那さんの言葉に川島さんは男の裏返った声を思い出し、冷水を打たれたような寒気を覚えたという。
「ママ」
声がした方を見ると、隣りの和室から四歳になる次男の琢磨くんが襖を少しだけ開けて、こちらを覗いていた。
「あら琢ちゃんどうしたの、おしっこ?」
琢磨くんを抱き上げてトイレに連れて行こうとした時、琢磨くんが耳元でボソっとこう言った。
「ねえ、さっきママの後ろに隠れてたオジちゃんどこにいったの?」
詳しく話を聞いてみると、ソファに並んで座る川島さん夫婦の後ろからキョロキョロと二人の顔を覗き見る知らないオジさんがいたのだという。
その日以来、琢磨くんは誰もいない部屋の中で急に笑い出したり、ベランダの手すりから誰もいない場所に向かって手をふったりし始めたそうだ。
そんなある日、琢磨くんが言った。
「ママー、オジちゃんがボクの時計しらないか?って言ってるよ」
川島さんは旦那さんの了解を得て、ホテルを辞めたいと日暮さんに相談した。
すると何かあったのかと聞かれ、川島さんは今までにあった事を全て話した。たまたまその日ホテルに来ていた社長の息子さん(専務)も、川島さんの話を聞いてくれた。
「あの部屋で女の子の泣き声や影を見たって話なら聞いた事あるけど、オッさんの幽霊が出たなんてのは聞いた事がないな」専務はそう言って首を傾げた。
するとフロントの女性が、青い顔をして待機部屋に入ってきた。
「専務、誰も入ってない筈の403から内線がありました。男性の声で「ボクの時計が見つからない」って繰り返してますけどどうしましょう?」
「よし、僕が見てくる」
そういうと専務は一人でエレベーターに乗り、403に向かった。
三人は403前を映す監視カメラの映像に釘付けになっていた。暫くすると専務がカメラの下を通り過ぎて403の前に立つ姿が映った。
一瞬モニターにザザザとノイズのようなものが走ったが、すぐに正常に戻った。
「ダメ…入っちゃだめ」
一緒にモニターを見ていたフロントの女性が、僅かに震えているのが分かった。
「川島さん、日暮さん、専務のすぐ後ろに女性が立ってるの見えますか?えっ、私にしか見えてないとかないですよね?」
映像に目を凝らしてみたが、専務以外に人の姿は映っていないように見える。専務は一度だけカメラの方を見やるとそのまま鍵を開けて部屋の中へ入っていった。
「私見ちゃったかも、あの女の人専務と一緒に入っていっちゃいました!」
フロントの女性はもうモニターを見るのをやめてしまった。
403のドアは開いたまま、時間だけが過ぎていく。フロント内にはカチカチと時計の針が一定の時を刻んでいる。
プルル
内線のランプが点き、部屋番号を見ると403からだった。顔を見合わせる三人。
「私が出ます!」
フロントの女性が意を決して受話器を上げた。
「………… 」
「川島さん、専務からです」
受話器を渡され出てみると、専務がいやに落ちついた声で言った。
「川島さんが見た男性って背広を着た五十代くらいの男性かい? 」
はいと答えると、専務は自分のデスクの引き出しの中にある金庫を持ってきてくれないかと言った。
「彼はあの時に部屋へ置き忘れた物を返して欲しいそうだ。警察が到着する前に僕が彼の鞄から抜き取った物をね。
魔が差したとはいえ、彼には本当に悪い事をしさま#wkた×¥6」
後半、うまく聞き取る事が出来ないまま通話は途切れてしまった。
フロントの女性が鍵を使って引き出しを開けてみると、確かに持ち運び式の手提げ金庫が出てきた。
金庫を持って日暮さんと二人で403に駆けつけてみると、専務はベッドの横にうつ伏せに倒れていた。
フロントからすぐに救急車と警察を呼んで貰い専務は病院に運ばれたが、残念ながらその後、彼が正気を取り戻す事はなかったという。
警察署で調書を取っている時に担当の刑事さんが話してくれた。
手提げ金庫の中からは総額一千万円相当の貴金属が出てきた。もしかすると犯人は殺人を苦に自殺したのではなく、あの時置き忘れたこの高級時計や貴金属に未練があったのではないかと。
ホテルはそのあと一年も持たずして廃業した。噂ではその後もホテル内で女性の霊や男性の霊が頻繁に目撃されたらしく、恐らくそれが原因だと思う。
今はもう取り壊されて更地になってしまっているが、今度その場所に十階建てのマンションが建つ予定らしい。
昨日夕食の席でその話をしたら、次男の琢磨くんが妙に食いついてきたそうだ。
「ねえママ、そのマンションが建ったら僕たちもそこに引っ越そうよ!ねえ、いいでしょ?」
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川島さんは立ち止まると、山に沈みかけた夕陽を眩しそうに見つめた。
「琢磨はあれからもずっと部屋の中でよく一人で笑ってるのよね。あの男性の霊まだ成仏してくれてないのかしら?」
言葉に詰まる俺に向かって見せた、川島さんの顔は笑っていた。
「ふふ、ごめんなさいロビ君、ちょっと怖がらせちゃったかしら?あら大変!もうこんな時間、早く帰ってお夕飯の支度しなくちゃ。じゃあまたね」
川島さんは左手にはめた金無垢の高級時計で時間を確認すると、慌ててタローを引っ張りながら今来た道を引き返して行く。
か
え
せ
鮮やかな夕まずめの景色に、一つだけ実体を持たない異質なモノが紛れ込んでいた。
「川島さん!」
俺は思わず川島さんの背中に声をかけた。
「どうしたのロビ君?」
「あの、その、川島さんが見た幽霊ってもしかして黒縁のメガネかけてましたか?」
川島さんは「メガネはかけてたけど、私ロビ君にメガネの事なんて言ったかしら?どうして分かったの?」と言って帰っていった。
川島さん。
アンタそれ、背中に「誰」背負ってんすか?
【了】
先に謝っておきます。
百物語の最後を締めるお話がこんな「与太話」になってしまった事、大変申し訳ない気持ちで一杯です。本当に申し訳ありませんでした!…ひ…
ただ、これも一応実話に基づいたお話なのは確かなのでご容赦下さい!
さて、蝋燭に着火致しましょうか。
ボッ!
さあ、これで百本の蝋燭に火が灯りましたね。皆様は百物語が始まってから身の回りで、何か変わった事はありませんでしたでしょうか?
僕はありました。
百物語の中盤を過ぎた頃から、作品を読み始めると必ず背中に寒気が走るようになりました。
4年間愛用していたヒマラヤ岩塩を使用した照明器具の塩が突然溶け始めました。
金縛りに近い現象が二、三度ありました。
閉めたはずの冷蔵庫の扉が朝起きたら勝手に開いていました。
オープン前の暗い店内で、雪駄を引きずりながら歩くような足音を聞きました。
お集まりの皆様が今夜、怪現象に遭遇しない事をお祈りしておきます…ひひ…
作者ロビンⓂ︎
皆様お疲れ様でした、やあロビンミッシェルだ。
それではこれより「ベストオブ百物語 2016」を決定したいと思います!
今回の作品の中で特に怖かった作品、印象に残った作品を三つだけお選び下さい。*(一つでも結構です。)何話目と何話目と何話目という表記で結構です。
投票期間は今から一週間、9月30日の深夜22時に締め切ります。参加者の方は勿論、読者の方もドシドシこちらの掲示板まで投票をお願い致します!↓↓
http://kowabana.jp/boards/32