私は晴れやかな気持ちで、美容整形外科をあとにした。
今まで、容姿のために、暗い人生を送ってきたが、もうその心配はない。
道行く何人かの男の、振り向く顔が私の自信をより確かなものにして行く。
私は大丈夫。
今までの気弱な私、バイバイ。
これで、憧れのあの人に堂々と告白することができる。
私は、真っ先に憧れのあの人の経営する喫茶店へと足を運んだ。
カランコロンと、軽やかなドアベルを鳴らした。
憧れの店長さんは、「いらっしゃ・・・」と言ったまま固まってしまった。
きっと私の美しさに驚いてしまったのね。
私は自分の指定席、一番奥の席へと進んだ。
以前は自分の容姿が誰にも見られないようにと、この席に自然に落ち着いたのだが、それがもう習慣になってしまったようだ。
私は、今か今かと店長さんが、オーダーを取りに来るのを待った。
今日はあの倉科とかいう、天然女は休みのはず。
私の店長さんに馴れ馴れしすぎるので、好きではない。
ところが、いくら待っても店長さんは私にオーダーを取りに来ない。
しびれを切らした私は、仕方なく声をかけた。
「あのー、注文したいんですけど。」
それでも、店長さんは私を無視した。
どうして?
私、あなたのために整形までして、ここに来たのに。
私は、悲しくて店を出ると外は雨が降っていた。
私は、雨の中、人目もはばからず泣いた。
美しくなればきっと、店長さんに告白できる、そう思ったのに。
私の容姿はもう完ぺきなはず。
ふと、街のショーウィンドウを見た。
「あっ」
私は思わず、声が出てしまった。
私の顔は、フジツボだらけだった。
どうして?
私は記憶があいまいな霧に包まれたようにもやもやしてきた。
確か、私は、店長さんに告白するために、この醜い容姿を整形するために、美容外科を訪れて美容整形の手術を受けた。
そして?
「ああ、これは失敗だ。どうします?」
遠くで男の声がする。目はあかないが、耳だけがその声をとらえている。
「このことが公になったら、うちのクリニックの名折れになる。このことは闇に葬ろう。」
何のこと?
「このまま麻酔を投入し続けてくれ。幸い、この女性には家族がいないようだ。」
ちょっと待って、麻酔を投入し続けるってどういうことなの?
それからだんだんと、意識が遠くなって行って。
フジツボからは、黄色い膿や、赤い血液の混じった汁が噴出している。
嘘、整形失敗したの?
麻酔を投入されて、私は?
誰か、誰か助けてください。
私はなりふり構わず、手あたり次第にすがりついたが、道行く人は知らぬ顔。
それどころか、触ることすらできない。
そこで、私は初めて、知ったのだ。
もしかして、私、死んだの?
すぐに整形外科に取って返し、施術した医師に詰め寄ったが、まったく無反応。
それどころか、私など見えていないようだ。
私のこと、見えないの?何度問いかけても反応はなく、のれんに腕押しとはこのことだ。
私は悔しくて泣いた。
泣いて街をさまよった。
すると、誰かの肩に、ドンとぶつかった。
振り向くと、そこには、憧れの店長さんが驚いたような顔でこちらを見ていた。
二人の視線は合っている。間違いない。
私はすぐさま、店長さんの右肩から覗き込んでこう言った。
「ミエテル?」
店長さんは、見えてるのに、私をずっと無視して歩き続けた。
やはり見えてるんだ。うれしい。運命を感じた。
やはり店長さんと私は運命の糸で結ばれてる。
でも、無視し続けるのは、私が醜いからですよね?
私は悲しくなったが、唯一私のことが見える人に助けてほしかった。
だから、道々、ずっとミエテル?と話しかけたのだ。
すると、前方から、あの天然女、倉科が歩いてきたので、私は舌打ちをした。
「ちょ!変なの連れてこないでくださいよ!なんなんですか、このフジツボ!」
この女にも見えてるのか。驚いた。
「町でぶつかって声かけたら、付き纏われてるんだよ、俺だって知るか。」
そう倉科に返していて、少なからずショックを受けた。
でも、この二人についていけば、何とかなる。
私は執念で二人の行き先に付いていった。
まったくもって、この倉科という女は失礼にもほどがある。
私のことを「コレ」扱いし、私が店長さんについてることを、対岸の火事だのなんだのと、言いたい放題だ。
そして、私たちは、雑居ビルの二階にあるバーにたどり着いた。
そして、この店のマスター、黒木という男にも私が見えるようだ。
私は黒木に連れられて彼のマンションへと向かう。
私は救われた。
しかも、私が希望した通りの美しい姿になって生まれ変わったのだ。
しばらくして、私のもとに、憧れの店長さんが訪ねてきた。
正確に言えば、黒木のコレクションの人形になった私に会いに来てくれた。
嬉しかった。
ねえ、見て、店長さん。私、キレイ?
作者よもつひらさか
フレール様、ビビっときて書いてしまいましたm(__)m
フレール様 店長シリーズ 14話 【視線】 http://kowabana.jp/stories/27398
これのフジツボ女視点です。