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腕時計の針は、すでに23時過ぎを指していた。
双子の巫女が警告した、夜の時間。
今、皆の視線は本堂の扉に注がれていた。
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「東野さん、戻ってるんですか?
お風呂場の外で見張ってるって言ったのに、急にいなくなられたら怖いじゃないですか」
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扉の外から響いてくる、渚の声。
それを聞いて、本堂の中にいる渚が声を上げそうになる。
園さんが、とっさに渚の口を手で塞ぐ。
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「あ、ああ。すまない、西浦。
ちょっと野暮用を思い出しただけだ。
ところで――」
どうして中に入ってこないんだ、と東野さんが扉の外に問いかける。
そうなのだ。外の渚は本堂に入ってこない。
扉に、鍵など掛かっていないのに。
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『本堂の中は安全です。彼岸のモノは入ってこれません。あなた方が招き入れさえしなければ――』
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巫女の言葉が脳裏によみがえる。
扉の外にいるのは、さっきまで一緒にいたのは、誰――?
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「着替えを持ってて、手が塞がってるんです。
開けてくれませんか。
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……。
七月ー。
八月ー。
潮ー。
誰でもいいから、いじわるしないで開けてよー」
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本堂の中では園さんに口を押さえられた渚が、ガタガタと肩を震わせている。
いつの間にか隣にやってきた八月は、私の腕を痛い位握りしめている。
潮も、東野さんも、動けずにいる。
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shake
「あ、あんた誰よ――!」
沈黙の均衡を破ったのは、園さんの手を払って声を上げた渚だった。
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「え?誰?
今の誰の声?
ねえ七月、皆の他に誰かいるの?」
一緒にいるのは渚だよ――私は声に出せないまま、胸の中でつぶやく。
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「……西浦、お前、姉がいたって言ってたな。
お前も含めて三つ子だったと」
東野さんが静かに語り出す。
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「え?は、はい……。
まだ私が小さい頃で、あんまり覚えてないですけど……」
東野さん、何を?
東野さんは固い表情のまま、言葉を続ける。
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「ふたりの姉たちは亡くなった。
お前の両親は語らなかっただろうが、おそらくふたりの死には鬼灯町の闇が関わっているんだろう。
そんな鬼灯町を離れ、俺たちの町にやってきたお前は、高校で七月と、大学で俺たちと知り合った。
そうだな?」
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「そ、そうです。私は――」
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「その記憶は、まやかしだ」
東野さんはきっぱりと言い切った。
潮が口をぽかんと開けた、間抜けな顔で東野さんを見ている。おそらく、私も。
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「お前には、この本堂の扉を開けられない。
さっきまでは、俺たちと一緒に行動していたからよかったがな。
なぜ、開けられないか。
巫女が言っていた通りなら、お前が『彼岸のモノ』だからだ。
お前は鬼灯町の、そしてこの曲津島の闇に通じるナニカだ。
西浦渚の姿をし、西浦渚の記憶を持ってはいるが、お前は偽者、本物は扉のこちら側にいる西浦だ。
お前は――」
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死んだ西浦の姉の、成れの果て、だ。
東野さんは諭(さと)すようにそう言った。
雨が、降り始めた。
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shake
「あ、ああ……ああああああああああああああ!」
扉の外で絶叫が響き渡った。
哀しげな、呪わしげな、そして、寂しげな声だった。
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shake
本堂の扉が凄まじい力で激しく叩かれる。
本堂の前の廊下を、固いモノが転がり回る音がする。
地団駄を踏む音。
そして、ジャリジャリと固い音をさせて、走り去っていく足音。
やがて、屋根を叩く雨音だけが本堂の中に響くようになり、皆の肩と脚から力が抜けた。
私は床にへたり込んでしまう。
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「……西浦、大丈夫か?」
東野さんが渚に声をかける。
そうだ。今、この場で一番衝撃を受けているのは、私でも、潮でも、八月でもない。渚であるはずだった。
渚はほろほろと泣いていた。
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「……私、あれは、お姉ちゃん…だったの?もうやだ、わかんない……」
園さんが渚の肩をやさしく抱きしめている。
「園さん、貴女はどこまで……いや、今夜はもういい」
そうだ。今日は色々なことがあり過ぎた。
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私たちはそのまま本堂で夜を明かすことにした。
この中にいる限りは安全なはずだから。
本当は目をつぶるのだって、今は恐ろしい。
でも、緊張の糸を張り続けることはできず、ひとり、またひとりと眠りに落ちていった。
そして、私も――。
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声が聴こえる――。
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『めでたやな めでたやな
可愛いややこを抱いて見りゃ
鬼灯一つに瓜二つ――』
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これは、歌?
厳田のお婆さんが歌って聞かせてくれた。
誰が――歌っているの?
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『――風来坊の言うことにゃ
鬼灯残して瓜食った』
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あの夜にも聞いた声。
誰の声?
なんで私に?
なにかを伝えたいの?
何を――伝えたいの?
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『……貴女の隣にいるのは、本当は』
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私の隣。
八月――。
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激しい落雷の音が、私の意識を眠りの淵から浮かび上がらせたようだった。
上半身を起こして見ると、辺りは真っ暗だった。
祭壇の脇に立てられた、この部屋唯一の光源である蝋燭の火は、すでに消え失せていた。
堂の外からは激しい雨音が聞こえる。そして、雷鳴。
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この雨の中、この曲津島ではナニが動き回っているのだろう。
それは、彼岸のモノ。
それは、渚の死んだお姉さん。
それは、斬り殺された双子の姉妹の片割れ。
それは――。
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「眠れないのか?」
不意に声をかけられて、私は思わず座ったまま腰を浮かす。
「その声、潮なの?びっくりさせないでよ」
心臓がばくばく鳴っている。しかし、寝ている皆を慮って、潮の人影に小声で抗議する。
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「悪りい。なんか、雷の音で目が覚めちまったみたいなんだ。
……ずっと、起きてたのか?」
「ううん。私も今目が覚めちゃったの。
……今、何時くらいなんだろう?
すごい雨音。風の音も、まるで台風みたい。
怖い……。八月はよく寝てられるな……。いつもはあんなに怖がりなのに。
八月……、
八月……?」
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真っ暗な堂内に視線を巡らす。
眠りに落ちる直前まで、私の隣に八月はいた。
でも、今は――。
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shake
「ねえ、潮!八月がいないよ!」
「……東野さん?東野さんどこっすか?まじかよ、いないのかよ……」
トイレに行きたくなった八月が東野さんを起こして、ふたりして部屋を出たのだろうか。
それならじきに戻ってくるはずだ。
だが――。
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「おい、七月!見ろ、本堂の扉が開いてるぞ!
……あの足跡、あれ、ふたりのじゃねえか?」
見れば本堂の扉の外、激しい雨でぬかるんだ大地に、二人分の足跡が残され、それは深い森の奥へと続いていた。
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第10話に続く…
作者綿貫一
この作品は、掲示板にて行われたリレー形式の投稿作です。
今作は9番目の投稿作となります。
それでは、こんな噺を。
走者
①怪談師lv.1様(代理投稿:修行者様)http://kowabana.jp/stories/29831
②月舟様 http://kowabana.jp/stories/29788
③珍味様 http://kowabana.jp/stories/29843
④ふたば様 http://kowabana.jp/stories/29854
⑤にゃにゃみ様 (代理投稿:修行者様)
http://kowabana.jp/stories/29853
⑥mami 様
http://kowabana.jp/stories/29875
⑦よもつひらさか http://kowabana.jp/stories/29884
⑧フレール様
⑨綿貫一
⑩ルピナス様
⑪clolo様
⑫こげ様
⑬ロビンⓂ︎様
⑭ゴルゴム13様
special thanks(画像提供)
空海まひる様
。❀せらち❀。様
(注1)コラボ作品のため、今作品のアワード受賞は辞退申し上げます。
(注2) 一般読者の方々へ。 このお祭りは、サイト運営側の了承を受けて企画されております。参加者以外の方でこのメッセージを目にされ、企画に対しご意見・ご要望をお持ちの方は、掲示板の
【第三回リレー怪談2017 夏に向けて話し合うスレ(http://kowabana.jp/boards/38)】
にお越し頂き、ご意見賜りますようお願いします。参加者個人のページでのご意見は、削除させて頂きますので予めご了承下さい。クレームやご質問等については、ゴルゴム13、ロビンⓂ、修行者にて対応させていただきます。