あれは、今夜の様にバケツをひっくり返したような土砂降りの夜の事でした。
私は旦那と、近所のTSUT○YAに向かって車を走らせていました。時刻は20時過ぎで、目的地まで15分くらいだったと思います。
助手席に私、運転は旦那で白い軽は住宅街の中、ゆっくりと走っていました。
車内は、雨が車をたたいて作る騒音を打ち消すように、旦那の好きな外国の歌手の音楽が大きめのボリュームで流れていました。
「雨すごいねー。でも、こんな中でも結構人が歩いてるね」
「ありゃ、傘の役目してねえだろ。学生やリーマンは大変だな」
なんて会話しながら、土砂降りの中を足を急がせる学生やサラリーマンたちを見ていました。
私は、そんな彼らを横目で見ながら、車内の音楽に耳を傾けつつ旦那と会話してました。
住宅街の十字路を左折しようとした時でした、カーブミラーに人がこちらに向かって走ってくるのが映りました。
「ちょっと! 人来るから気をつけて!」
私が咄嗟に叫ぶと、旦那も気がつきスピードを落としました。
私たちの車が曲がる時、車の隣をその人が軽く会釈して通り過ぎていきました。この土砂降りの中、どうやらランニングのようだと思いました。真っ黒のウィンドブレーカーを身につけていたからです。
「っんだよ、危ねえな…。 黒い服じゃ見えねえよ。死にたいんかよ!」
旦那はどうやら私が叫んだ時まで気がつかなかったみたいです。
「まあ、確かにねー。反射板とかつけなきゃ見えないよね」
そう言って、私はその人をもう一度確認しようと後ろを振り返りました。
「きゃああああああああああっ!」
車内に私の叫び声が響きました。旦那は、驚いた顔で私をチラッと見ます。
「な、なんだよ!? 叫び声あげんな! 車停めるぞ!」
「だめだめ! 停めないで!」
私は後ろを振り向いた状態で、旦那の停車を制します。
「なんなんだよ…。」
「…! うぎゃああああぁぁ!」
旦那はルームミラーを見て叫びました。
後ろにいたのは、さっきすれ違ったランニングしていた人です。しかし、ソレは私たちの車の後ろにピタリとくっついて走っていたのです。
異様なのは、『笑顔』である事。
ソレはフードを後ろにさげ、土砂降りの雨を顔に受けているにも関わらず、笑顔で車についてきました。
もう車内はパニック状態。私は警察を呼ぼうと、携帯電話をバッグから探し、旦那はアクセルを踏み込んで住宅街を人を避けながらスピードをあげました。
住宅街で、人もちらほらいたのでスピードは中々あげられませんでしたが、50キロは出てたと思います。
それでも、ソイツは両腕を前後に振りながら、スポーツマンのような爽やかな笑顔で追いかけてきました。
「なんだアイツ、なんだアイツ! 気持ちわりぃよ! 早く警察呼べよ!」
旦那はルームミラーと前を交互に見ながら叫びました。
「なんか圏外って! 圏外って出ちゃうんだけど! どうしよう!?」
本当にその時、圏外と出てしまい私は半分泣き出していました。
急に、車内が光りました。私と旦那がルームミラーを見ると、ソレの後ろに赤いワゴン車がいました。私たちの車との車間距離は3メートル位だったと思います。
そして、気がつきました。その赤いワゴン車の運転手は、笑顔で走り続けるソレに気がついていない。
そう、普通は時速50キロの車に笑顔で追いついて走る人間がいれば、赤いワゴン車に然り、通り過ぎていく人たち然り、気がつく筈です。
しかし、私たち以外、誰にも見えていないようでした。
旦那も私も、ソレが人間でないことに気がつき大泣きしました。そして、車内の音楽が雑音に変わり、
「ザザッ…はは…ザザザッ……ははははははははっ…!」
男性の声の笑い声が響きました。
「きゃああああああああああ! いやあ! いやあー!」
「うわああぁ! どっか行けよお!」
「わはははははははははっ! わはははははははははっ!」
気が狂うんじゃないかと思いました。
旦那は目の前の交差点の信号が赤でしたが、アクセルを全開に踏みました。
その瞬間、
『バンッ! バンバンッ!』
ソレが笑顔で、運転席側のドアの外に併走しながら、窓を叩きました。
そして、私たちの車を追い抜いて交差点につっこんだ瞬間、横から来たトラックに跳ねられました。
いや、人間だったら跳ねられてグチャグチャでしょうが、トラックはそのまま走っていきました。
目の前のトラックに、旦那は急ブレーキをかけました。
私はそこで、気を失いました。
旦那の呼ぶ声で、私は気がつきました。
車は交差点の真ん中で、スピンしたように変な向きで停車していました。
斜め前には、目的地のTSUT○YAがあって車の周りに野次馬が出来ています。
その野次馬を警察が制していました。
パトカーと救急車もとまっていました。
そのまま訳が分からないまま、警察署にパトカーで連れて行かれました。幸いにも、旦那も私もほとんど無傷でしたので救急車のお世話になりませんでした。
警察署で、事情聴取を受け、そのまま一夜過ごしました。
翌日の早朝、警察の方が私たちを車庫のような場所に案内しました。
「あんたたち、人を跳ねたんじゃないだろうね?」
突然の警察官の発言に驚きつつ、否定しましたが、あまり信用している様子は見られません。
(人を跳ねた? どういうこと!?)
案内された場所には、私たちの車がありました。白い軽、昨日と変わらない…。
変わらな…、あ!
「きゃあ!」
私はそれに気づき、小さな悲鳴をあげてしまった。旦那もソレに気がついて似たような反応をしました。
運転席のドアの窓には、血がベッタリついていました。
今でも目を閉じれば、アレが笑顔で走ってくる光景が思いうかびます。
作者朽屋