その日は、朝から雨を含んだ重たい雪が降っていてすごく寒かった。
俺は、夕方17時から居酒屋で働いていた。
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居酒屋って言っても、チェーンとかの有名な感じじゃなくて、個人でやってる小さな居酒屋なんだ。
でも、駅前の大通りから一つ入った路地に位置するにも関わらず、結構人気はあって週末なんかはかなり忙しかった。
それで、時刻は21時を過ぎた頃かな。給料日前の金曜日なんだが、店内にはリーマン一人とガテン系のおっさん二人組の計二組だけ。
カウンター内には、俺と店主、店主の奥さんがいて、店内には全員あわせて6人いた。
店主が流石に困った顔して、今日はこの二組のお客さんだけで、店を閉めると耳打ちしてきた。
俺は、玄関が見えるカウンター側で野菜を仕込んでいたから、店前の人通りが多いか少ないか何となく分かる。
と言っても、膝上位まで垂れ下がった暖簾越しで足しか見えないけど、人通りは結構多かった。
スーツのズボンや高いヒールを履いた細い足が、右から左へ左から右へと横切ってるんだ。
(人通りは…あるんだけどな…。みんな不景気だから金使わないのか…)
なんて、色々考えてたら店主が二組のお客さんに、暖簾を店内に入れて店じまいしますがごゆっくりどうぞって案内してた。
それから頷いて合図を送ってきたから、俺も頷いてカウンターから出て玄関に向かった。
ガラガラって音を立てて、木が格子状に組んであるガラス戸を開けると冷たい風が店内に入ってきた。
(うう、さみい!)
暖かい店内と違って外はすごく寒く、俺は急いで暖簾を店内に入れて、内側の暖簾掛けに引っ掛けて、ガラス戸を閉めようとした時だった。
「ちょっと、俺君。外に人が立ってるわよ」
店主の奥さんに言われて暖簾の下に目をやると、そこにはこっちに向かって両足をピッタリくっつけた足があった。
まあ、簡単に言えば、暖簾を挟んで俺とソイツが向き合ってる感じ。暖簾をめくれば目の前に恐らく、気を付けをした姿勢で立ってる何かがいると予想出来た。
ガラス戸開けたままで冷たい風のせいかもしれないが、俺の背中に寒気が走った。
だってその足、裸足なんだよ。しかも、灰色のような紫色のような色してて骨と皮だけしか無いんじゃないかって位細かった。
一番印象に残ってんのは、左足に赤と白を組み合わせたミサンガをしていた事。
とにかく、オカ板とか怖話とかよく見てたから、目の前のソイツはヤバイと思って固まった。もう、ホント身動きとかできない。
そしたら、背後から店主の声がした。
「おい、俺君。どうした、寒いから早く戸を閉めないか」
多分、戸と店主の間に俺が立ってる形になったから、店主には見えなかったんだろうな。その異様な足が。
(いやいやいや、助けてくれ!)
叫びたかったけど、声も出ないのよホント。
もう意味分からん恐怖で泣きそうになってきた時、背後からイカツイ声が響いた。
「おい兄ちゃん、暖簾開けんなッ!」
ビクッとしたと同時に、体が動いた。
今思えば、マジであの時のドスのきいたような声は、天使の声と言っても過言じゃないと思うわ。
とにかく動けた瞬間に、救いを求めて振り向いたら、カウンター席で立ち上がりこちらを睨むガテン系のおっさんがいた。
店主を始め、みんなでそのおっさんを見てた。一緒に呑んでたもう一人のおっさんも、ポカンとした顔で見上げてた。
「何もすんじゃねえぞ。くそっ…まさかこんな所で見るとはな」
おっさんは溜め息交じりで呟きながら店主の方を向いた。
「親父、わるいが酒の入った一升瓶と、塩をもらえねえか?」
熊みたいな濃い顔で、威圧的に店主に話した。実はこの人、日は短いけど常連なんだ。でも、初めてこんな威圧的な話し方で話すのを聞いた。
そんなおっさんの後ろで、リーマンが会計済まして、こちらに向かってきた。
「ちょっと待て! 今、出たら駄目なんだよ!」
三十代位のリーマンは、ケータイを耳にあてながら話してて、注意するおっさんをガン無視。
ちょうど、店主が塩と酒瓶を持ってきた。
でも、おっさんは塩と酒瓶を受け取る前に、リーマンが店外へ出ないように肩をつかんで必死に説得してた。
「おい、ホント駄目なんだよ。お前、あの足見えないだろうけど、連れていかれちまうぞ!」
しかしリーマンは電話口に手をあてて、おっさんに向かって叫んだ。
「なんなんだ、あんたたちは⁈ どうせドッキリか何かの番組だろう! こっちは今、会社から至急の用事で呼ばれてんだよ! 付き合ってられるか!」
そういう事らしい。リーマンはおっさんを突き飛ばした。今、書いてて思ったが、よくあの細い体でガタイの良いおっさんをつき飛ばせたなって思った。
多分、既にリーマンは手遅れだったのかもしれないな。
リーマンは、俺の横を通り過ぎた。
俺も思わずその姿を追い、自然と背後の玄関の方に目をやった。
「えっ……⁉」
確かに見た。あの細い足が増えてるんだよ。二人分って言えば良いのかな、あの紫色っぽい足に赤白のミサンガして、立ってる。
つまり、外に訳わかんないソイツが三人に増えてるって事だ。
それで、リーマンにはその足が見えてなかったのかな。今となっては分からないが、リーマンは暖簾をめくって外に出た。
出るとき、確かに舌打ちが聞こえて、そしてリーマンの変な声がした。
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「あっ…? は、なま、あるえべえ…でええええええええぇ…」
ホント、こんな感じ。暗闇にリーマンが消えた。そして、あの足も消えた。
普通、店の明かりで店の前は多少なりとも明るい筈なんだけどな。
そしたら、おっさんが塩と酒瓶持って玄関に来た。早かったわ、手慣れた感じで口に酒を含んで、暖簾と玄関に吹きかけた。そして、塩で玄関の両脇に盛塩?を作って、玄関の外にも一握り払った。
それで、暖簾めくって外に出た。俺と店主も一緒に出たんだが、外には誰もいなかった。
今更だが、ウチの居酒屋は京都の長屋みたいに店が立ち並んでて、通れるのは店の前の細い路地のみ。
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店|路地|川
店|路地|川
店|路地|川
店|路地|川
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こんな感じで、外の人が五分くらい歩いて大通りか、もう一方の通りに出ないと見えなくならない。
それなのに、三十秒も経たないうちに、リーマンは消えていた。
両隣の店か、川に入れば見えなくなるだろうけど、そんな様子もない。
ホントに、外に出た瞬間に消えた。
そういう事になる。
店主も俺もポカーンなんだが、おっさんだけは震えながら溜め息ばかり吐いてた。
「ああ、くそっ…くそっ…」
ずっと呟くおっさんに、店主が声をかけた。
「あのう、◯◯さん。いったいどういう事なんで? あのサラリーマンのお客さんは何処に消えたんでしょうか…。け、警察とか連絡した方が…?」
そしたら、おっさんは大きな溜め息吐いてから答えた。
「一応、警察に連絡した方が良いが、無駄だ。ありゃあ、この世のモンじゃねえんだ。行方不明で終わっちまう…」
多分、会社か家族から連絡がいってその内警察が来るだろうし、と付け加えた。
一体、何だか分からずビクビクしてる俺に気付いたおっさんが声をかけてくれた。
「兄ちゃんはよく見なかったな。怖い思いをさせてすまん。俺もまさか関東で見るとは思わんかったから焦っちまった…」
どうやらおっさんの話しをまとめると以下のようだ。
おっさんは奈良出身なんだが、昔小さい頃に似たような事が二件続いたらしい。そん時、近所のお爺さんが酒と塩の対処法をとって、近所の人は助かったんだがおっさんの友達は消えたらしい。
ソイツはやはり、最初足だけ見える。例えば、顔を下から上へ上げようとした時に足が見えたり、今回みたいに暖簾のような垂れ幕の下に見えると。
膝上を見たら駄目のようで、おっさん曰く神隠しの類だと言う。
最後に…おっさんが俺に言った一言のせいで、最近シャワーしか浴びてない。
よく風呂場で頭を洗ってて、目を開ける前に寒気がして、何かヤバイと感じた事があるかもしれない。大体が気のせいとか思い込みだと思うが、薄目をあけて足が見えたら絶対に上半身を見ないように、という事だ。
特に、赤白のミサンガをした紫色の細い足なら、尚更………。
作者朽屋’s