雪の降る晩に
白いベベ着て
白い足袋履いて
寝ん子は貰おか
泣く子は貰おか
私が幼い頃、ごんたをこねたり、夜なかなか布団に入らなかったりすると、祖母はいつもこの不気味な歌を歌った。
そんな時私は、何をしていてもピタリとやめて、おりこうさんになった。
白足袋に来てほしくないからだ。
このたった5行の詩は、私を恐怖に落とし入れる呪文だった。
幼い私の頭の中では、白装束の魔物が、目をらんらんと光らせて、「悪い子」を探して走り回っていた。
忘れもしない、あれは私が5歳の時。
クリスマスを間近に控えた寒い夜だった。
この日は午後から粉雪が降り続いて、夜の8時には辺り一面真っ白な世界と化していた。
雪が滅多に降り積もらないこの地方には珍しい銀世界に、私はすっかり魅せられて、わくわくしていた。
外に出て雪だるまやかわいい雪うさぎを作りたい。でも……雪の降る晩には……白足袋が……。
私はガラス戸から、白い世界を見るしかなかった。
私が寝る頃には、雪はやんでいた。
「カーテンをちょっと開けて、雪を見ながら寝たら?」
親たちが言うので、寝室の庭に面したガラス戸のカーテンを30cmほど開けて、私は布団に入った。
庭の木々や隣家の屋根に積もった雪が見える。
リビングから、クリスマスツリーの点滅が、暗い空間にぼんやり反射している。
私はいつしか眠りに落ちていた。
夢の中で、私は信じられないほど大きな雪だるまを作っていた。
見上げるほど大きな雪だるま!
あとは、頭にバケツの帽子を乗せるだけ……と思ったとたん、雪だるまの目や鼻や口を作っていた、木の枝やニンジンなどが、急に全部はずれて下に落ちてしまった。
「……!」
そこで私はふっと目が覚めた。
バサッと屋根や枝から、積もった雪が滑り落ちる音が聞こえる。
私は真っ暗な部屋の中で、目を開けていた。
すると前の道の方から、ザクッ、ザクッと雪を踏む足音が聞こえて来た。
それはだんだん大きくなって来て、私の家に近づいて来た。
そして、家の回りを歩き始めた。
ザクッ、ザクッ、ザクッ
そして、ギィー
庭の出入口の木戸を開けて、庭へ入って来た!
(誰?怖い!)
私は息をつめて、わずかに開いたカーテンの間から、外を見つめた。
ザクッ、ザクッ、ザクッ
いよいよ大きくなった足音は、寝室のガラス戸の前まで来た。
(こ、こわい……!)
そして次の瞬間、私がカーテンの隙間に見たものは!
白いほうかむりをして、白い着物を着て、赤く濁った目でじっとこちらを見ている男の姿だった!
口がニヤリと歪んだ。
白足袋や!
私は布団の中に潜り込んだ。
私はなんも悪いことしてへん!ちゃんとご飯も食べたし、お風呂も入ったのに、なんで!?
恐怖!!
私の体は、音がしそうなほど震えた。
声も出ない!
「Mちゃん、どないしたん?」
祖母が起きて来て、布団の上から私の体を揺すった。
「白足袋が来ょってん。」と言えばいいのに、なぜか言えなかった。言ってはいけないという気がした。
「怖い夢見てんなあ。もう大丈夫やで。」
祖母は、布団の中の私に言った。
朝ごはんも食べる気がしなかった。
体もまだ、微妙に震えていた。
あの赤い陰惨な目が、いつまでも追いかけて来た。
小学生の時は、まだ昨日のことのように思い出された。
中学生の時は、夢に見ることがあった。
私が白足袋のことを思い出さなくなったのは、高校生になってからだった。
記憶の彼方に置いて来た、恐ろしい出来事……。
「白足袋伝説」を残した祖母は、私が19歳の時亡くなった。
「あの白足袋の歌、おばあちゃんが作ったん?」
私は、祖母に聞くのを忘れた。
それが残念だ。
雪の降る晩に…………
終わり
作者クロミちゅわん