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特定の昆虫は特定の状態の死体を好む。
あるものはかなり分解の進んだ死体や、
さらには乾燥した死体ですら好む。
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夜の街の情景がスローモーションのようにみえている
それは真っすぐ前進をしていたり、急旋回をしたり、浮上したりホバリング※をしていたりする。
(※その場にとどまること、ヘリコプターやハチドリのようにその場にとどまるにはかなりの運動量が必要)
何かを、誰かを夜な夜な探し回っている生き物の視線
それは自分の視点ではなく、記憶ですらない
誰かの記憶であり、それは誰かの悲しみの込められた意思だった
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俺には一回り歳の離れたいとこがいて、そして奴には初めての彼女ができ…
なぜだかその彼女はここのところ毎日、俺の部屋に入り浸っている
な、ぜ、だ?
いとこのAより2つ年上の彼女は今まで必要なかったから、とらなかったが、
つい最近、やっぱり必要と思い、車の運転免許証を手に入れたばかりだそうだ
Aはこの夏取りに行くのだと意気込んではいるがあの貧乏小僧のことだ、どうなることやら。
なにわともあれ、これで遠距離だった2人は簡単にあえるようになったのだが…Aは実家暮らしのため彼女はその近くに住む俺のところへ来るのだ
なんて嘆かわしい
デートの待ち合わせやホテルがわりに使われている俺の部屋よ
そんな日々が続いていたある寒い夜のことだった
その日も例のごとく待ち合わせスポットとなっていた俺の部屋には待ち合わせ時間より30分近くも早くつくなり、
挨拶も早々に
『寒い、寒い』
と言いながらコタツに滑り込み、暖まっている彼女がいた。
『そんな薄着じゃ寒いに決まってんだろ』
と言うと
『お洒落の為には身を挺してやらなきゃならないこともあるのよ』
と笑う、こうして話す彼女は、
オカルト大好きで実は物凄い闇の部分をもっている、
”ちょっと危ない子”になんて見えやしない
それから少しの間世間話をし、みかんをほおばりながら、
『んで、今日のデートの予定は?』
と訪ねたところで彼女の携帯が鳴る…
sound:32
shake
いや、鳴らしたのか?
見逃してしまったが彼女の特質な一面が顔を出そうとしていたみたいだ
鳴る携帯の画面を眺めながら彼女は躊躇している
俺は『どうした?』
sound:32
shake
という質問を投げかけたが、
その質問の答えがかえってくることはなかった
虚しく宙を舞った質問者の言葉に無言の答え
ここで、次の手に困るのは何手か先を読まない、行き当たりばったりな若輩者のする事、
sound:32
shake
そう、俺は次の言葉に困る。
また同じ質問をするか…
ふれない、もしくは話を変えるか…
その間も彼女は画面を見たまま電話が切れるのを待っているようだった
そして長めのコール音の後、携帯は音をまき散らすことをやめた
この無言の間を優しく包み込むようなそんなスキルを持ち合わせていない俺は話を変えようと
コタツから出て、そそくさとコーヒーを入れに行きつつ、
誰に向けたわけでもなく口にする…
『Aの野郎おせぇな…』
依然、彼女は黙ったまま…
あぁ神様、どうかこの迷える俺に妙案を…
この時点で待ち合わせ時間まで残り5分になっていた。
あの初夜から彼女は電話にはでていないらしい
それは彼女なりの自分の中にある闇を、
どうにかしなくては、という事の現れなのかもしれないが、少なくとも向き合っている訳ではなさそうだ…
不意に俺の携帯が鳴る…
着信
公衆電話
shake
sound:32
なんだ?なんだ?このタイミングだと嫌な予感しかしない…
案の定それはあたった
そう奴はそこにおいての期待を裏切ったことがないのだ…
着信はAからのもので、
ちょっと学校でやらかしてまだまだ帰れそうにないこと、
携帯を取り上げられ、彼女ちゃんにメールを入れられないこと、
電話で彼女ちゃんとは話せないので俺にかけたことと
そして最後に、Aのかわりに彼女ちゃんと一緒に
”ニクバエの部屋”
に行ってやってくれとのことを懇願された
『お前、このクソ寒いのになんでワザワザ外でて、そんな所…』
と突っ込みきる間を与えず電話は切れていた…
どうやら今日のデートコースは最近この付近で噂になっているとある部屋の潜入捜査だったようだ
コタツへと視線をやると…
突っ伏している彼女がいた、
きっと会話の流れで、
Aがこれないという事に気がついたのであろう。
『埋め合わせは必ずするって言ってたぞ』
Aじゃ思いつかないだろうと察しがつくのでかわりに謝罪の条件を付け足しておく
顔を上げた彼女の白いおでこは押しつけられていたせいか、赤くなっていた
そんな目で俺を見るな…
話の流れで聞かなくてはいけない気がする……
が、その前に三回ほど彼女に向かって脳波を飛ばす…
(断ってくれ…断ってくれ…断ってくれ…よし…)
『ほらっそのニクバエの部屋に行くぞ、俺も行ってみたいと思ってたんだ…』
そこまで言いつつ心底、
否定をこい願い、
ダメもとでもう一度、
脳波よ届け!!
断ってくれ!!
そう唱えてみたものの、
人生とは無慈悲なものだ。
かくして、満面の笑みを浮かべた”いとこの”彼女と俺は、
『ニクバエの部屋』へと来たのであった
話を聞くと
彼女は某ソーシャルネットワークの、
オカルトコミュの管理人をやっているらしく
新しく仕入れたその部屋の情報を見に行きたかったのだという
『この部屋はもともとある老人が住んでいて、獣の死体を集めては腐らせていたらしいんだよね…』
そう言う彼女は右手にライト、左手に携帯という格好で民家へ忍び込むタイミングを見計らっている…
俺もオカルト狂の端くれ、ここの噂は知っていた。
始まりは、今年の夏のこと、
数ヶ月前、つい最近の事だった。
ここに住んでいた爺さんは、
もともと、頑固で人つきあいのない人だったが、
一緒に住んでいた婆さんの失踪でそれに拍車がかかった。
その頃から獣の死体を拾ってきては、何をするでもなく、放置しては腐らせていた。
片田舎で、山の中にぽつりとある民家とはいえ、腐敗臭と死体を媒体に、大量発生した衛生害虫…ハエ…
周辺の人々は爺さんに死体の処分と汚染されたその家の美化を呼びかければ呼びかけるほど、家に近づけまいと増える死体にハエ、
いつしか周辺の人々も近づかなくなり
その辺りから肝試しスポットとして伝わり始めた、
そんなある日、家へ忍び込んだ勇敢なる無謀者、大学生グループの1人が爺さんの蛆虫だらけの腐乱死体を発見した。
爺さんはハエのもたらす感染症により高熱の末、孤独死をむかえいていた
それからその家へと入った者は皆、例外なく高熱を出すんだとか。
と、言うことで、俺は入りたくないのだ。
そう、怖いのだ、そしてそれ以外に理由はない。
中がどうなっているのか興味はある、がしかし、俺は多く存在する好奇心旺盛な怖がりにすぎない…
『よし、外観は見た、帰…』
『らないよ、いざとなればどうにか助けてあげるから。』
と言葉を遮る彼女は左手に握られた携帯をヒラヒラ振って笑顔を作る。
膝の揺れには気づいているのだろうか…?
『そうかい…それは心強い。』
話はあわせたが、彼女が怖がっているのはあきらかなことだ
しかたない、行くか…
腹をくくり俺達は家の周りを見て回る
裏口だったであろう場所の近く、少し高い位置に壊された窓があり、そこには乱雑に板張りがされていた。
ほかに入れそうなところはないようだ…
家の周りにあったゴミやら何やらを積めば上がれないこともない。
『さぁサクッと見て帰るからな。』
そう告げ、物を適当に積み重ね背伸びをする、板の隙間に指を入れ、力を加えた。
shake
そのベニア板は簡単にはがれ、中の暗闇が垣間見える。
もう一枚剥がせば通れるようになるだろうか
もう一枚のベニア板に指をかけ力を込めようとした瞬間、指先に何かを感じた
プチプチプチ
小さな水泡が潰れるようなそんな感覚
『ウワッ!?』
shake
とっさに板を放したせいか体制を崩して倒れそうになる
慌ててまた板を掴んでしまう。
が、勢いよく掴んだせいか
プチブチチプチ…
ブチャ…
今度は何かを手のひらいっぱいに潰したようだ
身震いがする…手のひらに感じる水分が何なのか…想像したくもない…
ゆっくり指を浮かせてみる…
ネチョ…糸を引く感覚…ネチョ…
後ろを振り返ると
『なに!?何が起きてるの!?』
といった表情の彼女。
『ちくしょう!!なんで俺がこんな目に!!!』
そう言いながら板をまた掴み力任せに引き抜いて
shake
盛大に転げ落ちた。
shake
同時に中から闇が飛び出してきたように見えた
それは目の錯覚とかではなく
月明かりとライトの明かりしかなかった夜の空へと無数に飛び出した
黒く小さく、そして存在感を誇示してやまない生物
sound:40
あっけにとられていた俺は、
転げ落ちて打ちつけた背中の痛みと手のひらの不快感で我にかえる。
暗くてよく見えないが手のひらを見てみた…
湿り気をおび、所々糸を引いている…そしてモゾモゾ動いている…
手でつぶされ半身を失ったそれは、ただ反復運動を繰り返し
手のひらでクネクネと動いていた…
ウジだ…
板に張り付いていた大量の蛆を俺は素手で潰したのだ…
ところかまわず拭き取る
地面に、ゴミに、もともと中にあったであろう家具に
『大丈夫?』
半狂乱で取り乱していた俺へと彼女がしゃがみながら声をかける…
『どうにか…なりそうだった。』
素直な気持ちが口からこぼれでた…
だがまだ中にすら入っていない…
『よし、異世界への扉は開かれた、後は好きに行くといい。』
もう、嫌だった、心が折れていた、
ヘタレな俺だった。
彼女は仕方ないとばかりに立ち上がり、崩れた足場を組み直し
窓へと上がっていった
そしてちょうど顔が窓の所へきた所で彼女が固まる
中を見たままの姿で…
すぐに違和感を感じた、家の中から何かが出てきている
『おいっどうした!?』
聞いても答えないどころか動きやしない
モゾモゾとその黒いものは塊になっていき
少しずつ伸び、次第に形をなし彼女へとゆっくり近づいていく
『おい!!!』
彼女は固まって中を見つめたままだ
『おい!!!!!なにしてんだ!?』
情けない俺も動けない.....
その塊はモゾモゾしながらしだいに腕のようになり
手の平になり、指ができて、
彼女の首元にゆっくりと近づく
その時かすかに彼女が左手のみを動かし
携帯がなりだした。
sound:32
shake
彼女の防衛本能だ、しかし、金縛りにでもあっているかのように、彼女は動けない
電話にでれない。
黒い塊はもう彼女の首を掴むとこまで来ている
とっさに、さっき剥がした板を手に持ち、俺はその腕を力いっぱいぶん殴っていた。
ブン!!
shake
バチバチバチバチ!!!
腕は肘のあたりから二つにちぎれ、
ボロボロと崩れ落ちていく
ハエだ!?黒い塊はハエの集合体だった。
形を崩されたそれはそれぞれが思い思いに暗闇へと消えていくのであった
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そして彼女は力なく崩れ俺の腕の中に落ちてきた
ふと見上げた窓の中に一瞬だけ、暗闇に蠢くハエとそれに塗れた爺さんを見た気がした
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それから彼女を車まで運び、家路についた。
コタツの中彼女は、俺の入れたコーヒーを飲んでいる
車の中でもそうだったが会話がまったくない。
時刻はもうとっくに深夜3時をまわり、
くだらないテレビ番組の音だけが空虚に響いている
『帰らないのか?』
俺が尋ねると、彼女は、聞き流し会話を変える
『電話にでれなかった....』
今度は薄々、感ずいていた事の核心をつく
『解離性同一性障害....多重人格ってやつか?』
『うん、私を守る人格、怖くなったり、やばくなったり、』
『追い込まれたりすると、無意識に携帯を鳴らして入れ替わるの』
思ったとおりだ....
『Sちゃん、それがもう一人の私の名前。』
彼女は続ける
『私の名前はN、なんか磁石みたいでしょ?』
と笑ってみせる彼女の目には光がない
磁石には、N極とS極の2つの磁極がある。
これらの磁極は単独で存在することはなく、必ず両極が一緒になって磁石を構成する。
『例え切り離しても同じN極とS極を持つ磁石ができるんだってな。』
俺は続ける
『二人でひとつってことは、結局同じ彼女なんじゃないのか?』
信じられないわけでも、否定したかったわけでもない。
でも少し彼女を楽にさせてやりたかった。
『Sちゃんがずっと、俺さんと話したがってたんだ、少し変わるね。』
そう言うと彼女は携帯を取り出し、鳴らした...
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shake
ピッ....
携帯を耳に当てると、彼女の顔つきが変わった。
いや、現実的には変わってないのかもしれないが、
そこにいたNはいなくなり、Sという子が座っているような感覚に襲われた。
『久しぶり、俺、会いたかったよ。』
声すら変わったように思える、そして俺の座ってるほうを指差し
『タバコ、もらっていい?』
と尋ねるので、一本よこしながら聞く。
『いいのか?Nは吸わないんだろ?』
そのままタバコをくわえ片方の唇を少し上にあげ
『今日くらい許してくれるさ。』
と微笑む。
多重人格ってのがどんなものか、知っては、いるつもりだったが、
本物に会うのは初めてなもので、少し戸惑った。
『私さぁ、ず~っとNの事守ってきたんだ。』
『親父や、変な男、あっあんたのいとこに、はたまた怪奇現象。』
『あのこさぁ、怖がりで、弱虫で、すぐテンパルくせに、好奇心旺盛でさ』
少し間をあけ、タバコをふかす...
『あんたみたいな、男を選べばいいのに、男見るめないしねぇ。』
また、しばしの沈黙....
『私は、あんたのこと気に入ったよ。』
彼女は続ける
『助けてもらったの、初めてなんだよね。』
『すげぇ、嬉しかった。』
なんだかむず痒い。
『そりゃどうも。』
『まぁ、話ってそれだけなんだけど....』
いつの間にかテレビは休止時間を知らせるテストパターンのカラーバーが映っている
『ねぇ、今夜泊まってっていい??帰りたくないんだよね。』
Sはどうやら本気らしい目で訴えかけてくる。
『まぁいいや、もうすぐ明け方だし、ベットを使え、俺はソファーで寝るから。』
そう言うと、Sは、また唇の端だけを上げ
『ありがと、おやすみ....たぶんN、一人でいたくないだろうからさ.....』
とベットに入りながら携帯を鳴らした。
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俺は一人残され、眠れそうにないのでちょっとアルコールを入れる事にした
いつのまにか寝ていた俺の膝の上には頭を乗せた彼女がいた...
『彼女?』
『Sだよ、Nはもう寝てる、今夜だけはお願い、ちょっとくっつかせて....』
そう言うSは、震えていた。
仕方がないのであろう、自分でもどうしようもない、そんな体験をしたのだから。
無言で頭をなでてやるとSも眠りについた
この華奢な子は俺なんかには、想像もつかないそんな体験ばかりを一人で
抱え込んでいるんだろうな.....
そう思うとまた不意に彼女の闇に惹かれいる自分に気がついた。
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その晩俺は夢を見た。
夜の街の情景がスローモーションのようにみえている
それは真っすぐ前進をしていたり、急旋回をしたり、浮上したりホバリング※をしていたりする。
何かを、誰かを夜な夜な探し回っている生き物の視線
それは自分の視点ではなく、記憶ですらない
誰かの記憶であり、それは誰かの悲しみの込められた意思だった
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朝起きると、彼女はもういなかった。
朝食と、
『ありがとう、久しぶりにぐっすり眠れた。またくるね』
とぶっきらぼうに書いてある置手紙だけがテーブルに置いてあった。
その日、俺は高熱を出して寝込んだ。
行き場なく飛び回っているあのハエはきっと俺からこの傷口から生まれたのだろう…
こんなにも彼女が来れば良いのにと願ったのも初めてだった。
熱は数日続き、治まるころにはひとつの答えが出ていた、
『爺さん、すまんな力になってやれなくて...人生ってのは無慈悲なもんだな。』
きっと爺さんは自分の老い先を感じ取り、もう婆さんを探せない事に気がついたのだろう、
そして自分の身を媒体にする事で、朽ちるまで、その意思をハエにもたせ、
婆さんを探していたんだろう.....
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それから、彼女は家にこなくなった、
それはまたの機会に話すとしよう。
作者Incubus
一回り歳下ないとこのAと俺のトラブルメーカーな2人がだいたい自業自得な目にあうシリーズ物です
ゆっくりですが更新していくつもりですのでよかったらどうぞ