私は、怖い話やオカルト的な話を探す為に全国を旅する怖話ハンターだ。いろんな方から話を聞いてきた中で、印象の強かった男の話をココで紹介しよう。
……………
「あんたも俺のこの顔を見て、醜(みにく)いと思うだろう?」
彼は、私を睨みつけながら、そう尋ねた…確かに、彼の顔は醜くく…全体的に捻(ねじ)れたような顔だった…
鼻は捻(ひね)くれた様にへし曲がり、目の位置も左右の高さがバラバラで しぼんだ様に小さく、上唇は完全に閉じる事が出来ずに、めくれ上がり、歯茎がデロリと剥き出しになっていた…
口内が乾燥してしまうのか、ハンカチに水を染み込ませ、口元を湿らせながら、話す様はなんとも、おぞましい…
「生まれつきこんな顔じゃないんだ…」と、一枚の写真を見せられた。
そこには、目鼻立ちがはっきりしたハンサムな男が写っている…これがあなたか?と尋ねると、コクリと頷いた。
「ところで、どうなんだ?醜いと思うのか?あんたも…」
彼は、小さな目を少しだけ、細めながら、まるで脅す様に、聞いて来る…
私はその質問に、特に意味はないと思ったので、無表情のまま答えた。
「ええ、酷く醜いです。」
すると彼は、ハハハッと小声で笑いながら
「気に入ったよ…あんた…。他のやつなら、こんな質問をされれば、必ず困惑した表情になるだろうな…
もし、あんたもそういう反応だったら、俺も今回の話は、する気に、なれなかっただろう…」と顔をハンカチで隠しながら話した…
彼の顔は、火傷でもしたのか…酷く乾燥し、つっぱっていて、少し表情を変えるだけで、皮膚が割れ、そこから薄赤い液体の様なモノが流れる、その為、喋るたび頬のあたりが裂けて痛々しく表情を歪めた…
彼は、静かに…なぜ、この様な醜い顔になってしまったのか…という経緯を語り始めた…
……………
あれは、俺がアルバイトでホストをしていた頃の事だ…
俺はまだ、ボーイや雑用として働いていたんだが…No.1やNo.2などのキャスト連中に呼ばれたりすれば、ヘルプとして客の席につく事が出来た。
まぁ、大体のホストクラブが同じようなもんだろう…
ある日、またヘルプで呼ばれ、客の元に行くと、顔をストールのようなもので覆い、さらに、目を隠すようにサングラスをかけた奇妙な姿の客を、その頃、No.2のキャストだった凛(リン)が相手をしていた。
「あぁ…紹介するね…この子、雅斗!」凛は俺に手をかざしながら俺の源氏名を口にする。さらに、「あのさ、お客さん、彼まだ未熟なところもあるんだけど、可愛いところがある奴なんですよ!…ほら!挨拶しなよ雅斗!」
俺は小さくお辞儀をし、「雅斗です!失礼します!」と席につき、酒の準備をして客の前にグラスを置いた…
すると、凛が、
「あぁ…雅斗。お客さん飲めないらしいから…」とそのグラスを自分の前に持っていく。
その客は、ノートを取り出し何かをサラサラっと書き、俺に見せた。
“あなたも、飲んでいいですよ”と…
え?筆談?そう思ったが、彼女の持っているノートに書かれたその文字は、洗練された美しい文字だった…それにその文字を書く彼女の手は透きとおるように白く、女性らしい綺麗な手だった…俺はその手に見とれていたのを覚えている…
すると、凛が「ね?雅斗?飲んでいいってよ?おーい…」と俺の目の前を掌でパタパタさせる。
俺は…「え?あっ!はい!ありがとうございます!」と自分用にウィスキーの水割りを作り、一気に流し込んだ…一連の流れを見ていた凛が、俺の照れ隠しのような行動に笑っている。
その時、ボーイが、凛の元にやって来て耳打ちをする…
……………
凛は「ゴメ〜ン、お客さん…指名入っちゃったぁ…雅斗くんとヨロシクやっちゃって!?ねっ?」と甘えた声で客に言って、俺に向かってウィンクすると、スーと、席を後にした…
しかし、俺は焦った…
何を話せばいい…
と、兎に角…
「おっ…お名前、聞いても…」やっと言葉を見つけ話すと彼女はノートに…
“紗耶香”
とだけ、小さく書いた…が、この後が続かない…
……彼女の身体に目が行く…美しく締まった腰のライン、細身の身体に見合わない胸…
脚もこれ以上無いってくらい、細く美しい…俺はさらに、戸惑った。
顔は見えなかったが、その奥に隠された間違いの無い美貌が目に浮かぶ…
すると、また彼女はノートを手に取り、サラリと何かを書き俺に見せた…
“ヒドイよね?凛君。私、緊張しちゃうな…貴方みたいな素敵な人と二人っきりなんて…”
俺はこれを見て「いやいやいや!俺なんて!」
と両手を前にブルブルっと振った…
すると、彼女は…
“ううん…君、素敵だよ”
と書いて見せる。俺は頭を掻きながら、ありがとうございます…と返事をしながら、下の方を見ていた。
その時は、殆ど話す事が出来なかった…だが彼女は、“また来ます。今度…いいえ、明日…来た時に、貴方を指名してもいいのかな?”と、書き、俺にノートを見せた…
俺が「勿論!」と言うと、おどけた様なポーズをとって、帰っていった…
バックに戻ると、凛がニヤニヤしながら…
「お前、いい客捕まえたな…。お前がさっき作って飲んでたあの酒、ウチで一番高い酒なんだぜ?気づいてたか?」と俺の腹を突つく。
何故か緊張して、味も何も、分からなかった事を話すと大爆笑していた…
……………
次の日、本当に彼女は来て、俺を指名してくれた。
その時は、流石にホストとして…
話さなければ…
楽しませなければ…と必死に彼女と会話をした。
彼女も顔を縦に振りながら、俺の話に耳を傾けていた…
殆ど、俺の一方的な会話ではあったが、また来ますとノートに書き、彼女は、おどけポーズをしながら帰って行った。
その次の日も、そのまた次の日も彼女は店に来て俺を指名し、俺のつまらぬ話を聞いてくれた…しかも、その度に店で、1・2番目に高い酒を下ろしてくれた…だが自分は一切、酒を飲む事はおろか何かを口にする事も無く、俺にいつも勧めるだけだった。不思議だったが、何時も美味い酒が飲む事が出来たので、嬉しかった。
……………
彼女のおかげで、俺はその週で一番の売り上げをあげる事が出来た…
そうなると、キャスト達は面白くないのだろう、ある日、No.3のタイセイが俺を、店の裏に呼び出した…
「お前、チョットさ、調子乗ってね?邪魔だからさ…店、辞めてくんねえかな。それが嫌なら、俺が無理やりにでも辞めさせてやるよ…なあ?」
最近売り上げが少ない事の鬱憤を俺にぶつける…その気持ちもわからない事もなかった。
……………
顔に二発、腹に三発貰った…大した怪我はしなかったが、顔にデカイ絆創膏を貼り店に出る羽目になったが…
その日も彼女は来た…
しかし、彼女は俺の顔の事を気にするどころか、心配までしてくれた…
“大丈夫?痛くない?可哀想に…”
と、ノートに書いて…
……………
俺は正直、彼女に恋をしていた…ホストとしては失格かもしれない、本来、恋をさせなければならない仕事なのに…だが、俺は彼女の美しさ、そのミステリアスな魅力に完全に惹かれ、惚れていた…
彼女が店に来ると嬉しくて、走って席まで行った…
そのうち、俺は紗耶香の声が聞きたい…
紗耶香の顔が見たい…
紗耶香の…全てが知りたい
そう思う様になっていた。
(この先、ずっと彼女…紗耶香と…)
ある日、何時もの様に、彼女が店に来た時に、俺は、想いの全て打ち明けた…自分の気持ち…愛していると…
すると、ノートを手に取り何かを書こうとしていた彼女の手は止まったまま、動かなかった…
その日は、何時もより特に、話をする事が出来なかった…
彼女もノートに何も書く事はなかった。
次の日…
俺は、彼女が来るのを心待ちにしていたが、彼女は来なかった…
その次の日も待っていたが、彼女が来る事は無く、そのまた次の日も………………さらに次の日も……………
彼女はそれから、ずっと来なくなり、No.3のタイセイがニヤニヤと俺を見下した様に見ていた…
その頃には、俺もキャストの仲間入りをしていて、今までNo.1だった恭介は引退していたので、凛がNo.1、俺がNo.2になっていた…
だが、このままでは俺はNo.3に降格するだろう事はタイセイも分かっていたのだろう…
それは、俺の売り上げの殆どが紗耶香によるものだったからだ。
それから半年の月日が流れた…
それは突然の事だった…
彼女、紗耶香が来たのだ。
前と変わらず顔にはストールが巻かれ、目を隠す様にサングラスをかけている…
そして、前と同じ様に俺を指名する…
俺は彼女を責めたりはしなかった…何かがあって、来れなかったに違いない、そう思う様にした。
以前と同じ様に紗耶香は筆談で会話した。俺も何もなかった様に、必死で話した…
“帰るね。”と彼女はノートに書き込み俺に見せた…そして、またノートを自分に向けて、何かをサラサラ書いてそのページを破き小さく畳み、俺に渡した。俺はそれを開いて驚いた…
shake
彼女の住所…それから、メッセージが書かれていた、『貴方に、私の全てを見せます。貴方なら見せてもいい…。』
俺は心がはち切れそうだった…嬉しくて、涙がボロボロこぼれ、紗耶香にみっともない姿を見せてしまった。
彼女は俺のそんな姿を見て、困ってしまったのか
オロオロと焦った様にしていた…
その時、俺は紗耶香にまんべんの笑みを見せた……つもりだったんだが、鼻水はたれ、涙で顔は、ぐちゃぐちゃになっていて、なんとも不細工な顔になっていたのだろう……
「ふふ…エヘヘ」と彼女が笑ったのだ…
その時、初めて紗耶香の笑い声を聞く事が出来た事に俺はさらに、涙が溢れた。
その日はワンワン泣いてばかりで、全く会話にならなかった…
……………
彼女の家はマンションの最上階にあった、それもそうだ、とエレベーターに乗り、ボタンを押す…
チン…と扉が開き、彼女、紗耶香の部屋の前まで来た…
心臓が止まりそうなくらいに大きく鼓動している…
インターホンを震える手で押した…
『カチャリ』音を立て扉が開く…
……………………………………………………
そこには美しい女性が立っている……
プルルルル、プルルルル、プルルルル…
『ピッ』「はい、中藤です…」
眠い目を擦りながら電話の向こうから聞こえる声に耳を澄ます。
怒鳴る様なよく聞き取れない声が何か重大な事を話している…耳に突き刺さるその声の主は…凛だった。
「おい!雅斗??!紗耶香さんがな!!今、店の前で!交通事故にあって、救急車で運ばれたんだ!!聞こえてるか?!雅斗?あれは紗耶香さんのストールだったし!間違いないよ!おい!?起きてるか?」
頭が真っ白になった…
は?…
何いってるんだ?…
紗耶香は今…
気がつくと、俺は走っていた…何処の病院かも分からないのに…兎に角、あっちこっちの病院に駆け込んで彼女を探した。
………………………………………
………………………………………
目の前に横たわる一人の遺体。顔が醜く捻れ、酷く潰れていたからか包帯が巻かれ隠されていた…
俺は紗耶香の顔にグルグルに巻かれた包帯を取った…
鼻は捻れ、目は左右の高さがバラバラ、口は上唇がめくれ上がり、歯茎が……
俺は生きる希望を失った…
それぐらいに紗耶香を愛していた…
愛して…
…………………………
彼女は俺の元に毎日やって来る、いや、彼女は俺の一部になった…鏡を見るたび俺は彼女に抱かれ幸せな気分なのだ…
紗耶香の顔は生まれつき醜い顔だったと彼女の両親から聞かされた。
だが、俺はこの顔を醜いとは思わない、むしろ美しいと………………………………………。
私は彼に尋ねた…「その顔はご自分で傷つけたのですか?」と、すると、彼は、フンッと鼻を鳴らし、それ以上、語る事はなかった。
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