落語風にお送りします。
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江戸の町には、嘗(かつ)て吉原という、皆さんもご存知の…遊郭がございました。
店にも、序列、位(くらい)がございまして…
まず、茶屋を通さなければ、座敷に上がることすら出来ない、格式のある、総籬(そうまがき:大店)
一つ位を落としますってえと、コレを、半籬(はんまがき:中店)なんてぇのもございますが…
まぁ…落語でよく噺(はなし)になるのは、路地裏にある小店…チョンチョン格子なんて呼ばれて、例えるなら牢みたいな感じで、格子が店の周りに張り巡らせてあるわけですな。
…その中で女郎さん達が何人か座って、客を引く…
其処で…殿方が、今夜のお供を探し、選ぶわけでございますが、中には、座敷なんかにも上がらず、只々、フラフラ…と冷やかしなんかで来る輩もおったそうで…
……………
その『冷やかし』には、少し不気味な者もおったそうで、遊女の間でも、気味悪がって、表に出ることを嫌がる者もおったそうです。
「嫌だよぅ…また来てるよ、あの気味の悪い男…何しに来てるのかねぇ…まったく。」
……………
この男、ほぼ毎日この店の前にやってまいりまして、女郎達をジイッ…と眺めている。
特に声をかけてくるわけもなし、勿論、座敷に上がるわけもない…
笠を被っているから表情もうかがい知ることは出来なく、いくら提灯なんかで明るくしてあったってんでも、やはり夜でございますから暗い…顔も見えないわけです。
こういった『冷やかし』なんかは、『客引き』なんかが追い払うが…何故か、その男だけは見えてないみたいに何時も放ったらかしで…
女郎達も不思議に思って、客引きをしている佐吉さんに聞いて見た…
「佐吉っちゃん!あんた、何だってあの気味の悪い男だけ追い払わないんだい?!あたいら気味が悪くってかなわないよ!」
「へ?何のことですかい?」
「何のことですかじゃないだろ?あんただって、知ってるだろ?毎日来てる、あの笠を被った男だよう!」
「さあ?知りませんなぁ…その人…毎日来るんですかい?」
「嫌だねぇ!どこ目ぇつけていてるんだいお前さん…?毎日だよぅ…不気味で煙管(きせる)も不味くなるってなもんだ!今度、来た時にゃぁ、ちゃんと追い払っておくれよ!」
「へえ。分かりました…」
と、返事をし、その日、その笠を被った男ってぇのが来るのを一日、見張ったが、そんな男は来なかった。
…が、
「佐吉っちゃん!!なにやってんだい!?今日も来ていたよ!?どうにかしてくれって言ったじゃないか!!」
「え?来たんですかい??」
「え?来てたんですかい?じゃないだろ?!来てたじゃないか!?お前さん直ぐ横で客引きしてただろ?!その目は何だい?ガラス玉でも入れてんのかい?まったく…今度は、ちゃんと追い払っておくれよ!!」
「へっ…へえ。」
とは言ったものの…
佐吉さんも困った…
そんな気味の悪い『冷やかし』なんか見たこともない…
追い払おうにも、見たことがないってんじゃ、追い払えないってなもんだ…
仕方ないと、女将さんに相談する…
「ふぅん…で?花魁(おいらん)達が困ってるって、お前に話したんだね?」
「へえ。」
「へえ。じゃないだろ?…だったら、追い払えばいいじゃないか。」
「いえ、ですからね…あっしゃ、その冷やかしの顔を知らないもんすか…」
「馬鹿だねぇお前は本っ当に…あのねぇ!…だったら、花魁達にその男が来たら知らせてくれって、そう言やいいだろ?違うかい?」
「ああ…なるほど…」
「お前、そのでっかい頭、何が入ってんだい?まさか八丁味噌でも、仕込んであるんじゃないだろうねぇ?」
「いやぁ…へへへ…」
ってぇことで…佐吉さんは、花魁達にその男が来たら知らせる様にと言って、子分の三太と裏手でもって、張り込む事にしたわけです。
「佐吉っちゃん!来たよ!ほら、あいつだよ…」
「どれ?何処?あっしにゃ見えませんが…」
どうやら佐吉にゃ分からない…
するってぇと三太が…
「兄貴!…ごほっ!…あっし…分かったんで行ってきやしょうか?ごほっ!ごほっ!」
「おぅ!よし!蹴散らして来い!って…お前風邪でも引いてんのか?」
「いんえ…大丈夫っす!行って来ます!
」
ってな形で、佐吉の代わりに三太が冷やかしを追い払う事になった…
「こりゃあ!!ごほっ!…おどりゃあ!!ごほっ…冷やかしなら他行ってやりやがれってんだ馬鹿め!って?………うわぁあぁ!!!!ば、ば、ば、化け物ぉおお!!」
様子がおかしい…
なんだだなんだと、人が集まる…
佐吉も気になり、外に出て
人をかき分け三太の元へ行くってぇと…
「なんてこった…」三太の変わり果てた姿…
亡くなっておったたんですな…
こりゃ大変だと周りを見渡し笠を被った男を探した…が、そんな男はいない…
人が集まりすぎちまってっからか、何処ぞに逃げちまったか分からない…
そこへ、騒ぎを聞きつけた女将さんが出てきて…
「佐吉?何事だい?」
「女将さん…さっ…三太が誰ぞに殺されちまったぁぁ…」
「泣くんじゃないよ!誰に殺られたってんだい?」
「笠の男だよう…」
「何処にいるんだい?まさか、逃がしたのかい?なにやってんだよぅ!しようがない奴だねぇ!」
「だって…」
「だってもヘチマも無いだろ?三太は?」
と、三太の死骸の元に行くってぇと、女将さんの顔色が変わる…
「な…なんてこった…こりゃあ…しっ死神だね…」
「へ?死神?」
「ちくしょう…何だってウチなんだい……
佐吉、多分だけどね…ウチの女郎達の中に労咳持ちがいるよ…」
「なっ!!?」
「見てご覧よ、三太を…血ぃ吐き出して死んでるだろ?これが証拠さ…お前に死神が見えなかったのは、お前に、まだ労咳がうつってなかったからだよ…」
「そんな…でも、あっしゃ、喜んでいいんですかい?それ…」
「さあね…」
そんな話しを聞いていた、周りの野次馬は驚いてワァ!!っと、逃げて行く…そりゃそうだ、労咳っていや、その頃ぁ…死の病、女郎達も何事だと、煙管を投げ捨て後に続く…
煙管の火種が畳に移り、火が瞬く間に燃え広がって…
吉原は一夜にして灰になった…と言う説。
野次馬に幕府の高官がいて、焼き払う様に部下に指示したと言う説。
どちらも取るに足らないと言う説。
と諸説ございますが…
まぁ兎に角…この吉原に居た殆どの者には、この死神の姿が見えておったんでしょうなあ…
というところで…吉原炎上これまで。
作者退会会員
あくまで落語風ですからね。