獣…
怖ろしい獣というのは、色々とございます。
虎やライオン、ヒョウなどのネコ科の動物…
狼やハイエナの様なイヌ科の動物や、ワニなどの肉食の爬虫類も怖ろしいモノの一つです
しかし、その中でも私が一番怖ろしい獣…
それは猿です。
猿と申しましても、我々の住んでおります日本に居るお猿さんじゃ無くて、まぁ…アレも実際、群れで襲って来た時には怖ろしいのですが…
外国のジャングルに住まうモンキーが兎に角…怖い…
猿にも色んな数多(あまた)の種類が居ます。
今回、ご紹介する猿は…
『人食い猿』
喰人族なんていう…人が人を喰らうと言うのを題材にした映画がございましたが、あれは…後に作りものである事が発表され、実際その様な民族は存在しないとされています。
しかし、人食い猿については…
まさかとお思いの方も居ると思いますが、実際…肉を噛み切られ食べられたと話す現地人が居るほどですから、本当に存在するのかもしれません…その現地人の話が本当かどうかは分かりませんが、人間と同じ雑食動物ですし、肉も食べられるわけですから無いとも言えませんね。
……………
ある山間の小さな集落に住む一つの家族が居りました。
…お父さん、お母さん、アナンと妹のシゥの四人家族…仲良く穏やかに暮らして居りました。
「僕はいつも、手伝いで水汲みをして居るのだけど、ある日、またお母さんに水汲みに行くように言われたから、妹のシゥを連れ少し離れた場所にある水汲み場に向かったんだ…」
アナンとシゥの二人は水汲み用のタンクを二つ持ち、水汲み場に向かいました。
水汲み場は獣達の住む深い森を抜けなければならない為、危険な仕事です…しかし、この仕事は昔から子供達が行う事と村長等にも言われて居りましたし、お爺さんやお父さんも子供の頃からやって居た事だったそうです。
…いつもやっている仕事だったので、特に苦にも思わず、アナンはタンクを二つ手に颯爽と向かいます…が、シゥは生まれて初めての水汲みの為、兄の手にしっかりと、しがみ付いて歩きました…
それもその筈です。シゥはまだ四つになったばかり、森を歩くのはとても怖いことだったのです…
どんな獣が出て来るかしれないので、慎重に向かわなければなりません。
それに、少し前に村で仲良しだった“リロ”が獣に襲われた話を聞いて居たので余計に恐ろしかったのです…
しかし、勇敢な村の戦士の子…アナンはけして怖れません、もし、獣が襲って来た時は必ずシゥを守る決意をしていました。
背中には短いですが槍をしょって、どんどん森に入って行きます。
お父さんにある事を言われていました…
「猿は…気をつけなさい…もし、見つけても、けして…目を合わせない事。いいな?」
しかし、アナンは…
「猿なんかへっちゃらさ!ちっとも怖くなんてないじゃないか…もし、見つけたら僕がやっつけてやる!」
などと意気込んでいました。
それもそのはずです。
アナンは今まで、小さな腕の長い猿や顔のマダラの大人しい猿しか見たことがなかったのですから。
……………
森の半分まで来ると、長老の木と呼ばれる木があります。
いつもアナンはそこで一休みをします…
タンクを長老の木の袂(たもと)に置き、いつものように腰掛けの様になっている根っこに座ります…
すると、シゥが、はばかり(トイレ)に行きたいと言いだしました。
「ウンチか?仕方ないなぁ…あまり、遠くまで行くなよ!」
妹を連れてきていますから、アナンはいつもより慎重に周りを警戒しました。
……………
それから暫くして、そろそろ戻ってもいい頃のシゥがいつまで立っても
戻りません…
またか…
妹のシゥはきっとお花か何かを見つけ、摘んでいるのだろう…アナンはそう思いました。
「お母さんにあれほど毒の有る花もあるから、いけませんと言われているのに…」
とブツブツ言いながら、アナンはシゥを探しました…
しかし、何処まで行っても、何処を探しても…シゥの姿がありません…
「おかしいなぁ…確かにこっちに行ったのに…」
と困っていると…
向こう木の影に何かが居ます。
大きい身体が見え隠れしている…
まさか…山猫かな?とアナンは背中の槍に手をかけ、ゆっくりと音を最小限に抑えながら近づきました…
しかし、『パキ…』っと枝を踏んでしまいました。すると…
何かと目が合います…
その動物はヒョイっと身体をこちらに向け顔を上げました…
!!?
なんと、アナンの五倍はあるのでは無いかと思うほど大きく真っ黒な怖ろしい顔のヒヒがそこに居たのです!
何かを咥えていました…
口にぶら下がって居たのは、鹿の子供くらいの小さな脚の様にも見えました…肉である事は確かです。
「バキバキ」っと音を立てながらそれを頬張ると、骨だけになったその脚を辺りにヒョイっと投げ…こちらに向かって来ました。
アナンは咄嗟に背中の槍をヒヒに向け投げつけました。
しかし、子供の力ではとても届きません…
その槍に興味を持ったのかヒヒはそれを拾い上げ不思議そうに遊び始めて居ます。
チャンス!とばかりにアナンは村の方向に逃げました!
すると、ヒヒはグワッと顔を上げアナンを追いかけて来ます!
森では勿論、猿達の方が足が早く直ぐに追いつかれます…
背中を『ドスン!』と強く殴られアナンはその場に転んでしまいました…
痛たた…っと後ろを振り向くと…
ヒヒの怖ろしい顔がすぐ近くに有りました!
「ぎゃああ!!」
と、叫ぶと、ヒヒは驚いて「がぁああ!!」っと鳴き、後ろに下がりアナンを睨みつけます…
よく見ると、ヒヒは手に何かを持っています…
大きな手に丸いヤシの実ほどの赤いかたまりをクリクリと回しています。
まさか…
そう、そのまさかでした…
ヒヒはソレをアナンに投げつけてきました。
その事でそれはハッキリしました…
シゥの頭でした…
クチャクチャに潰れた鼻や目を見ただけで、そのヒヒの怖ろしい握力が分かります…
「わぁああ!」
っとアナンは逃げます!
辺りの石や小枝をめちゃくちゃに投げて必死に叫びました!
「お父さん!!?助けて!!」
「お父さん!!?助けて!!」
「お父さん!!?助けて!!」
しかし、そこは森の奥深く、当然その声は村まで届きません…
ぐんぐん近づくヒヒの怖ろしい顔はどんどんと上唇がめくれ、大きな犬歯が剥き出しになってゆきます…
そして、ヒヒは身体を低く構えると…
ぐわあっ!!!と、襲いかかって来ました!!!
もうダメだ!!!
と、頭を抱え縮こまると…
『ザクン!!』
と不思議な音がして、ドサドサっとヒヒがそこに倒れました…
一瞬の事で何があったのか分からずにいると…声がします。
「アナン!?大丈夫か?怪我は無いか?」
お父さんでした。
ヒヒを見ると長槍が刺さっています…
そう…お父さんに助けられたのでした…
丁度、ハンティングの為に森に入って居たお父さんは偶然、ヒヒに襲われているアナンを見つけたのでした。
アナンは妹を守る事も助ける事も出来なかった事を泣きながらお父さんに話しました…
すると…
「奴らも生きる為に俺たちの様にハンティングをするんだ…だから仕方の無い事だったのだろう…
とは言ってもシゥの死は俺も…く…ふ…」
と、一緒に泣きました。
アナンは森の怖ろしさ、猿の怖ろしさを身を持って知りました…
作者退会会員