「この犬、幾ら?」
ペットショップ店員に聞くと、
「そちらのワンちゃんは売り物では無いんです…」
と答えた…
………………………………
家内と話をして、子供の教育上良いと、ペットを飼う事になり、俺はペットショップに来ていた。
娘にサプライズでプレゼントするつもりでいたが、家内がその事を話してしまったらしく、娘と俺の二人で行く事に…
(まったく…余計な事を…)
どの犬もキラキラした目で俺の顔を見ている…どいつもこいつも…可愛い…
中でも一際、俺にアプローチして来る奴がいたので娘を呼ぶ…
「弥生?こいつ、どうだろう?」
「わぁ!可愛い…この仔が良い!」
娘が気に入ってくれたので、店員を呼び、値札が無かったので値段を聞く…その結果がこれだ…
………………
「弥生、ダメだって…」
「や〜だ〜!この仔!絶対この仔!」
困った…
しかし、確かにこの沢山いる犬の中で一番可愛く…それにウチの娘もだいぶお気に入りのようだ。そこで、抗議する事にした。
「え?じゃあ、何だって店頭に出てるんですか?売って無えってんだったら奥に引っ込ませて置けば良いでしょ?どうしても、ダメですか?」
「はぁ…その…店長に聞いてみます。」
店員は困り果てた表情でそう言い、奥に引っ込んで行った
店長が来るまでの間もその犬は精一杯、愛きょうをふりまき続けた…
くるくると回って見せたり、後ろ足で立って両の前足をちょいちょいと動かしたり…実に可愛い…
「お客様、如何なさいましたか?」
店長が出てきた。
「どうもこうも無いよ、この犬欲しいんだけど売り物じゃ無いって…売って無えってんだったら奥に引っ込ませて置けば良いでしょ?何で店頭に出てるんですか?」
「申し訳ありません…その…お客様がどうしても、その仔犬が欲しいと仰るのならば…その…お代は結構ですのでお持ちかえりください。ミックスですので…」
「え?ミックス?あっ…雑種なんだ…まぁ、雑種でも構いません。この仔犬、ください」
「はい、かしこまりました。」
雑種ならば値段はつけられまいと思いながら、その仔犬を受け取り、娘と良かったね!などと話しながら店を後にした…
数年後…
『チャッピー』と名付けたその犬は僅か5才で死んでしまった…
家族皆でこれでもかというくらい可愛がった…
あまりにも早く、あまりにもあっさりと死んでしまった…
娘の弥生は最もチャッピーを可愛がっていた…
だから、余計にショックを受け…ずっと泣き続けていた…
明くる日も…また、明くる日も…そのまた、明くる日も…
いい加減、ひどすぎる…
「弥生…もう忘れなさい…お父さん、また新しく犬を買ってあげるから…」
しかし、首を横に振る…
「チャッピーじゃなきゃ嫌だ!」
それから数日たっても弥生の悲しみは消えず、次第にあれほど明るい性格だった弥生から言葉がなくなった…笑顔がなくなった…外出がなくなった…
笑いの絶えなかった家族内にも会話が減り、口を開けば喧嘩になるほどになっていった…
それほどチャッピーの死は影響力が強かった。
タダでもらって来たその犬に払った代償はあまりにも高い…
タダほど高いものは無いと言うが本当だった。
弥生が自殺したのだ…
登校拒否になったのは、イジメが原因だったが、犬が死ぬ前、弥生はイジメられている様子は無かった。
が、犬が死に、性格の暗くなってしまった弥生はイジメの対象になり、ついには自殺にまで追い詰められてしまった…
弥生の部屋にあるパソコンに匿名で心無いメッセージが山ほど送られていたのを俺は震えながら読んだ…家内には見せられないと全て削除した…
弥生が死に、家庭には更に会話がなくなり…
離婚に至るまでは、それほど時間はかからなかった…
下の子は家内が引き取る事になった…
………………
ウチの脇にあるチャッピーの墓の前に立っている…
「お前は、何のためにココに来たんだ?俺をどうしたいんだ?死んでくれってか?おい…?何とか言えよ…クソっ!」
あの時、他の犬にしておけば…
そればかり頭をよぎる…
イジメをしていた弥生のクラスメイトに会いに行ったことがある…
「イジメをしているつもりは無かった」と皆、口を揃えて言った…
「ごめんなさい…」
と、泣きながら話す彼らをこれ以上責めることは出来なかった…
俺の怒りの矛先は一体誰に向ければいいのだろう。
酒浸りになるしか俺には方法がなかった…
今は、あの頃の仕事も辞め…日雇いで働く毎日をおくっている…
人から見たら、ホームレスというヤツに見えるだろう…実際そうだ…
住んでいたウチも売り払い…ギャンブルと酒につぎ込んだ為一千も無い…
今、あるのは…仕事用の作業服と娘と一緒に写った写真だけだ。
最近、弥生が会いに来てくれる…チャッピーを連れて、俺の枕元にニコニコ笑いながら立っている…
喋りはしない…
話しかけても、返事も無い…
だが、それでもかまわない…
弥生の笑顔がまた見れるのなら。
作者退会会員