これは彼女の話してくれた話しだ
俺には一回り歳の離れたいとこがいて、
やつには彼女ができた。
人生とは無慈悲なものだ…
俺の過ごした時間と、
やつらの過ごした時間は同じ平行線をたどっているのにもかかわらずこんなにも違う…
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3:19am
汗でパジャマが肌に張り付いて気持ちが悪い。
心臓がバクバクと暴れている。
ひどい夢を見た、気がする。
呼吸が調わず、喉から洩れる乾いた音が暗い部屋に響いている。
そんな自分の呼吸音がやけに耳障りで。
とにかく喉を潤そうと、重い体を引きずる様に冷蔵庫へ辿り着き扉を開ける。
ヒンヤリとした冷気が心地良く、汗に濡れた体を冷やしていく。
ざっと中を見渡すと、ミネラルウォーターどころかジュースすら無い。
自分の女子力を心底疑うが、・・・今はどうでも良い。
唯一存在している飲み物は缶ビール。
仕方なくそれへと伸ばした腕に、傷があることに気付いた。
仄かな明かりの中に浮かぶ自分の白い腕に、鮮明に赤いスジ。まだ新しい傷。
「どこかで、引っ掻いたっけ・・・?」
思わず声に出して自問してみるものの、心当たりは無い。
まあいいか、と缶ビールを開け、乾ききった喉に流し込む。
深く息を吐き出し、落ち着きを取り戻した思考。
ふと、なんの夢を見たのか考えてみるが、思い出せない。
とにかく、酷い夢、だった気がする。
やめよう。
どうせ碌な夢じゃない。
夢なんて、無意識の記憶の整理作業だと何かで聞いた。
だとすれば、悪夢に成り得る記憶なんて。
見当が付き過ぎる。
・・・やめよう。
思考を押し流す様にビールを流し込む。
アルコールでぼんやりしてきた脳内は、いつしか再び眠りに落ちていたのだった。
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街は華やかに彩られ、そこかしこから流れているお決まりのメロディー。
行き交う人々の8割は占めているであろう恋人達は、背中に花を咲かせている。
残りの2割の人々は、どれほど今日という日を呪っていることだろう。
私も昨年はその2割の側だった。
カレンダーの24日と25日を真っ黒に塗り潰し、テレビは電源を抜き。
暗い部屋に籠城を決め込んで。
脳内ピンク色のカップル共が集うであろう場所に、爆弾でも仕掛けてやろうかと考えていたものだ。
でも、今年は。
「寒いしさ、手、繋いだりしてみない?」
隣を歩くA君の声に顔を向けると、そこには照れくさそうに笑う顔。
「うん!」
繋いだ手の温かさに幸せを感じてみたりして、顔が綻ぶ。
私達の背中にも、花畑が見えるだろうか。
「で、どこに入ろうか?」
・・・とりあえず、A君の脳内が真っピンクなのは間違い無い。
「えぇ?まだご飯も食べてないじゃん!A君のばか。」
半ば呆れながらそう返せば、そうだったっけととぼけた返事。
2歳年下の彼は、性欲が全てを凌駕する時期の真只中らしい。
自分の左手が微かに動き、思わず苦笑いする。
夕食を済ませ、会話もひと段落ついたところ。
A君が、上着のポケットから何かを取り出した。
「これ、プレゼント。」
短い言葉と共に差し出されたそれは、赤いリボンが掛けられた小さな箱。
「え・・?ありがとう!!嬉しい・・・!!」
「お金そんなに無いからさ、大したもの用意できなかったんだけど。 とりあえず開けてみてよ。」
リボンをほどき、箱を開けると。
「可愛い!!」
華奢なデザインの、アンティーク調の腕時計。
文字盤が透けて、中の歯車が見えるデザインになっている。
「ありがとう!A君だいすき!!」
心からのお礼を述べれば、A君は照れた様に笑う。
「どういたしまして。 じゃあ、そろそろ次の場所へ・・・」
まだ幼さの残る顔の裏は、ただの狼だって知ってる。
「あれ?これ、電池切れてる?」
A君の言葉を遮り、くれた時計に関する疑問を投げ掛ける。
「動いてない・・・。」
時間を合わせてみたものの、秒針は止まったまま。
中の歯車も動いていない。
耳に当ててみても当然、あのアナログ時計特有の規則正しい音が聞こえてこないのだ。
「ああ、それ。自動巻きなんだって。」
「自動巻き?」
どうやら私の知る時計とは、造りが違うらしい。
「そう。振動に反応して、ネジが巻かれて動くんだって。」
「だから、肌身離さず付けていないと止まっちゃうんだ。」
いつも付けていてね、と、説明の後に付け加えられた言葉。
言われなくても、絶対に毎日付けるのに。
とりあえず、この時計は振動を与えれば動くらしい。
時計を握りしめた手を振ろうとして、ふと止めた。
「どうしたの?」
不思議そうに尋ねるA君に、私が思い付いた事を伝える。
名案だ、と笑ってくれた。
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23:55
あと、5分。
腕時計を大切に右手で包み、優しく振ってみる。
耳に当てると、微かなモーター音が聞こえる。
「よし。ちゃんと巻けてる。」
A君から初めてもらったプレゼント。
そして、明日25日は、私達の3カ月記念日。
せっかくだから、25日になった瞬間から、時を刻ませたいと思ったのだ。
私がいないと止まってしまう時計。
私とA君も、ずっと一緒に時を刻んでいきたいな。
そんな、願いを込めて。
本当は、一緒に動かし始めたかったのだけれど。
何分二人のお財布にとってホテルの宿泊代は痛い。
結局、休憩だけして帰ってきたのだった。いや、休憩だけってことは無かったけど。
もう一度右手を上下に振る。ある程度振り続けて、部屋の時計を確認。
あと、1分。
時計の針を、12時ちょうどに合わせる。
あと5秒、4 3 2 1
部屋の時計の秒針が頂点を指す。
同時に、引いていた腕時計のツマミを軽く押し戻す。
チク、タク、
規則正しい音を響かせて、止まっていた秒針が動き出す。
「動いた・・・!!」
歯車が回る。 時を、刻み始める。
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3:19
しばらく時計の歯車の動きを眺めているうちに、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
右手に握ったままの時計を見て、3時ということだけは把握できた。
しかし、夜中の3時なのかおやつの3時なのか・・・
カーテンを開ける事の無いこの部屋は、昼間でも薄暗い。
隙間から洩れ入る微かな明かりが、日光なのか街灯なのか。
まだハッキリしていない頭で少し考えて、辺りの静けさからして夜中だろうと結論付けた。
とりあえず、喉が渇いた。
のそのそとベッドから起き上がり、冷蔵庫へ向かう。
扉を開ければ、暖房の効いた暗い部屋に、冷気が白い霧となって見えた。
ミネラルーウォーターを手に取り、ごくごくと飲み干す。
「あ、最後の1本だった・・・」
冷蔵庫内を見渡せば、8割をビールが占めている。
というか、今飲み干したミネラルウォーター以外の飲み物はアルコール以外見当たらない。
私、女としてやばいかもしれない・・・。
まあ、明日、というか昼間に。買いに行こう。
認めたくない現実から目を背けるように、冷蔵庫の扉を閉めた。
ベッドに戻ると、枕元に置いた携帯のランプが点滅しているのに気付く。
「A君からだ!」
彼専用の、ピンク色。
べつに脳内を表したわけではないけれど。
『時計、動いた?』
届いていた短い文章に、短く返事を返す。
『ちゃんと、動いたよ!!』
伝えたい言葉だけ、簡潔に。
あとは逢ったときに顔を見て話したい。
そのままベッドに潜り込み、再び眠りに就いた。
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―――あれから随分寝てしまったらしい。
まだしっかり開かない瞼をこすり、枕元の腕時計を手に取る。
10じ・・・56ふん・・・
文字盤から透けて見える歯車と秒針が、規則的に動いている。
まだ覚醒しない頭が、ぼんやりと昨夜を思い出す。
「ふふっ」
大好きなひとからもらうプレゼントは、こんなにも嬉しいものなのか。
緩んだ頬が、戻らない。
浮かれた足で向かった冷蔵庫。 扉を開けて、一気に下がるテンション。
「お酒しか、無いんだった・・・。」
母屋に行って、ジュースでももらってこようか。
そう一瞬考えたが、やめた。
あっちには行きたくない。
この部屋は、実家の敷地内に建てられた離れになっている。 トイレ、バスルーム、ミニキッチンもあって、ワンルームマンションと変わらない。
月に1度、祖母が生活費を持ってくる以外に、あっちの人間に会うことは無い。
私自ら出向くことも、まず無い。
仕方ない、水道水でいいか・・・。
グラスに水を汲み、一気に飲み干した。
買い物、行かなきゃな。 そう思いながら、再び腕時計を手に取る。
11:13
午後から行くことにしよう。 再びベッドに潜り、しばらくゴロゴロしていよう。
30分程そう過ごし、支度をしようと起き出した。
クローゼットから適当に服を選びとり、ベッドに投げる。
バッグから化粧ポーチと手鏡を取り出す。
と、手から鏡が滑り落ちた。
11:56
カシャン。
鏡の割れる音が、部屋に響いた。
作者Incubus
トラブルメーカーシリーズ初の番外編です!!
彼女目線で進むストーリー!
作者はSuccubus(サキュバス)!!
俺とはちがう、『彼女の視点』から進むストーリーをおたのしみください!