「それで?昨日の聞き込みの成果はどうだったんだよ、青山刑事?」
「・・・・駄目だわ。誰に聞いても「知らない」「知らない」同じセリフの繰り返し。・・・・もう聞き飽きたよ」
うんざりとした表情で一人の少年が机に突っ伏した。
現在の時刻は08:40。
ちょうど朝の朝礼が終わった直後の時間だ。
顔を伏せてしまった少年を気遣うように、もう一人の少年が彼の頭を手でポンポンと軽く2回叩いた。
「もう諦めろよ。そこまでして調べる事でもないだろ?たかが七不思議なんだしさ~」
その言葉に座っている少年は即座に反応し顔を上げる。
「いや、ここまで来たら絶対最後まで知りたい!だってあと一つなんだぜ?「踊り場の大鏡」に「体育館倉庫の染み」に~、」
「おい!だから俺の前で七不思議の話するなってっ!俺まで呪われるだろっ!」
立っている少年が急に耳を塞ぎ、「あ~あ~聞こえない~」と喋り始めた。
その様子を見て座っている少年は心底愉快そうに笑った。
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座っている方の少年の名前は青山健二といった。
彼は2週間程前からずっと、この学校の七不思議について調べていた。
と言っても別に何か深い理由がある訳でもない。
しいて言えば他の生徒達より少し怖い話が好きな位だ。
きっかけは些細な事で、今となっては思い出せないような簡単な理由だった気がする。
しかし色々な人に七不思議について聞いて回っているうちに、健二はある事に気づいた。
「一人の人が知ってる話の数が少なすぎるんだよ。多い人でも3、4話なんだよな~。進一、これっておかしくねぇか?」
健二は目を輝かせながら前の席にいる親友に疑問を投げかけた。
「・・・・俺が聞いた話だと「七不思議を全て知ってしまうと七不思議の闇に捕らわれてしまう」って事らしいぞ」
進一と呼ばれた少年が少し面倒臭そうな顔をしながら答える。
「そんなのよくある噂だろ?だから他の学校じゃ六話目まで知ってる生徒がそれなりにいたりする訳だ。でもこの学校じゃそんな奴はいない・・・・」
「・・・・・結局何が言いたいんだよ」
焦らすような喋り方に進一が少しムスッとした顔をする。
「つまり「この学校の七不思議は本物っぽいかも」って事だよ。6話か7話まで知ってしまった人間が実際にいなくなってるって考えればツジツマが合うだろ?」
そういうと健二はニコリと笑みを浮かべた。
それが大体一週間前の出来事。
あの時綺麗な笑顔を浮かべていた少年の顔は今、見る影もない程疲れ果てた表情に変わっていた。
「んで、昨日は一体誰に聞き込みして回ってたんだ?」
進一が自分の席の椅子を後ろ向きに動かしながら質問した。
「もうあらかた生徒は聞いちゃったから、昨日はそこらにいる先生に聞いて回ってみた」
「・・・・お前のそういうとこ本当に尊敬するわ」
「確か昨日聞いたのは美術の田中先生に、数学の山村、体育のハラセンに、あっ、あとキノッチにも聞いたな」
「・・・・・・きのっち?」
「ほら、いつも朝、校門の前にいる」
「・・・・・いや御免。俺解らん」
進一が腕組みをして考える素振りを見せると、健二は呆れたようにため息をしてから教えてやった。
「木下さん。いつも校門の前で生徒に挨拶してる坊主頭の50代位の用務員のオジサンの事だよ。結構生徒に人気あるのに知らないのかよお前」
「あ~、あの人木下さんって言うのか」
確かに毎朝校門の前で「おはよう」と挨拶してくる優しい顔のおじさんは覚えていた。
特に天気の良い日にその坊主頭が太陽に照らされて光る様は、時に激しい笑いを引き起こさせ堪えるのが大変だったりする。
どこか親しみやすい雰囲気がある人だったので、人気があるというのも納得だ。
「・・・・で結果は惨敗?」
「・・・・まぁ、新しい成果は特になかったけど」
実は健二はすでに七不思議を6話まで調べ上げている。
だが最後の七話目についての情報が全く出てこないのだ。
誰に聞いても反応は「知らない」か「知りたくもない」「興味ない」と似たようなものばかりだった。
すでに七話目の話を調べだしてから三日は経っている。
正直健二自身も内心諦めかけていた。
もう止めようかと健二が思っていた時に、前の席の進一がぼそりと呟いた。
「やっぱさぁ~、なんかあんだよ。それだけやっても解らないって事はさ・・・・」
窓の外はこれでもかという位太陽が照っているのに、入ってくる風は妙に冷たく感じた。
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▼▼▼▼
「・・・・・・あれ、ここ何処だ?」
気が付くと健二は暗闇の中に立っていた。
不思議な事に自分が何故こんな所でつっ立っているのか全く解らない。
しかも何故か学校の制服を着ている。
確か学校から帰ってすぐに脱いだ気がするのだが・・・・
学校が終わって無事に帰宅した所までは思い出せるが、その先がどうにも思い出せない。
考えても何も解りそうになかったので、とりあえず適当な方向に歩いてみた。
すると闇の中から徐々に、自分の通っている中学校が現れた。
(あれ?もしかしてこれって・・・・)
その時ふとある考えが頭に浮かんだ。
今自分は夢を見ているのではないか、という事を。
なんとなくだが自分が風呂に入ってすぐ床に就いた姿が頭に浮かんだ。
うん、確かついさっき部屋で布団に入ってそのまま寝たような記憶がある。
なのにいつの間にか制服に着替えているって事は、これはやっぱり夢ではないだろうか?
そんな事を考えているうちに学校の正門前辺りまで来てしまった。
しかし門は閉まっていて入れそうにない。
(そもそも俺は何しにここに来てるんだ?)
結局それからどうしていいか解らず門の前でウロウロしていた。
しばらくして、学校の中から誰かがこちらに向かって来る姿が見えた。
遠くからでもすぐ解る坊主頭には見覚えがあった。
「・・・・いやぁ、ちゃんと来てるね。よしよし」
木下さんだ。
木下さんは持っていた鍵で門を開くと、健二を中へと迎え入れた。
「あっ、あのすいません。ここは一体・・・・」
「とりあえず「あの話」は校舎の中に入ってからしようか」
そう言うと木下さんは真っ直ぐに玄関へと向かって歩き出した。
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木下さんが一人でどんどん先に進んでいってしまうので、健二は必死で彼の後を追った。
玄関から入り、西校舎の階段をコツコツと音を立てて上っていく。
(・・・・いったい何処に行くんだ?)
行き先も目的も告げられないままに進む道のりは、健二の不安をさらに加速させていった。
階段を上っている最中、ずっとさっきの木下さんの言葉が気になっていた。
「あの話」とはなんだろうか?
すぐに聞きたかったのだが、全く後ろを振り向かずに歩を進める木下さんに気圧されてしまい、黙ってついていく事しか出来なかった。
西校舎3階の廊下まで来た所で、ようやく木下さんは「まぁこの辺りでいいか」と言って止まった。
たまらず喉元まで出かかっていた質問を投げかける。
「あっ、あの。さっき言ってた「あの話」ってなんの事っすか?」
その言葉に反応し、木下さんはようやく顔をこちら側に向けた。
「何って、あれだよ。今日私に聞いてきただろう?「七不思議の事で聞きたい事がある」って」
「・・・・・へっ?」
「実はね。本当は知ってるんだ。七不思議の七話目がどんな話なのかをね。それを今から君に教えてあげよう」
「・・・・・・・・」
開いた口が塞がらなかった。
でもこれでようやく確信を持って言える。
これは夢だ。
現実世界であんなにも七不思議にのめり込んでしまったせいで、こんな夢まで見てしまったんだ。
でなければこんな状況ありえないだろう。
「七話目の話のタイトルはね。「校庭を埋め尽くす亡霊」って言うんだ」
健二が「この世界は夢だ」と判断し終わっても、木下さんは構わず話を続けた。
夢だと解るとなんだか急に気楽になってくるものだ。
自分の夢がどんな七不思議を作り出したのか興味が出始めてくる。
(・・・・ちょっと面白そうだな)
健二は黙って彼の話に耳を傾ける事にした。
目を覚ますのは話を聞いてからでも遅くないだろうし。
「この学校にはね、七不思議や他の恐ろしいものに襲われて命を落とした生徒が沢山いるんだ。そんな生徒達の魂が実はこの学校の校庭の地面の奥底に密かに集められているんだよ。そして時々彼らは地上へとその姿を現すんだ」
そこまで言うと木下さんは健二に背を向け、前方にある窓の方を指差してこう言った。
「あんな風にね」
釣られて視線を窓の方へと移す。
(・・・・・・ん?)
何かがゆらゆらと蠢いているのが見える。
校庭の辺りだ。
あれがその「亡霊」ってやつなんだろうか?
「どうだい?恐ろしいだろう?あれほどの量の幽霊に襲われるなんて・・・・考えただけでも体が震えそうだ」
心なしか木下さんの声はなんだか楽しんでいるように聞こえた。
だが、健二は正直ガッカリしていた。
「そうですか?あんな遠くでゆらゆらしてるだけじゃ誰も怖がらないと思うな~。もっとインパクトのある話じゃないと」
すると、急に木下さんは黙り込み、ゆっくりと窓の外を指差していた腕を下ろした。
「・・・・・・そうかい・・・・じゃあ君が実際に試してみるといいよ」
そう言ってにこちらにくるりと顔を振り向いた。
「・・・・・・えっ」
それは明らかに人間の顔ではないものだった。
顔に目が一つしかない。
その目玉も、鼻の上から頭のあたりまである巨大なものだった。
サッカーボール程の大きな眼球をギョロギョロと動かして、そいつはニヤニヤ笑いながら近づいてきた。
「うっ!うわぁっ!!!」
健二もこれには驚いて大声を上げてしまった。
夢だと解っていても、こんなドッキリにはさすがに動揺せざるを得ない。
そんな様子を見てそいつは困ったように言った。
「おいおい、私は別に君に何もしないよ。君を襲うのは彼らの役目だからねぇ」
そう言うと窓の外を巨大な目で見つめる。
(・・・・・・え・・・・あっ、あれ?)
見間違いかと思い、目を擦ってからもう一度窓の外を見た。
誰もいない。
いつも通りの広い校庭が見える。
(さっ、さっきの奴らは?)
ガァーン!
何かが勢いよく開くような音が校内に響いた。
思わず後ろを振り向く。
アアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ
下の階から何か大勢の人間の呻き声のようなものが聞こえてくる。
「ほぉ~ら来たぞぉ~。ほらっ、どうした。早く逃げないと」
後ろからさっきの化け物が急かしだした。
「五月蝿い!どうせこれは夢なんだろ!早く消えろよ!」
恐怖を振り切る為、目をつぶり精一杯の声で叫んだ。
恐る恐る少しずつ目を開けてみる。
目を開けた先にあいつはいなかった。
(・・・・なんだ、やっぱり夢なんじゃないか)
しかし階段下からの呻き声は一向に治まる気配がない。
アアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ
むしろさっきより大きくなっているような・・・・
「・・・・とっ、とりあえず目が覚めるまでの間だけでも逃げないとなっ!」
震える体を無理矢理動かし反対側の階段へと走った。
あっちの階段からはまだ変な呻き声は聞こえてこない。
(よし!行けるぞ!)
キィーッ
不意に前方にある女子トイレのドアが開いた。
途端に不穏な空気が目の前に流れ出す。
(おいおい待てよ!ここって!)
健二の予想通りトイレのドアから赤いスカートをはいたおかっぱ頭の女の子がゆっくりと顔を出した。
慌てて足を止め、元来た道を戻り始める。
「こっ、ここは駄目だ。東校舎の方に行くしかっ」
その時、ある事に気づいた。
あれ?無理じゃないか?
だんだんと足から走る力が失われていく。
東校舎のすぐ近くの階段には、2階までの踊り場にあの「大鏡」がある・・・・
廊下の先の階段に行くとしても、「美術室」の横を通らないといけない・・・・
そもそもこっちの西校舎の階段だってどっちも「花子さん」と「理科室の悪魔」がいる場所を通らないといけないじゃないか。
ここまで連れてこられたのは単に「校庭がよく見えるから」だと思っていた。
でもここに来た時点で実はもう逃げ場はなくなっていたのだ。
背後からコツ、コツ、と花子さんの近づいてくる音が聞こえる。
「うっ、うっ・・・・・」
前の階段からは苦しそうな顔をしている生徒達が大勢出てきた。
「ゆっ、夢だ。これは夢なんだ。そうじゃなきゃ俺はっ」
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
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▼▼▼▼
カチカチカチカチ
真っ暗な部屋で明かりもつけずに誰かがパソコンを使っている。
男は手馴れた手つきでキーボードを叩き、一仕事終えるとそのデータを保存した。
「ふぅーっ」
椅子の背もたれに寄りかかると、右手にマウスを握りダブルクリックでフォルダを開く。
[○○中学校 被験者名簿]という名前の付けられたそのフォルダにはいくつかのファイルがあった。
~~~~~~~~
「No1.【踊り場の大鏡】犠牲者リスト」
「No2.【体育館倉庫の染み】犠牲者リスト」
「No3.【トイレの花子さん】犠牲者リスト」
「No4.【美術室の自画像】犠牲者リスト」
「No5.【理科室の悪魔】犠牲者リスト」
「No6.【首吊り桜】犠牲者リスト」
「No7.【校庭を埋め尽くす亡霊】犠牲者リスト」
「No0. 外部からの補充分の子供」
~~~~~~~~
男はそのフォルダを眺めながらニヤニヤと笑っている。
「う~ん、やっぱり一番のお気に入りは七話目だな~。早く生徒達に教えてあげたい・・・・・・でもまだ駄目だ。まだ校庭を「埋め尽くす」なんて言うには数が全然足りないからなぁ~」
男はパソコンを終了させると頭をかきながら部屋のドアの方へと向かった。
「・・・・そろそろまた外から引っ張ってくるか。20人位」
ぼそぼそと一人事を言いつつ廊下に出て部屋のドアを閉める。
窓の外には見事な満月が輝いていた。
「健二君も今頃みんなと一緒にお月見の真っ最中かな?」
クックッと不気味な笑いを残し、男はそのまま何処かへと姿を消した。
窓の外に見える校庭では、大勢の亡霊達が上空の月を見上げてゆらゆらと蠢いていた。
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●七不思議の七●「七話目の秘密」
七不思議の七話目を知る者は誰もいないと言われている。
それは七不思議を全て知ってしまうと七不思議の闇に捕らわれてしまうかららしい。
作者バケオ
七不思議、最終話です。
長かった・・・・
実の所「この最終話がやりたいが為に七話使った」と言っても過言でもないかもしれません。
それでも手を抜く訳にもいかないので全話出来る限り面白くしようと頑張りました。
そして最終話にしてようやく犯人の正体を明かせましたね。
何故かハラセンのが怪しまれていたみたいですが、彼は普通の熱い体育教師なので何も悪くありません。
まぁ出来る限り犯人バラしたくなかったので極力解りにくくはしましたが。
それでも結構色々と仕込みは入れてあったりします。
1話で「生徒を簡単に夜の学校に入れる人物」がいたり。
3話で「玄関の外で懐中電灯を持ってうろつく人物」がいたり。
4話は、むしろ一度主人公達に疑われてますし。
5話では「理科室にいる弟の元へとやってくる」なんて事も。
まぁ犯人当てをしてた訳じゃないんで解りづらいのはお許し下さい。
とりあえず今回で七不思議シリーズが終わったのでちょっと休憩に入りたいと思います。
次回投稿はたぶん1週間か2週間後位になる予定です。