チュンチュン、チュン。
爽やかな風と共に小鳥の囀りが聞こえてくる。
季節は四月、春真っ只中だ。
『おはようございます!』
園児達がバスや保護者に送られやってきた。
『おはよう。』
一人一人に笑顔で挨拶していく。
彼女は今月で幼稚園に勤務してから二年目になる。
名前はMとしておこう。
今では入社二年目にして、園児から人気No.1の先生として親しわれている。
Mは今の仕事に満足していた。
職場の人間関係も良く、長年保育園か幼稚園で働く事が夢だった。
今日も園児達といつもの様に過ごし、一日が終わろうとしていた。
『あっ、お母さん来たよ。』
『遅くなってすいませーん。』
少し髪の乱れた若い女性がペコペコと頭を下げ、子供を迎えに来た。
おそらく仕事帰りなのだろう。
『ばいばーい。』
最後の子を見送りアサガオ組の部屋を片付けようと戻った。
ここでは使ったおもちゃや人形をおもちゃ箱にしまう様に教育している。
その日も綺麗に片付けられ、部屋には乱雑におもちゃが詰められたおもちゃ箱がポツンとあった。
その箱を邪魔にならないように隅におこうと運ぼうとした時だった。
『わっ?!』
ガッシャーンと派手におもちゃをぶちまけた。
イテテテテと言いながらMが足元を見ると、一体の人形があった。
恐らくコレを踏んで転んだのだろう。
『一緒に遊ぼ?』
あれ?と思った。うちの幼稚園には喋る人形なんてなかったはずなのに。
見た目が新しかったので誰か他の先生が買ったのかと思い、特に気にしなかった。
おもちゃを全ておもちゃ箱にしまい、アサガオ組の扉を閉めようとした。
だが、まだ一体人形が残っていた。
全部しまったはずなのにと思い、手に取る。
『一緒に遊ぼ?』
あの喋る人形だった。
(確かにこの人形は入れたはずなのに。)
少し不気味に思い、早くおもちゃ箱に入れてすぐに部屋から出ようと思った。
人形をおもちゃ箱に入れようと手にとった時だった。
一緒に遊ぼ?一緒に遊ぼ?一緒に遊ぼ、一緒に、一緒ニ、いっしョニ、イッショニ゛……
繰り返し喋りだした。おまけに壊れたカセットテープのようにどんどん声がおかしくなっていった。
壊れたのかな?
人形が動いた。
見間違いじゃなく確実に。
Mの袖口を掴み引っ張った。
『誰か!誰か来てぇー!』
Mは叫んだ。
バタバタバタバタ。
『どうしたの?!Mさん。』
園長が駆けつけてくれた。
『に、人形が…』
恐怖で舌が上手く回らない上に、誰か来てくれた安堵感で全身の力が抜け倒れこんだ。
『あら?大丈夫?この人形服に引っかかってるわね。』
確かにTシャツの袖口がほつれてそこに人形の指が絡まっていた。
園長が人形を持つとまたあの声が聞こえた。
『イッジョニ゛アゾボ…』
もはや最初の可愛らしい声とは全く別のものとなっていた。
壊れてるわね、そう言って園長は人形の背中の部分をバンバンと二回叩いた。
『一緒に遊ぼ?』
すると、最初の時の声に戻った。
人形に何か乗り移ったのかと思ったが全て気のせいだったのか…。
もう残ってる職員はMと園長だけだった。
辺りはすっかり暗くなっていた。
帰る準備をして家へと向かった。
家に着いた途端睡魔が襲ってきた。
あんな事があったから疲れたのだろう。
横になろうとソファに手をかけたが、そこには人形があった。
『一緒に遊ぼ?』
なんでこの人形が?!
Mはパニックになった。
思わず人形を掴み、ベランダから放り投げた。
投げてから下に人がいたらどうしようと思い下を確認する。
何もいない…んっ?
街灯で照らされた道には人どころかあの人形すらない。
(どーゆうことだろう…)
『一緒に遊ぼ?』
背後から声がした。
部屋を見るとあの人形が立ってこちらを見ていた。
そこからは人形を持ち、無我夢中で寺へと走った。
Mの家の近くにはこの辺りでは有名なお寺があった。
ドンドンドンドン。
『すいません!誰かいませんか?!』
こんな夜中に押しかけるなんて非常識だろうか。しかし、Mにそんな事を考える余裕はなかった。
少しすると、住職だろうか。
少し白髪の混じった五十歳程の男が出てきた。
そして、Mと人形を見るや否やこちらにと言って寺の中へと通された。
『人形をワシに渡して。』
渡そうとした瞬間、ゾッとした。
人形の顔がまるで笑っているかのように歪んでいた。
人形を渡すと、正面の台のような所に置きお経を唱え始めた。
暫くすると、人形を何処かへ運び戻ってきた。
『いやいや、危ないところでしたな。ワシは長年ここの住職をやっとるんですが、あんな強力な"霊達"にあうのは久しぶりですわい。』
『霊達?』
話に聞くとあの人形には何十人もの子供の霊が入っていたそうだ。
そして子供の霊とは、無邪気な故に特別悪い霊なくとも自分の欲求を満たそうと、恐ろしい行動に出ることがあると説明してくれた。
次の日、幼稚園で園児達がおもちゃや人形で遊んでいた。
普通ならおもちゃが無くなればアレが無い、コレが無いと言ってくるのだが喋る人形がないと言ってくる園児が誰一人いなかった。
まるであの人形が最初から無かったかのように…。
何故あの人形があったのか、何故Mが狙われたのかは謎のままだ。
そんな出来事も忘れかけた頃、Mは寝坊し急いでいた。
信号が赤になり、焦りと苛立ちがつのる。
信号を無視して行ってしまおうかとも考えたが、目の前は車がビュンビュンと通っている。
『こんな所を通るのは自殺行為か…』
ふぅっと溜息をつき信号を待っていると背後から声がした。
『こっちへ来て、一緒に遊ぼ?』
トンッと"何か"が背中を押した。
作者natu