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中編7
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オチタユウシャ

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この城に入り、一体どれほどの時が過ぎただろうか。

既に時間の感覚は失った。進めど進めど、出てくるのは暗く陰気臭い通路であった。扉と呼べるものはほとんどなく、松明が揺らめく中、時折別れ道や十字路に出くわす。

どちらに進むかは自分の気分次第だ。

こういう時に仲間でもいれば多少は気が楽だったのだろうか。今まで断ってきた仲間というもに対して、今更ながら未練芽生えてくる。自分の情けなさに憤慨してみるも、何ら返答はない。

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考えてみれば初めから私は一人だった。村で剣に選ばれ、世界を救う英雄になったときも。

死霊の巣食う谷を越えた時も。

西の果ての悪魔を倒した時も。

仲間などいたためしがなかった。本当は仲間が欲しかったのかもしれないと気づいたのは、実に魔王の住まう城に入ったあとであった。なんと愚かなことか。

そんなことを考えているうち、前方に気配を感じた。

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ずっ、ずずっと何か柔らかいものを引きずる音と共に、腐乱した臭気がやってくる。私は久しぶりに剣をとった。

謎の物体が揺らめく光に照らされながら近づいてくる。松明の前に差し掛かると、赤く照らされたおぞましい顔が浮かび上がった。

ぼろきれをまとった肉の塊は、辛うじて人の形を保っていたが、血塗れの片足を引きずりながら呻き声をあげる姿は、専ら怪物のそれであった。

苦しみに歪んだ、男とも女とも分からないような顔がはっきりとこちらを向く。

しかし私は、微動だにしない。この程度ではさして驚きもしないのだ。

これまでもそうしてきたように、右手に光る勇者の剣で叩き斬るだけだ。

怪物が血で濡れた腕をこちらに伸ばす。間合いに入った。

肉を分かち、もうずいぶん脆くなった骨を砕く感触が手に届く。

ぎゃーという凄まじい断末魔の悲鳴の後、即座に絶命した。さしたる感動もなく、どことも知れぬ魔王を目指す......。

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旅の終わりは実にあっけないものだった。

いくばかの角を超えた先、少し開けた空間に出た。今まで以上に松明が密集しており、おどろおどろしい彫刻が施された石造りの問を照らしていた。

重厚な作りのその問は、片手の力で呆気なく開いた。

扉の向こうは、光で満たされていた。

思わず目を覆い、闇に慣れた目を慣らす。

そこにあったのは、さらに巨大な空間だった。魔王がいるというのに、恐ろしい感じは全くない。

いっそ綺麗と言えるほどの内部は、私の既視感をかきたてた。だが、遠い昔の記憶で思い出せない。

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「ようこそ、新しい勇者よ」

赤い敷物が流れ着く先、階段の少し上に豪勢な椅子があった。そこで肘をついている奴こそ、この旅の目的である魔王に違いない。

「遠路はるばるご苦労であった」

魔王の顔は逆光となって確認できなかったが、シルエットは人間に酷似していた。

人間界の言葉が話せるのだから驚きだ。

私が何も言い返せず黙っていると、さらに驚くべき言葉をかけてきた。

「勇者よ、いつまでも立っていられても困る。かけてくれ」

パチンと指を鳴らすと、何もない地面から柔らかそうな椅子が出てくる。

ちょうど魔王と遠く対面する形だった。

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てっきり私は、部屋にはいるなり戦闘が始まるような気でいたため、呆気にとられた。

だが、疲れ切った身体で椅子の誘惑に勝つことは不可能に近い。

私が腰を降ろすと、彼はこう続けた。

「さて、お前は何をしに来た?」

これには流石の私も吹き出しそうになる。答えなどとうに決まっていた。

「世界を平和にすることだ!」

相手に呑まれないようにも声を張る。

「お前を殺しにここにきた!」

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一拍のち、魔王の低い声が響く。

「ふむ、お前は世界を平和にしにきたのか?それとも私を殺しにきたのか?」

「決まっているだろう!両方だ」

「では何か、私が死ねば世界は救われるということか?」

不思議なというか、変な魔王だ。こんな話をしてくるなど、昔話でもついぞ聞いたことがない。

「そうだ、お前が死ねば私はこの旅を終えて幸せに暮らし、世界は救われる」

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「もし、お前のいうことが本当に正しいのなら。私は喜んで命をさしだそう」

「なっ......」

「だがな勇者よ、考えたことはあるか?私が何をしたと言うのだ」

「私の父も、勇者だった。だがお前のところに行ったっきり帰ってこない......。お前が殺したんだろ!」

私の心は激しく燃え上がっていた。記憶の底に沈む、優しい、誰よりも平和を望む父親の姿。あいつは父の仇だ、絶対に許してはならない敵なのだ。

「......そうとも言えるが、そうではないとも言える」

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「何をたわごとをっ!!」

思わず立ち上がり、剣を抜く。

すると魔王もゆっくりと立ち上がる。右手に握っていた杖を話すと、杖は大理石のような床に音を立てて倒れた。

そのままゆったりとこちらに近づいて来る。

やっとだ。やっと仇がうてる。高ぶる私は武者震いが出るほどだ。

その数秒後、私は今までで最も大きい衝撃に包まれる事となる。

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ついに魔王の顔を確認した私は、驚きの余り上手く息が出来なくなった。

「と......父さん!?」

「大きくなったな......。我が息子よ」

頭の処理可能領域を大幅に越えていた。ひとまずしまおうとした剣が、さやに当たって耳障りな音を立てた。

そんな私の思いは次の一言へ集約された。

「......どうして...」

父は、魔王討伐に出かけた時と一切変わらぬ装備で、切なげな微笑を浮かべた。

その目は痛みに耐えるかのようであった。

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「......すまない。私は息子を捨てた最低の親だ。どうか赦してほしい」

突然の再開と謝罪に動揺は隠しきれない。

「なんで......なんでこんなところにいるんだよ!早く家に帰ろうじゃないか!」

「すまない......。出来ない」

「どうして!?もう役目は済んだろ!」

「先代の魔王は確かに私が殺した。だが、その後過ちに気付いたんだ」

「......過ち?」

「そうだ。魔王を殺しても、世界は平和にはならない、なるはずがなかったのさ」

「な...何を言って…」

「考えたことはあるか?なぜ怪物と戦うのか」

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「それは......奴らが人間を食い殺すからだ!私は人間を守るために戦ってきたんだ」

「ではお前が殺してきた中に、真に邪悪な怪物だったものはどれほどいた?」

どういう意味だ...。そんなこと、そんなこと決まっているじゃないか。私は一瞬答えるのをためらったが、なんとか答えた。

「それは、全部だ」

父は目を閉じて首を左右に振った。私がいけないことをした時、昔よくそうしたように。

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「それは違う。彼らだって好き好んで人を襲っている訳じゃない」

「嘘だっ!じゃあ何のために?」

思わず声が大きくなる。

「生きるため」

力強く、父は言い切った。足元がぐらついたように感じた。まるで、今までの自分の根本が否定されたかのように。

「生きるために、仕方が無いんだ。そうしなければ生きていけないから」

「でもっ......、それでも私は見てきた!笑いながら人を引き裂く悪霊も!」

「残念なことだが、確かにそういう者たちもいる。だが決してそれが全てではないんだ。一部を見て全体を決めつけるのは愚かな行為だとは思わないか?」

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やめてくれ......やめてくれよ。私の心は大きく揺さぶられていた。

今すぐ耳を塞いでしゃがみ込みたい気分だ。

だって、それでは...。

「それじゃあ、本当に魔王みたいじゃないか...」

あんなにも平和を愛していた父が、勇者の職を授かって、そののちに魔王に堕ちるなど考えたくもないことだった。

いや、実際に私が怯えていたのは、その先だ。

勇者としての私の使命、それは............。

「みたい じゃない。今の私は魔王と言ってもいい」

足が、震える。武者震いなどではない。純粋な恐怖からだった。

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「先代の魔王を殺したあと、私は気づいてしまった。自らが犯した罪の大きさに。

彼らは、生き延びるために仕方がなく人を襲った。しかし私は、勇者の使命を振りかざして、自分とは全く関係のない生き物の命を奪ってきたのだと。

それに罪悪感を感じることすらなかった。大義名分の上で、自ら進んで怪物狩りをしていたのだ」

これでは怪物たちよりもずっと、人間の方が邪悪じゃないか

その父の言葉が、氷の刃となって私の心臓に深く刺さった。

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寒い...金属の籠手に包まれた指先が冷えきっていた。

震える声のまま、最大の質問を投げかける。

聞いたら戻れないと分かってはいても、聞かずにはいられなかった。

「次の......目的は?それを知ったとして、あんたの平和のためになにをするつもりなんだ?」

小さな声だったが、はっきりと伝わったようだった。彼は左手を空に伸ばすと、何かを掴もうとするかのように開いた。

「......怪物は...殺さなければな。それが私に与えられた使命だ」

「人間をー」

グッと何かを掴んだ手が握られる。

あたかもそれを握りつぶすかのように。

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「ー殺す」

ドクンと大きく心臓が跳ねた。

もう後戻りはできまい。

新しい魔王は、勇者の腰から剣をするりと引き抜いた。剣の腹に映った自分の姿を眺めながら、勇者に言った。

「さあ、いうべきことは全て言った。後はお前の判断に任せる」

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魔王はまず、くるりと剣を回すと柄を勇者に向けた。

剣を取れ。勇者として。

次にもう片方の手をゆったりと差し伸べた。

私と共に来い。世界を平和に。

言葉は無くとも私には全て伝わった。その選択も、それが意味することも。

もはや震えは止まった。

最後にもう一度辺りを見渡す。

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そこで遅まきながら気づく。

これは......まさに勇者として新たな人生を歩き出した、お城の王の間にそっくりだった。

あの時もちょうどこんな形で勇者の剣を与えられたっけ。遠い記憶に思いをはせる。

覚悟は決まった。

後は、進むだけだ

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明波浪さん
コメントありがとうございます
私の漠然とした考えが伝わったようでとても嬉しいです

宵子さん
コメントありがとうございます
楽しんでいただけて嬉しいです
彼、というと勇者のほうでしょうか。突然の事にかなり動揺していたのだと思います(笑)

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うーむ!これは新感覚ですね!
面白かったです。

でも、こんなに流されやすくて大丈夫なのかな…彼は(;^_^A

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面白い!
でも、真に魔王は自分の価値観から外れたものを受け入れようとしない人間そのものなんだろうって感じました。ふかいっすね

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