中編7
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ここはどこ?

今日は、under takerです。

つい先日体験した話です。

なお、先にお断りしておきますが、もしかしたら僕の夢だったかもしれません。オチらしいオチもありません。

それでも良ければ、ご覧ください。

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夏の真っ盛り。

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僕はと言えば、時期外れの繁忙期で公休日を潰して仕事をしていた。

毎日汗と線香の臭いにまみれていた。

だが、僕なんかはまだ業界に入ったばかりのヒヨッコ、式を全て取り仕切る担当者レベルの先輩方はもっと大変だった。

そんな中でも、弊社に仕事を与えてくれる病院からの連絡は容赦ない。昼夜を問わず電話が鳴る。

昼間なら、疲れている人間を気遣って違う人間でケアに走るのだが、夜中ではそうはいかない。二人でケアに行く契約で、二人しか会社にいないのだから。疲れていようが何だろうが、亡くなる命は有る。

そちらの方が余程大変な事なのだから、生きている僕たちが疲れたから行かない、と放棄する訳にはいかない。

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さて、僕もそんな怒濤の一ヶ月を乗り切り、あっさり暇になってしまった今日この頃、ちょっとボケてきたのか気が抜けてしまったのか、やたらと眠い。

不規則な生活だからといえばそうなのだが、体がダルい。

喉元過ぎれば…と言うが、体がダルいと言うのは一番分かりやすい警告なのに、危機感さえボケてしまっていたらしい。

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その日も会社に泊まりだった。

大概、代表取締役のSさんか、大先輩のYさんと泊まる。

この日はSさんだった。肩書きを嫌う人なので、名字で呼ぶ。

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wallpaper:31

Sさんは夜更かしが大好きだ。

暇さえあれば、パソコンでネットサーフィンしてる。

代表取締役なだけに面倒見が良く、彼と泊まると必ず一緒に飯を食うことが前提になるが、その分夕飯代が浮く(笑)

Sさんと泊まる日は、一緒に飯を食い、適当にテレビを見て、適当に風呂に入り、早めに個室に行き、9時くらいにはベッドに入る。

Sさんは夜中までネットをしてるので、事務所にベッドを持っていって電話番がてら好きな時に寝ているようだ。

もちろん、個室で寝るからと言っても、子機は持っていく。

電話の音でちゃんと二人起きれる様にする為だ。

この夜もそうした。

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ちなみに電話が鳴っても気づかなかった事が2回程ある。

起きれなくても仕方がないくらいの時は有るので、怒られず、普通に起こされる。

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大抵、9時くらいにベッドに入り、すぐに眠るようにしている。

夜中に仕事が入って一晩眠れなかったら次の日が辛いからだ。

だが、夜中に不意に目が覚める。

良くあるが、電話が鳴っていないか不安だったり、防音性に乏しい事務所の作りで、道路を走るトラックのせいで起きてしまったりするせいだ。

この時も何故かはわからないが目が覚めてしまい、喉の乾きを用意しておいたお茶で潤してから子機を見る。

電話があれば、『着信あり、〇件』とディスプレイに出る。

鳴ってないハズだと思いながら、習慣になっているので半分眠りながらディスプレイを見る。

shake

あれっ…

着信あり!?

心底、血の気が引く。

起こされてない、まさか、Sさんも電話に気付かず二人して爆睡こいてしまったのでは…!?マズイ、それは本当にマズイ!

慌てて、事務所に向かう。

と、言っても同じ建物内の事務所までは10歩歩けば着いてしまうのだが。

とりあえずSさんの様子を見よう。

寝ていたら起こさないように着歴を見てみよう。

もし今さっきの着信だったら叩き起こそう。

僅か10歩歩く間に色んな思考を巡らせ、事務所へ。

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―――いない。

Sさんがいない。

何で!?

あ、トイレかな?

トイレの明かりは消えている。

つまり、事務所内にはいないと言う事になる。

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弊社は、事務所とは別に貸し式場を併設している。自社での式執行にも使用するし、どんな目的でも利用出来る。

1度事務所を出て、やはり10歩歩けば着く。

こちらにはシャワールームと安置室、また、女性、男性、車椅子用に分けられたトイレがある。

Sさんは万年腹痛持ちでもあるので、トイレにこもる時は式場のトイレを使う。

もしかしたらそこかもしれない。

彼がトイレに行っている間に電話が鳴り、気付かずに寝ていて出損なった…あり得ない話ではない。

慌てて着歴を見る。

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―――最終着歴は夕方になっている。

どう言うことだ?

子機のディスプレイを消し忘れたか?

いや、個室に行く前に消したハズだ。

勘違いか?

Sさんが戻ってくるのを待って、電話は鳴っていないか確認してからまた寝よう。

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遅いな。10分くらい経つぞ?

起きてくる前から行ってるとしたら、どんだけ経ってるんだ?

――何か有ったのか!?

最近は若い人でもいきなり倒れる。

心配になった僕は電話を転送設定し、式場に向かう。

事務所からだと裏口から出入りするようになる。

ドアを回す。

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ガチンッ!

――えっ?

鍵がかかってる。

何で?夜中とは言え、トイレくらいで施錠して閉じこもるほど心配性な人ではないはず。

腑に落ちないまま、事務所に引き返し、合鍵を取って再び式場へ。

――カチン。

開いた。

式場は暗い。

わざと電気を付けて、トイレに向かって声を掛ける。

―Sさん?いますか?

返事がない。

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―嘘だろ……。

内心、焦りながらトイレを見ると、全てのトイレのドアは開け放たれていた。

初めて、鳥肌が立った。

Sさんはどこへ行ってしまったんだ?

夜中に腹が減ってコンビニか?

それにしちゃ、遅いよな…

とりあえず、事務所に戻ろう。

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式場の施錠をして、事務所に戻る。

やはり、いない。

誰もいない。

こんな時にはやたらと静寂が耳に痛い。

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――待てよ。

静寂?

そう言えば、静かすぎる。

いつも五月蝿いくらいのトラックさえも今日は聞こえない。

外を見る。

街灯は点いているが、車も人も一才影さえない。

夜中とは言え、おかしい。

shake

心臓が早くなる。

ふと、事務所で飼ってる金魚の水槽に目が行く。

――いない……。

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決定的だ。

Sさんが、金魚が、トラックが何処かへ行ったのではない。

僕が、誰もいない所へ来てしまったのだ。

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オカルトサイトで見た、異世界へ通じているというエレベーターの話を思い出した。

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どこかに、帰れるヒントがあるハズだ…!

携帯を取る。彼女に電話をしてみよう。

au独特の呼び出し音がなる。

プップップ……

プー、プー、プー…

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話し中?こんな時間に!?

よく見ると、僕の携帯が圏外になってる。

圏外って!

事務所の固定電話を取る。

ええと、彼女の番号は、090………

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プー、プー、プー …

通じない。

最悪だ。

困った。

落ち着け、原因は何だ?

ええと、いきなり目が覚めて、それから…

いや、特に変わらない。寝る前までと。何より、事務所も式場も変わらなかった。

だとすると?

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事務所の外に出た。

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誰か、誰か、一人でも生きてる人間と出会えれば。

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式場に目的もなく入る。

―Sさ~ん…

――………

空しく声だけが響く。

ふと、安置室が気になった。

今、安置している人は誰もいない。

つまり、見るだけ無駄だし、誰かいたとしてもそれはご遺体…

話せるわけでもない。

でも。

僕はそっと安置室のドアを開ける。

無機質に冷蔵庫が佇んでいる。

適当に冷蔵庫のドアを開けた。

shake

――誰か、いる…

いつも通り、シーツにくるまり、でも確かに居ないハズのこの冷蔵庫に眠っている。

顔を見て誰か確認する気にはなれなかった。

隣のドアを開けた。

―やはり、いる…

死者だけは、ここにいるのか?

それってつまり、僕は…死んだのか?

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呆然としながら事務所の個室に戻る。

何かを考えるのが面倒になってきた。体がダルい。

なんだか、とても眠くなってしまって、目を閉じかけた。

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いきなり、子機と携帯が鳴り響いた!

しかも両方同時に!

両方のディスプレイを見ると、子機は番号通知なし、

携帯は彼女からだった。

仕事ならば、子機を優先するべきだろう。

しかし、僕は携帯に出た。

―もしもしっ!?

―で…わし…?

電波が悪い?

子機は鳴り続けている。

しかし、不気味なのは、親機の音が聞こえない事。

途切れ途切れの携帯からの声だけが、今の僕の希望の様に思えた。

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――――――――――――――

気付くと、僕は携帯を握り締めてベッドにいた。

外が明るい。

時計を見ると、朝の5時。

恐る恐る、事務所に向かう。

Sさんのベッド…

――いた。

紛れもなく、Sさんが高いびきをかいて眠っている。

安心した僕は、握り締めたまんまの携帯の着歴を見た。

彼女からの着信は…なかった。

夢だったかもしれない…

一人、ため息をついて、もう一眠りした。

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改めて起きて、身支度を整える。

Aさんが出勤してきた。

僕―おはよー

A―おはよう。寝不足?

僕―変な夢見ちゃってさ。

A―わかるー、嫌だよね。

言いながら、荷物を置きに個室に向かう。

暫くすると、笑いながらAさんが出てきた。

A―もー、子機置きっぱだったよ!

と、差し出された子機のディスプレイには、

何故か、

『着信1件』と出ていた。

昨夜は結局、病院からの電話は鳴らなかった。

着歴を調べるのは簡単だったが、番号通知がなかったらリアルに怖くなってしまうので、僕は何も見なかった事にして画面を消した。

季節は秋になる。

冬の更なる繁忙期の前に、僕は少しだけ不安になった。

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