長編8
  • 表示切替
  • 使い方

友人宅にて・・・②

「一緒に来るか?」

全ての始まりは、この一言からだった。

15年前・・・

季節はそう、ちょうど今時期だった。

不安定な秋空の合間を縫って夕暮れの炭鉱跡にいた。

何故って?!

「廃墟マニア」だから。

私は自他共に認める「廃墟マニア」なのだ。

廃墟は美しい。

早朝の朝もやの中に浮かぶ廃墟

夕暮れの西日が差し込み塵や埃が反射する光景

屋根が朽ち果てそこからチラチラと降り入る雪

などなど・・・廃墟を語り出すと止まらない。

私はそれらを「廃墟美」と呼ぶ。

ただ・・・

霊感があるだけで何故か「心霊マニア」と勘違いされがちなのだが・・・

そんなことはどうでも良い。

そう!

私は夕暮れの炭鉱跡にいた。

先客の旭ナンが1台・・・

私は躊躇するでもなく車を横付けした。

見ると運転席に男性が1人・・・

神妙な面持ちだ。

しかし目の前に広がる美しい光景に心が躍り私は気にせず廃墟に足を踏み出した。

5歩も歩かぬ内に先客が車から降りる音・・・

私は「何だよ~これからかよ・・・ウザいなぁ~」と内心つぶやく

間髪入れずに声が掛かった。

「ひ、一人で入るんですか?」

「ああ!俺はいつも単独行動なんだ」

「・・・・・・・」

「一緒に来るか?」

「ご一緒させて下さい」

これが大輔との出会いだった。

興味があって来たものの、炭鉱跡の圧倒的な存在感を目の当たりにして恐怖を感じて躊躇していたらしい。

廃墟内での出来事は割愛するが・・・

一通り見て廻り、すっかり日も暮れて真っ暗闇

私の懐中電灯だけを頼りに車まで戻ってきた2人・・・

大輔は緊張から解き放たれた脱力感なのか大きなため息と共にぐったりと座り込んだ。

私はそんな大輔を横目にタバコに火を点け何とも言いがたい余韻に浸る。

「旭ナンだけど旭川からか?」

「そうっす!」

「懐中電灯位持って来いよ・・・」

「すいませんっす!」

「飯でも食って帰るか」

「イイっすねぇ」

初対面の大輔は二歳年下で一見チンピラ風なのだが、どこか憎めない人懐っこさがあった。

栗山の食堂で飯を食いながら色んな話しをした。

勿論、廃墟の話しなのだが・・・

「この辺にはイイ所ありますか?」

「ああ!有名な廃ドライブインがあるわ!」

「マジっすか?」

「行くか?」

「ま、マジっすか?!」

飯を食ってから、廃ドライブインを探索し解散となった。

帰り際、「俺、BARやってるんで今度来て下さい。」と名刺を渡された。

「ごちそうさん!」と言ってそれを受け取った。

半月程が過ぎ・・・

会社の飲み会があった。

明日から連休に入る為か、偉い奴らのペースが速い。

派閥争いを繰り広げる馬鹿な上司の渦に巻き込まれるのは真っ平御免だ!

二次会をスルリとすり抜けタクシーを探した。

9月も半ばを過ぎると夜になれば息が白くなるほど寒かった。

思わずジャケットのポケットに手を突っ込む。

「?!」

ポケットの中から、折れ曲がってクシャクシャの名刺が出てきた。

行ってみるか。。。。

バブルの頃、良く遊んだ街だ。

大輔の店は簡単に見つかった。

「いらっしゃいませー!」ガランとした店内に調子のイイ声が響く。

「久しぶりー」

「あー!その節はお世話になりました。」

どうやら忘れてはいない様だ。

「何飲みます?」

「バーボン!ショットで」

大輔はフォアローゼスの封を切って私の前に置いた。

「チャージだけ下さい。ボトルはこの間のお礼です。」

ショットグラスとチェイサーを準備しながら大輔が言った。

中々、義理堅い奴だ。

「こういう商売してると話のネタが欲しくて色んなことに興味持っちゃうんすよ~」

「そうだろうね。廃墟探索もその一つかい?」

「そうっす!」

「色々危険だから1人で行かない方がイイぞ!」

「単独行動のandy兄さんには言われたくないっす!」と言って大輔は笑った。

「そう言えばネタにと思って引っ越したんすよ!」

「どこぞのペントハウスか?」

「違いますよー」

「実は不動産屋に友達がいて・・・事故物件ってヤツなんですよー」

「臆病者なんだから、よせばイイのに」

「引っ越して3日目なんすけど築3年2DKバストイレ付で1年間は1万円っすよ!!安くないっすか?!」

「間違い無く安いわな・・・」

「でもやっぱり居るんすね!幽霊って」

「見ちゃったか?」

「まだ見てないんすけど、初日から金縛りは続くし赤ちゃんの泣き声や、何言ってるのか聞き取れないんすけど女の怒鳴ってる声が聞こえるんすよー、あとは物が良く落ちるんっす」

「・・・それは警告だな」

「何とかならないっすか?」

「とりあえず盛り塩だな!店〆たら視てやるわ」

「マジっすか?!ありがとうございます。じゃあ今日はもう〆ますわ」

「そっか、そんじゃターキー1本入れて帰るわ」

義理には義理で返すのが私の主義なのだ。

店から徒歩10分足らずの所に大輔の賃貸マンションはあった。

流石に築3年は伊達じゃない!

相場で言えば5万近い家賃の筈だ。

大輔の部屋の前まで来た。

かなりヤバイ感じがするが決してアルコールが回った為ではない。

頭の中がドロドロする感じ・・・

大輔本人は何も感じないのか?「ココなんすけどね~」と言いながらロックを解除しドアを開いた。

「もあ~」とした黒っぽい空気が部屋から溢れ出す。

私はあまりの邪悪さに一瞬たじろいだ。

部屋の中から「どーぞ」と大輔の声が聞こえる。

気を取り直し玄関の中へ入る。

「あら塩でイイんすよね」と言って塩を盛り流し台の上に置いている。

次の瞬間!

盛り塩は皿ごと床に落ち床は塩でまみれた。

「ほら、こんな感じで良く物が落ちるんすよ」

・・・落ちているのではない!

女が払い落としているのだ!

大輔には本当に見えないのだろうか?

お前のすぐ目の前!距離にして15センチ程の所に赤ちゃんを抱いた女が立っているではないか!

それも大輔の動きに合わせピッタリくっついている。

私は不覚にも玄関から先に入ることが出来ない。

仕方なく大輔を連れて外に出た。

部屋から出ると女は憑いて来なかった。

「どうしたんすか?」

「大輔・・・ココはやめた方がイイ」

「そんなにヤバイんすか?」

「かなりヤバイ・・・」

「でもなぁ~友達に頼まれちゃったし・・・」

「このまま住み続けたら・・・お前死ぬかもしれんぞ」

「お、脅かさないで下さいよ~じゃあ幽霊の姿でも見たら出ますよ」

「・・・まあイイ」「とにかく朝一番で御不動様の清塩を持ってくるから鍵は掛けずに寝ろよ!」

「わ、判りました」

私は急いでタクシーを拾い家に帰った。

車内でも女の顔が脳裏に焼きついて離れてくれない。

頬が落ち、ねずみ色がかった青白い顔・・・

ギロっと見開き怨念に満ちた目・・・

そして生身の人間と見間違える程の鮮明な存在感は、その念の強さの証・・・

あれは既に悪霊の親玉レベルだった。

多分、誰がやってもあの部屋から追い出すことは出来ないだろう。

完全にあの部屋に取り憑いてしまった地縛霊・・・

久々に「怖い!」と思った。

早朝6時半・・・

お神酒を垂らした風呂に浸かり清塩を一舐めした。

普段は身に着けない御不動様の水晶、数珠、清塩を持ち大輔の部屋に向かった。

部屋の前に立つ・・・

やはり空気が重く邪悪な感じで、普段の自分なら絶対に近付かない場所だ。

しかし・・・

ひょんな所で知り合った数少ない同じ趣味を持った友人を何とか助けてあげたかった。

ドアノブに手を掛けた。

約束通り部屋の鍵は開いていた。

無意味なのは判っているが「そ~っと」ドアを開けてしまうのは自分自身がビビッている証拠だろう。

ドアの隙間から黒く重たい空気が漏れ出てくる。

意を決して玄関に入った。

カーテン越しに朝の光が差し込み部屋の中は意外にも薄明るい。

私は無言で部屋の中へと入っていった。

茶の間の至る所に塩が散乱している。

おそらく昨晩は何度かチャレンジしてみたのだろう。

半分開いた襖の向こうに大輔が寝ている。

いや・・・

正確には金縛りの真っ最中だ!

例の女が大輔の上に馬乗りになり首を締め上げている。

本物の人間が絞殺しているかの様なリアルな光景・・・

「幽霊は幽霊らしく透けてりゃいいんだよ!!」

私は訳の判らない言葉を叫びながら女に向かって清塩を一握り!

一瞬たじろぐが、そのねずみ色がかった青白い顔をこちらに向け「ニヤリ」と笑い大輔から離れた。

次は私か?!と考えると恐怖で足が震える。

その時、大輔の金縛りが解け「ぎゃ~~~~!」と叫び声を上げベッドから飛び起きて来た。

「女が見えるだろ!」

「みみみ見える!」

「逃げるぞ!!」

腰が抜けて思う様に動くことの出来ない大輔を引きずって玄関の外に出た。

早朝からの異様な騒音で隣近所の住人が文句あり気にドアの前に立っていた。

これで追ってこない筈だった・・・

閉まりかけたドアが物凄い勢いで開き女がゆっくり出てきた!

隣近所の住人は皆、悲鳴を上げて逃げていく。

これだけの強い怨念だ!誰の目にも見えた筈である。

「コドモヲカエセ・・・」女は口も開かずこう言った。

見れば大輔にベッタリと憑いている!

私は慌てて大輔の背中に十字を切り赤ちゃんを放してやった。

女は一瞬、穏やかな顔になったがすぐに目を大きく見開きこちらを睨んだ。

しかし・・・

その目からは涙を流している。

ドアがゆっくりと閉まっていく。

そして「パタン」と閉まった。

静寂が流れる。

私はドアの両端に塩を盛った。

手を合わせた。

「?!!!!」

塩が・・・

清塩が・・・

真っ赤な炎が上がった。

純白の清塩は一瞬で黒焦げになってしまった。

「オトコハミンナユルサナイ・・・ゼッタイニユルサナイ」

静かに、ゆっくり、でもはっきりと聞こえた女の声・・・

全身鳥肌が立った。

散々な目に遭ったのだ!

パジャマ姿の大輔を連れて、すぐに不動産屋に怒鳴り込んだ!

真相はこうだ

マンションが建ち半年位の時にある事件が起きたそうだ。

若い夫婦が臨月で越してきたのだが奥さんが妊娠中に旦那が浮気をしていた。

無事に子供が生まれた時には、旦那は家にも戻らず浮気相手の家に入り浸っていた。

駆け落ち同然で一緒になった2人だったので奥さんは誰にも頼れず1人で悩み苦しんでいたのだが旦那が一銭もお金を入れなくなった為にとうとう電気もガスも止められ食べることさえ出来なくなってしまった。

最終的には餓死することになるのだが奥さんの傍らには赤ちゃんの屍と恨みの言葉が綴られたチラシの裏紙が発見されたそうだ。

遺体の第一発見者は不動産屋である大輔の友達なのだが・・・

その紙の最後は「男はみんな許さない」「絶対に許さない」という言葉で締めくくられていたそうだ。

あれから15年・・・

今でもそのマンションは実在する。

しかし・・・

そこに住む者は無く駐車場には草木が生い茂り管理する者もいない・・・

事実上の廃墟ではあるが・・・

廃墟マニアの私でも足の向かない唯一の廃墟なのである。

私は心霊マニアではない・・・

私は廃墟マニアなのだ・・・

Concrete
コメント怖い
6
19
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ

【山口敏太郎2013年9月怖話アワード動画書評より】

廃墟マニアの方が、非常に霊感強くて心霊現用に巻き込まれるという話なんです。廃墟マニアの方、私の友人にもいるんですけども、よく心霊マニアと間違われて非常に心外だということがよくあるそうですね。
中で非常に面白かったのがですね、「幽霊は幽霊らしく透明でいろ」というセリフが僕は非常に面白かったですね。さらにですね、人柄が出てますね。書かれた方の優しい人柄が出ていて、ついつい色んなことに巻き込まれてしまうというところが、ちょっとコミカルな感じもあって面白い感じがします。なんかね、非常にこの「友人を助けてあげたい」という気持ちが伝わってきてですね、いいんじゃないでしょうかね。

他の作品の書評はこちら 
http://blog.kowabana.jp/126

返信

これは怖いです。展開も描写も良く出来ています。
コメント返しの件は良いことだと思います。
ここの所、節操の無い投稿やコメントの連投がトップページを占領していますから・・・

返信

廃ドライブイン....直ぐに思い当たる場所だから近過ぎて恐い...

返信

北の大地に住む私には廃墟やドライブイン等は有名かつ直ぐに思いあたん

返信

このシリーズ毎回楽しみですよ♪
展開も描写も素晴らしいですね。

返信

クオリティ高いです。
次作も楽しみにしています。

返信