私が20代の頃、行き付けのバイク屋で知り合い仲良くなった友人が3人いる。
カブで郵便配達をしている根っからのバイク好き「Y」
バイクに乗ってりゃモテるだろ系さらさらヘアの「H」
そしていつもその中心にいる女の子「M」
3人は私と年齢が一緒で仕事帰りにバイク屋に寄ると、かなりの確立で遭遇するので必然的に友人と呼べる仲になった。
皆、仲は良かったがツーリングの計画や集合場所もバイク屋だったので、どこに住んでいるのかまでは知らなかった。
ある日・・・
仕事が終わり今日もバイク屋に寄って帰ろうかと考えながらロッカールームで着替えていると同僚が声を掛けてきた。
普段は殆ど話したことの無い2年後輩の「K」だった。
「andy兄さんって霊感あるんですよね・・・・・」
「えっ?」
「これからウチに来て貰えませんか?」
「えっ??」
前置きが前置きだっただけに気乗りはしなかったが思い詰めた様子がひしひしと伝わって来るので行ってみることにした。
Kの家に着きご両親に当たり前の挨拶をして彼の部屋に入ったが、ここまでは何の問題も無い様だ。
Kの部屋は何の変哲も無い普通の6畳間が2つ繋がった部屋だった。
元々、襖で仕切られていたのだが、お姉さんが結婚するらしく彼氏の所へ引っ越したので勝手に襖を外し広く使えるようにしたらしい。
「どんなことが起きるの?」あまり口を開かないKに聞いてみた。
夜中にラジカセが鳴り出す
金縛りに遭う
鎧を着けた男が出る
とのことだ。
「襖を外したその晩からそういう現象が始まったので風水的なことが原因でしょうか?」などとKは言うのだが「鎧を着けた男」が妙に引っかかる。
そもそもこの辺りでは鎧を着ける様な文化が存在しないからである。
何も感じないまま時間だけが過ぎてしまい、とりあえず帰って考えようと思っていると外でバイクの音がした。
「あっ!姉貴だ!」Kがいう。
階下でお母さんと話しているらしく女性の声が聞こえる。
それも聞き覚えのある声?!
不意にKの部屋のドアが開き2人共「びくっ!」となった。
「andy兄のバイクあったからすぐ判ったよ~」・・・・・姉さんはMだった。
少しの間、3人で喋っていたが時間も遅くなってきたので帰ることにした。
一足先に部屋を出た私は心臓が止まるかと言う位ビックリした。
部屋の外にHがいたからだ。
「なんだ~いるなら入ればいいのに」と言ったがHは少し怒った様に無表情な顔で黙っていた。
知らなかったとは言えHを無視して3人で盛り上がっていたのが余程面白くないのだろうと思い気まずかったので逃げる様に家を出てバイクを走らせた。
「世の中って本当に狭い」ことを実感しながら家路についた。
翌日
会社でKに会った。
やはり昨晩も金縛りと鎧の男が出現したらしい。
「明日は公休だし今晩泊まりに行くわ」と彼の肩をポンと叩いた。
仕事が終わり家に帰り、お神酒を垂らした風呂で体を清めた。
簡単な身支度を整えKの家に着くと姉さんのMが来ていた。
昨晩Hを見たので「まさか付き合ってるなんて知らんかったわ」と話しかけた。
「黙ってるつもりじゃなかったんだけど・・・・言いそびれちゃって」とM
「まあイイよ!式には呼んでよ!」と社交辞令的な会話を交わしKの部屋に向かった。
部屋に入っても相変わらず特別悪い霊波動は感じない。
とりあえず夜中まで時間を潰さなくては・・・・
途中、Mが帰ると言ってドアからチョコンと顔を出した。
「おう!またな!」と振り向くとドアの隙間にHが見えたので会釈をしたがドアはそのままパタンと閉まり階段を下りる音がした。
どの位、時間が経っただろう。。。。
Kの部屋にあった「よろしくメカドック」を全巻読んでしまった。
気が付くと彼はベッドの上で寝息を立てている。
階下からのテレビの音もいつの間にか聞こえない。
どうやらこの家の住人は全員寝静まった様だ。
不意に「ピキっ!」と家が軋んだ。
そしてラジカセの再生ボタンが勝手に「ガチャ!」と下がり・・・・
夜中なので遠慮がちなのか?小さな音でレベッカが流れ出し何だか可笑しくて笑ってしまった。
ふとKを見ると既に金縛りの真っ最中で目だけ私を見ているのだが体は動かない様だ。
「!!?」元姉さんの部屋から何かが来る。
Kは度重なる恐怖でもう目も開けていられない。
自由に動くことの出来る私は正座し数珠を持って身構えた。
Kの言っていた鎧を着けた男が音も無く「すぅ~」と近付いてきた。
しかし・・・・
何故か悪い波長が一切無い。
私は「祓う」呪文から「鎮める」呪文に切り替えてみた。
鎧の男は私の前に立ち静かに口を開くと「良くないことが起きている」とだけ告げて薄くなり消えた。
Kは金縛りこそ解けた様だが息は荒く放心状態・・・・
相変わらず小さな音でレベッカのBGMは流れていた。
暫くしてKが口を開いた「どうでした・・・・・」
「もう来ないから心配いらないよ」とだけ告げた。
Kにはその言葉だけで十分だったらしい。
5分後には寝息を立てていたから。
問題は私の方だ。
鎧の男が姿を現した時に守護霊なのは判った。
しかしKのソレではない。
おそらくKの姉さんMの守護霊だ。
「良くないこと」って何なんだ?
「既に起きている」って言ってたな。。。。
守護霊がわざわざ伝えようとしているのだから相当マズイ問題なのだろう。
考えられるのは「結婚」しかないよなぁ~とは思うのだが何がマズイのか?
相手がHではいけないのだろうか?
ならば私はHとMを別れさせなければいけないのか???
守護霊はいつもこうだ!
せっかく出たのに大雑把な表現で消えてしまう。
「○○が○○なので○○せよ!」とか具体的に言ってくれよ!
その後も色々考えては見るのだが答えは一向に出なかった。
結局、朝まで一睡も出来なかったがKの母さんに朝飯をご馳走になり眠たい目を擦りながらバイクに跨った。
帰宅途中のセコマにHのバイクを発見!!!
タバコも切れたし立ち寄った。
駐車していると丁度Hが出てきた。
???
何故に坊主頭???
昨日見た時はさらさらヘアだったのに・・・・・???
そんな私のキョトンとした顔に気付いたのかHはテレながらこう言った。
「実はさぁ、俺Mのことが好きだったんだけどフラれちゃってさぁ、今までみたいに会ってたら忘れられないって思って自衛隊に入隊することにしたんだ。」
「落ち着いたら連絡すっから!あと、中途だけどレンジャー目指すから!」と言い残して恥ずかしそうに走り去ってしまった。
何と??!!
「昨晩は2人にもそんな大変な出来事があったのか!!」とも思ったが私が別れさせなくても良くなったので内心ホっとした。
数日が経ち
すっかり明るくなったKが声を掛けてきた。
母さんと姉さんにあの晩の出来事を話すと「andy兄さんにそんな迷惑を掛けたんだったら姉ちゃんの旦那も友達だって言うし今晩のBBQに来てもらったら」と母さんが言ったらしい。
一食分浮くので、私は快く了解した。
でも・・・・
後で考えると「姉ちゃんの旦那」って??
別れてないの???
何だか判らない不安が込み上げてくる。
同時に「良くないことが起きている」という言葉が頭の中で木魂した。
とにかく今晩行こう。
行けばはっきりする筈だ。
残業で30分ばかり遅れてKの家に着いた。
裏庭の方からランタンの光が洩れ賑やかな笑い声と美味しそうな肉の焼ける臭いがしてくる。
薄暗い隣との境をすり抜け裏庭に出た。
「遅くなってすみません」「遠慮もしないでお邪魔させて頂きます」と軽く会釈をして顔をあげた瞬間に固まってしまった。
Mの隣に郵便局員のYがいたからだ。
Yが恥ずかしそうに「内緒にしてたんだけどバレてたみたいで・・・」と頭を掻きながら言った。
いや、私はてっきりHと結婚するものだと・・・・
つうかHも何度か見てるし・・・・・
一瞬、訳が判らなくなったが、すぐに全ての答えが出た。
Yの隣に物凄い形相でYを睨む さらさらヘアのHが立っていたから・・・・
鎧の男は私にこのことを伝えたかったのだ。
YとMにHの生霊が憑いてしまっていたことを・・・・
ご両親に心配を掛けてはいけないと思いBBQが終わってからYとMをKの部屋に呼んだ。
新婦の両親が階下にいるのに、あまり長い時間は話が出来ないので手短に話した。
鎧の男はMの守護霊であること
鎧の男が私に「良くないことが起きている」と言ったこと
その言葉の意味がさっき判ったこと
私では手に負えないので早急に御祓いを受ける必要があること
正直言って生霊は私の専門外で完全に祓うのは非常に難しいのだ。
次の日・・・
私とYとMは急遽休みを取り、私の師匠でもある御不動様へ行った。
突然の訪問ではあったが私たちを見るなり「すぐにお堂に入りなさい」と言って全てを悟ってくれた。
除霊に入る前、師匠が聞いた「いつも通りでいいのか?」
私は「はい」と答えた。
「いつも通り」とは憑いたモノを出し私に憑ける儀式のことだ。
生霊を憑けるのは初めてだったが2人の幸せの為にやるしかないと考えていたしBBQをご馳走になった恩も返したい。
通常の倍、約3時間を掛け除霊の儀式が終わった。
途中、2人にもHの姿や呻き声が聞こえたらしく、気がおかしくなるくらい怖かったと言っていた。
生霊を完全に成仏(消滅)させる方法はたったひとつしかない。
無意識の内に出してしまった本人に返してあげることだけなのだ
そうでなければ帰る場所も無く永遠に彷徨い続ける
今回のケースは誰から出た生霊なのかが判っているので比較的スムーズに事が運んだが、殆どの場合どこの誰から出てしまった霊なのかを特定することは難しく特定出来なければ完全に成仏させることは無理なのである。
それから2ヶ月が過ぎYとMの結婚式が終わった。
程なくしてHからも連絡が入り会う事になった。
Hの顔や腕は日に焼けて真っ黒だった。
これで日本は安泰だと安心出来るほど逞しくなっていた。
そんなことより2ヶ月以上生霊を憑けたままだったので早く返してあげたい。
私は酔い潰れたHの肩にそっと手を置いた。
作者andy兄