俺 の通っている学校には、昔から語られる伝説や怪談が数多く存在する。
その中で、今は使用されていない女子更衣室にまつわる奇妙な話がある。
使用されていない理由は行方不明事件がいつくもおこったことが原因だった。
奇妙な話とは、この更衣室には大きな鏡があり、1時44分に鏡の前で手を合わせとある呪文を唱えると願いが叶うという胡散臭い噂である。
当然のようにこれを実行する馬鹿があらわれる。
そして、こんな胡散臭い噂が流れて一年の間に12名の行方不明者が出るのだから洒落にならない。
その12名に共通するのが、この怪しいおまじないをやったらしいということだ。
らしいというのはたしかめようがないためだ。
そのうち9名がおまじないをやることを周囲にいっていたようだ。
これは全員だが、鏡の前で本人たちの靴が
毎回発見されたらしい。
決定的な証拠はないが学生がこの鏡が曰く付きなものであると断定するには充分だった。
この鏡は人間をあの世に連れていく。
そんな噂が流れた。
そのため、怖くて更衣室に近寄れない生徒が多数あらわれて問題になった。
学校としても噂は胡散臭いものだが、対応しない訳にはいかない。
それが、この部屋の使用禁止である。
さて、何故こんな話をしたかと言えば今から実行するからだ。
我ながら馬鹿な人間である。
こんな馬鹿馬鹿しいものに頼るほど状況が切迫しているのだ。
ご理解いただきたい。
時刻は1時40分をたった今過ぎたところだ。
遠く虫の音が聞こえる。
時計の針が進むたびに心臓の鼓動が早くなる。
五秒前。
4、3、2、1そしてその時が訪れる。
「狂い汚れし魂は闇に葬りましょう。人を食らった者は八つ裂きにして闇に葬りましょう」
呪文を唱える。
緊張のあまりたまっていたつばを飲み込んだ。
しかし、なにも起きない。
所詮学校の怪談話だ。
そう、自分に言い聞かせ諦めて帰ろうとした。
その瞬間だった。
突如頭部に殴られたような痛みがはしり、その場に崩れ落ちた。
薄れていく意識の中かすかに子どもの笑い声を聞いた気がした。
気がついた時には頭部に感じた痛みはなくなっていた。
なにがおきたのか。
慌てて辺りを見回しあることに気がついた。
時刻が1時44分を指したまま止まっていた。
おかしい。
時刻が全く進んでいない。
更に俺を驚かせたのは、本来あるべきものがないのだ。
例の鏡だ。
頭がおかしくなってしまったのではないかと自身の正気を疑った。
頭がぐらぐらしてまともに思考できない。
とりあえず校内を回ってみるかと、部屋を出ることにした。
校内は異常なほどの静寂に包まれている。
先程まであった虫の音ひとつしない。
トイレまできて決定的な異常に気づいた。
トイレの貼り紙に書かれている使用禁止の文字が鏡うつしになっていたのだ。
俺は昨日この貼り紙を確認しているから印刷ミスではないのは間違いない。
俺は自分の過ちを後悔した。
早くこの場から逃げないと取り返しのつかないことになると直観が告げていた。
俺は決意し足を一歩踏み出そうとした瞬間足首を冷たい何かが触れた。
周囲からは先程まで感じなかった、生ゴミと鉄を混ぜたような悪臭がたちこめ、鼻がやられそうになる。
俺は無我夢中で走り出した。
階段を一段とばしで一気におりる。
心臓の鼓動がうるさい。
二階にさしかかった所でとまった。
いや、正確には止まるしかなかったと言った方が正しい。
下から足音が聞こえてくる。
階段を上がってきてるようだ。
体が硬直した。
足音が徐々に近づいてくる。
足音は気味悪いくらい規則的。
人を酷く不安にさせる奇妙な音だ。
聞いているだけで発狂しそうになる。
だが、突如なんの前触れもなく、足音が止まった。
俺は一気に脱力した。
よく言われることだが、こういった時は一瞬の気の緩みが一番危険なのだ。
すると狙っていたかのように、頭上からなにか落ちてきた。
瞬間からだ中の血がひいた。
それは、腐敗しながらも原形をとどめた人間の腕だった。
見てはいけないのはわかる。
だが、確認しない訳にはいかない。
おそるおそる上を見上げた。
「ぎゃあああああ」
叫びが校内中に響き渡った。
それは、昔よく遊んでいた壊れたブリキの玩具を溶かしてぐちゃぐちゃにしたようなものがそこにいた。
目は潰され片腕がない。
肉片が床に落ちてくる。
だが、信じられないことだがそれは体格から推測するに子供であることは間違いない。
しかも、体が針金のように細い。
その壊れたブリキの玩具はこちらを見つめている。
「ふはははは」
場違いな笑みが漏れる。
壊れたブリキの玩具がゆっくり剥がれ落ちてきた。
近くで見ると余計小さく見える。
近づいてくる。
近づけば近づく程強烈な悪臭で鼻が狂いそうになる
逃げようにも体が動かない。
壊れたブリキの玩具が腐敗した肉片を落としながらゆっくりこちらに向かってくる。
まるで昔見た三流ホラー映画のようだ。
頭が上手く回らない。
まともな考えが浮かばない。
壊れたブリキの玩具が目の前まできて、俺の首を締め上げてくる。
腐敗した指はゴミでも擦り付けるように気味悪い感触だった。
だが、それ以上に驚愕するのは見た目に似合わない程力が強いことだ。
指が首を圧迫するたびに奇妙にねじまがる。
徐々に呼吸が苦しくなり、必死に空気を求めてもがくが当然のようにまともに呼吸を
できる筈もなく、足掻けば足掻く程意識がとおのいた。
もう死んでしまったほうが楽なんじゃないかという内の声が聞こえてくる。
苦しむだけだ。
だが、そんな考えを遮るように別の声がする。
「それが君の答え?」
どこまでも冷たい声だ。
馴染み深い声だ。
笑いがこみあげてくる。
死ぬのが答えだと?
笑わせるなよと声に向かって心の中で叫ぶ。
俺にはやらなければならないことがある。
こんなところで死ねないんだ。
「そう、わかったわ」
その瞬間壊れたブリキの玩具の動きが止まる。
「鬼神様、鬼神様どうかお引き取りください」
声が響き渡る。
「それはあなた様が求めるものではございません。お引き取りください」
気がついた時にはもとの更衣室の鏡の前に立っていた。
「間に合ったようね」
冷たい声がした。
俺は後ろを振り向いた。
そこには、巫女装束に身を包み手入れのいきとどいた黒髪をなびかせた女性が立っていた。
暗条光先輩、この学校の生徒会長である。
「君には話しておいたほうがよさそうね。鬼子伝説について」
鬼子?さっきの壊れたブリキの玩具のことだろうかとおもわず身構えた。
「鬼子とは人間が様々な要因によって化け物に転生したもと人間のこと」
先輩は感情の読み取れない表情と声で語る。
「人間が化け物に変わる話は世界中に存在している。そして、ここ臥薪町に伝わる伝説のひとつが鬼子伝説よ」
うまれて十数年全く聞いた覚えがない。
するとこちらの思考を読んだように恐ろしいことを口にした。
「当然よ。知られないように隠蔽してきたんだから」
隠蔽してきた?誰がなんのためにそんなことをしてきたと言うのだ。
「私達の一族が君たちのような力のない人間に害が及ばないようにするために決まっているでしょう」
先輩は話を進める。
「話は一旦広まると簡単に消えない。普通の害のない話ならいい」
でもねと先輩が口調を改める。
淡々とした口調から何かを楽しむような不気味な調子に変わる。
「鬼子伝説をはじめ数は少ないけど確かに存在する。人間に害を与える物語」
まてよ。
そんなことを俺に教えていいのか。
「いいのよ。君は他人に話さない。絶対に」
「さて、話しましょうか?ある少年の悲しい話を」
俺はため息をつく。
面倒な話になりそうだ。
「昔々あるところに一人の男の子がいました。男の子は大変貧しい家柄の子供なので異常なほど痩せ細っていたそうです」
淡々と語られる。
「絶えず周りの人間にご飯を求めるようになり、あげくのはてにはゴミをあさりはじめる始末。そのため周囲の人間からはたいそう嫌われていたそうです」
先輩の抑揚のない声が物語を構築する。
「そんなある日事件がおきました。大地主の家に盗みをはたらくものがあらわれました」
先輩は心底あわれむように話が見えてきたでしょうと言った。
「当然疑われたのは村一番の嫌われ者である例の男の子でした」
話がいちいち回りくどくて構わない。
いい結末にはなりはしないんだからと心の中で呟いた。
「彼は捕らえられ厳しい訊問と拷問にさらされました。両親と男の子は無実を主張しましたが聞き入れてもらえませんでした」
固唾を飲んで物語に聞き入る。
手を強く握っていたため手の汗が大量に噴き出していた。
「男の子は日に日に衰弱していき、誰もいない壁に向かって怯えたり、怒鳴り声をあげたりとまともな状態ではなくなっていたそうです」
静寂が訪れる。
見ると先輩は呼吸を乱していて苦しんでいた。
俺は心配して近寄ろうとすると
「きては駄目」
と悲痛な叫び声をあげる。
先輩は呼吸を整え話を再開させる。
「男の子は死んだ。両目を潰され片腕をもぎ取られた状態で死にました」
俺は壊れたブリキの玩具をおもい浮かべる。
気を緩めるとまたあの悪臭が漂ってきそうで思わず鼻をふさぐ。
「両親には男の子が死んだことだけ告げました。両親は死体を返してほしいと懇願しましたが聞き入れてもらえませんでした」
酷い話でしょうと全く感情がこもっていない声で呟いた。
「両親は絶望し心中しました」
吐き気がする。
聞くにたえない話だ。
「でもね。まだこの話は続きがあるのよ」
は?
もう充分だろう。
これ以上なんの話があるというのだ。
「全て陰謀だったのよ」
絶句した。
何を言っているのだ。
「盗人が入ったというのは嘘。全ては目障りな人間たちを排除するための」
俺は目の前の椅子を怒りのあまり激しく蹴った。
狂っている。
これが鬼子伝説。
「男の子と両親の死体は晒され毎日のように石を投げつけられたそうよ」
「それにより誕生したのが君を襲った化け物」
突如疑問がうまれる。
でもどうしてあの化け物は鏡の中にいたんだろう。
「この鏡は狂魂鏡といい強い化け物を封じるためのもので学校に設置しているのは風水的に一番適しているからよ」
機械のように淡々とした口調がむしょうに腹がたった。
どうしてそんな内容を話すのに淡々としていられるのか理解に苦しんだ。
「私は狂魂鏡に異常がしょうじたのを察知しかけつけた」
そうだ。
彼女の態度は気に入らないが紛れもなく彼女が俺を助けてくれた事実はかわらない。
「君は完全に助かった訳ではないわ」
面食らった。
一体どういうことだ。
「鏡を御覧なさい」
言われるままに鏡をのぞきこんだ。
俺の首にはあざが出来ている。
「それは君にかけられた呪い。君は生きている限り束縛され苦しみ続けることになる」
自分のあざを眺める。
一生束縛される。
それがどれほど恐ろしいのかはわからない。
「一生苦しみなさい。それが軽々しく異界に触れたものの義務よ」
そして、先輩は俺に背を向け部屋を出ていった。
先輩が出ていく時でも生きてて良かったと小さい呟きが聞こえた気がした。
作者月夢改
別アカウントで投稿した作品を加筆修正したものです。
前は中途半端になってしまったので今度こそきちんと完結させたいと思っています。
お時間ある方は読んでください。
コメントいただけると嬉しいです。
つまらないとかでも構いません。