十九歳になった夏。
中古の軽ではあるが、念願の車を購入し、僕は仕事と遊びの両立に忙しい日々を過ごしていた。
これは、そんな日々の中で起きた話。
八月の初め、珍しく土曜に仕事(不定休)が休みだったその日は、昼過ぎから中学時代の友人RとN(女。恋愛感情なし)、そして、高校の先輩T(男)と遊ぶ予定を立てていた。バタバタと身支度を整えていると、乱暴に玄関が開いた。
「ただーいまー」
姉貴だ。
気だるげな声と、大荷物を玄関に放り投げる重い音。そして、甥っ子達のはしゃぐ声。
職業柄、夏場忙しい義兄は、早朝から出勤し、帰りは夜中。休日出勤も増える。そこで、父親に会えない子供たちの寂しさを紛らわせようと、近くに住む姉貴は毎週末、実家であるここへ帰ってくるのだ。
「お帰り~」
「おー、圭(ケイ)。お前が土曜休みなんて珍しいな。デート?」
ニヤリと八重歯を見せて笑う、サバサバした性格で口が悪い姉、愛由(アユ)。
二十四歳で四歳とニ歳の子持ち。
そして、俗にいう"見える"人。
子供の頃から姉貴に関する恐怖体験話は多々あるが、ここでは省略する。機会があれば、また紹介しよう。
「彼女いないってば。これからRとNとTで遊ぶんだよ」
「なんだよ、つまんねー。Rちゃんと付き合えよー。いつも遊ぶだけで、Rちゃんも欲求不満じゃねーの?」
「ありえねー。Rはない」
「このまま彼女なしだと魔法使いになっちまうぞ」
「むしろ、なってみたいよ」
くだらない話をしながら姉貴の荷物をリビングに運び入れると、四歳の甥、陸が僕を見て動きを止めた。
「けいちゃん、どこ行くの?」
「お友達と遊びに行ってくる。陸は、じーじ達と遊んでなね」
「……今日は行っちゃダメ」
「なんで?」
「わかんない。わかんないけど、行っちゃダメ」
いつになく真剣な陸の瞳に、ぞわりと肌が粟立った。
焦げ茶色の瞳の奥には、決して僕が触れられない領域が潜んでいる気がしてならない。
そう。この瞳は、姉貴と同じ…。
「おい圭。これ持ってけ」
陸の瞳に吸い込まれるようにして固まっていると、姉貴に肩を殴られた。予想外に強かったその痛みに、僕はハッとし、現実に引き戻された。
「ほら」と差し出されているのは、姉貴が肌身離さず持ち歩いている木札。姉貴が二人の息子達の安全と健康を祈願して大層立派な木の木片で特注した御守りだと、母から聞いた。
「首から下げてな。服の下に入れときゃ見えない。陸の目、見ただろ?この子は"私"の息子だぞ。何もなければそれでいい」
「え…怖いじゃん。何か起こるの?ってか、ちび達の健康祈願が効くの?」
矢継ぎ早に問いかけるが
「効く効かないじゃないし、陸の予知が当たるかどうかなんて知らん。でも、それがあれば目印になる。持ってけ」
あっさりと返され、それ以上の言葉が出ない。
「…何それ…怖いけど…ありがとう。借りてく」
姉貴の言いたいことはよくわからなかったが、約束の時間が迫っていた僕は、姉貴に礼をするのもそこそこに家を出た。
―――待ち合わせ場所には、既に三人が揃っていた。
決して美人ではないが、場を明るくしてくれるR。
見た目こそ綺麗系だが、非常識でわがままなお姫様のN。
イケメンなのに、バカで中身は残念なT。
わが友人ながら、すごい面子だと思う。
「圭ちゃん、遅い」
腕を組み、あからさまに不機嫌なN。
綺麗な顔も、怒りで歪むとここまで不細工かと思ってしまう。
「Nちゃんの言う通り!圭!俺、お怒りモードだぞ!」
黙っていればいいのに、TのバカはNのご機嫌取りに必死だ。ここまでくると、哀れみすら感じる。
「ごめん。今日一日、ちゃんと運転するからさ」
「じゃあ、お腹すいた」
「よし、圭ちゃん。近くのファミレス行こうか」
Nの怒りのオーラを打ち消すようなRの笑顔に促され、近くのファミレスへ移動し、その後はカラオケやドライブなどであっという間に時間は過ぎ、気が付けば日が暮れていた。
―――照りつける日がない分、幾分か過ごしやすいが、蒸されるような暑さは夜になっても変わらず、田舎だから行く宛もない僕達は、初めの集合場所に戻ってきていた。
「行くところもないし、今日はお開きにする?」
「えー、まだ遊びたい」
「N。圭ちゃんの話を聞きなよ。行くとこないじゃん」
「あるよー!」
「えー?どこ?」
渋るNをRがたしなめていたのに、バカは両手を広げてNにアピールしている。本当に、残念すぎる。
どこに行くと言うんだ?自宅か?連れ込む気か?
だが、Tの口から発せられた場所は、僕の斜め上…いや、下を行った。
「◆▲トンネルでーす」
その名前に、僕はTの正気を疑った。
◆▲トンネルとは、この地域では有名なスポットの一つで、姉貴に「絶対に近づくな」と念を押されている。
「ふざけんなよ。僕は行かねーぞ」
「あら?圭、怖いの?」
「怖い、怖くないの問題じゃない。ヤバイ、ヤバくないって言ったら、◆▲トンネルはヤバイんだよ。行くならTだけ行ってくれ。僕は行かない」
「なんだよー、圭のビビり!童貞!」
「何とでも言え!」
睨み合う僕とTをオロオロと見ているRと、つまらなそうにケータイを弄るN。…止めてくれてもいいじゃん。
「圭!先輩命令だ!◆▲トンネルへ行け!」
「今更先輩面すんな!行きたきゃ一人で行け!」
「……私行きたーい」
「は?」
突如割り込んできたのは、N。
毛先を指で遊びながら、Nは不敵に笑っている。
「暇だし。圭ちゃんヤバイって言うけど、行ったことあんの?」
「ない…けど」
「じゃあ、ヤバイとかわかんないじゃん」
僕は困惑したNは現実主義で、自分の見たものしか信じない。だから、姉貴の見える力の事は話したことがないし、今ここで姉貴の話をしたとしても正に、火に油。Nは絶対に行くと言うだろう。
「圭ちゃん…お姉さんに何か言われてるところ?」
何にでも興味を持ち、信心深く、姉貴の事情を知っているRは、僕の様子からそれを察したようだった。無言で頷くと、Rもあからさまに嫌な顔をした。
「ねえ、行くなら早く行こうよ。夜中より、今くらいがよくない?圭ちゃん、一日運転するって言ったじゃん」
「ほら、乗れ乗れ!」
苛立ちを隠さないNと、さっさと車に乗り込むTに、ついに僕は折れてしまった。この時、なぜ折れてしまったのだろう。この後僕は心底後悔することになるのに…。
僕の気持ちとは裏腹に、車は軽快に進む。運転は僕。助手席にR。後ろにTとN。恐怖を紛らわせるために音楽の音量を上げた車内では、Tが大ホラ吹きと化していた。
幽霊が見える。俺がいればやつらは逃げる。色んなスポットに行った。
そんなNの気を引くための大嘘を語りながら、Tは上機嫌だ。Nもキャーキャー言いながらも楽しんでいる。ただし、前に座る僕とRは、無言だった。
―――車を走らせて三十分。◆▲トンネルのすぐ近くに到着した。心なしか風が冷たい。
こういった場所には、姉貴の影響から興味を持つことすらなかった僕は路肩に車を止め、Tを振り返った。
「で、これからどーすんの」
「圭は本当に何も知らないビビりだなぁ。車でトンネルを三往復するんだよ。三往復して、トンネルを振り返ると……キャー!だ」
Tの突然の金切り声に、Rの体が強ばる。ソレを見て、Tは更に気を良くしたようだ。「俺ってスゲー」そんな心の声が聞こえそうな自己陶酔顔が憎たらしい。
三往復して帰ればいいだけのこと…。無理矢理自分を納得させ、シフトレバーに手をかける。「はぁ…ホント無理」そう呟いたRの気持ちが、いろんな意味でわかる気がした。
そんなことはお構いなしで
「圭!出発ー!」
「出発ー!」
とテンションが上がりきった後ろの二人に促され、ゆっくりと車を進める。数個のライトが点るだけのトンネルを前にすると、首の後ろが強ばり、自然とハンドルを握る手に力が入った。深呼吸をして、トンネルを進む。じっとりとした重い空気が入るのを肌で感じるのが嫌になり、運転席の窓を閉めた。
Tのような連中が多くいるのだろう。トンネル内の壁には、ところ狭しと落書きがされている。百メートルあるかどうかの短いトンネルだが、僕には長く長く感じられた。
一回、二回と往復し、三回目にトンネルに入ろうとした時、僕の目はトンネル内に異物を確認した。空洞の中にポツリとある黒いなにか。ゆらり、ゆらり、と近付いてくる姿は、明らかに人ではないと本能が警鐘を鳴らす。隣のRの喉がヒュッと鳴るのを聞きながら、僕は、呼吸を忘れた。
「おい、なんだよ、アレ」
異変に気付いたTが、後ろから身を乗り出す。Nも気付いたようだが、「え?え?」と言うばかりで、取り乱しているのがわかる。
暗いトンネルの中、一歩一歩こちらに近付く人型のモノ。一歩片足を踏み出すと、体がグニャリと潰れそうになり、それでもまた一歩と体をぐらつかせながらソレは近付いてくる。
怖い
呼吸の仕方がわからない。苦しい。
それでも、僕はやっとのことで声を振り絞った。
「閉めろ……」
「は?」
「早く窓を閉めろ!」
僕の怒鳴り声に、三人が一斉に窓を閉める。パワーウィンドウが遅い。
早く、早く、早く…!
その時、ストンと車のエンジンが止まった。
「キャー!」
「いやぁぁぁぁ!」
RとNが悲鳴をあげ、僕は窓を見た。よかった。全て閉まっている。姉貴が教えてくれた「やつらを招くな。開いてりゃ入るぞ」という言葉。咄嗟に思い出したが、これでいいのかわからない。これ以上の対処などもっとわからないのだから、逃げなければとエンジンをかけようとキーを回す。
「圭ちゃん!早く逃げて!」
「早く!早くして!」
「わかってる!」
「T!何とかしてよ!」
「お、俺!?」
「霊感あるとか言ってたじゃんバカ!」
「圭ちゃん!」
「わかってるって!」
悲鳴と怒号の響く車内。焦ってキーを回しても回しても、エンジンが掛からない。
近付く異形。手が震える。自分の体温が下がるのがわかる。車内の叫び声が霞がかって聞こえる。逃げないと…!
「ひっ!」
ヘッドライトに照らされて、ソレの全貌が見えた。
何人もの人間を、粘土のように捏ねて作ったような姿。平たい胴に、長い髪がかかり、顔らしき部分は覆われている。脇腹や鳩尾から伸びる数本の手と腕は、俺達を招くようにこちらに伸ばされ、左右非対称の長さの脚は、一歩踏み出すごとに力なく曲がる。
異形が笑った…気がした。
僕の中の時間と機能が、全て止まった。
無音。
正面の化け物を映す瞳だけが、揺れる。
――――ピリリリリリリ!!
けたたましい電子音に我に返った僕は、ポケットに入っていたケータイを探る。ジーンズから出ないケータイにイラつきながら、画面を見た。そこに表示されていた名前は
―愛由―
姉貴だ。
正面の化け物から目が離せないまま、通話ボタンを押すと
「圭!てめぇ、何してやがる!」
姉貴の怒声が響いた。
「姉、ちゃ…ぼ、ぼく…僕」
状況を説明したいのに、姉貴の声に体の力が抜けた。同時に、自分が長い間呼吸をしていなかったと気付いた。
「チッ…ふざけやがってこのバカタレ!」
「ごべんだざい (ごめんなさい)」
「泣くなボケ!後で死ぬほど説教してやるからな!今助けを行かせる。もう少し頑張れ」
「ひゃい (はい)」
「ちょっと電話置くけど、切るなよ!いいな!」
「ひゃい!」
姉貴の声を聞いたとたん、子供のように泣き出してしまった僕。情けないが、姉貴の弟で良かったと心底思った。しかし、助けを行かせると姉貴は言ったが、僕は場所を言っていない。異形の化け物との距離は二十メートルほど。姉貴に伝えなければと呼び掛けても返答はない。焦りが募り、冷や汗が吹き出る。
『ヒヒ…ヒヒヒヒヒ…』
男とも女とも言えない笑い声。異形が笑っている。獲物を追い詰めた残忍な狩人のように、僕達の恐怖を煽り、楽しむように。
グニャリ、グニャリと近付く異形の姿に、もう無理だと思った刹那。化け物と車の間に立ち塞がるように、何かが飛び込んできた。ライトが照らす、白く、フサフサとした姿。犬に似ているが、ポニーほどの大きさがある。
異形が怯むのがわかった。
『…行ケ』
突如、頭に直接響く低い声。
それが目の前の犬の発する声だと気付くのに、数秒の間を要した。
『逃ゲヨ…』
片言の言葉を残し、犬は異形に飛びかかった。悲鳴か、怒号か。耳を裂き、脳を揺さぶるかのような不気味な叫びに、僕の体は再び自由を奪われた。
逃げられない。
恐怖に支配される体。その時
『ケイ。お心を鎮め、姉上様のお力を信じなさいませ。わたくしが共におりまする。さぁ…』
耳元で囁かれた聞き覚えがある穏やかな声。どこで聞いたのか思い出せない。ただ、その声は僕の固まった体をゆっくりとほぐしてくれた。
自然と手が動き、キーを回す。今までの足掻きが嘘のようにすんなりとエンジンが掛かり、バクバクとうるさい心臓を抱えながら車を動かすと、後はほとんど記憶がない。
途中、姉貴と繋がったままの電話から「振り返らずに帰ってこい」と姉貴の声を聞いたが、そこからは自分の心臓の痛みと鼓動。NとRの泣き声。Tの荒い呼吸。そんなものだけが聞こえていた。
「―――い…!……け……!……圭!!!」
ハッと気が付くと、僕たちは自宅近くの駐車場にいた。そして、僕を呼んでいたのは鬼の形相の姉貴。
「バカタレ」
いつになく険しい姉貴に一瞬ヒヤリとしたが、それ以上の安堵に涙が溢れた。
「クソガキ。泣くくらいなら行くな」
姉貴はRとNを車から降ろし、足腰が立たなくなっているTを僕が支えながら自宅へと入った。玄関には青い顔をした母と義兄が待っていてくれた。母は姉貴に何か言われると、リビングに飛び込んでいった。義兄の手を借り、ようやくリビングの床に座り込むと、母が生姜紅茶を入れてくれた。どうやら、これを姉貴に言われたようだ。
父と義兄は、これから起こるであろう説教を予期したのか、甥っ子達が眠る隣の部屋へと撤収していった。
「飲みなさい。温まるから」
並んで座る僕達の前に胡座をかいて座る姉貴に促され、生姜紅茶を飲むと、体の芯から冷えていた事に気付く。すっと喉を流れる温かな液体は、強張っていた体をほぐしてくれた。それは他の3人も同様で、NとRはすすり泣いていた。そんな僕達の様子を見て、姉貴が口を開く。
「圭。なぜあそこに行った?行くべき場所じゃないことは教えたはずだろ」
「ごめんなさい…」
「今回は謝って済むからいいが、そうじゃない場合だってある。無事に帰れないことだってある」
「…はい」
返事をしながらチラリと窺い見た姉貴の右手は強く握られ、その拳は震えていた。本当なら僕達を殴り倒したいくらい怒っているんだろう。それほどまでに重大な事をしでかしたのだと思うと、それ以上姉貴の姿が見れない。
「お姉さん…俺が行こうって言ったんス。圭は反対したのに、無理矢理…」
「わ、私も…」
「私は止められなかった…」
3人がそう言うと、姉貴は深い溜め息をついた。
「まったく…。本当なら、ここで張り倒してやりたいが、怖い思いをしたんだ。それはしねーけど、それ(紅茶)飲みながら聞いて。」
母が自分と姉貴の紅茶とクッキーをテーブルに乗せて座ると、姉貴は「ありがとう」と呟き、ゆっくり話し出した。
「あそこ、◆▲トンネルはね、最初はただの人気のないトンネルだった。でも、ある時不慮の事故があって、亡くなった人がいてから、お前達みたいな面白がる輩が出てきてね、心霊スポットになった。見て回るだけなら可愛いもんだけど、でも、人間は邪念の塊。ありとあらゆる思念の中で、恐怖と良からぬ思いを放出したり、降霊術を作り出してしまった」
「良からぬ思いや降霊術?」
「そう。誰かが呪われたら面白い。霊が出てきたら面白い。中には嫌いなやつと一緒に行って、呪われろと願うやつまでいる。それに、霊が出やすい状況を提供する」
「…三往復。でも、僕達は三往復しなかった」
「しなくても、お前に惹かれたんだよ。お前は呼び寄せるからね」
姉貴の言葉に、心臓が鷲掴みにされる。そんなこと、初めて知った。
「…愛由がね、圭を護ってたから」
ハッとして声の主を見ると、母が切な気に微笑んだ。
「子供の頃から不思議な力のあった愛由が、圭を常に気にしてきたの。母さん、何もできないから」
知らなかった…。姉貴の力は当たり前で、姉貴のためにあるのだとばかり思っていたのに。
「…とにかく。圭。お前、何を見た?」
しんみりとした空気をぶち壊し、姉貴は僕が最も忘れたいと願うものを問う。思い出すと吐き気がしたが、答えないわけにはいかない。
「人がごちゃ混ぜになったような…気持ち悪い…悪意を放ったやつ、だった…」
「思念の塊だね。恐怖、悪意、呪い、邪念。それらが混ざって人に害をなす。人間はね、悪の心が時に善を凌駕する。それらは濃く、深く、鋭く人を貫き、飲み込むんだよ。それに負けたら、二度と戻れない。全員揃って戻って来れた事に感謝しなさいね」
紅茶をすすりながら、姉貴は床をトンと一度叩いた。
「今のお前達なら話せるんじゃない?この子達にお礼を言いな」
『御無事で何より…』
『…二度ト行クナ』
それは、異形から救ってくれた二つの声だった。
「姉ちゃん、この声は?」
「お前、"式"って知ってるか?」
「式?安倍晴明が使ってたやつ?」
「そう。私も使えんの」
初めて知った。姉貴が"何かを飼って"いるのは知っていたが、それが式神だったなんて…。
「蝶と螢夭(けいおう)っていうんだよ。お前は蝶には何度か接触してるはずだけど、覚えてないか?」
「蝶…声は聞いたことがあるけど、思い出せない…ごめん」
「ふっ…まぁいいさ。この子達が、ちび達の木札に宿ってる私の念を辿って助けに行ったんだ。感謝しなさい」
僕は首に下げていた木札を取り出し、姉貴に渡した。よくある怖い話のように壊れたり変色しているかとビクビクしたが、それはなさそうで安心した。
「二人とも、ありがとう。僕と大事な友達を助けてくれて」
状況が把握できないのか、ぽかんとしていたR、N、Tの三人も、慌てたように無言で頭を下げる。
『今後は、お気をつけ下さいませ』
螢夭は無言だったが、蝶と同じ事を言いたいのだろうと思った。
「さーーーてと!」
空気を変えるように姉貴が大きく伸びをして立ち上がった。
「あたしゃ寝る!Rちゃん、Nちゃん、T君、今日は泊まっていきなさいね。母さんには、そのつもりで圭の部屋に布団を用意してもらってるから」
八重歯を見せ、ニッと笑ってリビングを出ようとする姉貴の背中に
「姉ちゃん!ありがとう……!」
精一杯の感謝を込めて伝えると、思わず叫ぶようになってしまったが、姉貴はため息とも笑ったとも取れる吐息を吐き「おう」と背を向けたまま手をヒラヒラとさせて隣の部屋へと入っていった。
「さぁ、みんな寝なさい。眠れないと思うけど、布団に入っていれば休まるから」
母の言葉に頷きながら、隣の部屋を見る。
恐ろしいほどの力を持った姉貴。その弟であったことに喜びと感謝をしながら、幼少から今までの不可思議な出来事が全て繋がった事による納得。そして、姉貴への畏怖。いろいろな思いを抱えながら、僕は三人と共に眠れないまま夜明けを迎えるのだった。
作者退会会員
龍の子第二弾です。読みやすく、分かりやすいよう、想像していただきやすいように脚色してあります。
誤字脱字などありましたら、お教えいただきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。