その土地は、首都圏の中の田舎の地区にありました。
私の実家から少し車で進むとカーブを持ったトンネルがあり、その先の信号を左折します。
この信号で左折する利用者はほとんどおらず、それを表現しているかのように、寂れたガードレールと整備されていない歩道が広がっていきます。
信号手前、正しく言うとトンネル手前まで続いていた住宅街もめっきりなくなり、山道が続いています。
これは、私の友人が経験した話です。友人はAとしましょう。
その日、Aは付き合って間もない彼女と湖へドライブに出掛けたそうです。
平日休みのAと彼女は、休日だったら混み合う湖手前の道もあっさりと切り抜け、ドライブを堪能出来たそうです。
帰り道、ひょんなことから怖い話で盛り上がってしまい、山に入ってみようという話になったらしいのです。
地元にいくつか心霊スポットもあったのですが、昔からヤンチャだったAはほとんど制覇していて。そこで以前先輩から聞かされていた「夜の山」に挑むことにしました。
その山として彼らのターゲットになったのは、その信号を左折した先にある山でした。
Aの彼女はとてもAに惚れ込んでいて、Aに従ってばかりでしたから、きっと怖くても止めることができなかったのでしょう。
もちろん、Aは怖がってなんていなかったので、車はまっすぐ行くべき道を左折していきました。
ずっと街灯が規則正しくならんでいた道から一転、そこはボロッとした街灯が点々とあるだけの、雑草が生い茂る田舎道に変わって行きました。
その雰囲気の変わりように、彼女は無言状態。
Aは整備されていない歩道に注意を図るように徐行で車を進めました。草によっては車高よりも高く、街灯もチカチカとしたものもあったようです。
その雰囲気は絶大で、Aは2.3度後悔したと言います。
しかし、そのとき折り返していればよかったものの、Aはプライドからかそれをすることはしませんでした。
「ねえ、A。
もう戻れなくなるよ?」
ずっと黙っていた彼女が急に声を出しました。Aはやっと、はっとしました。
何も考えないで、運転していたのです。
景色は先ほどよりもさらに山道になっていて、いつの間にか車一台がやっと通れるような道に変わっていました。
つまり、Uターン出来ない状態です。
どれだけ進んだのか、Aは思い出せず、引き返すか先に進んでUターンする場所を探そうか悩んだそうです。
「そ、それに、後ろ…」
真っ暗の山道ではっきりと見えない彼女の顔。しかしその顔が引きつっているのがわかりました。
ルームミラーで後ろを見ると、何かがピッタリと車の後ろにあります。
目をこらすと、それは自動車でした。
それもこの山道でライト1つ点けていないのです。
「いっいつからいた?!」
「気がついたら…
Aが前しか見てなかったから、私も、ほんとにさっきなんだけど…」
後ろに車がついたことで、彼らは前に進むしか道がなくなってしまいました。
このときAは、肝が座っていたのかヤケクソになっていたのか、少しスピードをあげて山道を進みました。
それが幸と出たのでしょうか、舗装された道に出たそうです。
街灯もそこそこあり、歩道もしっかりと整備されています。
Aが位置情報を確認しようと携帯を取り出しましたが、圏外の表示が。彼女の携帯もでした。
ここがどこなのかわからない状態でしたが、山道を抜けたことでほっとしていた2人は後ろを確認しました。
まだ、自動車は張り付くように後ろにいます。やはりライトを点灯していません。
よく見ると、運転席には女性が乗っているようですがなぜか、もわっとしていてハッキリと見ることは出来なかったそうです。
彼女の右手を左手で握りしめながら、Aは緩やかな下り坂を降りて行きました。
山に入ったのだから降りればどこかに着くだろうと考えたそうです。
その間、少しずつスピードをあげるもやはり後ろの自動車は張り付いたままでした。
5分ほど進むと、一軒の家の前を通り過ぎました。
そこまで道は整備されていましたが家という家が一軒もなかった状態だったので、その家を見た瞬間、Aは安堵したそうです。
その直後、彼女が頭痛を訴えました。
痛みはかなりのものなようで前に倒れこみ、汗をかいていました。
Aは車を停めて、すぐに彼女を抱きかかえるとはっとしました。
後ろ、ピッタリと張り付いた自動車も停まったのです。
「あ、ああああ」
待ってましたと言わんばかりに、自動車から真っ黒な服の女性が降りてきました。
Aは、本物だと思ったそうです。それは女性と表現するには相応しくないくらいの容姿だったそうです。
「ねえねえねえねえねえねえ」
女性の口からではないのに、Aの頭の中に女性の呼びかけが鳴り響きました。
Aは彼女を抱きかかえたまま、後ろから歩み寄る女性から目を離せずにいました。
「山は怖かった?山は怖かった?山は怖かった?山は怖かった?」
Aは動けないまま、彼女ははあはあと息を切らしたまま、女性が迫りよるのを待っているかのように固まってしまっていたそうです。
「私は怖かった私は怖かった私は怖かった私は山が怖かった」
女性の顔が見えそうになったとき、Aは一気に目をつぶって前を向き直し、アクセルを踏んだそうです。
彼女はずっと頭を抱えて唸っていましたが、Aは一心不乱に、いえ、取り乱してはいましたが自動車を進めました。
そこからの記憶はないようですが、帰宅してから一緒に住んでいるAの祖母にとても怒られたそうです。
「あの山に入ったのか」
「なにを見た」
「なぜ連れてきた」
そればかりを一方的に言われ、参ったAと彼女は祖母に紹介されたお寺に2日間缶詰になったそうです。
お寺さんで言われたことは、「女性を山に帰しただけ」「アレはいつまでも彷徨い続ける」とのことだったようで。
以前、山中で車内自殺を図った女性がいたそうです。
どうもすぐに死ねず、頭を打ち付けたり喉を掻きむしったり、とかなり苦しんだ形跡が残されていたようで、それからなぜかあの山での失踪事件が多発していたそうです。
車だけが見つかったりはしょっちゅうのことで、理由のわからない自殺者が出たこともあったと言います。
地元でもそれなりに有名な話だったそうですが、Aくらいの世代になるとあまり伝わっておらず、あるいはAの家庭でAに注意をしておらず、被害にあってしまったようです。
詳しいことはわかりませんが、話はこれで。
ひとつ付け加えるならば、Aの彼女はいまでも頭痛があると「ねえねえ」という呼びかけが聞こえるような気がするそうです。
作者sia