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「ふぅ...」
昼休みも残り半分ほどになったところでようやく数学から解放された私は、教科書をバッグに詰め込んで食堂へと急いだ。
白を基調としたテーブルが整然と並ぶ空間は、昼休みが半分過ぎた今でも人で溢れている。空きテーブルがないのをさらっと確認し、定食を購入。
幸いにして定食を受け取るのには並ぶ必要がなかった。トレーを持ったまま立ち食いするわけにもいかず、途方にくれたように立ち尽くした私は、窓際の席に目をとめた。
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たぼっとしたパーカーにジーパンという格好の男子学生が一人で昼食をとっていた。対面座席は空席だった。
こちらからは軽い逆光になっていて、はっきりと顔は見えなかったが、確実に見知った人だ。
「N先輩。ここ、いいですか?」
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彼はもぐもぐと咀嚼しながら、うん、と頷いた。
私は席について手を合わせた。
「いただきます」
「んぐ、今日はやけに遅いな」
「え?......ああ、数学で手こずって」
「ん、そうか」
「先輩はいつもこのくらい(の時間)に?」
味噌汁を無視して隣の竜田揚げを口に放り込む。
「いや、まちまちだな」
先輩は大口で生姜焼きにかぶりつき、食いちぎる。あ、生姜焼きにすれば良かったななどと考えていると、ふと彼の鞄に目が留まった。
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およそ最低限のものしか入っていないであろうそれの口から、男物とは思えない日記帳が覗いていた。
「先輩、日記とか書くんですね」
意外に思いつつ尋ねてみる。
「ん?ああ、これ」
テーブルに出された日記帳にはファンシーなキャラクターが描かれていた。ちょうど女子中学生が持っていそうな代物だ。
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視線を戻すと、正面から目が合う。
平静を装いつつ、先輩の言葉を待つ。
「これはただの日記じゃないー」
ー夢日記だ
得意げに言い放つ先輩に、私も納得する。
「なるほど」
「やっぱり知ってたか、夢日記」
「まあ、一応...」
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夢日記......その名の通り、夢の内容を記録する為のものである。
やり方は単純で、枕元に日記を置いておき、起床時にその日見た夢を書いておくだけだ。
夢には未来が暗示されているとか、メッセージが込められているとか、根も葉もない噂が数多く存在する。
夢日記をつけることで、それらを知ることができるのではないかというのだ。
だが一説によると、統合失調症にかかりやすく、精神に異常をきたしてしまうという。
その真偽はどうあれ、実際に行うのはあまり気分のいいものではないというのは確かだ。
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「で、成果の程は?」
「うーん、昨日から始めたんだが。夢を見なくて...」
残念そうに肩をすくめる先輩に、思わず笑ってしまう。
「いやー、残念だったな。楽しみだったんだが」
そのとぼけた感じも、いかにも先輩らしい。
私は、素朴な疑問をぶつけてみた。
「でも何でまた急に?」
その返答は予想外のものだった。
「聞きたいか?」
顔に笑顔はない。
てっきりまた、とぼけたような返答はがあると思っていた私は、予想外の返答に驚き、ただ頷いた。
先輩は真剣な表情のまま、静かに語りだした。
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ー先週のことだ。Tっていうやつと、夢日記の話になってな。
そいつが面白そうだからって言ってやり始めたんだよ。
で、毎日日記を付けて、一週間が過ぎた。
んで、話はおととい日曜日だ。
そいつは友達と遊ぶ約束があったんだけど、寝坊してね。
慌てて支度をして駅に向かったんだと。
日曜の昼間ってことでホームにはそいつともう一人、フードを目深に被った男がいた。
もう少しで電車が来ようかって時になって、Tは借りてたCDを家に忘れてきたのに気付いた。
だから慌てて家に戻って、CDを取って駅に戻ったんだ。
そしたらー
人身事故で遅延だっていうじゃないか。
悪態をつきながらもホームに行くと、そこで「作業」が行われていたらしい。
それですべて悟ったんだと。
あ、飛び込んだんだ...って。
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話を聞き終えた私の背をひやりとした感触が伝った。
なんというか...ものすごく...
「...いやーな話ですね。実際に」
「だろ?Tは自殺した人と最後に会った人間になったからな...」
「え、でもそれと日記は何の関係が?」
「ああ、あと少し話は続くんだ」
そう言って、先輩は話を続けた。
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ーそんなことがあったもんだから遊ぶ気分じゃなくってな、Tは家に帰ったんだって。
そこで、枕元にある夢日記を見つけたんだよ。
半ば習慣化してたから、今日の分を確認しようとしたわけだ。
するとー、いや、ここからは自分で見た方がいいな。
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すっと差し出されたのは、先ほどの日記帳だ。
「それの最後に書き込んであるページ、見てみ」
「え、はい」
突然の展開に戸惑いつつ、ページをめくる。
ということは、これは先輩のものではなくTさんのものか、などと考えているとすぐに空白のページがあらわれた。
その一つ前のページだ。
日付はおととい。
起き抜けに書いたのか、字画がまとまっていないが、読むことは可能だ。
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ー月ー日 Sun.
駅 ホームで黒い男に自殺の道連れにされる
笑っていた
しばらくそのページから目が話せなかった。
いや、でもまて、あまりにも出来すぎている。こんなことが...?
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「え、でも、こんなの...」
「ああ、俺も初めはふざけているのかと思ったよ。でもあいつ、そういうことをする奴じゃないし、本当に怯えてた」
私はただ、固まっていた。
ではもし、CDを思い出して家に戻らなかったら......。
その先は想像するのも恐ろしい。
「調べたら、その時間に確かに人身事故があった。それに遊ぶはずだった友達にも確認は取ってある」
「まさかそんな......」
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先輩は顔を青くする私に対し、不敵にも片頬でにやりと笑って見せた。
「だから、俺もやってみようかなってことさ!」
...そんなことがあった後で、自分もやろうと思う人間がどこにいるだろうか。
いやしかし、いかにも先輩らしいといえば、その通りだった。
すると。
はい、ごちそうさん。と、いつの間にか食べ終えていた生姜焼き定食に手を合わせ、先輩は日記帳を鞄に放り込んだ。
そこでようやく、目の前の竜田揚げを思い出す。。見ると、あれほどまでに混雑していた食堂はほとんど掃けてしまっていた。
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「そろそろ急いだ方がいいぞ。残さずにな、じゃ!」
先ほどまでの真剣な様子はどこへやら、元気良く席を立った先輩を見送る。
本日2個目の、もう冷えてしまった竜田揚げを噛みしめた。
相変わらず、つかみどころのない人だなあなどと考えクスっと笑った。
次の瞬間、そんな私に5限開始のチャイムが降り注いだ。
作者ダレソカレ
こんにちは、ダレソカレです
今回の投稿は、大学時代に聞いた怖い話がモチーフとなっています。
この話に登場するN先輩の別の話として「樹海」を投稿しておりますので、是非そちらもご覧になってください。