仕事があまりうまくいかなかった時期、マサルは深夜一人で車を走らせていた。
気ままな一人暮らしで、急に思い立って車に乗り込んだ。
当時まだ関西空港は建設中であった。道路網の整備も少し進んでいたが、未だしの感であった。
国道26号線から国道170号線に入り、心霊スポットの一龍旅館の横を越え、水間寺脇をぬける辺りから道は暗くなっていく。
街路灯など全く設置されていない道であった。
所々、ヘッドライトに照らされて里山の名残りの切通しと、伐採され残りの木々が見える。
マサルはこの道の先に異界が有るような気がしている。頭の中で、通奏低音が響いている。
なおも進むと、オレンジ色の明かりが見えてきた。トンネルである。
そこは天野山へ行く道と河内長野市街に下る道、そして滝畑に行く道に分かれていた。マサルは滝畑に向かった。そして光滝寺に向かう道に入った。
山間の細い道で、このまま進むとキャンプ場に向かう道である。
そして光滝寺の脇でマサルは車を停めて、煙草をふかしていた。
彼は寺が気になったが、一人肝試しする気にはなれなかった。寺に登る道は全く明かりが無かった。
マサルはここで十分異界を堪能した。かなり満足して…。
そして帰途についた。その時、悍気がさしたというか、急に背筋が寒くなった。
闇が濃くなっている。
そして、車を走らせていると行くてに白い影が、しかも道の真ん中に立っていた、車を停めて目を凝らすと白い着物を着た女であった。
恐らくこの世のものでないもので、こちらを無表情に見つめている。ほんの5〜6メートル先に立っているからライトで表情がよくわかる。無表情である。
女はニヤッと笑い、両手を広げた、そして次の瞬間、バサバサっと音がしたと思うと、
女の体は宙に浮いた。車の方に向かって飛んでくる。
マサルは凍りついた。車の屋根を掠めて飛び去ったのは一羽の白鷺であった。
なんだ、鷺かよ。かなり臆病風に吹かれてたんだ。そう思って少し笑ってしまった。そして車を動かし始めた時、体に衝撃を受けたようなドスンとした恐怖感が襲ってきた。
鷺は…夜道でいても、車を避けてすぐに飛び立つ。そして、車の方に向かってくることは多分あり得ない。あれは一体?
トンネルの灯りが見えるまで、どう走ったのか、殆ど断片的な記憶しか無かったと言う。
帰りは暗い170号線を走り心霊スポットの横を通る気にはなれなかった。
積川神社のところで折れて国道26号に合流して帰路についた。
マサルはしばらく、夜のドライブが出来なかったという。
作者純賢庵
1980年代のお話です。実話に少し脚色しています。超ローカルで申し訳ありません。