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そのサイトは、古今東西の興味深い話が蒐集されている
いわば雑学の宝庫ともいうべき場所だった。
中でも、怖い話や不思議な話は、突出していて、まじめな大人が読んでも十分読みごたえのある
内容ばかりだった。
また、このサイトの特色は、単に蒐集するにとどまらず、怖い話や不思議な話を 実話、創作に関わらず誰もが投稿、閲覧できることだった。
また、会員登録すれば、書き込まれた投稿作品に対するコメントをユーザーが書き込むこともできた。
趣味と実益を兼ねたサイトといってもいい。
似たようなサイトは、他にもあった。
ユーザー登録数も、閲覧回数も、今話題のそれらのサイトに比べれば、決して多いとは言えなかったが、投稿作品への書き込みは節度ある大人の内容が多く、マニアの間では、隠れた人気を誇っていた。
私も、良い作品に巡り合うと迷わず感想をコメントした。
コメントへの返信は、ある時も、ない時もあったが、
女だてらに、この手の話が大好きな私は、いつの間にか、ここの常連客になっていた。
コメントを書き込む時の名は、「アキ」とした。
特に理由はなかったが、あえて挙げるなら、四季の中で「秋」が一番好きだったからだ。
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その日は、なぜか小さなトラブルが立て続けに起こるような俗に言う「ついてない一日」だった。
パンチ自体は弱いが、継続的に受け続けたボディブローに心身悲鳴をあげている状態と言ったらいいだろうか。
寝つきも悪かった。
気が付くと、時計は、午前二時を回っていた。
こんな日は、どうあがいても仕方ない。
ふと、例のサイトが頭に浮かんだ。
週末金曜日。
新着の投稿作品でも読んでみようか。
さっそく、例のサイトにアクセスしてみる。
今思えば、深夜、それも丑三つ時にここを訪れようなどと考えたこと自体、どこか神経がまいっていたのかもしれない。
だが、その時は、何の抵抗もなかった。
期待を持って臨んだものの、これといって目新しい作品は少なく、いつもの名作が並んでいるだけであった。
ついてない時は、こんなもんだろうな。
気分を変えたくなった私は、コーヒーを容れにキッチンへと立った。
ほぼ同時に、窓が小刻みにカタカタと音を立てている。
サワサワと何かが窓に触る。
風でも出てきたのかしら。
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やがて、ポツポツと屋根を小石が転がるような音が響きわたり、それは、瞬く間にサーッと流れる音に変わった。
雨・・・・
にわか雨
帰宅途中は、見事なまでの満月が夜空を照らしていたのに。
コーヒーが立つまでの間、私は、パソコンに目を移し、別のサイトに移ろうとしていた。
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その時だった。
新着の黄色い文字が点滅しているのが見えた。
「あ、F1さんだ。」
F1さんは、次々と名作を生み出す達人である。
ここ一年ばかり、なぜか投稿が途絶えていた。
誰もが、F1さんの新着を楽しみにしていた。
私もその一人だ。
タグは、ついていなかった。
題は、「にわか雨」
今の状況と同じじゃないの。
私は、偶然の一致に胸ときめかせながら、
「この話を読む」のアイコンをクリックした。
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あらすじは、
夜、ネットで怖い話「実話系」を検索していた時のこと。
急に、雨の降る音がした。
朝から二階の窓があけっぱなしだったことに気付いた「私」は、階段を上がり
窓を閉めに行く。
ところが、ベランダに出て愕然とする。
あたりは、煌々とした満月に照らされ、真夜中だというのに、ベランダの手すりの模様までも見えるほど明るい。
天空いっぱいに広がる星の瞬き。
それらを眺めているうちに、まるで、異世界に誘(いざな)われているかのような気持ちになった。
もちろん、ベランダはどこも濡れてはいない。
雨など降った形跡は、どこにもない。
あの雨音は、いったいなんだったのだろう。
その時、「私」の背後で、「コトリ」と微かな音がした。
足元には、湿った空気がまとわりつくように漂う。
「私」は、ゆっくりと振り向いた。
かいつまんで言えば、これだけの話だった。
幽霊も出て来なければ、心霊現象といえるのかどうか微妙な描写、
たいした展開もない。
現象だけが、淡々と書かれているだけの文章。
それなのに、どこかこの世のものとは思えない、うすら寒い感覚に襲われる。
この独特の雰囲気は、どこから来るのだろう。
真冬でもないのに、私は、思わず、自分の両肩を腕で抱いた。
これが、F1さんの醸し出す世界だった。
過去、誰かが書き込んだコメント
「怖くはないが、畏ろしい。」という表現が当たっているかもしれない。
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早速、コメント欄に感想を書き込む。
「F1さん、アキです。いつもながら、素晴らしい作品ですね。心霊現象が書かれているわけでもないのに、まとわりつくような恐怖感が伝わってきます。この独特の空気と世界観は、F1さんだけが作り出せるものかもしれません。今日、久しぶりに新着作品を読ませていただいて、うれしかったです。次回作はいつのなるのかな。頑張ってくださいね。アキ。」と打ち込み、送信ボタンをクリックした。
私も、会社の広報紙に、ちょっとしたコラム欄を担当させてもらっているが、こんな描写は、とてもできない。圧倒的な才能とセンスの差を見せつけられた私は、さっき入れたばかりのコーヒーを口にした。
にわか雨の音は、強く高くなって来た。
屋根を叩きつけるような重く激しい音へと変化している。
明け方近い、一日で最も暗い時刻に聞こえる雨音は、どこか物悲しく、せつない嘆きとなって
私の胸の内に響き渡った。それは、ささやきやつぶやきが、徐々に嘆きと慟哭へと変わっていく
人の声にも似ていた。
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その時だった。
パタン
廊下から何かが落ちる音がした。
同時に、玄関の風除室の開く音。
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突然チャイムの音が鳴る。
今時分、訪問者?
「誰?」
私は、深夜このサイトを訪れてしまったことを少し後悔した。
幽霊?いや、訪れてきた人が、生きている人間だとしたら、もっと怖い。
「落ち着いて。」間近にあった携帯を握りしめ、私は、玄関を窺える廊下の小窓を音をたてないように開けてみた。
風除室の窓は、しっかりと閉じられていた。
当然だが、誰もいない。
それよりも、私を愕然とさせたのは、
辺り一面を照らす、夜明け前の美しい月あかりだった。
さっきまでの、激しい雨は、どこにいったのだろう。
雨が降った形跡は、どこにもない。
総毛だつとは、こういうことか。
急いで家じゅうの明かりを点ける。
部屋に戻ると、飲み残しのコーヒーを一気に喉の奥に流し込んだ。
もう一度、わが身に起こった現実、いや事実を振り返る。
心臓が早鐘のように打ち続けた。
とにかく冷静になろう。
パソコンの前にある椅子に腰を下ろす。
パソコンの画面には、1通コメントが追加されていた。
F1さんからだった。
「アキさん、こんな深夜にごめんなさい。もう寝たのかな。新作読んでくださったのですね。
ありがとうございます。楽しんでいただけたましたか。小生都合により、しばらくお休みさせていただいておりました。本日、久しぶりの投稿です。今日は、月が綺麗な夜ですね。全国的に晴れなんだそうです。そんな日にお会いできてうれしかったです。お元気でがんばってください。」
なんて丁寧な人なんだろう。
予想外のうれしい出来事に、さっきまでの不可解な恐怖が消えていくのを感じた。
思いがけないプレゼント。
落ち着きを取り戻した私は、帰路コンビニで購入したスィーツを思い出した。
再度、コーヒーを容れ直し、ゆっくりと味わう。
F1さんからのコメントを何度も読み返す。
時計は、午前3時半を差していた。
初恋にも似た、甘酸っぱい想いを抱いて、パソコンの電源を落とす。
眠りにつく頃には、外は、薄紫色に変わり、闇夜を照らしてくれた月は、静寂な趣をたたえたまま、空の主役を東の空から上ってくる太陽に譲ろうとしていた。
(あのにわか雨はなんだったのだろう。)
不安と疑念はあるものの、睡魔に勝てない私は、通勤までの短い間深い眠りについた。
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あれから、数日後、結婚退社した同僚の穴を埋めなくてはならなくなった私は、慣れない部署にも顔を出さなければならなくなった。
もともと、器用なほうではないが、体力だけは自信があった。
この春、広報室に配属になったこともあり、自身の担当するコラムの編集と営業を兼ねた取材。クライアントとの交渉に連日深夜まで会社にいた。やっと自分の時間が持てるようになったのは、あの不可解な出来事があってから半月後のことだった。
例のお気に入りのサイトを訪れる余裕もなく、あの日のことも、F1さんのことも、私は、すっかり忘れてしまっていた。
その日、渋谷駅前で、大学時代の友人裕子と偶然の再会を果たした私は、つい話し込んでしまった。明日は、大事な会議がある。裕子との再会で思わぬタイムロスを後悔しつつも、スケジュール確認と会議の資料作成の遅れを取り戻すため、帰宅後すぐにパソコンを開いた。
見慣れた業務関係のメールに混じり、見知らぬアドレスからメールが届いていた。
題名には、「お詫び」と書かれてあった。
あのサイトの管理人Yからであった。
「突然のお知らせ、失礼申し上げます。
アキ様。◎○◎サイトのYです。いつもご利用ありがとうございます。
実は、大変申し上げにくいのですが、以前F1さんに充てて書き込んでいただいたコメントを削除させていただきたいのですが。よろしいでしょうか。
こちらの都合により勝手を申しましてすみません。
F1さんの作品は、人気があります。ファンも大勢いらっしゃいます。
ところが、この方の作品を読まれてから後、霊障に悩まされる方からの苦情やクレームが大変多くございまして。アキ様は、大丈夫でございましたでしょうか。
中には、事故に遭われたり、重篤な病に倒れる方もいらっしゃったとのこと。皆様、ここを訪れF1さんの作品に触れてから、おかしくなった等おっしゃいますので、困惑しておりました。
当方は、そのことについて事実確認したわけではございません。
また、それらの事象があったとしても、責任を負える立場にはございません。
利用規約、但し書きにも その旨書いてございます。
にも関わらず、この種のクレームが後を絶たず、やむを得ず削除という形をとらせていただくことになりました。
「閲覧注意」だけでも良いではないか。すべての人がそうなるわけでもないのに。とのコメントもいただき、当方もその扱いをどうすべきか迷いに迷いましたが、ある事実を知って以来、このような措置を取らせていただくことになりました。
このようなメールを差し上げること自体、違反していると思うのですが、私が心配なのは、
アキさんの身に何か良からぬことが起きなければいいなということなのです。
先ほども書きましたが、F1さんの作品は、人気があり、たくさんの方がコメントを書き込んでくださいます。
管理人も数ある投稿作品の中でも、F1さんの作品は好きでした。
ところが、お気づきではないかと思い、事実をお知らせいたしますが、F1さんご自身が、コメントを返したことは過去一度もございません。
つまり、過去、どなたの書き込みにもコメントしなかったF1さんが、コメントを発したのは、そう後にも先にも「アキ様」あなただけなのです。
このことに気付いたある会員さんが、忠告してくださいました。
誰かが、F1さんに成りすまして、いたずらして書き込んだのではないかということも考えられます。
当然ですが、その線も疑ってみました。
ところが、送信先は、まぎれもなく「F1」さんご本人からのものと判明いたしました。
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そんなことは、これからお伝えすることに比べれば、たいしたことではありません。
大変驚かせてしまうことになりますが、それでも、その方と相談し、また、幾人かの関係者の方と検討した結果、アキ様の身に何かが起こる前に、早く知らせたほうがいい。ということになりました。信用するもしないもアキ様の胸三寸です。
一笑に伏すか、スルーしていただくか、お祓いに行くか、どのようにしていただいても構いません。
ただ、ご理解いただきたいのは、私たちは、決してあなたをからかったり、嘘をついて怖がらせようとか 悪質ないたずらをして、お祓いを薦めたり、宗教への入信を薦めているわけではないということだけは、ご理解いただきたく存じます。
「実は、F1さんは、ちょうど今から1年程前に不慮の事故でお亡くなりになっております。」
shake
先日、ご友人とおっしゃる方とお会いしました。
F1さんは、病気がちの華奢な人だったそうです。
お仕事はなさっていたようですが、どちらかというと「インドア派」で、あまり外に出ない人だったようです。ただ、いわゆる「オタク」「アキバ系」といったところはなく、多趣味な好青年といった雰囲気だったようです。この方を含め、友人も多く、温和で優しい性格は、どなたにも愛され若すぎる死を嘆く声は多かったそうです。
このサイトを気に入ってくれる方は、インテリ層の方が多く、閲覧者の中には、プロの作家もいます。アキ様もご存じのように、F1さんは、才能あふれる方で、プロを発掘する編集者も目をつけておりました。ご本人も、将来は、作家を目指していたのではないかと思われます。
もし、ご存命中でしたら、きっと素晴らしい作品を残せたであろうと思うと、残念でなりません。
F1さんのご友人のお話では、良く投稿作品を読んでコメントをくれる「アキ」さんという人のコメントは、いつも的確で優しくて創作意欲が湧くと言って喜んでいたそうです。
本当は、アキさんにだけ、コメントしたいのだけれど、それはルール違反になるから。そういうわけにもいかない。あえて、コメントはしない。と・・。でも、いつかお会いできたら会ってみたい。と。話していたそうです。
私は、ご友人に、では、あの日のコメントは、F1さんに代わって、あなたがなさったのですか。と尋ねました。
ご友人は、驚いた顔をなさって、いえ、書き込みは、しておりません。
そもそも、私は、ああいった類のものは、苦手でしてね。と。
もし、送信していないのだとしたら、私やアキ様や他の閲覧者が読んだ、あの「にわか雨」は
いったいどこの誰が送信したのでしょう。
ちなみに、F1さんは、○月○日が命日だそうです。
ちょうど、新着のあった日です。
もしかしたら、これは、私の勝手な解釈ですが、
お亡くなりになった時刻も、ちょうどあの時間帯だったのではないかと思います。
突然、失礼なメールを差し上げて申し訳ございません。
当方、このようなサイトを立ち上げてはおりますが、
霊感なるものもなく、文才ともほど遠い、凡人であります。古今東西の面白い情報は、皆様からのご協力と、ご支援で成り立っているのが現状です。
ただ、今回の件では、どうしてもアキ様の身が気になり、会員さんの薦めもあって、ご連絡をした次第です。
特に変わったことなどないことをお祈り申し上げます。
どうぞお元気で。
ご多幸お祈り申し上げます。
また、これに懲りず、これからも、サイト◎○◎をよろしくお願いいたします。
管理人Y」
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硬直する身体の背後で「コトリ」と微かな音がした。
湿った空気が足元に漂う。
突然、パソコンの電源が落ち、部屋は、漆黒の闇に包まれた。
作者あんみつ姫
皆様。
初めまして。
「あんみつ姫」です。
初めての投稿作品です。
よろしくお願いします。
長くてごめんなさい。
そして、あんまり怖くなくてごめんなさい。
お暇な方、長文でも大丈夫な方。
ゆっくりと読んでください。
もし、よろしければ、忌憚ない感想を送っていただけたらうれしいです。
ちなみに作品に登場するサイトは、現存していません。