視線を感じて振り返った。
そこには黒く艶めくボブの人が立っていた。
こちらを見ている。
唇が動く。
やはり声は聞こえない。頭に響くと言うか…。
…キ…テ…キィ…テキテ…キテ……
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まただ。私話し掛けられてる。来てって言ってるの?体が彼女に向き直る。まずい。近づくのは危険だと分かってるのに足が勝手に彼女の方へ歩み出す。体が言うことをきかない。
3m…2m
前回とは反対に私が彼女に近づいていく。震えがとまらない。
白い手が私に伸びてくる。あのぞくりと冷たい手。
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私の両頬にその人の手が触れた。
どうして私なの?私なにかした?
そう言いたかったが声は出ない。
彼女の両手が頬から背中の方にじわじわと動く。怖くて怖くて目を開けていられなかった。
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◇◇◇◇◇◇
ぼんやりと白いガードレールと、その脚元に置かれた色とりどりの花々が見えた。
そこに一人の青年が佇んでいる。左手首に大きなバングルをはめて、時折それが陽光を跳ね返しきらきらと煌めいていた。
私…あのバングル見たことある。
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けど…ここはどこだろう。知らない道路だ。
先ほどまではぼんやりとした景色だったが、今は桜並木の道の上にいるのがわかる。
桜のトンネルが風で揺れるたび陽の光が地面で踊った。
青年が去ったあとには桜の花が手向けてあった。あと、チョコレート。
その横には幼稚園児が頑張って書いた「おねえさん、ありがとうございます」という手紙が、ひときわ大きい花束に挟まっていた。
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ピンときた。
ここは今年の春に桜並木で起きた事故の現場。
それは県外のできごとだったけど、全国的に報じられたニュースだった。
◇◇◇◇◇◇
幼稚園帰りに手を繋ぎながらお買い物。それが親子のいつもだった。
いつもと違うのはソメイヨシノが満開になったこと。
買い物をする母から離れ、木の真下を歩く。少女にはいつもの青い空がピンク色に変わったように見えた。
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空いっぱいに広がる桜。少女はピンク色の空を見上げながら石ころに躓いてバランスを崩してしまう。
バランスを崩した先は車道。
と言っても一方通行で商店が広がる並木道は、ほとんどの車が徐行する。
ところが、厄介なのは自転車。車両と歩行者の間をすり抜け、スピードを落とさず走ってくる。
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近くに車が走ってなかったのを店先で確認した母親は、それでも転びそうな娘のもとへ小走りに向かう。
そこへ現れた自転車。
かなりのスピードで走ってきたため、誰も気が付かなかった。母親も気付くのが遅れた。
気付いたのはただ一人。
彼女は少女の近くで同じく桜を見ていた。さらさらとした短い黒髪が風になびいていた。
彼女はあわてて少女を抱きとめる。その横を自転車が走り抜けた。少し接触したようだった。
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バランスを崩した彼女は少女がガードレールにぶつかるのをかばい、縁石に頭を強くぶつけた。
◇◇◇◇◇◇
その日は、
近くの神社で桜祭りがやっていた。
駐車場に入れない車で路上駐車が多かった。
◇◇◇◇◇◇
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ひんやりとした部屋。
あの女性は私が怯えていた人だった。
桜の花びらがひらひらと舞い落ちてきた。
…ツタエタイ
…カレニツタエタイ ソレダケナノ
涙が頬を流れる。私は泣いていた。哀しいのか切ないのかわからない。けれど、怖い気持ちはない。
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あのバングルの青年は功くんだ。
彼女は功くんにお礼を言いたいのかな。詳しい経緯は分からないけど、きっとそう言うことなんだ。
功くん零感だもんなー。それで私に憑いてきたんだ。
にしても、どうやって伝えたらいいんだろう。電話やメールで伝えるのは違う気がする。
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彼女はきっと直接言いたいんだよね。私に憑いて来てるわけだし。
よし!功くんに会いに行こう!
◇◇◇◇◇◇
喫茶店で待ち合わせ。功くんと喫茶店で会うなんて出会った頃以来だ。
そうそう。彼女はぼんやりとだが、今は常に見えている。
メニュー表を見ていた。視線は《旬の果物をたっぷりつかった焼きタルト》に注がれている。
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…食べたいんだろうか。会話によるコミュニケーションはなぜかできない。私が聞こえないだけか、口が動くのは分かるんだけど。
頼んだところで食べれるのか疑問だが、注文することにした。功くんは甘党だし、無駄にはならないはずだ。
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◇◇◇◇◇◇
あれ?しーちゃん甘いの苦手じゃなかった?
席に着くなり核心部に触れる功くん。
これはお供えみたいなもんだよ。
予想外の私の言葉にきょとんとした功くんだった。
功くん。甘いの好きでしょ?食べてもいいよ。
そう…なの?じゃ、頂きます。
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タルトを食べる功くんをどうやらにこにこしながら彼女は見ている。
ところでさ、食べてるとこ悪いんだけど功くん。春に○○県行った?
え?行ったよ。どかした?
そこで、お花手向けた?
え??手向けたってか、桜の小枝が落ちてて、それとチョコレート。
やっぱり。その人がお礼言いたいみたいなんだ。
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その人?って、その人の親戚か誰か?てか、しーちゃん、お姉さんなんていたっけ?いつからお姉さん座ってたの??
言いながら功くんはぺこりと会釈した。彼女に向かって。
すると彼女は驚いて慌てて頭を下げた。
あ、いえいえこちらこそ。いやーどうもどうも。いえいえ、とんでもない!
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頭の下げ合いが続き、改めて紹介すると功くんは凍りついた。
彼には彼女がはっきり見えているという。しかも、声も聞こえてるそうな。
…アリガトウ
彼女の声が聞こえた。店内に風が吹いた。思わず目をつぶるお客たち。
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目を開けると木目調のテーブルに桜の花びらが数枚ひらひらと落ちてきたところだった。
彼女はいなくなっていた。功くんもきょろきょろしている。
うん。満足したのかな。成仏ってやつかな。
私はなんだか、清々しい気分だった。
食べかけのタルトや飲みかけの紅茶が無くなっていたけど、功くんも照れ笑いのような少しほっぺを赤くして笑っていた。
作者粉粧楼
終わったー!!怖い話を書くつもりが、怖い話を書いてると自分が怖くなってきてしまうので、良い話にしてみました(*^^*)
この話は後輩の話をもとにしたフィクションになります。完全に私の妄想です。
駄文にお付き合い頂きまして誠にありがとうございましたm(__)m