友人Fに誘われて、新車の慣らしに付き合わされた。
Fは高校生の頃はバイクに凝りまくっていたが、卒業すると、車のレストアを始めた。
彼は学習障害だったが、修理の才能はすごい。
中学生の頃は、廃棄された自転車の部品をレストアして、
一台の完成品に作り上げたりしていて、
仲間内では一目置かれる存在だった。
高校時代はバイク、卒業すると自動車、AT車をMTに積み替えて車検を通したりしている。
そして、成人前に、自営で修理とレストアをすることになった。
彼とどういう理由で知り合ったか、
彼は小学生の頃、私は地方の私立の大学生だった。
彼は学習塾どこに行っても、箸にも棒にもかからない状態で続かない。
親は私が優秀ではないことは重々知っていたが、
私が近所の子供の勉強を見ていたので、
駄目元で連れてきたのである。
初めのうちは、逃げよう逃げようとしていたが、
私のゆるい性格が気に入ったのか、どうにか居着いた。
実は私も学習障害で子供の頃は悩んでいた。
彼がどこで引っかかっているか、痛いほど分かる。
その当時は、プロの学習塾だったら、こういうケースはいわば天敵、下手すれば経営が成り立たなくなる。
だから、門戸はかなり狭かった。
こちとら筋金入りのアマチュアである。
学習というより釣りみたいな物、ピピっと手応えがあった時に教える。
冗談言ったり、自転車修理の話を聞いてモチベーションを探ったり。
保護者には睨まれたが、徐々に効果が出てきて、意欲が出てくる。
気が付けば、高校卒業までの付き合いになってしまった。
連れ感覚というか、お・と・も・だ・ち
長くなった。話を新車の馴らしに戻そう。
九十九折の道路を走るとその曲がり角には何箇所か、古い地蔵があった。
その多くがこの道路ができる前の昔の峠道の頃から祀られているものらしい。
この辺りは難所で、行き倒れが多かったそうである。
地蔵のあるところでは、確実人が死んでいる。
Fが急ブレーキを踏んだ。
爺さんが一人、道路の真ん中あたりに立っている。
車は360°+90°回転して停車した。
「轢いてもたか……」
Fがつぶやく。
ゴムの焼けた臭いがする。
私は、彼がブレーキをかけたとき、爺さんが煙のように消えたのを見ている。
「轢いてない。それより、あれ見てみ」
私は、後ろを指差した。
「あっ!地蔵転んでる!」
どういう理由か知らないが、爺さんが立っていたあたりの道の脇に古い地蔵が寝ている。
「起こして欲しいんちゃうか?」
そう言うと、
「気色悪い事言わんといてね。車の向きもかわったことやし、もう帰るわ」
そう言って即行発車して道を下り始める。
「爺さんがメッセージ出してるのに無視するんか?」
「気のせい気のせい」
そういうので、
「ここでタイヤ見といたほうが良いと思うで。
帰りバーストでもしたら、難儀やで」
彼は車から降りてタイヤを確認する。
そう、車命の彼は、こういう場合は真っ先に車を降りて細かくチェックすることを見ている。
すごく動揺しているのが分かる。
朝になったら、私一人で地蔵を起こしに行こう行こう。
それまで、霊障なんか起こりませんように。
一通り点検して異常なしということで、彼は車を発進した。
しばらく車を走らせて、彼は急に車を停めた。
青くなって震えている。
「ちょ、ちょっと後部座席確認してくれる?」
私が、後部座席の方を振り返ると……。
座ってた。さっきの爺さん……。
さっきは爺さんであることは分かったが、服装までは確認していない。
昔の旅姿である。
頭は単なる禿頭と思っていたが、申し訳程度の髷を結っている。
背中に饅頭笠らしきものを背負っている。
六部さんか?
私と目が合うと申し訳なさげに、頭を下げている。
六部さんなら宗教家である。
日本全国の霊場に六十六部の法華経を写経して奉納する行者で、巡礼のような山伏のような格好をしている。
悪い霊ではなさそうだ。
でもかなり古いから、こんなに輪郭をはっきり保っているのは稀有というか、
もっとも、かなり希薄になっている。
消える寸前か。
私はFに言った。
「あ、ちょっと運転替わって、お前ちょっと無理やろ?運転するわ」
Fはかなり怯えている。震えながら
「なんかいる?」
そう聞くので、
「気のせい気のせい、さっきの事で動揺してるから」
そう適当で無責任なことを言って、誤魔化して、運転を替わって、有無を言わさず、倒れた地蔵の所に引き返した。
「何で?何で?何で?」
ビビるFに、
「いやいや、ちょっとは親切にせんといかんやろ?
お前、この車に爺さんが居着いたら色々都合悪りぃやろ?
彼女に振られるで」
そう言うとFは頭を抱えた。
「やっぱり居るんや……」
なまじ仏事やってしまって、執着作ってしまって成仏できなくなっている。
地蔵は小さいからたやすく台座に立てることができた。
そして、ちょっと拝んで帰路についた。
私はFに言った。
「今回は特別やで。この道は夜に来るのはやめとき。何時か命を取られんとも限らんから」
多分あの爺さん、死ぬ時に、誰を恨むでもなく死んだらここを行き交う人たちを守りたいと思ったのであろう。
残念ながら、それを知ってきっちり祀ってくれる人がなかった。
気持ちがあっても力不足だったのだろう。
私は家に帰って熟睡できた。何の夢も見なかったよ。
でも、朝目覚めてびっくりした。
いつの間にかFが私の横で座ってた。コタツで居眠りこいてる。
「わ!何?何でお前ここにおるんや?」
Fは寝ぼけた顔で、
「いや、部屋で 寝よう思ったら、あの爺さん俺の枕元でニコニコしながら座ってた。それでここまで逃げてきたんや」
私は呆れて聞いた。
「お前どっから入ってきたんや?」
「戸を叩いても反応ないから、ダメ元でドアノブ捻ったら鍵かかってないから入ってきたんや。
この辺り物騒やから、鍵はかけといた方が良いで。
今回は俺は助かったけど」
そう言う。その時、私は妙なことに気付いた。
「ん?布団にお前の移り香が残ってるけど?」
「怖かったから、さっきまでそこで寝てた。まあ気にしいな」
そう言われても……。
作者純賢庵
母が亡くなり一人暮らしするようになった頃の話です。