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短編2
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記念日の朝に

猛暑が続いていた頃。

朝、廊下に出ると花と果物の強烈な芳香が漂っている。

南国を思わせる匂いだった。

見ると、玄関が開いている。暑いからか。

だが、内側の網戸まで開いている。

(虫が入るじゃない…)

網戸だけでも閉めておこう。

そう考えて戸口に近づく。

カラッ。タン。

小気味よい音を立てて、引き戸が勝手に閉まった。

もちろん風の仕業などでは無い。

口を開けたまま立ち尽くしていると、居間から泣き声が聞こえた。

入ると、父が母の肩を抱いている。

泣いていたのは母だった。

「どうしたの?」

「いや、何でもないんだ」

父親が視線も合わさずに答えた。

今し方起こったことを話すきっかけを失ってしまった。

その日から、仏壇に飾られた祖父母の写真が無くなった。

母に理由を訪ねたが、曖昧な返事しか返ってこなかった。

◆ ◆ ◆ ◆

子のない夫婦がいた。

いつも二人、仲が良かった。

結婚して長いが、いつも手を繋いで歩く程だった。

十回目の結婚記念日の朝だった。

「あ。待って」

妻が夫の手を握った。

愛おしそうに指を絡めてくる。

「おいおい。もう行かなくちゃ」

笑いながら夫が手を離した。

妻は名残惜しそうな…いや悲しそうな笑顔を浮かべ、 手を振った。

その日、妻が自宅で倒れているのを、彼女の母が見つけた。

昏睡状態が続き、そのまま眠るように息を引き取った。

結婚記念日から、ちょうど一週間だった。

十一回目の記念日を共に祝うことは、永遠になくなった。

だが、記念日の朝には必ず、見えない手で右手を握られるのだという。

広いベットの中、その手の感触で目が覚める。

握り返すと僅かに弾力を感じることができる。

暖かく、滑らかで小さな手だと分かるのだ。

妻の手だ、と思う。

涙が流れそうになったとき、手の感触が消えた。

妻が居なくなって五年経つ。

今も夫は後妻を貰わない。

毎年の記念日だけを楽しみに生きている。

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