小学生の時、僕は友達の男の子をいじめていた。
彼はひどい貧乏だった。
住居は板造りのボロ屋で、服はいつも泥だらけ。
体は何も食べていないんじゃないかというほど痩せ細り、まるで辺境の地の怪しい民族たちが持っている魔除け人形みたいだった。
僕が彼をいじめたきっかけは、彼独特の愛想笑いにあった。
こづかれても、家の貧乏を馬鹿にされても、彼は目を三日月のように細めて笑い、いつもヘラヘラしていた。
幼い頃からガキ大将だった僕は、それが気に入らなかった。
バカにされている気がしたのか、その笑顔のどこかに薄気味悪さを感じていたのか、とにかくあのヘラヘラ顔が大嫌いだった。
自然、いじめの度合いは日に日にエスカレートし、僕は人目を盗んでは彼の背中やお腹を蹴っていた。
そんな彼と再会したのは二年前の冬。
正月、東京から帰省した僕は、故郷の街並みをプラプラ歩いていた。
夕焼けに染まった河川敷は学生時代の自転車通学を蘇らせ、とても懐かしかった。
すると、道の向こうから歩いてくる一人の男がいた。
ぼくは一目でわかった。彼だ。
彼は大人になった今はどこかの工場に努めているのか、油汚れの目立つ作業服姿で犬を連れ、こちらに向かい、とぼとぼ歩いてきた。
僕は声をかけようか迷った。
過去に犯した罪があるだけに、気軽に「よっ」とはいけない。
(このタイミングを逃すと、もしかしたら彼とはもう一生会えないかもしれない。どうしよう…
いじめの事を謝るなら今しかないと思うけど…)
しかしそんな悠長な考えは彼との距離がつまり、その姿形がはっきり見えはじめると一気に消し飛んだ。
その理由は彼が連れてる犬にあった。
そいつは見ててかわいそうになるほどガリガリで、背骨の形が露に浮き出ていた。どこかの足をかばっているのかひょこひょこ歩き、右に左に足取りはおぼつかない。
片目が潰れ、毛はほぼ抜け落ち、腹のあたりに血の塊のようなどす黒い傷跡がある。
彼がぐいと邪険にリードを引っ張ると、何の抵抗も見せず、すごすごと従った。
僕は背筋がゾッとした
その犬は、まるで彼が今までため込んだ怒りのすべてを、一身に受けているような気がしたから。
あの愛想笑いでごまかしてきたツケの全てが、このおぞましい虐待に出ている…そう直感した。
さらに彼がこちらへ、一步、二歩と近づいてくる
すれ違った
僕は無言のままやりすごした。
そのときだ
通り過ぎた彼が、僕の背中で優しくこう言うのが聞こえた。
「おいで、ケンタロウ」
心臓が跳ね上がった。
ーーーケンタロウーーー
それは僕の名前だった。
作者きよ-2