三年前に務めていた、都内にある某デパートで起こった話です。
私はそのデパートの警備員をしていました。とは言っても、その仕事について半年しか経っておらず、まだまだ新人でした。
仕事内容としては建物内の見廻りや駐車場の誘導。また万引きや事故などに繋がらないように監視カメラで各フロアの監視などを行っていました。
また、勤務体制は他の警備会社にも多いように昼間と夜勤がありました。
それまで私は、趣味の関係で昼間の時間に勤務していたのですが、その趣味仲間の都合で暫く趣味を楽しめない期間が続く事になりました。
それで、この事態を好機と捉えて、昼間の時間から夜勤への変更を上司である所長に願い出ました。理由は勿論、給与がその分高くなるからです。
実は以前より、夜勤勤務者の不足で上司や同僚から夜勤勤務を勧められていたのですが、先に述べたように趣味の関係があったので断っていました。
幸いにも、夜勤勤務者不足は続いていたので、直ぐに夜勤勤務へと変更になりました。
勤務時間は21時から翌日の6時までになりましたので、最初は仕事と言うより睡魔との闘いでした。
しかし身体というものは、やはり慣れてくるもので、暫くすると仕事に集中出来るようになりました。
仕事としては、デパートが 21時に閉店すると、まずは各フロアの巡回です。だいたい各フロアに入っているお店の店員が残っていて、片付けや翌日の準備などをしていますが、22時前には店員の方達も帰られて誰もいなくなります。
一通り巡回を終えると、警備室に篭ってほとんど監視カメラと睨めっこをする形になります。途中、1時と4時に再度巡回をします。以前までは、3時だけだったのですが、深夜と早朝に侵入者があったとかで、最近変わったと聞きました。正直、この巡回が一番大変でした。
そんな夜勤にも慣れ始め、丁度半年が経とうとしていた頃、夜勤組に佐藤という20代のアルバイトが入りました。
夜勤組は主に3人で交代しながら仕事をするのですが、私はこの佐藤の教育係として暫く一緒に巡回をして仕事を教えました。
それであの日、9月の少し涼しくなってきた時期に事故が起きたのです。
佐藤は仕事を覚えるのが早く、一人で巡回をしていました。私は警備室で、仮眠をしている山本さんの隣で監視カメラをチェックしていました。山本さんは入社してから6年、ずっと夜勤勤務をしていたベテランです。
私は、佐藤が2階から上へと各フロアを巡回している様子を、時折確認しつつコーヒーを飲んでいました。
異変が起こったのは、佐藤が8階のフロアを確認し終えた時でした。
そのデパートは9階建てだったのですが、9階は古い倉庫と屋上に出る扉があるだけなので、8階のフロアの巡回を終えるとエレベーターでそのまま、警備室のある1階に降りてくるのです。
しかし佐藤は、9階へと続く階段をジッと見つめながら動かなくなってしまいました。
私は直ぐに、通信機で佐藤に連絡をとりました。
一体どうしたのか、何かいたのか、といった事を問うと、佐藤は上を見ながら応答しました。
「いえ、何か気のせいかもしれないんですが…」
佐藤がそこまで言いかけた時、通信機からエレベーターの到着音が聞こえました。
直ぐに別の映像を確認すると、階段の脇にある業務用の大型エレベーターが8階に到着してフロアを怪しげに明るくしていました。
客用エレベーターは8階までしか行けないのに対し、9階まで行ける無人の業務用エレベーターが動き出した事に対し、私はかなりの不安と恐怖で怯えました。
以前にも一度、客用エレベーターが誤作動で動いた事がありましたが、今回の目の前で起きている事に嫌な予感がしたのです。
再び佐藤に通信機で、早く降りてくるようにと、伝えました。
しかし、佐藤からの応答はありませんでした。いえ、正確には応答はあったのですが、ノイズ交じりになり通信が出来なくなったのです。
そしてあろうことか、佐藤は何かに吸い寄せられるように業務用エレベーターに乗り込みました。
私は一瞬、身体が凍りつく感覚に襲われました。しかし直ぐに、隣で寝ていた山本さんを起こしました。
山本さんは最初、眠そうな目を手で擦りながら私の話を聞いていましたが、9階という階数を言った瞬間、その手がピタリと止まりました。
そして直ぐに、時計に目をやりました。
壁にかかっていたデジタル時計が『01:58』と表記されていたことを憶えています。
山本さんは時間を確認すると、9階の映像のスイッチを入れました。
普段は映し出されていない、9階の映像が出ました。
私はこの時まで、9階に監視カメラがあることを知りませんでした。
監視カメラには、左側に業務用エレベーターと階段、左奥の屋上へ出る扉、そして右側の手前にある倉庫の扉が映し出されました。
佐藤は、その丁度、中央に位置する場所にカメラを背に立っていました。彼は、恐らく屋上に続く扉を見つめている様でした。
この光景を確認した山本さんは、急いで携帯電話を取り出して、上司である所長に連絡を始めました。
隣で山本さんが電話で事態の内容を説明している時、監視カメラが大きくブレ始め、次第に映像が点滅を繰り返しました。
そして映像のせいなのか佐藤が一度痙攣したような様子を見せたあと、もの凄い速さで屋上の扉の所まで駆け寄り、扉を叩き始めたのです。
彼は手に持っていた懐中電灯を床に投げつけ、ドアノブを無理矢理回そうとしたり、時折身体を大きく左右に降りながら、奇行は続きました。
そのまるで狂ったような光景を、私はただ見ている事しか出来ませんでした。目の前の光景は悪夢なんじゃないかと思ったくらいです。
しかし、そんな私を他所に、山本さんは電話越しに何かをメモとり、そして館内放送の基盤を操作しました。
放送箇所を9階に設定した山本さんは、マイクに向って文句を唱えました。
「○○○○(人名)さん、家族が待っています。○○○○さん、家族が待っています。○○○○さん、家族が待っています」
マイクに向って、そんな訳の分からない事を唱え始めた山本さんを、私は最初佐藤と同じように狂ったんじゃないかと思いました。
しかし、映像に映った佐藤の様子に変化が表れました。激しかった動きが、少し和らいだのです。
「○○○(先程とは別の人名)は死にました。○○○は死にました。○○○は死にました」
山本さんが、そう3回唱え終えた時には動きが完全に止まりました。
私と山本さんは、暫くその様子を見ていました。私はその時、心の何処かで、この恐怖の終わりを感じていました。
しかし、違いました。
佐藤が、カメラに向って勢いよく走り出したかと思うと、一瞬カメラの死角に入り消えたした。
次の瞬間、映像に映ったのは、白目を向いて笑いながら何かを叫ぶ佐藤の顔でした。
その直後、映像は消え真っ黒な画面が、腰を抜かす私達2人を写すだけでした。
私は山本さんの肩を借りて、ようやく立ち上がれました。そして数分後には、青い顔をして来た所長に会いました。
所長の後ろには、神主さんらしき格好をした方とデパートの副主任がいました。
山本さんから説明を聞くと、三人は急いで9階に向かいました。
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後日談は、その事故の2日後に山本さんに聞きました。
結論としては、佐藤は気が触れていたそうです。
あの後、所長達3人は9階で蹲る佐藤を見つけると、神主さんが歩み寄り治療を施そうとしたようですが、出来なかったそうです。
理由は、『既に脱け殻だから』だそうです。
そもそもあのデパートは、立地的に良くない場所に建てられたそうで、完成直後から色々と良く無い事が起こったそうです。
それで、その原因となるモノを鎮める為に屋上の一部分に御神体の入った祠を設けて、年1回のペースでデパートの幹部の方達一部と神主さんで儀式を行っていたそうです。
しかし、数年前にデパートの従業員の女性が、別の従業員の女性からのイジメが原因で気を病んでしまい、屋上から飛び降り自殺をしました。(このニュースは、私も見ました)
しかし、あろう事かその時何故か祠の御神体を持ち出し飛び降りたそうです。
それ以降、この9階では何かの目撃談が相次ぎました。
デパート側は神主さんに、その原因究明を求めた結果、やはりその何かは飛び降りた女性の霊だったらしいのですが、何やら特殊でとても成仏出来ないということでした。
祠には新しい御神体が設けられましたが、その女性の霊の気配が消えない。
その苦肉の策として、霊の通り道と屋上への扉の側に2つの盛り塩を設けたそうです。
霊の通り道は、敢えて目の前に霊を通らせる事により、生きた人間を呼ばせないようにする事。そして、盛り塩による結界でデパートに侵入出来ないようにした、という事でした。
「あの男性は、多分霊の通り道に気が付いたんだろう。そして、そのまま彼女に魅入られたんだろう」
神主さんは、副主任と所長にそう説明したそうです。
佐藤には、デパートと警備会社から多額の見舞金が送られたという噂です。ただその見舞金は、実際には佐藤の家族への口止め料なんじゃないかという話です。
事実、その事故はニュース沙汰には成らず、佐藤の家族もまた訴訟などを起こしていません。
私は、その事故から一ヶ月後には会社を辞めました。勿論、過去の事故と佐藤の奇行とその後にショックを受けた事が理由です。
しかしそれ以上に、私は山本さんがボソリと呟いた一言で辞める決心をしました。
「なんかなあ、神主さんが言ってたんだよ。『あんた会社を早く辞めた方が良い』って」
「理由を聞くとな、こう答えたんだ。『結界の役割りをしていた盛り塩の皿が一つは粉々に砕けている。そして無いんだよ。もう一つの盛り塩の皿がー』」
作者朽屋’s
佐藤と山本は仮名です。