街中を歩いていたら声を掛けられた。
「すみません、ちょっと宜しいですか」
振り返ると、不健康そうな顔色の男が立っていた。にこにこと愛想笑いを浮かべているが、どこか陰気臭い。おまけに、これから葬式に参列してくるんですよとでも言いたげな、喪服のようなダークスーツに身を包んでいた。
私が黙っていると、男は気が抜けたように笑いながら、懐から何かを取り戻した。
「私の代わりに押して貰えませんかね」
それはーーー白いボタンと黒いボタンが隣り合わせで並んでいる何かの装置だった。手の平に収まるくらいの小さな装置である。
「何です、これは」
つい興味を引かれ、尋ねた。男は相変わらずニヤニヤしながら、ぼそぼそとこう言った。
「白いボタンを押すと、あなた以外の全人類が滅亡します。黒いボタンを押すと、あなた一人だけが滅亡し、他の人類は助かるんです」
「……はあ?」
馬鹿馬鹿しい。この人は一体、何を言うのだろう。
男はニヤニヤしながらも、「僕には選べません」「あなたに託します」とか何とか言いつつ、私に装置を押し付けた。そしてそのまま逃げるように場を立ち去った。
変な物を押し付けられてムッとしつつ。私は手の平に収まる小さな装置をまじまじと見た。悪戯にしてはチャチな気がしたが、本気にするほど私も狂っちゃいない。
白いボタンを押すと、あなた以外の全人類が……
黒いボタンを押すと、あなた一人だけが……
男の言葉を思い出し、軽く失笑した。世の中には暇な人間がいるものだと思いつつ、私はボタンを押した。
そして後悔した。
作者まめのすけ。-2