初めまして。まめのすけ。と申します。ふらふら生きている社会人です。
ふと思い出した話があるので、久しぶりに投稿させて頂きます。お目汚しかもしれませんが、お付き合い下されば幸いです。
これは……誰に聞いたかは敢えて伏せるのですが、私の体験談ではないことは確かです。仮に吉川さんとしましょうか。吉川さんの体験談です。
高校生の吉川さんは原宿で買い物するのが趣味でした。ある日曜日、友人を誘って原宿に来ていたんですよね。ふらふら出歩いていたんですが……ふと手近にあるビルを見上げると、
「占いの館」
看板が出ていたそうです。二階の一番端の部屋の窓ガラスに、そんな看板が。
吉川さんはすぐに興味を引かれ、友人を引っ張ってそのビルに駆け込みました。女性は好きですからね、「占い」。吉川さんもまた然りだったようです。
意気揚々とドアを開けると、何とも薄暗い部屋でした。昼間であるにも関わらず空気がどんよりと重く、陰鬱な雨の午後を思わせる湿っぽい匂いがしたそうです。
室内には怪しげな装飾の施されたテーブル、そして小さな革張りのソファーが一つ。そしてテーブルの前には、黒ずくめの衣装に身を包んだ、若いとも若くないとも言い難い、年齢不詳の占い師がポツンと座っていました。
挨拶もそこそこ、吉川さんと友人はソファーに座るよう言われました。友人は占い師の圧倒的な怪しさに怯み、自分は何も占って貰わないからと吉川さんに耳打ちしました。
吉川さんも、自分が抱いていた占いのイメージとは大差あることを実感しつつ、今更あとには引けません。吉川さんはぎこちない笑顔を浮かべ、占い師に「今後の自分の運勢を占って欲しい」と、お願いしました。
占い師はまず、どの占い道具で占うかを選んで下さいと言いました。水晶玉、タロットカード、姓名判断、占星術、トランプetc.迷った結果、吉川さんはトランプを選択しました。
占い師はトランプをテーブルに並べ、札をひっくり返したり、ぐしゃぐしゃと掻き回したりしていましたが、やがて大きく息をつきました。そして固唾を飲んで座っている吉川さんにスペードのエースを手渡しました。
「占いの結果を説明致します」
占い師は抑揚のない口調で切り出しました。
「あなたの今後の運勢を占いました。それによりますと、あまり芳しくない結果が出たのです。26歳から運気は好転しますが、それまでは立て続けに死にたいと思うような不幸な出来事が起きるでしょう。カードは嘘をつきません。恐ろしいほど端的に、残酷に、真実のみを掲示するのです。ゆめゆめお忘れなきように」
吉川さんは嫌な気持ちになり、占い料二千円を払うとさっさと占いの館をあとにしました。ビルを出ると、ちょうどクラスメートが通りかかったので、占いの館での出来事をぶちまけました。
「本当、最悪。二千円も払ったのに損した。死にたいと思うような不幸な出来事が立て続けに起きるんだってさ」
半ば愚痴っぽく話していると、クラスメートの子は興味を持ち出し、自分も占ってほしいと言い出しました。そこで今度は三人で占いの館に行くべく、ビルに入りました。
ところが。
二階には占いの館という場所はどこにもないのです。先ほど、吉川さん達が訪れた二階の隅の部屋は普通のオフィスで、社員が忙しそうに仕事をしているだけ。占い師は見当たりません。
社員にも聞いたのですが、このビルに占いの館なんてものはないと言われました。念のため、ビル内をあちこち歩き回りましたが、どの階にも占いの館はありませんでした。
しかし、吉川さんは確かに占い師に会っているのです。その証拠に、彼女の手元には占い師から手渡されたスペードのエースがあるのですから。
現在、吉川さんは高校を卒業し、二十歳を迎えました。彼女が今頃どこでどうしているか、死にたいと思うような不幸な出来事が立て続けに起きているのか……それは分かりません。私と吉川さんはそもそも面識がありませんからね。勿論、連絡先も知りません。
あと六年ーーー彼女が平穏無事で過ごせますようにと祈るしかないのです。私には残念ながらそれくらいしか出来ません。
余談ですが。とあるトランプ作りの技師は、スペードのエースにフランスの聖女ジャンヌダルクをモチーフとした女神の絵を描きました。聖女として崇められた反面、魔女として火刑に処せられた、不幸であり不吉な女性という意味合いを込め、ジャンヌダルクの絵を施したのだとか。
作者まめのすけ。-2