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正直、見たことはないし、気のせいだとか、そうだったら面白いなくらいにしか思っていなかった。幽霊なんて。
久しぶりに外回りの仕事を任された。客層を調べるのだ。あてがわれた公共住宅。九階建ての社宅だった。アタシはとりあえず九階に向かうことにした。管理人はない。管理室もない。出入り自由、ポスティングも難しくない。
エレベーターの前に立ち、上に行くボタンを押した。
なんとなく、なんとなく後ろを見た。建物の構造のせいか、コの字型にはまりこんでいるアタシ。なにか気配があった。
子供が座り込んでいる。ゾワゾワするうなじを撫でながら開いたエレベーターに乗り込み、九階を押した。閉じたドアからは子供は見えない。気のせいだ。
そう思っていたが、何故か窓の外を見ることが出来ず、かといって背中を向けることも出来なかった。
怖いのだ。視界の端っこに窓の外を入れながらも携帯電話を操作する。早く着いて。
窓の外を誰かが落ちるような気配が脳裏に貼り付く。口を大きく開けた誰かが頭から落ちていく。
九階の何軒かのインターホンを押し、年齢の相場を確認する。一軒はかなり印象がよかった。今度、エステにいらっしゃいませんか? お会いできた方だけにこのクーポン券を差し上げています。にこやかに受け取る主婦に丁寧に頭を下げた。
九階からエレベーターに乗る覚悟が出来ず、外階段をグルグルと降りてくる。本来なら各階、何軒かずつたずねるのだが、今日は出来ない。気のせいだ。大丈夫。
何日かして、会うことが出来た主婦がエステに来てくれた。アタシを指名してくれたし、歳が近いのか話も弾んだ。
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「私ね、エレベーターが、怖くて。上りは仕方ないけど、降りるとき? 出掛けるときは外階段を降りるのよ」
ハッとして一瞬、手が主婦の顔から離れた。
「あら、瀬木さんも分かった? あのエレベーター、出るらしいのよ。社宅だから部屋をこちらが指定するのも、まあ、色々あるからねえ。仕方ないわね」
そのあとの客の話で分かったのは九階から自殺した主婦がいたこと。それを学校から帰ってきた子供が発見したことをまた別の客からの話で分かった。
何度も落ちる母親を下から見るしか出来なかった子供。あの子はアタシと違って上がりたいけどエレベーターに乗れないんじゃないかと思った。生き霊なんだろうか。子供さん、生きているといいな、なんて終わらない主婦の噂話に今日も相槌を打つ。
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作者退会会員