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引っ越したと言った。
「そうですか、急だったんじゃないですか?」
「まあね。隆之のこともあるし」
「いよいよ、結婚ですか? 素敵ですね」
昼休み、持参した弁当を広げてプチ女子会になった。アタシと雪屋橋と新人の麻友。エステルームの一日をこの三人で切り盛りする。
「瀬木さん、泊まりにいらっしゃいな」
「え、アタシですか?」
雪屋橋はアタシを何故か親友扱いする。いつだって上から目線の割りには急に親しげになる時がある。
「いいな、新居ですよ」
麻友は控えめに賛同する。アタシにも雪屋橋にも気に入られたくて、視線がフラフラしている。シフトの関係で麻友も一緒にとはいかない。じゃあぜひ、と合わせておいた。
「瀬木さんは、ほら、霊感があるから」
「そんな、気のせいです、そんな気がするだけで」
ある社宅の薄暗い死角にいる子供やバスに気を付けろとよく話しかけてくる女性。気のせいじゃないことはもう分かった。あれから知らない人に道を聞かれるときも、生きている人なのかどうかをよく見てしまうようになった。
「うわ、すごい。あ、そういえば、また水溜まり、ありましたよ」
ここ最近、毎日のように、店の床の同じ場所に黄色い水溜まりができるのだ。天井からの雨漏りでもなく、何かを毎日溢したわけでもない。
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「女よ」
ポツンと雪屋橋が言った。
「え」
「女の幽霊よ。何かあるのかしら」
アタシよりよっぽど霊感があるようだ。
「麻友ちゃんの前にいた二人、子宮筋腫と子宮けいガンだったのよ」
二人とも入院を経て、今は元気にしている。子宮筋腫の子とは来週、ご飯を食べる約束をしている。
「雪屋橋さん、詳しいですね」
麻友は目をキラキラさせてよ、雪屋橋の話に食いついた。あまりききたくなかったが仕方ない。午後は六時まで時間が空いてしまっている。席を立つ理由が見当たらない。
「麻友ちゃんは大丈夫? 健診、ちゃんと行かないとね。若さは関係ないのよ」
「はあい。あ、分かったっ。雪屋橋さん、もしかしておめでたなんじゃないですか? だから引っ越して、晴れて入籍っ」
雪屋橋の視線が一瞬、揺らいだ。その揺らぎはアタシの視線とは絡まなかった。
嘘だ。嘘なのだ。アタシが気付いたことを悟られるわけにはいかない。直感だ。上手く距離をとらないと。
あの「隆之」と同じ目に遭う。
死んだ人間より、今、目の前で笑う雪屋橋が一番怖い。
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作者退会会員