朱理さんは中学三年生。
進学する高校も決まり胸を弾ませていた三月。
一通の手紙が届いた。
差出人は小学校の同級生A君。
茶封筒に入っていた手紙にはこう書かれていた。
「ずっとあなたのことが好きでした。
もしよかったら付き合ってください」
そして最後の行に携帯電話の番号とアドレスが書かれてあった。
朱理さんは中学は親の都合で地元の中学に進学せずに地方の中学に進学。
急に決まってしまったためか、友達とロクなお別れもできなかった。
本人は気づいていないが結構モテていた。
もしお別れということを知っていたなら告白とかされてもおかしくない。
もちろん素直にラブレターをもらったことは嬉しい。
今までいくつかあるけどいくら手紙とは言え好きと言われ嫌な気分にはならない。
記憶が正しければAはまあまあ仲の良かった男の子だった。
特に彼氏もいなかったが付き合う気がなかった。
返事を書こうとしたがふと止まった。
というより・・・なんだろう?何かもやがかかったような・・・
頭の中にある何かがブレーキを踏んでいる。
結局返事はしないまま朱理さんは高校に進学した。
その手紙もいつの間にかなくしてしまいもうAとの連絡の方法はなくなった。
翌年の正月、郵便受けに届いた年賀状をみるとAから朱理さん宛の年賀状があった。
書かれている内容は当たり障りのないごくごく普通の年賀状。
一言「久しぶり、元気でお過ごしですか?」と書かれてある。
この時はなぜか返さなくてはいけないと思ったらしい。
一言二言書いてやり年賀状を出した。
年賀状がきたのはこの年だけで、手紙もあれから送られてこなくなった。
季節は流れ朱理さんは二十歳になり成人式のため卒業した小学校を訪れていた。
旧友との会話の途中でAについて思い出した。
今日なら「あの日」のことを聞けるかもしれない。
式の中、出席者にAはいないかと探し回ったが見つけることはできなかった。
しかし出席者名簿にはAの名前はあった。
Aと当時仲が良かったTに会うことはできたのでA君はどうしたのかと聞いてみた。
「A?あれ?さっきまで一緒にいたのになあ・・・。
まあ仕事忙しそうだしな。仕方ないのかもな」
「仕事?大学に行かなかったの?」
「家業が忙しいみたいでさ。ホントは大学行きたかったと思うんだよな。あいつ頭いいし」
想定外だった。これでは「あのこと」を聞き出すことができないのか。
「でも、朱理がAのこと探してたって言ったらあいつきっと喜ぶだろうな」
えっ?喜ぶ?
「あいつ、朱理のこと好きだったみたいだし」
ニヤニヤと笑うT。
Tなら何か知ってそうだ。
朱理さんは「あのこと」について聞いてみた。
五年前の手紙のこと、年賀状のこと。
「ああ、あの手紙?まあ賭けだからな」
どういうことだろう?
「あれは賭けに負けたあいつがいけないのさ」
どうやら当時なにか賭けをしていたらしく、負けたヤツは好きな人に告白するというまあなんだ、今から考えればなんともくだらない。
「当時は好きな人がバレるって結構いやだったね」
真顔で力説するT。
「それでAは・・・あたしが好きだった」
「そういうことだな。でも変だな・・・手紙は多分それで間違いないと思うんだけど・・・」
手紙のことはわかった。
じゃあ年賀状は?
「まあ年賀状を送ること自体別に変じゃないしそんなに気にしなくてもいいんじゃない?」
まあそれもそうだ。
特に気にするなといえばそれで終わってしまう。
変に付きまとわれているとか送って来るとかないし。
「そんなことより朱理今晩空いてるか?
今晩クラスのみんなで集まって飲もうってことになってるんだ。
来ないか?」
そんなの返事は決まっている。
せっかく旧友にも会えたんだ。
まだ積もる話もある。
二つ返事で了承するとT君はニカッ笑った。
「じゃあ@@@って居酒屋の前に午後6時待ち合わせな。本当は5時からなんだけどドッキリで朱理を呼びたいから1時間遅れて来てくれ。俺もそのタイミングで行くから。あ、あと他のクラスの奴には内緒な」
午後六時までまだ時間はある。
本音をいえば一緒にクラスのみんなと行きたかった。
ドッキリを仕掛けるのも楽しみであった。
なので「このあと空いてる?カラオケいかない?」という誘いも断り「用事があって式が終わったら帰る」と言ってしまった。
とはいえ行く宛はあったりする。
Aに会って見たくもあった。
家業を継いだということは家は小学校時代と変わっていないのだろう。
家自体は大体知っていたので行って見ることにした。
あの時の返事もしたかった。
Tからはもう仕事だからいないと言われたが一応念のため。
Aの家に着きチャイムを鳴らす。
しばらくするとAの母親だろうか五十くらいのおばさんが出てきた。
久しぶりに帰ってきたのでAに会いに来たということを伝えると血相を変えてAを呼びに行ってくれた。
久々に見たAは昔と何一つ変わってなくどことなく懐かしい。
「ひ、久しぶり・・・どうしたの?」
ひどく緊張しているのかどもっている。
まあ好きな人を前に無理もないかと思う。
「あの時の手紙の返事を伝えにきたの」
ん?というようなAの表情。
何のことかイマイチつかめていないようだ。
「手紙?な、ん何のこと?」
とぼけている・・・ようには見えない。
どういうこと?
両方が両方わけがわからなくなっていた。
とりあえず家に上がらしてもらい詳細を説明した。
Aの反応は凄まじかった。
「は、はあ~?ななななななんで!えっ?え?ええぇぇぇぇぇ?」
「その反応はどうなの?」
「そ、その手紙は確かに、確かに俺が書いた・・・でも・・・」
「でも?」
あたしを好きだってことは嘘じゃなかった。
なんだかそれだけでも嬉しくなった。
「送ったのは・・・俺じゃない」
台無しだ。
しかも意味がわからなかった。
書いたのに投函してない?
「俺は確かあの時賭けに負けてその手紙を書いた。
でも、投函の勇気がなかった俺に代わってTに頼んだ、んだ・・・
だから投函したのはTなんだよ。しかも・・・」
「え?だから?どういう?」
それにと言葉を続けるようにしてA君は一旦言葉を止めた。
「何・・・?急に言い止まらないでよ・・・」
気づけば泣いていた。
何が悲しいんだろう、いや怖い、怖いんだ!
この先のAの言葉を聞くのが怖い。
迷いながらAは言葉をなんとか繕った。
「俺、携帯電話、持ち始めたの・・・高校に入ってから・・・なんだ。だから・・・その・・・なんていうか・・・」
「いやああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
トゥルルル、トゥルルル
朱理の携帯電話が鳴っている。
相手はTだった。
気づけばもう時刻は午後六時を回っている。
電話を取ろうにも取れない。
もう恐怖で胸がいっぱいだった。
やがて留守番電話に切り替わる。
「あー朱理?もう六時だけど・・・来ないの?」
最後の「来ないの?」だけやけに声が低い。
聞き方によっては怒っている、そんな風に思える。
そんなイントネーションだった。
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あの日結局待ち合わせの場所には行かなかった。
あのまま帰宅して家に帰ってぐっすりと眠った。
さらに五年がたったある日、小学校の同級生と久しぶりに飲む機会があった。
そこにはAの姿もあった。
そこでAの口からTが亡くなったと伝えられた。
原因は自殺。
理由ははっきりとわかっていないそうだ。
ただこれはAに聞いた話。
「あいつお前のこと好き・・・だったと思うんだよな。
でもあの賭けがあったから・・・で、俺に取られることを恐れたTは手紙に自分の携帯電話の番号とアドレスを書き足したんだじゃないか?」
もしあの時返事をしていればAではなくTに返事していたことになる。
なんというかそんな事して何がいいのか。
誰が得するのか全く分からない。
「年賀状の件については多分確認・・・だったんじゃないかな?」
「確認?」
「間違って送ってないか・・・かな?」
年賀状は大体送られてきたら返すというマナーがある。
そこを利用したのだ。
「急に送られてきてびっくりしたけどな。嬉しさのあまり言いふらしちゃったよ。あれもTの計算だったって考えると吐き気がするけど」
これで住所は間違っていなかったことがわかった。
でもあの時の手紙の返事はない。
そうなると残るは・・・
「そして成人式だ。俺聞いてみたんだけどあの日みんな集まって騒いでいたの@@@って居酒屋じゃないんだ。***ってところ」
「そ、それって・・・」
震えが体全体を襲う。
寒気、吐き気がする。
「実力行使・・・ってこと、かな?」
あの日Tの言うことを聞かずにAの家に行っていなければ今無事かどうか分からない。
真相はTの口から語られることはなかったので真実かどうかはわからない。
でもTが朱理さんを好きだったということは間違ってない。
ただその表現方法が「アレ」であっただけである。
作者酢物