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玄人の板前であるRさんから、店や人の具体的な名前を出さないのならという条件で話してくれた話。
今から数年前、Rさんが今の料亭の前で働いていたとある老舗の割烹Hでの話。
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割烹Hは丁度四代目に代替わりをしていた頃で、この四代目が良く言えば革新的な人であり、古い慣習に縛られたらこの先生き残っていけない、今後この店は外国人も来てくれるような店構えにしなくてはならない。自説を述べるとRさんたち古参の板前が止めるのも聞かず、とある有名なデザイナーを呼び、外国人受けするような日本文化を色濃く出した風に店構えを改装をした。
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この改装により最も変わったところは店の入口に鳥居を模したオブジェが作られたことであり、4代目もそのオブジェはかなり気に入っていた。
改装後、今までと違う店の雰囲気に客足は減るんじゃないかというRさんの心配とは裏腹に鳥居のオブジェが目立つということで今まで以上に店は盛り上がりをみせた。
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しかしそれから間もなくして、明らかに何かが変わり始めた。
まず前兆として、今までの昔馴染みの常連がタイミングを計ったように一斉にぴたりと足を向けなくなった。
そしてその次に、急に食材の質が悪くなった。問題が無い一級品の食材であっても少し時間が経ってしまっただけで、食材の質が急に悪くなる。これにはRさんも今までこんなことは体験したことも無いと不思議に感じていた。
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常連がいなくなり食材の質も悪くなる、そのようなことが続いたことで当然のことながら客が目に見えて減り始めた。
何とか客足を取り戻そうと四代目は頑張ろうとするものの全てが裏目に出てしまい、いよいよ割烹Hも危ないのではないかという話が周りから出始めるほどだった。
Rさんは一連の不思議な現象に身も心も疲れ果て、今までの現象は心霊的な原因があるのではないかと普段考えないようなことも考えるようになってきた。
それからRさんは心霊なら寺にいけば何とかしてもらえると思い近くの寺を回ってみたが、何処もそういうことはしていないと断られた。
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しかしとある寺へ行ったときその寺の住職が、心霊絡みで困ったことがあるのなら解決してくれるかも知れない老女を知っているので紹介してくれることになった。
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それから数日後老女が店に来て店構えを見た瞬間、鳥居を模したオブジェクトを指さしながら「こんなところに鳥居を建てるからだ!!」と四代目に向かって怒鳴った。
老女が言うには、何も知らず鳥居を建てたことで神様の世界と割烹Hとの間に無理やり繋がりが出来て、神様が割烹にやって来たものの十分なおもてなしも受けなかったことに怒っているという。
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老女は対応策として店内の一か所を指さし。「あそこが神様の居場所なので、一日一回必ずあそこの場所に料理とお酒を用意しなさい。それでここに起きている現象は収まるはずです。そして収まったら必ず鳥居を取り外しなさい」
鳥居を建てたままにしておくと他の神様も来る可能性があるからという理由だった。
四代目も最初は信じていなかったが、今まで何をやっても裏目に出ていたことから藁にもすがる思いで老女の言うことを実践した。
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すると効果は一週間も経たないうちに表れた。食材の質が悪くなる現象がぴたりと止んだ。そして常連も徐々に戻ってきて、三か月ほどで前以上の盛り上がりまでみせるようになった。
このとき、Rさんは常連の一人に何故来なくなったかをそれとなく聞いたことがある。常連の一人が言うには、どうもこの店に来てると怒られているときのような嫌な気持ちになり、とてもじゃないが長くいることは出来なかったが、今はそのような気持ちが無くむしろ前よりも居心地がいいとのことだった。
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割烹Hで起きていた不思議な現象も収まり老女の言ったとおり鳥居を取り外すという段階で問題が起こった。四代目が今でも店が好調なのだから鳥居は取り外す必要はない、神様はちゃんとおもてなしをしていればそれでいいと言い出した。
老女の言うことは守るべきという主張のRさんと真っ向からぶつかり、最終的にRさんは店から出て行かなくてはならないことになった。
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そしてRさんが今の料亭で働き出してから少し経ったある日のこと、割烹HでRさんと共に古株だったAさんと偶然出会うことになる。
Rさんも割烹Hがどうなったのかずっと気掛かりだったので聞いてみた。Aさんが言うには店は今でも繁盛しているという、ただAさんは店の中で奇妙なものを見たという。
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「店もとっくに終了したぐらいの遅い時間に店内で喋り声が聞こえるから不思議に思って覗いてみたんだ、そうしたら四代目と四代目より一回り大きい毛むくじゃらの猿らしきものとが対面で座っていたんだよ。そのときの四代目の顔が下手な人形みたいに表情が無くてすっごい怖かったよ」
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また最近では四代目の顔が徐々にあの時みたいな表情が無い顔になってきているような感じがして怖いから他に移ろうと考えているとのことであった。
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あまりにも気になったRさんは以前も世話になった老女にそのことを伝えると、少し黙った後に口を開いた。
「手遅れですね」
老女が言うには神様といっても全員が人間にとって良いものであると限らない。中には人間にとって悪い方向へ導いてしまう神様もいる。そのような神様を招いてしまう危険性もあって鳥居を取り外せと忠告をしたが割烹Hは取り外さなかったからこうなってしまった。
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今、割烹Hにいる神様はお供え物をしていればそれで満足してくれるし見返りに店も繁盛させる、性質としてはそこまで悪くない神様ではあるが、四代目がその神様を頼りにするあまり近づき過ぎて取り込まれてしまっている。
これからの四代目は神様にお供え物をするためだけにそれ以外の意思は徐々に消えていき神様の人形となるだろう。
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あまりのことにRさんは何とかならないのか老女に問いただした。
「神様というのは私たち人間より遥か上の生き物。人間が虫のことをまるで気にしないのと同じで、私程度でどうにか出来るものではないのです」
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Rさんが言うには現在の割烹Hは何故か今頃になって鳥居を外し昔通りの割烹Hに戻ったが、四代目の表情は昔と全く違っていたという。
作者青雲空