その日は一緒に住んでいる彼と夜遅くまで海外ドラマを観ていた。
彼の名前はさとし、海外ドラマは嫌いで最初は観ることを渋っていたが、思いのほか面白いらしく、録り溜めした十話近くを一気に観ていた。
明日は休みだったので時間を気にせず観ていた。
丁度クライマックスに差し掛かった時だった。携帯が鳴って二人でギクッとした。ドラマに入り込んでいたのでビックリしたのと、いいところなのにと言う興醒め感から少しぶっきらぼうに電話にでた。
反射的に時計を見ると、もう3時を回っていた。こんな遅くに何だろう?「もしもし?」と言い終わらない内に聞きなれた特徴のある声が聞こえてきた。
「もしもし、遅くにごめんね、寝てた?」
私とさとしの共通の友人、みなこだった。まだ起きてた事を伝えるとマシンガンの如く勢い良くみなこはしゃべりだした。
「一緒に住んでる彼氏に首絞められて、今逃げてきた所。タクシーに乗ったんだけど今から行ってもいいかな?」
彼女の尋常じゃない状況にもちろんOKと返事をした。
さとしに今の電話の内容を話すと、心配だから迎えに行くとか、警察に連絡するとか大騒ぎになった。とりあえず入れ違いになっても困るし、警察を呼ぼうにもみなこの家の住所を知らない。
さとしには落ち着いてみなこが来るのを待とうと喧々囂々していると、思ったより早くみなこはやって来た。
フライング気味に近くまで来ていたのだろう位に思っていた。
みなこを部屋に招きいれ、さとしと二人でギョッとした。
彼女の首にはクッキリと指の跡がついていた。どれ位の力を入れて締めたらこんなに跡がつくのか見当もつかない。
ひとまず詳しい話を聞くことにした。
みなこはその日、仕事だった。夜のお仕事いわゆるキャバ嬢だ。
同棲中の彼は仕事の事を知っている。しかし非常にやきもち焼きで仕事が休みの日はどこでなにをだれとしているのか逐一報告しなければ煩いらしい。
彼は、みなこは今日は休みだと思っていたらしい。が、何度電話しても出ない、留守電にメッセージを残してもかかって来ない。
仕事が終わってそのことに気づいた時はすでに遅く、彼の怒りは頂点を越していた。
みなこは何度も仕事だったと説明しても信じてもらえず、浮気いてるだろうの一点張り。職場に確認して欲しいと言っても浮気相手と共謀してるだの、職場の人間と浮気してるだのと、段々と言うこともエスカレートしてきて、まったく話しにならない。
さすがにみなこも疲れてしまい、部屋を出てどこかで時間をつぶし、彼が落ち着くのを待つことにした。
部屋を出ようとしたその時、浮気相手の所に行くつもりか?と言われ、うんざりしたみなこは返事をしなかった。
すると後ろから襟首を掴み、そのまま部屋に引きずり入れられた。
みなこは最初、強気で反抗したが、顔を殴られ、髪を掴み引きずり回され、さすがに泣き出してしまった。
すると彼はうるさいと怒鳴りだし首を絞めてきた。首の骨が折れるかと思った。
(殺される)みなこは怖くなって必死にもがき彼を蹴飛ばし命からがら逃げてきた。
「と、言う訳なのさ。」
私とさとしは尋常じゃない彼の凶行に寒気がした。
一刻も早く彼との部屋を出る事を進めると、そのつもりでココに来たと言う。
「明日、レンタカー代出すから彼が仕事中で留守の内に荷物を運び出すの手伝って。」
みなこの申し出にもちろん賛成した。早速レンタカーを予約して3時間ほどだが仮眠することにした。
みなこのナビで部屋まで行くと意外と近く3~40分ほどで到着した。
車から降りようとした時、みなこが急にヤバイ!と言った。
「昨夜パニックでお母さんにも電話してたんだ。心配してるだろうから直ぐそこの公衆電話から連絡してくる。ごめんね、少し待ってて。」
と言ってみなこは走って行った。
私とさとしは携帯貸したのにね、なんて言いながら帰りを待った。
みなこは15分経っても帰って来なかった。
20分経つ頃には何か嫌な予感がし始め、探しに行くことにした。入れ違いにならないように私が徒歩で探しに出て、さとしは車で待機、お互い見つけたら携帯に連絡することにした。
私は慣れない道をキョロキョロしながら歩き周り、公衆電話も見つけたがみなこは居なかった。
結局、1時間も探したがどこにもいない。
仕方なくさとしと車で待つことにして部屋の玄関が見える場所で様子を伺っていた。
6時を少し回った頃、一人の男が部屋に入って行った。
きっとイカレタ彼だ。
さとしと一緒に彼から話を聞く事にした。なんだか嫌な感じがしていた、胸騒ぎと言うか何かよくわからない強迫観念に似た感じが。
玄関で彼が出てくるのを待ってる間は生きた心地がしなかった。
ほんの数十秒が長く感じた。さとしも同じ思いでいるのだろう、うっすら汗をかいていた。
まだGW前の夜は肌寒い時期だ、汗をかくはずもない、現に私は寒くて鳥肌が立っている。
ほどなくして彼が出てきた。
尋常じゃない顔つきに、思わず怯んだ。
目は赤く充血して、濃い隈ができている。汗だくになった顔にしっとり濡れた髪の毛が張り付いていた。そのわりにTシャツはタタミ皺が付いていて今着替えたばかりといった風だ。
「いきなりすみません、僕たちはみなこさんの友人なんですが、急にみなこさんと連絡がとれなくなってしまったのでお伺いしました。みなこさんはいらっしゃいますか?」
さとしは単刀直入に聞いた。もたもたしていられないと感じたのだろうか。
彼は知らないの一点張りだったが、さとしは引き下がらなかった。玄関で押し問答していると、何か変な臭いに気がついた。
生臭い血の臭い?肥溜めのような腐臭?よくわからなかったが嫌な臭い。
心臓が鼓動を速めた、頭の中は警戒音が鳴っている。堪らず彼を押しのけ部屋に入った。
2DKの部屋でみなこを見つけるのは容易かった。
みなこは浴室にいた。
そこは赤黒い血がこびり付き異臭を放っていた。足と腕は切り離され内臓は引き出されてバケツに入れられている。ウエスト部分を切断中だったのか、腰椎と呼ばれる背骨の一部がむき出しになっていた。首は切り落とされ洗面台の中に置いてある。目を見開きバラバラにされた自分の身体を見ているようだった。
彼は警察に連れて行かれた。
みなこの死亡時刻は昨夜の2時前後だった。
私の携帯にかけてきたのは誰だったのか?
レンタカー店でお金を支払ったのは誰だったのか?
部屋までナビしたのは誰だったのか?
後日みなこのお母さんから聞くことができた。あの日確かにみなこから電話があったと。
でも、お母さんの携帯と私の携帯にみなこからの着信履歴はなかった。
作者伽羅
お越し頂きありがとうございます。
この物語はほとんど実話です。
どこが作り話かはお分かりだと思いますが、とても怖い事件でした。