ギィシ・・・ギシ・・・
床の軋むような物音で私は目を覚ました。
真っ暗な部屋の中、カチカチと時計の秒針の音が聞こえる。
ギシ・・・
また聞こえた。
その音はどうやら部屋の外の廊下から響いてくるようだ。
ふと部屋のドアに目を向けると
「・・・あれ?」
寝る前に閉めたはずのドアが数センチほど開いている。
「おっかしいなぁ・・・・」
私はベッドから起き上がり、ゆっくりとドアの方へと向かった。
ドアを閉めようと、ノブに手をかけたその時
ギシ・・・
ハッキリと聞こえたその音に私は思わず肩をすくめた。
私は握ったノブから静かに手を離すと、ドアの隙間から静かに廊下を覗いた。
1階へと下りる階段へと続く真っ暗な廊下。
そこになにかが立っていた。
その影がユラリと動くと、ギシリと廊下の床が鳴る。
この時、私はまだ冷静だった。
家族の誰かが、トイレかなにかのために1階に向かっているのだと思っていたからだ。
でもふと違和感に気づいた。
私がこの音で目を覚ましてから今までで約2分弱。
まだ2階の廊下を歩いているのは少々遅すぎる。
別に廊下を普通に歩けば10秒もかからずに階段までたどり着いてしまう。
それに廊下の電気もつけずにこの暗闇の中を歩くのにも違和感を感じた。
だんだんと暗闇に目が慣れてくる。
ギシ・・・
次の音と同時に、私の両目がその姿をとらえた。
「・・ヒッ・・・」
思わず声が漏れる。
それは家族の誰でもなかった。
・・・首の方向がおかしいのだ。
まるで一気に横にへし折れたかのように首は真横に傾いている。
それだけではなかった。
両腕はまるで肘から天井に糸で吊られているかのように不自然に吊り上がり、
足は膝からねじりこんだかのように内側を向いている。
まるで壊れたマリオネットのような格好をしているのだ。
人の関節があそこまで柔軟なはずがない。
ギシ・・・
それがまた一歩前へ踏み出すと、床ではなく足の骨が鈍い音で軋んだ。
あまりの恐ろしさに私は目を離すことができなかった。
ただ震えて、それが階段をゆっくりと降りていく姿を見続けるしかなかった。
部屋の時計は午前2時を指していた。
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「ほんとだって!」
朝ごはんの時、私は早速家族に昨夜のことを話した。
「もー、朝っぱらからそんな話マジでいらないから。」
「寝ぼけてたんだろ、うん」
お姉ちゃんもお父さんもまるで相手にしてくれない。
「お母さぁん・・・」
「別になんにもしてこなかったんでしょ?ならいいじゃない」
全く私の話を信じてくれていないのだとすぐに分かる返答だった。
あまりの家族の素っ気無さに私自身も、寝ぼけていたのかもとさえ思った。
結局そのまま学校へ行き、授業も終わった夕方、
「たぁだいまー」
玄関を開けて靴を脱ぐ。
返事は返ってこなかった。
「いないのー?」
どうやら家族みんな留守のようだ。
珍しいことでもないので別に気にしなかった。
居間のテレビをつけ、ソファに腰掛けようとしたその時
ギシ・・・
背後の廊下であの音がした。
ゆっくりと後ろを振り向くと、廊下の向こうの階段をあれが上っていくのが見えた。
昨夜は寝ぼけてたのではなかったのだと確信した。
また私は動くことができず、そいつがギシギシと軋みながら2階へと消える姿を見ていることしかできなかった。
「ただいまぁ」
ちょうどその時、お姉ちゃんが学校から帰ってきた。
一気に固まっていた体が解け、そのまま居間へと入ってきたお姉ちゃんに泣きついた。
「あいつが・・・昨夜のあれが今2階に上ってった・・」
「もーまたそれぇ?あんた怖いの見すぎよ、怖がりのくせに」
めんどくさそうに私を払いのけ、お姉ちゃんは冷蔵庫をあさり始めた。
「お。プリン発見!」
「ねぇお姉ちゃん・・・」
「んー?」
「この家さ・・・人とか死んでないよね?」
「はぁぁ!?なに言ってんのあんた。全然笑えないんですけど」
「真面目に聞いてるの!別にふざけてるわけじゃないんだって。」
「・・・・・・・まじ?」
お姉ちゃんはプリンを片手に点になった目で私を見つめた。
どん引いているのだと一目で分かった私はそれ以上なにも言うことができなかった。
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その夜もまたあの軋む音で目が覚めた。
時計を見ると午前2時。
ふとドアに目を向けると、また開いていた。
これで分かった。
きっと今廊下にいるあれは、ドアを開けて私のことをじっと廊下から見ていたのだ。
昨日の夜も、
今も。
体中に一気に鳥肌が立った。
私はドアまでささっと駆け寄ると、今度は廊下を視界に入れないように下を向いてそっとドアを閉めた。
背中を冷たい汗がつたった。
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それからというもの、
あれは、決まって深夜の2時に2階から1階へ、
夕方には1階から2階へのコースを行き来するようになった。
私はその都度夜中に目が覚めた。
決まってドアも開いている。
そして更に3日が経ち、とうとう私は耐え切れなくなった。
家族にも信じてもらえないどころか、むしろ私の精神面を心配される。
このままではきっと近いうちによくないことが起こるだろう。
そんな不安もあった。
「ねぇ、お父さん」
「ん?どうした」
「お父さんが昔使ってたビデオカメラってまだ家にある?」
「ビデオカメラ?んーもう随分長いこと使ってないけど、たぶん押入れにしまったままだと思うぞ。でもそんなもの何に使うんだ?」
「んー学校の宿題?自由研究じゃないけど、そんなかんじのやつ。」
我ながら酷い嘘だったが、意外にもお父さんはあっさりと押入れからビデオカメラを引っ張り出してきてくれた。
「あったあった。ほら」
「ねぇ、これって暗闇でも撮れる?」
「え?あぁ、多分大丈夫だろ。値段もそれなりにしたしな」
「そっか、ありがと。明日には返すね」
「あぁ」
もちろん学校の自由研究なんてものはなかった。
家族にあのことを信じてもらうには証拠がいると思ったのだ。
私はこのビデオカメラにあの徘徊者の姿をおさめようと考えていた。
その夜ーーー
いつものように家族はさっさと眠りにつき、私は一人部屋であのビデオカメラをいじっていた。
「これでいいのかなー」
私はいくつかボタンを押すと、部屋の電気を消してカメラの画面を覗いた。
カメラ越しに、部屋全体が緑色っぽく光って映っている。
私は一度部屋をぐるりと撮り、もう一度きちんと見えていることを確認すると、電気をつけて静かにカメラを廊下に置いた。
廊下に這いつくばり、カメラを覗く。
画面には廊下と、その奥に私の部屋のドアが映っている。
これで私の部屋を覗いていても、廊下を歩いていても、どちらにしてもしっかりと姿をとらえることができるだろう。
部屋に戻り、時計を見ると時刻は1時30分。
あれが出てくるまでおよそ30分といったところだろう。
緊張もあったが、不思議と私の心は落ち着いていた。
すぐ近くには家族の寝室もある。なにかあればみんな起きてきてくれるだろう。
そんな安心感があった。
ふぅ
私は一度覚悟を決めたように息をつくと、部屋の電気を消してベッドに入った。
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「あぁぁぁもう」
ベッドに入って15分、私は耐え切れず起き上がった。
カメラのことが気になって仕方がないのだ。
気になって全く寝付けなかった。
五分ほど天井を見つめたままぼーっとしていた。
暗闇にだんだんと目が慣れてくる。
何を思ったのか、私は机の椅子をつかみ、部屋の入り口の方へ向かうと、静かにドアを開けそのまま椅子にそーっと腰掛けた。
これなら廊下を見渡せる。
こんなことまでするなんて、自分の事ながら肝の据わりように少し驚いていた。
今は午前1時50分。
あと10分でいつもの時間になる・・・。
私は不安を紛らわすために、片手にお守り代わりの携帯を握り締め、闇の中ひたすら廊下を睨み続けた。
何分ぐらい見続けただろうか。
いつもなら寝ている時間。だんだんと瞼が重くなってくる。
私は眠い目をこすりながら携帯を開いた。
時刻は、
午前2時20分ーーー
もうあれから30分も経っていた。
私にはそれよりも、2時を過ぎてもまだなにも起こっていない事のほうが驚きだった。
今日に限ってなんで・・・
眠さでだんだんと意識が薄れていく。
とうとう私はそのまま瞼を閉じた。
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瞼の外から差し込んでくる淡い光で私は椅子の上で目を覚ました。
背もたれに寄りかかり、後ろにのけぞるような姿勢で寝ていたため、腰と首が痛い。
ふと気になって携帯の時計を見る。
「・・・げっ!」
午前7時30分ー
完全に遅刻だった。
「何で起こしてくれなかったの-!」
私はそう喚きながら朝の準備を済ませると、朝ごはんも食べずに家を飛び出した。
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その日は、あの晩のカメラのことが気になって全く授業の内容が頭に入ってこなかった。
最後の授業の終わるチャイムが鳴ると、私は足早に家へと帰った。
「ただいまー」
いつものように玄関で靴を脱ぎ、居間へと向かった。
「おかえり」
ソファにはめずらしく先に帰ってきたお姉ちゃんが座っていた。
「あれ、めずらしいね」
「ちょっと、ここ座りな」
いつになく真剣な顔をしたお姉ちゃんに、私は不思議に思いながらも隣に腰掛けた。
「どーしたの?」
「あれ、ほら前にあんたが聞いたじゃん」
「なにを?」
「ほら、この家で、人が死んでんじゃないかって」
突然の事に思わず私は眉間にしわをよせた。
「ん・・・それが?」
「ほんとだった。」
「・・・・え」
「あれから、あんたの言葉がずっと嫌な感じにひっかかってたから色々調べたんだよ。ていうかパソコンで家の住所検索しただけなんだけどね。そしたら・・・これ」
そう言うとお姉ちゃんは何やらプリントアウトした資料のようなものを一枚私に差し出した。
私はそれを受け取ると、妙な緊張感と共に資料に目を通した。
「うそ・・・」
そこには古い新聞の記事と、白黒の写真。
『行方不明の女性 惨殺死体で発見:
○月×日、3日以上連絡がつかないと、勤務先の同僚からの通報で○○さんの捜索が開始し二日が経った昨日、○○さんとその夫の自宅から○○さんの遺体が発見された。それと同時に○○さんの夫である××被告(37)が○○さんの殺害を自供、これを逮捕した。
××被告は、「口論の末思わずやってしまった。その後自分も死のうとしたができなかった。」などと話しており、引き続き事情聴取が行われている。被害者の○○さんは、首の骨を折られた事が直接の死因とされているが、死後も足や、腕など複数の骨が折られており、非常に残忍な・・・・』
私は耐え切れずに途中で読むのをやめてしまった。
「この写真って、私たちの家だよね・・・」
おそるおそる写真を指差して尋ねると、お姉ちゃんは静かにうなずいた。
・・・・・
しばらくの沈黙の後、お姉ちゃんが口を開いた。
「あんたさ、夜中になんか変なのが見えるって言ってたじゃん・・」
「うん」
「あれさ、もし本当だとしたら、やっぱこの殺された女の人じゃん」
「うん」
「地縛霊・・・とかいうやつでしょ」
「死んだ場所から動けないってやつだよね、うん」
「あんた、とりあえず部屋移動したほうがいいよ」
「・・・へ?なんで」
「あんた最後まで読んでないの?その女の人が見つかったのって、あんたの部屋の押入れだよ」
体中が総毛立った。
一瞬で頭が真っ白になる。
私の部屋の押入れ・・・って・・・
また姉が口を開いた。
「1階で殺されたあと、2階のあんたの部屋に隠されたんだって。だからさ、あんた言ってたじゃん!2階から1階に降りて、また2階に上がっての繰り返しだって。それ、自分が殺された場所と隠された場所をずっと行き来してるんだよ!」
お姉ちゃんの顔がだんだんと青くなる。
私はそこで気が付いた。
いつも目が覚めると開いていた自室のドア・・
あれは外から覗いていたのではなく、毎晩自分の部屋から廊下へと出て行っていたのだ。
私が寝ている間に部屋の中にいただなんて、あまりの気持ち悪さに吐き気がした。
「あ・・・・」
私はふと昨夜のカメラのことを思い出し、2階へと駆け上がった。
下から私のことを呼ぶお姉ちゃんの声がする。
私は部屋に一度引き上げていたビデオカメラを掴むと、また1階へと駆け下りた。
「なにそれ・・」
お姉ちゃんの怪訝そうな声も気にせず、私はカメラの再生ボタンを押した。
暗い廊下が続き、その奥に私の部屋のドア。
早送りボタンを押すと、しばらくして自室のドアが開いた。
思わず飛び上がったが、それが昨夜痺れを切らしてドアの前で待ち構えていた自分だと言う事に気づき、ほっと胸を撫でおろした。
また早送りボタンを押す。
「・・・!」
早送りを中断して画面に注目する。
画面を見る私の顔がみるみるうちに青ざめていく。
「なによ、どーしたの」
私の異変に気づいたお姉ちゃんが私からカメラを取り上げた。
「・・・・・・・あんた、なにこれ」
画面に映る廊下、その奥の自室の入り口に座る私。
ーーーーーその後ろに、あれが立っていた。
ひたすらきょろきょろと廊下を見渡す私の後ろで、ねじれた首を傾けてじっと立っていた。
私は見ていた。
はじめ、私がドアを開け、椅子に座りじっと廊下を見張っている。
しばらくして、私の後方に映っている押入れが、ゆっくりと開いたのだ。
その真っ暗な押入れの奥から、あれが出てきた。
不自然に折れ曲がった足を地面につき、ねじれた腕で壁を掴み、ゆっくりと立ち上がると、あの壊れた人形のような歩き方でゆっくりと私の背後まで近付くと、そこで止まった。
あの時、私はてっきりあれはいつも廊下から現れるのだとばかり思い込んでいたが、あれは毎晩私の押入れから、私の部屋から出て行っていたのだ。
画面に映る私がだんだんと頭を揺らし始める。
あの眠気が襲ってきたときだ。
そのまま、画面の私はのけぞるように眠りに落ちた。
それはずっと立ち続けていた。
すぐ目の前で熟睡する私を見るでもなく、白く光るその目はただずっとカメラの方を見つめていた。
だんだんと早送りで、カメラの中の私の部屋が明るくなり始める。
それと同時に、それはゆっくりと後ろを向き、押入れの方に戻ると、中に入り扉を閉めた。
お姉ちゃんと私はただ呆然と画面を見続けた。
「・・・・あんた、邪魔だよ」
「・・・え?」
私は思わず聞き返した。
「だから、あんたが昨日あそこに座ってとおせんぼしてたせいで、あの女の人通れなかったんでしょうが。どうすんの、やばいでしょこれ」
あまりの恐怖に、私は何も言う事ができなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あれから、私たちは帰ってきた親にこの映像を見せた。
あの資料も見せた。
最初は冗談だと思い全くとりあってくれなかったが、私だけでなく、お姉ちゃんも交渉してくれたおかけで親もやっとことの重大さに気づいたようだった。
私たちはその後、小さなアパートに引っ越した。
あの家を購入した後すぐの引越しが我が家に与えた打撃は決して小さいものではなかった。
けれど、誰一人としてあの家に戻りたがる者もいなかった。
「・・・・あんた、邪魔だよ」
あの時のお姉ちゃんの言葉が引っかかる。
あの殺された女の人の邪魔を私がしてしまってから、何かが起こりそうな気がしてならない。
本当にあれはあのまま前の家に残っているのだろうか。
最近やけに自分の背後に気配を感じるようになった。
夜一人で家にいるときも、部屋にいるときも、トイレに行くときも、顔を洗うときも。
私は後ろを振り向く事ができなくなってしまった。
鏡もほとんど見なくなった。
後ろを見たら立っていそうで、鏡を見たら写っていそうで。
こうしている今も、後ろに感じる気配が消えないのだ。
作者籠月
6月に入り、九州は早速梅雨入りいたしました・・・ここ一週間ほど雨が続いております^^;
ジメジメしてると気分もなんだか沈みますね。
今月1作目になります。いつも読んでくださっているみなさんに心より感謝です。
新聞の記事のシーンにとても苦労しました。全然新聞っぽくならない・・(汗)
ほんと記者の人って凄いですね。
誤字、脱字等ありましたら遠慮なくご指摘ください。
#gp2015