アイスが食べたい。
突然そう思った。二月の中旬頃、まだまだ寒い時期なのに・・
でもあったかいストーブの前で食べるアイスは、暑い夏に食べるアイスとはまた違ったおいしさみたいなものがある・・かな。
近くのコンビニまでは歩いて5分もかからないくらい。行くのは簡単だった。
時刻は午後11時、もちろん外は真っ暗で、しかもその日は曇りだったから、狭い住宅街を照らすのは最近新しく取り替えられたばかりのLEDの街灯だけだった。
ウォークマンでお気に入りのカントリーミュージックを聴きながら、誰もいないし、と体を大きく揺らしてノリノリで歩く、
・・・ん?
歩いて2分も経たないくらい、20メートルくらい先に標識が見えた。
あの逆三角形に「止まれ」ってかいてるやつ。
それが街灯に照らされて、道の真ん中にドンと立っている。
俺は立ち止まった。
最近まであんな標識ここらへんで見かけた覚えはないし、第一道のど真ん中に標識が置いてあることがおかしい。
音楽をとめると一気に辺りは無音になった。
目をよくこらして少し距離を縮めると、ギョッとした。
人だった。
この寒い夜にノースリーブの白いワンピースを着た女が顔の前にあの「止まれ」の標識を掲げてじっと立っていた。
標識に隠れて顔は見えないけれど、その標識の後ろで黒色の長い髪が見えたからたぶん女なんだろう。
女はなにも言わずに、ただピクリとも動かず標識を顔の前に掲げてこっちを向いて立っている。
異様だった。とにかくその光景が異様で、家に引き返そうか本当に迷ったけど、その横を通り抜けられないほど道は狭くないし、住宅街だから、周りに家もたくさんあるし、なにかあったらすぐに人を呼べるし、と思って意を決してなるべく壁ぎりぎりを早歩きで通り過ぎようとした。
女との距離がだんだんと近くなる。近くなるにつれて自分の心臓の音も早鐘のように鳴りだした。
女の横を通るとき、顔を見たい、という好奇心にかられたが、横を見るほどの勇気はなかった。
通り過ぎた。何もなかった、別になにもしてこなかった。妙な安堵感に満たされてそのまま足早に去ろうとした瞬間・・・
「止まれよおおおぉぉぉあああ!!!!」
後ろでものすごい声で女が怒鳴ったかと思うと、
ガァァァンッと何かを地面に叩きつける音が響いた。
驚きすぎて体が硬直した。
ゆっくりと後ろを振り返ると、ダランと腕を下に垂らした女の後ろ姿と、地面に湾曲した標識が見えた。
たぶんあの怒鳴り声と同時に標識を地面に叩きつけたんだろう。
状況を理解したと同時に女がゆっくりとこっちを振り向いた。
顔が見えなかった。暗かったとかそういうのじゃなくて、女の顔は口のとこ以外がガムテープでぐるぐるに巻かれていて、ガムテープの間から見えている口がギリギリと歯軋りをしているのがわかった。すぐに俺は自分の状況のやばさに気づいた。
本当にやられる、そう思って猛ダッシュでコンビニまで走った。
その後はあまりの恐怖にアイスを選ぶ気持ちになんかさらさらなれず、結局買ってからコンビニをでるまでに30分もかかった。
帰り道に遠回りをして帰ったのはいうまでもない。
後日、あのときの恐怖もだいぶやわらいだ俺は、バイト先で友達のKにそのことを話した。
K「なにそれwwやばいじゃんwww標識女こえーww」
俺「いや、こえーとかそんなんじゃないから、もうほんとに死ぬかと思ったんだって」
K「ばりウケるんだけどwwどこからのネタなのそれw」
俺「ネタじゃねぇっつーの、馬鹿にすんなよ」
K「え?お前マジでいってんの・・?」
俺「マジって言ってんじゃん」
K「・・・」
明らかにKが引いてるのがわかったので俺もそれ以上はなにも話さずにその日のバイトを終えた。
その夜、家でスマホをいじりながらゴロゴロしてると、
ピンポンッと画面にラインの画面が表示された。Kからだった。
・・・・・・
「K:標識女出現スポットなうw」
俺の動きが止まる。
「あいつなにしてんだよ!」
俺はベッドから転がるように起き上がると窓のカーテンを開けた、ここからではやはり見えない。
「俺:やばいからマジでやめろ。」
あのときの恐怖がフラッシュバックして、外へ出る勇気がなかなかでない。
祈るように画面を見つめ、既読がつくのを待つ。
「K:びびりすぎw」
「K:おっ」
「K:ガチで発見!」
三連続でスマホが鳴る。
「俺:ほんとにそれやばいやつだから近づくな。冗談ぬきに・・・」打ち終わるよりも早くまたピンポンッと通知がくる。
添付画像だった。
ほんとにすぐそこにKが来ているのだとわかった。
写真には街灯に照らされたあの女が写っていた。距離的にもう10メートルもないだろう。
でもあの日の女とはまったく違う点があった。標識がない。
あの日のように「止まれ」の標識を顔の前に掲げていない。
暗闇でとった写真の画質は粗く、その顔に巻かれているはずのガムテープは確認することができなかった。
外に出てとめなければ、でも体がいうことをきかない。
まるで足から根が生えているかのように足が地面にはりついて動かない。
「俺:頼むもうわかたからそこでやめとけたのむ」
誤字を直す時間も惜しんで俺は送信ボタンを押した。
・・・・・・
既読がつかない。
もう1分以上経つのに既読がつかない。
俺は焦燥感にかられて体を激しく揺すった。
送信してから2分が経ち、これはほんとうにやばいと悟った。
勇気が出ないとか足が動かないとかもうどうでもよかった、俺は靴も履かずに裸足で外へ飛び出した。
Kはいなかった。
辺りはシンと静まり返り、街灯の下には、長い髪の毛が何本もくっついてぐちゃぐちゃになったガムテープが光に照らされて落ちていた。
それからラインのメッセージに既読がつくことはなかった。
あの後バイト先の店長にKのことをきいたが、あれからバイトには来ていないらしい。
Kの家にも訪ねたが、出てくるのは毎回Kの親で、Kに会いたいとお願いしても、「いまは無理なの。」としか返ってこなかった。
Kが生きているということは嬉しかったが、あれ以来Kが変わってしまったというのは明らかだった。
あのとき、Kになにがあったのだろうか・・・。
数週間が過ぎ、あの時の記憶もだんだんと薄れ始め、生活も前の状態に戻りつつあった。
その日はバイトで残業を頼まれ、帰るころには既に夜の9時をまわっていた。
そしてあの道にさしかかったとき、
いた。
あの時と同じように標識をかかげたアレが街灯の下にこちらを向いて立っているのが見えた。
俺は迷わなかった。
そいつが見えた瞬間すぐに後ろを向いてもときた道を引き返そうとした。
瞬間、
「とまれよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺の真後ろで怒鳴り声が聞こえた。
男の声だった。
作者籠月
はじめての作品なので文章力等、不十分なところがあるかもしれませんが、少しでも怖いと思っていただければ嬉しいです。
追記:ストーリーの一部を訂正しました。
まさかの標識の意味を間違えて書いていました。申し訳ないです・・
#gp2015