「もしもしアラタ、今日ヒマ?」
「ああ…特に何もないしヒマだけど。」
ユウからの電話で起こされた。今日は日曜日。ホームベーカリーを買ったから食べに来ないか?と、お呼ばれした。焼けるまで時間がかかるから急がなくてもいいと言われたがヒマだし…行くとしよう。
玄関を出ると女が立っていた。天気は晴れているのにびしょ濡れだった。パーマのかかったクルクルの毛先からポタポタと水を滴らせている。淡いピンクのワンピースは透けて下着が丸見えだ。靴も履いていない。
「ここは、あなたの家ですか?」やっと聞き取れるほど小さな声で尋ねられた。
「はい、そうです。誰か探してるのですか?」「母を…母にごめんなさいと…」
びしょ濡れで良くわからないが泣いているみたいだ。「あなたの名前は?覚えてますか?」この様なケースでは覚えてない事が多いが彼女はミツイカナコと名乗った。
「お母さんが見つかったら必ず伝えます。もう帰った方が良いですよ。」
「ありがとうございます。」一言お礼を言って彼女は消えた。物分かりの良い人で良かった。ホッとひと息つき電話をかける。
「あっ、忙しい所すみません。」一言言っただけなのに「またかよ!」と話をさえぎらせる。俺だって好きでかけたんじゃない。「名前は?」いつもの事なので彼も慣れたもんだ。さっきのびしょ濡れの女性の名前を告げると「任せとけ。」と言って電話は切れた。
彼は一言で言えば便利屋。
俺がガキの頃、同じ様な状況で警察に行った。当たり前だけどマトモにとりあってくれなかった。半ベソで困ってる所を見兼ねて声かけてくれた。最初は手こずった人探しも今では慣れたもんで二つ返事で引受けてくれる。しかも無償でだ。俺にしてみれば有難い話だが、彼にも思う所があるみたいだ。
まぁ、彼の事はまたの機会にゆっくり。俺は今ゆっくり出来る状況ではなくなってしまったらしい。
死神って見たことある?真っ黒なフードを被って大きなカマをもってるヤツ。顔はガイコツと思いきや、ちゃんと顔らしいものがあった。と言ってもかなりガイコツすれすれ。眼は深く落ち窪んで頬骨がゴリゴリとわかる位痩けている。ミイラの様なカサカサの唇。座っているが背丈も俺と同じ位かな?そんな奴が、あるお宅の玄関横にジッと座ってた。
真っ黒なオーラ?を纏って物凄く不気味だ。
動けなくなる程の気に当てられた俺はヒンヤリしたものを背筋に感じながらもダラダラと汗をかいていた。
「俺が見えるのか?」おどろいた!話しかけてきた!答えに困ってるとニヤリと笑った。目が笑ってないぞ!「なぁーに、何もしやしないよ。ただ、俺が見えるとは珍しいなと思っただけだ。気分がいいからひとついい事を教えてやるよ。お前、ガキが欲しかったら嫁さんの業を断ち切れよ。」「何の事だ?」「そのウチわかるよ。」
そう言うと持っているカマを軽く振った。「早く行きな。お前を待ってるヤツがいる。」とたんに身体が軽くなった。「ありがとう。」何故かお礼を言ってしまった。だがまんざら的外れではないはず。きっとホントに感謝する時が来ると俺は感じた。「礼を言われたのは初めてだよ。」とヤツは大きな口を開けて笑って言った。
死神?と別れまた歩きだす。今度は電話がなった。今日はどうなってんだ?ユウの家に無事辿りつけるのか?ため息をつきながら電話に出るとタカヒロだった。「よっ、アラタ頼みがあるんだが…」こんな切り出しで始まる会話はロクなことがない。「なんだタカヒロ、俺は今からユウの家に…」「そう、そのユウなんだけどよ、俺のいとこが…」「断る!」そんなこと即答だ!聞かなくてもわかる!
「頼むよアラタ〜、今ウチに来てるんだよ。」「はぁ、解った。俺が行くよ。」「さすがアラタ!待ってるからな、頼んだぞ!」仕方なくタカヒロ宅に向かう。ユウなんか連れて行けるか!なんでわざわざ面倒事に!イライラしながら歩いてるとまた電話が鳴る。
「なんだ!いま向かってるよ!」「ごめんアラタ。あのね…」しまったユウだった!「いやっ、ごめんタカヒロだと思って…」とりあえずタカヒロの所に寄って行くと伝え電話を切った。「はぁ…」自己嫌悪。ユウ、ホントごめん。でもユウの声を聞いて少し落ち着いた。
「こんにちは。」タカヒロ宅に着くと待ってましたとばかりにさあさあと部屋に通された。タカヒロのいとこは中々な物を背負っていた。子供、老婆、若い男性、それに…コレが1番厄介。恐らく元凶の若い女性、一家無理心中だ。「お化け屋敷とか言われてる場所にでも行ったんですか?」少し呆れ気味に聞いてみた。返事は聞かなくてもわかる。「俺では祓えないです。」
そう、俺は除霊、浄霊は出来ない。タカヒロだって解ってるだろ。「わかってます。タカヒロにも言われましたから…でも何とかならないでしょうか?」「彼等は怒ってます。やっと家族水入らずで静かに暮らしてたのにと。」
そう、大抵の地縛霊は彼等のテリトリーに入りさえしなければ何もして来ない。俺ら生者が面白半分で彼等のテリトリーを侵すから怒るんだ。「上手くいくかわからないですけど彼等と話してみます。謝罪の気持ちを込めて2度と行かないと約束して下さい。」「わかりました。ありがとうございます。」「礼はいりません。これからは面白半分で曰く付きな場所には行かないと約束して下さい。」「モチロンです。本当にすみませんでした。」
タカヒロのいとこは泣きながら何度も謝っていた。きっと懲りた事だろう。
「すまなかったなアラタ。ありがとう。」「いや、いいよ。」きっとタカヒロもかなり困った事だろう。ユウに頼もうとするなんてよほどの事だったんだ。俺も少し反省。怒って悪かったなタカヒロ。幸いな事に一家心中の彼等は物分かりが良く自分達のテリトリーに帰ったらしい。と言うか地縛霊とはそんな物だ。思い入れのある場所を離れるとチカラは弱まる。
障りを起こすほどの物はそう滅多にいない。まあ、暫く体調は芳しいないだろうけど。霊障と言うより気に当てられただけだろう。ホント不幸中の幸いだ。
早くユウの所に、、、あと少し、もうすぐそこなのに、何だこいつは!
猫?
足にまとわりついて歩けない、俺の周りをグルグル回りながら頭をスリつけてくる。困った、動物とは話にならない。気持ちは伝わってくるのだが伝え方がわからない。どうしよう、10時前に家を出たのにもう夕方だ。ごめんユウ、待ってるだろうなぁ。
「あっ、アラタ!」困り果ててるとユウがやって来た。「ユウ」ホッとため息をつく。「なんか呼ばれた気がして。あれ?猫?」ユウは俺の足元にしゃがみ込むと何やらブツブツ話しはじめた。「あのね、君の飼い主は君がここにいると安心出来ないんだよ。ほら上を見てごらん。」そう言ってユウは人差し指をグルグル回して上を指した。猫はユウの人差し指をグルグル追って上を見る。ニャンと鳴くとフワリと消えて行った。「良かったね。さっ、行こアラタ。」ユウの笑顔に引き込まれる様に付いて行く。
ユウが焼いたパンはとてもフワフワで美味しかった。色んなサンドイッチを作ってくれていた。今日の出来事を話しながら自分でも驚くほど食べてしまった。そういえば今日何も食べてなかったなぁ。お土産までもらって家に帰った。
帰り道は何事もなく真っ直ぐ帰れた。あの死神?もいなかったし、びしょ濡れの女性もいなかった。「はぁ、疲れた〜」ベッドに横になって風呂に入らなきゃと思った時、電話が鳴った。今度は何だ!と思いながら出てみると便利屋の彼だった。
「よっ、おつかれさん。お袋さん見つかったよ。ちゃんと伝えたからな。一応報告だ。」「ありがとうございます。また何かあったら宜しくお願いします。」「ああ、じゃまたな。」「はい、おやすみなさい。」
俺の長い1日が終わった。明日は学校だ…
作者伽羅
ある日のアラタの1日でした。
こんな日は滅多にないですが、とても印象に残ってる1日だそうです。
アラタ大変だったんだね。少し反省です。