此れは、僕が高校一年生だった時の話だ。
季節は冬。
一月の半ば。
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・・・・・・・・・。
「・・・・・・初恋?」
「そう。初恋。」
放課後の教室。
僕が一眠りして目を覚ますと、僕の隣の机で、数名のクラスメイト達が話をしていた。
「・・・あ、起きたんだ。おはよ。」
話に加わっていたピザポが、此方を向いた。
「コンちゃんの初恋の相手って、誰?」
「初恋・・・?」
寝起きは頭がボンヤリする。
《初恋》と言う言葉の意味が一瞬理解出来なかった。
僕は、コツコツと頭を軽く叩いた。
徐々に頭の感覚が元に戻ってくる。
「初恋か・・・。」
「もしかして、《まだ》とか?」
クラスの女子の一人が聞いて来た。
僕は答えた。
「・・・いや、まだって訳じゃない。」
すると、女子達が一気に食い付いてきた。
「えー?じゃあ誰ー?」
「コンソメ君、恋とかするんだー。意外ー。」
「クラスの人ー?」
「▲▲みたいに、二次元は駄目だよー。」
「まさかコンソメ君に恋愛感情が有ったとはねー。いやー、ビックリだわー。」
・・・彼女達は僕の事を、一体何だと思っているのだろうか。
恋愛感情が有る事に驚くって・・・。
・・・いや、でも、彼女達も本当に僕に恋愛感情が皆無だと思っている訳では無かろう。
場を盛り上げる為の、一種の潤滑油としての反応なのだろう。そう信じたい。
「あーあ、これ、話さなきゃ帰らせてもらえない感じだよ?」
ピザポがそう言って、小さく溜め息を吐いた。
僕は彼女達に、手短に説明をした。
「・・・小学生の時、近所に、二十代位の女の人が居て、その人が初恋。」
彼女達は不満気に口を尖らせる。
「それだけ?」
僕は頷いた。
「それだけ。」
彼女達は、えー、と不満気な声を漏らした。
「何だー。」
「えー、それだけー?」
「そんなの、初恋じゃないってー。」
「いやいや、こんなんでも初恋と言えるコンソメ君の純粋さをだね、もっと評価してあげようよ。」
「そうだよ。コンソメ君が初恋だって言ってるんだから、認めてあげよう?」
・・・だから、その僕に対する妙な認識は一体全体何なのだ。
大体、彼女達の中での《初恋》の定義と判断基準が分からない。
初恋何て基本的に純粋な物だと思うのだが・・・。
僕が首を捻っていると、下校を促すアナウンスが入った。
ブツッ《下校時間です。部活動の無い生徒で、居残り届けを提出していない者は、速やかに下校するか、担当職員に提出してください。》
「・・・ごめん。もう帰る。」
「あー・・・。じゃ、俺も帰るわー。」
僕は荷物を纏め、ピザポと教室を出た。
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・・・・・・・・・。
帰り道。
僕等はコンビニに寄り、肉まんを買った。
歩きながら肉まんを食べていると、隣でポッキーを囓っていたピザポが話し掛けて来た。
「・・・コンちゃん。」
「・・・・・・別に良いけど、それ一本分け」
「肉まんの話じゃなくって。」
「・・・ん?」
「初恋の方の話。」
「・・・嗚呼。あれか。」
僕は溜め息を吐いた。
息が白い筋になって流れた。
「別にいいけど、つまらない話だからな。期待するなよ。」
「うん。」
ピザポが小さく頷く。
「・・・本当につまらないからな。」
そう僕は前置いて話を始めた。
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「そうだな・・・あれは僕が」
「あ、ちょっと待って。」
ピザポが話を遮り、携帯電話を取り出した。
「・・・何するつもりだ。」
「薄塩呼ぶ。場所は・・・何時もの神社じゃ暗いかな。ちょっと歩くけど、ファミレスで。」
「待て!何でそうなる?!」
「呼んだら面白いと思った!後悔も反省もしてない!!・・・そぉい!!」
ピザポが勢い良く画面を押す。
「メール送信完了!!」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「のり姉には送らなかったから、安心していいよ。」
ぽん、と頭に手を置かれた。
「誰かに話すつもりも無いから、安心して話していいからねー。」
僕はガックリと道端に膝を付いた。
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・・・・・・・・・。
「嘘吐き!嘘吐き嘘吐き!!もうお前何て一生信用しないからな!!」
「ごめん。ごめんて。」
「喰らえ!!」
平謝りしているピザポに回し蹴りをかます。
まぁまぁ、と薄塩が宥めてくる。
「落ち着けコンソメ。」
「落ち着けるか!!僕話さないからな!!絶対話さないからなーーー!!」
ファミレスの前で僕が絶叫すると、のり姉がパシッとデコピンをした。
「落ち着きなよ。コンソメ君。」
・・・そう。のり姉。
そもそも彼女が此処に居るから、僕は怒っているのだ。
のり姉の方の向いて叫ぶ。
「何で居るんですかーーー?!」
「薄塩にちょーっと聞いただけー☆」
「すまんコンソメ・・・!俺も《スク水onセーラーの上だけ》はどうしても嫌だったんだ・・・!!」
薄塩が顔を手で覆い、謝罪をしてきた。
僕は慄然とした。
スク水に・・・セーラーの上だけだと?!
何と神も仏も無い様な破廉恥振り!!
やはりのり姉は恐ろしい御方だ。敵にしたら絶対にいけない・・・。
「暫くギャーギャー騒いで五月蝿かったんだけどさぁ、少し《お願い》したら直ぐに話を分かってくれたよ。」
「ちょ・・・のり、のり姉・・・。」
「ねぇ。コンソメ君。」
トン。
ファミレスの塀に押し付けられる。
「・・・コンソメ君は、何処まで粘れるかな?」
のり姉は、完璧に《狩る側》の目をしていた。
「スミマセン話させて頂きますハイ。」
僕はまだ死にたくない。
のり姉が、パッ、と僕の肩から手を離した。
「うんうん。コンソメ君は素直でいいね。」
そして、にっこりと微笑む。
「・・・じゃ、中で話、聞かせてね。」
「・・・・・・・・・はい。」
僕は溜め息を吐きながら、ファミレスの扉を押し開いた。
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・・・・・・・・・。
ファミレスのボックス席。
のり姉、薄塩、ピザポの三人は僕の目の前のソファーに座っている。
僕は覚悟を決めて、話を始めた。
「先ず最初に言うべきなのは、彼女が《僕の基礎》を作った人物であったと言う事だろうな。」
「・・・コンちゃんの、基礎?」
僕はピザポの方を向き、大きく頷いた。
「嗜好や考え方。・・・そうだな。この喋り方も。」
「それって、今のコンソメ君は、昔のコンソメ君と違う・・・って事?」
そう、のり姉が聞いてきた。
僕か答えた。
「ええ。大分違いますね。」
「例えば?」
頭の中から記憶を手繰り、思い出す。
「そうですね・・・。先ず、一番違ったのは、《喋り方》でしょうか。」
「喋り方?」
「ええ。・・・もっと年相応な感じでした。」
「コンソメ、分かってやってたのかあの口調。」
「コンちゃん今でも若干変だよ。喋り方。」
「薄塩、ピザポ、五月蝿い。」
二人を睨み付けて、話を続ける。
「一人称も《俺》でしたし・・・。」
「マジか!!」
「ゴフゥッ・・・!」
薄塩が目を見開き、ピザポが吹き出した。
僕はもう一度二人を睨んだ。
「お前等なー。」
「話を続けて。」
「・・・・・・はい。」
のり姉に促され、渋々と頷く。
「これは、僕が小学校三年生だった頃の話です。」
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・・・・・・・・・。
夏休み、僕は近所にある山に居た。
理由は単純だ。読書をする為。
・・・ん、神社な。
彼処、基本的に人が多いから。何か・・・友達の居なかった僕からすると、行くのが嫌な場所の一つだったんだ。あの頃は。
だから、山で読書。
山の中腹にハイキングコースが有って。専ら、其処のベンチで本を読んでいた。
・・・家で読め、か。
確かにそうだけどな。
親が居たら心配されるし、居なかったら居なかったで独りで居るのが怖いしで・・・。
正直、外の方が快適だったんだよ。
まぁ、蚊とかは酷かったけど。
・・・で、彼女と初めて会った日も、僕は其処で大人しく読書をしていた。
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・・・・・・・・・。
「・・・何してるの。こんな所で。」
気遣いも優しさも無い声が頭上から降って来て、僕は思わずたじろいだ。
見上げると、本を広げている僕の真上から、女の人が覗き込んでいる。
年の頃は、見るに二十代前半。スラリと背が高く、山には余り見合わない白く簡素なワンピースを着ていた。
「ねぇ、何してるのって聞いてるんだってば。」
彼女は、まるで子供への配慮の無い口調で繰り返した。
「・・・本、読んでる。」
僕がそう答えると、彼女はつまらなそうに
「ふーん。」
と言う。反応は其れだけだった。
其れもまた、子供に対するときの反応としては相応しく無い様に思えた。
僕は思わず言った。
「それだけ?」
「・・・それ以外に、どう言えって?」
「どうって・・・。」
もっとこう・・・。《そうなんだー。》とか《お父さんとかお母さんはー?》とか、そんな感じの。
ハイキングに来てる普通のお姉さんが言いそうな。
すると、僕の考えを見透かす様に彼女が言う。
「でも、其れってかなり態とらしくない?」
「・・・・・・其れもそうだね。」
僕がそう答えると、彼女はニヤリと笑った。
「私、ナナカ。」
「・・・俺は、紺野。」
此れが彼女との出会い。
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・・・・・・・・・。
その日から毎日、彼女は僕が読書をしている時に現れた。
「何してるの。」
や、
「ねぇ、退屈じゃないの。」
等と酷く退屈そうに言いながら。
僕は其れに、
「読書。」
とか、
「本、読んでるから。暇じゃない。」
等の簡潔な返事をした。
そうすると彼女は、やはり
「ふーん。」
とだけ言って、僕が本を読み終えるのを待った。
・・・いや、僕が待っていた様に思っていただけで、彼女は別に何も考えていなかったのかも知れないが。
彼女は、決まって僕の座っているベンチの隣のベンチに腰掛けた。
其処からは暫くーーー僕が本を閉じるまで、双方一言も喋らない。
そして、僕が本を閉じると、僕等は互いにそっぽを向いたまま話をする。
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話し掛けてくるのは、ナナカからの方が多かった。
話題はその日に寄って違う。
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・・・・・・・・・。
例えば読んでいる本。
「その本、どんなの。」
「リンドグレーンって人の本。」
「ピッピちゃん?」
「やかまし村。」
「知らない。」
「そうなんだ。大人なのに。」
「本って、個人個人が好みで選ぶ物じゃない?」
「確かに其れもそうだけど。」
「芥川龍之介が好き。」
「趣味、古くない?」
「知ってるんだ。」
「有名処だし。読んだ事は無いけど。」
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・・・・・・・・・。
例えば言葉遣い。
「喋り方、変えたら?敬語に。それかもうちょい堅苦しくしてみるとか。」
「どうして。」
「そっちの方が似合うよ。」
「・・・俺に?」
「うん。ああ、あと自分の事は《俺》じゃなくて《僕》にして。」
「何で。」
「紺野は、そっちの方が格好いいと思う。」
「成る程。」
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・・・・・・・・・。
例えば音楽。
「好きな歌手は?」
「音楽は余り聞きません。」
「椎名林檎が好きかな。声が好み。」
「聞いて無いです。」
「聞きなよ。椎名林檎。」
「貴女に決められる筋合いはありません。」
「・・・・・・。」
「・・・気に、障りましたか?」
「・・・やっぱり、喋り方、そっちの方がいいね。」
「そうですか。」
「うん。紺野にはそう言うのが良く似合う。」
「・・・・・・そうですか。」
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・・・・・・・・・。
例えば学校の話。
「学校、楽しい?」
「まあまあです。」
「友達、居ないんだ。」
「居ませんね。」
「いいじゃない。」
「・・・え?」
「流されずにすむし。・・・そうすれば、ちゃんと大切な誰かと会えるから。」
「・・・ありがとうございます。」
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・・・・・・・・・。
そんな感じで、ゆるい会話を交わす日々が続いた。
暫くして夏休みが終わってしまうと、土日に山へ行く様にした。
ナナカはやっぱり、本を読んでいると出て来た。
「何してるの。」
と聞きながら。
服装はやはり白いワンピースで、彼女は何処か自慢気に
「私にはこれが一番似合うって、知ってるから。」
と言った。
確かに、黒い目と髪、白い肌を持ったナナカに、そのワンピースは肌の一部の様に、しっくりと溶け込んでいた。
「寒くないんですか?」
剥き出しの肩を見ながら僕が聞くと、彼女はニヤリと笑って言った。
「制服を着る様になったら、クラスメイトの女の子にも同じ事をいってごらん。」
僕には意味がよく分からなかったが、恐らく寒くないのだろうと思った。
茶色掛かり始めたハイキングコースに、真っ白なナナカはまるで浮かび上がっている様だった。
「・・・似合っています。そのワンピース。」
「・・・そう。ありがと。」
ナナカは頷いて、隣のベンチに腰掛けた。
こんなユルユルとした日々がずっと続いて行くのだと、その頃の僕は、根拠も無く信じていた。
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・・・・・・・・・。
「コンちゃん、下手すると今より大人っぽくない?」
「甘い。」
「コンソメ君、デレッデレだね。」
上から、ピザポ、薄塩、のり姉の順である。
「・・・五月蝿い。」
僕は少しだけムッとしながら呟いた。
「・・・続き、話さないぞ?」
「スク水、着せちゃうぞ☆」
「ごめんなさい勘弁して下さい。」
のり姉の爆弾発言に低頭しながら、話を続けた。
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・・・・・・・・・。
ある冬の日から、ナナカはぱったりと来なくなった。
理由は分からない。
いきなり来なくなったのだ。
僕は酷く困惑した。
彼女が来なくなった前の日の事をよく思い出し、自分が何かしてはいけない事をしたり、言ってはいけない事を言ったりしたのではないかと考えた。
しかし、幾度考えても理由が分からない。
寧ろ何時もより会話が弾んだ位だったのだ。
余りに唐突で一方的な別れだった。
僕は其れから数ヶ月、何時ものベンチに通ったが、彼女が来る事はもう無かった。
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・・・・・・・・・。
「そして僕はあの神社で本を読む様になり、薄塩と出逢いました。・・・此れが、僕の初恋の一部始終です。」
僕がそう言うと、のり姉は少しだけ考え込んだ後、言った。
「・・・コンソメ君。其れって、○○ハイキングコース?」
「そうですけど。」
のり姉の眉が、一瞬しかめられた。
「・・・・・・。」
「どうかしました?」
僕が聞くと、のり姉はまた数秒間考える様な表情をしてから、こう言った。
「・・・行こう。」
「え、ちょ、」
「行こう。○○ハイキングコース。今から。」
そして立ち上がり、お会計ボタンを押し、伝票を持ってさっさと歩き出す。
僕等は暫くボケッとしていたが、軈て顔を見合わせ、のり姉の後に着いて行った。
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・・・・・・・・・。
のり姉はタクシーを呼び、僕等は其れに乗り込んで○○ハイキングコースまで向かった。
「大した距離でも無いのに、どうしてタクシー何か・・・。」
「いいの。・・・もう着くね。」
タクシーが止まった。
代金を払い、のり姉が車を降りる。
「・・・三十分程経ったら、また来て下さい。」
「分かりましたー。」
僕等も車を降りる。
エンジン音を響かせて、タクシーが走り去った。
「・・・さあ、行こうか。案内して。コンソメ君。」
「案内って、まさか・・・!」
のり姉が、大きく頷いた。
「そう。ナナカさん、とやらと会っていたベンチまで。」
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・・・・・・・・・。
街灯に照らされて、彼女は立っていた。
白い肌。黒い髪。白いワンピース。
「何してるの。こんな所で。・・・紺野。」
ナナカ。僕の初恋の人。
彼女は、当時と全く同じ姿のままに其処に居た。
「お久し振りですね。・・・ナナカ。」
薄塩達は、後ろの茂みに隠れていた。
僕は何時ものベンチに座り、彼女はその隣のベンチに座った。
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・・・・・・・・・。
先に口を開いたのは、ナナカだった。
「・・・紺野。どうして来たの?」
逆に僕は聞いた。
「其れは此方の台詞です。どうして僕の前から消えてしまったんですか?」
ナナカはそっと目を伏せ、少しだけ口許を緩ませた。
「・・・其れ以外に、聞きたい事は無いの?」
「ありませんね。」
僕はキッパリと言った。
すると、隣の彼女は何故かクスクスと笑った。
「・・・何ですか?」
「ううん。・・・大切な誰かが、見付かったんだーーーと思って。」
そう言って、茂みを見遣る。
「大切な誰かが見付かったから、私に見せびらかしに来たの?」
「・・・・・・はい。」
僕は小さく頷いた。
「・・・紺野。」
「・・・はい。」
彼女は立ち上がり、静かに言った。
「もう、帰りなよ。そして、もう来ないで。」
ゆっくりと僕に背を向け、歩き出そうとする。
僕は叫んだ。
「・・・待って下さい!」
彼女はスッと立ち止まった。しかし、相変わらず向こうを向いたままで、此方に振り返ってはくれなかった。
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僕は彼女の直ぐ後ろに立って聞いた。
「喋り方、まだ似合ってますか?」
「・・・うん。とっても。」
「自分の事を《僕》と呼ぶのは、可笑しく無いですか?」
「大丈夫。雰囲気に合ってる。」
「芥川龍之介、読みました。《羅生門》とか《蜘蛛の糸》とか」
「・・・《藪の中》は読んだ?」
「読みました。・・・結局誰が正しかったのかを推理しようとして、失敗しました。」
「紺野には無理だよ。」
話が途切れた。
彼女は黙って立っている。
僕は無理矢理話を続けた。
「・・・椎名林檎を、聞く様になったんです。」
「・・・・・・。」
彼女は何も、言わなかった。
「《ポルターガイスト》と言う曲が、今、一番好きです。」
「・・・何時の歌?」
「確か・・・何年も前の。」
「そっか。・・・私には、分からない。その歌を聞く事は、一度も無かったから。」
彼女が、細く長く、息を吐く。
そして、唐突に僕に呼び掛けた。
「・・・ねぇ、紺野。」
「はい。」
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「・・・一緒ニ、イコウ?」
ガシッッ
右腕を掴まれた。
掴む力の強さとその手の余りの冷たさに、思わずヒッッと息を飲み込む。
「ぽっぽ、ぽぽぽぽぽぽ・・・。」
何処かで聞いた様な事を言いながら、ナナカがゆっくりと此方に振り向いた。
「ぽ、ぽぽぽぽぽぽ・・・。」
その顔には、おおよそ表情と言う物が無かった。
その背は、一瞬僕の倍以上に見えた。
嗚呼、そうだ。これは《八尺様》ーーーー。
僕の背中を、冷たい汗が伝った。
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・・・・・・・・・。
突然、パッと手が離された。
僕は数歩後ろに思い切り飛び退いた。
此方を見ていたナナカが、少しだけ悲しそうに言った。
「・・・なーんちゃって。でも、怖いでしょ。」
「だって其れは・・・!」
「帰ろう。コンソメ君。」
反論しようとした僕は、何時の間にか傍に居たのり姉に両腕を掴まれた。
「帰ろう。もうタクシー来ちゃうよ。」
「帰りなよ。紺野。」
一度に二人から言われて、僕は渋々と頷いた。
其れを見てナナカが、またゆっくりと向こうを見て歩き出す。
僕は腕を捕まれながら、彼女の後ろ姿へと叫んだ。
「ナナカ。・・・あの時、僕はナナカの事が好きだったんです。」
ナナカはもう振り返ってくれなかった。
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・・・・・・・・・。
僕が後ろを向き、歩き始めると、後ろから小さくナナカの声が聞こえた。泣き出しそうな程、か細い声だった。
「・・・私もね、紺野。まさかあんな小さな子供を本気で好きになるとは、思ってなかったの。ずっと一緒に居たくなる何て、思わなかった。だから、もう来ないで。・・・紺野。」
そして、大きな、泣きそうな声で言う。
「・・・紺野が、好きだった。」
僕は振り向かず、歩いて行った。
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・・・・・・・・・。
タクシーの中。
のり姉はずっと携帯電話を弄っていた。
僕は、今更になって成就された、今となってはどうしようも無い恋について、考えていた。
「ねぇ、コンソメ君。」
のり姉が話し掛けてきた。
「《ポルターガイスト》の入ったCDが発売されたのは、2003年だよね。」
「・・・・・・はい。そうです。確か」
「その曲を知らなかったって事は、彼女、其れより前に・・・。」
のり姉が言葉を濁した。
何処か不安気な気配も見えていた。
「ええ。きっと、其れより前に亡くなってしまったんでしょうね。」
「・・・・・・ねぇ、コンソメ君。」
のり姉が、顔を青ざめさせながら口を開く。
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「《八尺様》が初めて世間に知られたのは、2008年なの。・・・何であの人、《ポルターガイスト》よりずっと後に世間に知られた《八尺様》を知ってるの?」
「・・・・・・え?」
作者紺野-2
どうも。紺野です。
正直、恥ずかしい話なので、書くつもりは無かったのですが。
アカウントが消えて、読者様が減った今がチャンス!
・・・・・・と思い、書きました。
この話は僕が薄塩と出逢う前の話です。
当然の如くミズチ様フィルターも付いていない状態でした。
結局、彼女が何だったのかは分かっていません。
あ、あの後、僕の身には何も起こっていません。
ミズチ様には若干叱られましたが・・・。
次回こそ学校での話を書きます。
話はまだまだ続きます。
良かったら、お付き合い下さい。